第33話 二人のドキドキ試着室
メイド喫茶を出た俺たちは、ショッピングセンターで買い物をしていた。
ノエル姉が俺の腕を掴んで離さない。
「もうっ、そうちゃんったら、デート中に他の子に見惚れてるなんてダメなんだからね」
どうやら俺がギャルメイドに見惚れたと勘違いしているようだ。
「俺は何もしてないような? 嬬恋の距離感がおかしいだけだぞ」
「星奈ちゃん、他の男性には距離取ってたでしょ」
「はっ! い、言われてみれば……」
おかしいな? 誰にでもフレンドリーなギャルだと思ってたけど、実は俺だけにフレンドリーだったのか?
あれ? ノエル姉って、俺が嬬恋さんと仲良くしてたから妬いてるのかな?
「もしかしてヤキモチかな?」
「もうっ! そうちゃんったら! もうっ!」
プク顔のノエル姉が可愛くて面白い。
「ははっ、ノエル姉改め萌える姉かな」
「もうもうっ、そんなこと言っても誤魔化されないんだからね」
「はいはい」
ノエル姉を宥めながら歩く。
このお姉、いつもは理想のお姉ちゃんなのに、たまに子供っぽくなるよな。
賑やかな通路を歩いていると、GWセールの張り紙をしたファッションコーナーが見えてくる。
「あっ、そうちゃん。服を見たいな」
ノエル姉がショップを指さす。
「ダサジャージは売ってないと思うよ」
「普通の服だよぉ!」
「冗談冗談」
「もうもうっ」
プリプリしたノエル姉に両手でポコポコされながらショップに入る。
こういうオシャレなショップは苦手なんだけどな。
服を眺めていたノエル姉が、奇抜な服を手に取った。
「そうちゃん、これ可愛いかもぉ」
熊さんのパッチワークが付いた奇天烈なオーバーオールだった。
「ノエル姉、ふざけてるの?」
「ふざけてないよぉ!」
このダサお姉……もしかして、自分で服を買わせちゃダメな人なのでは?」
「念のため聞くけど、今着ている服は誰が買ったの?」
俺はノエル姉が着ている清楚系でありながら魅惑的な白い服を指さす。
「これ? これはシエルちゃんが選んでくれたの」
「やっぱりか!」
「やっぱりかってどういう意味よぉ」
ああ……ノエル姉……ダークブロンドと煌めく瞳の超美人でスタイル抜群。しかもGカップの強化装甲(おっと失礼)という奇跡のような容姿をしているのに、ファッションセンスは壊滅的なのか。
「やっぱりダサお姉だったぁああああ!」
「ダサくないよぉ」
全力でダサさを否定するノエル姉だが、その両手をブンブン振るリアクションがすでにダサい。
これは俺が選ばないと失敗する運命か。俺だって女子の服なんて分からないのだがな。
アニメヒロインの服しか分からんぞ。
「しょうがない、俺が選んであげようかな」
「えっ、そうちゃんが選んでくれるの♡」
ノエル姉の顔がパッと明るくなる。
「だって、ノエル姉に選ばせると羞恥プレイになりそうだし」
「ならないよぉ!」
「まあ、ノエル姉はどんな服を着ても可愛いけど」
「はぅ♡ うううっ♡」
「って、どうしたの、ノエル姉?」
ノエル姉の顔が茹で上がりそうなくらい真っ赤だ。
おかしいな。まさか俺の心の声が漏れてるとかないよな?
そんな訳で、俺は赤い顔でモジモジしているノエル姉と服をを選ぶことになった。
「うーん、ノエル姉は白が似合いそうだけど、たまには大人っぽく黒も良いかもしれないぞ」
女子の服など知らない俺だが、ノエル姉の服となれば全力で選ばねばなるまい。
正直なところ、この可愛いお姉は何を着ても似合ってしまう。あのダサジャージでさえ。
「困ったな。ノエル姉が可愛すぎて決められないぞ」
「はぁうぅうっ♡」
「えっ、どうかしたの、ノエル姉?」
「そ、それ無意識なの? もうっ! もうっ!」
相変わらずノエル姉は変だな。俺の心の声に反応して。
ま、まさか声に出してるなんてないよな。まさかな。
「こ、これでどうだろう?」
何かもうよく分からなくなって、黒いガーリー系の服に決めた。
最初は童貞を殺しそうなワンピースにしようと思ったのだが、ノエル姉が『胸のせいで太って見える』と訴えるものだから却下した。
やっぱり太ってないのに気にしているようだ。
「そうちゃんのエッチぃ♡」
ノエル姉の『エッチ』頂きました。
それもそのはず。選んだ服は、体にフィットし胸を強調したスタイルだ。ところどころレース素材で透けていたりで大人っぽくもある。
「ほらほら、これ着てまた出かけようよ」
「はぁん♡ そうちゃんに言われると断れないよぉ」
「試着してみようか?」
「う、うん」
ノエル姉を試着室に押し込んで一呼吸する。
周囲が女子ばかりで落ち着かないのだ。童貞が女子服売り場に居るなどハードル高いぞ。
「ノエル姉、まだかな?」
「ちょっと待って。きゃっ」
「どうしたの?」
「そうちゃん、背中のファスナー上げてぇ」
なななな、何だと! せせ、背中のファスナーだと!
「ゴクリッ」
俺は生唾を飲み込んだ。
背中のファスナーを上げるとか、ノエル姉の生背中やら、あのセクシーランジェリーのブラ紐やら、極エロうなじを見ることになっちゃうだろ!
ガヤガヤガヤガヤ――
そこに女子の集団が現れた。見慣れた顔が。
「うっわっ! ののの、ノエル姉、入るよ」
「きゃっ! そそそ、そうちゃ――んんっ」
俺は試着室に入りノエル姉の口を塞ぐ。
「ごめん、ノエル姉。クラスの女子が」
こくこくこく!
ノエル姉が頷く。理解してくれたようだ。
ただでさえ色々と目立ってしまった俺だ。
蜷川さんのストーカー疑惑になった後、今度は付き合ってる疑惑になったりと。
ここでノエル姉とデート疑惑などマズいだろう。
俺の心配を他所に、クラスの女子たちは、すぐ近くで会話を始めてしまった。
「マジでヤバいんだって」
「そうそう、軽沢が女子を襲おうとして停学に」
「それ退学じゃね?」
例の件だった。
「でも、安曇って凄くね?」
「それそれ、自分を犠牲にして明日美を守るなんて」
「オタクだと思ってたけど、意外とやる男だよね」
俺の話もだったぁああああ!
「私、安曇って、ちょっと良いかもって」
「それな。あたしもキュンってきたし」
「あいつ童貞っぽいから押せばイケるっしょ」
おおお、おい! 何の話をしてるんだ! 押してもイカねえから! 俺が三次元女なんかに惑わされるわけないだろ!
ってか、ノエル姉が不機嫌になってるんですけどぉおおおお!
「むぅうううう……」
「ノエル姉、怒ってる?」
「怒ってないよぉ」
それ怒ってるよね? 怖くないけど。
もわっ――
着替え途中のノエル姉から、バラのような芳香が立ち上がる。
狭い室内に二人っきり。ちょっと汗ばんできたようだ。
きき、緊急事態なのだが! 試着室が狭くてノエル姉と密着しそうなのだがぁあ!
「そうちゃん……もっとお姉ちゃんの方に来て良いよ」
「で、でも」
「その体勢じゃ辛いでしょ。お姉ちゃんに体を預けて」
グイッ!
ノエル姉が俺を引っ張り、必然的に抱き合う格好になる。
汗ばんだ二人の肌が密着し、ノエル姉の良い匂いに包まれてしまう。ドキドキとした胸の鼓動と微かな息遣いまで伝わってくるようだ。
「ああ……ノエル姉」
「はぁ♡ はぁ♡ はぁ♡ そうちゃん♡」
ギュッ!
俺を抱き寄せているノエル姉の手に力が入る。
ノエル姉の顔が色っぽい。
潤んだ瞳が揺れ、物欲しそうな唇が微かに開く。
どんどん顔が近付いているのだが。
どどどどどどどど、どうすんだぁああああああ!




