第32話 ギャルの秘密
シエルがアニメ好きという発言で、俺の中の記憶が再生される。
『勇気のカケラだマジカール♪ 友情パワーでマジカール♪ 時には涙もセクシィー♪ ドゥ! ドゥ! ドゥドゥドゥ! ドンドンパフパフ断罪天使マジカルメアリー♪』
あの微妙に音痴なシエルの歌が。
しまったぁああああ! あれはイタズラじゃなく素でマジカルメアリー好きだったのかぁああ!
待て待て待て! シエルがオタクのなずがねえ。
あのシエルだぞ。俺がアニメの話なんかしたら、クールな氷の女王顔で『バカなの?』とか言われるに決まってる。
「そうちゃん、そうちゃん」
ノエル姉が俺をグラグラと揺すっている。また妄想の世界に行っていたか。
「もうっ、そうちゃんたら。またお姉ちゃんを置いてけぼりにしてぇ」
「ごめんごめん。断罪天使マジカルメアリーに思いを馳せていて」
「女の子とデートしてる時に、他の子のこと想像しちゃダメだよ。メッだよ」
ノエル姉……ついに二次元ヒロインにも嫉妬し始めたぞ。
「ふふっ」
「あー、そうちゃん、何で笑ってるのぉ」
「あははは」
「もぉおおおお~っ!」
巨乳を揺らしてプリプリ怒るノエル姉が面白いので、ちょっとだけからかってやった。
◆ ◇ ◆
「お帰りなさいませ、ご主人様ぁー!」
「お帰りなさいませ、お嬢様ぁー!」
ヒラヒラのメイド服に包まれた少女たちが俺とノエル姉を出迎える。
ここは大通りから一本入った道にあるビルの二階。それっぽい西洋風ドアを入ったそこは別世界だ。
どうしてこうなった!
それは俺がノエル姉と昼食をとろうとしていた時のことだ。ファミレスにでも入ろうとした俺だが、どうしてもメイド喫茶の看板が気になってしまう。
気付かれないようチラ見していたはずだが、ノエル姉は俺の視線を見逃さない。
『そうちゃん、あの店に入りたいのかな?』
ギクッ!
そんな感じで、俺たちはメイド喫茶で食事することになる――――
本当にノエル姉は何でも許してくれる年上女子だよな。俺の下心見え見えの遊びにまで付き合ってくれるだなんて。
そんなことを考える俺だが、当のノエル姉は意外とノリノリだった。
「そうちゃん、あのメイドさん可愛いっ! あっ、アッチのロングワンピースも良いかもぉ」
くっ、このお姉……男のオタク趣味に付き合ってくれるだけじゃなく、一緒に楽しんでくれるとか。
なんて良い子なんだ。
キョロキョロする俺たちのところに、背が高くスタイルの良いメイドさんが注文を取りにやってくる。
「お待たせしました、ご主人様、お嬢様ぁ、セーラですっ、って……あ゛」
背の高いメイドはギャルだった。
そう、嬬恋星奈だ。
「えっ? ギャルだ……」
「せ、星奈ちゃん?」
たらたらたらたら――
ギャルメイドの汗が凄い。気まずそうに目を逸らした顔に、たらたらと滝のように流れている。
「こ、これは……ちがくて……」
嬬恋さんの目が泳ぐ。
「そ、そう、ば、バイトをね……」
「バイトなんだ。そ、その、似合ってるね」
元々モデル級に背が高くスタイルの良い嬬恋星奈なのだ。フレンチ風メイドのミニスカートが激烈に似合っているぞ。
「あれっ? 嬬恋さんって、オタク趣味とは真逆にいるギャルだったような?」
「ううぅ……そ、それは……」
「確か『オタク、ウケるぅ』とか言ってたよね?」
「お、おお、お願い、そうちゃむ! このこと内緒にして欲しいんだ」
深々と頭を下げる嬬恋さん。何だか本当にメイドっぽい。
「俺は誰にも言わないから安心して」
「ありがとぉ~! バレたのがそうちゃむで良かったぁ。うち母子家庭でさ、家計の足しにって、ここでバイトしてるんだ」
世知辛くも良い話だった。
「そうちゃむぅ♡ ありがとねぇ♡」
「お、おい、過剰なサービスは禁止だろ」
抱きついてくるギャルメイドに、俺は距離をとる。
こんなの他の客が見たらヤバいだろ。
「そうちゃむになら家まで特別出張おしかけメイドしちゃうし♡」
無茶苦茶魅力的なお誘いだった。嬬恋メイドの色香でグラッときてしまいそうだ。
まあ、ノエル姉の前で、そんなことはしないがな。
それにしても、意外とオタクに理解があるのはそういうことだったのか。
「あっ、ノエル先輩もお帰りなさいませー♡」
「星奈ちゃん、可愛いわね」
「えへへ♡ ノエル先輩……じゃなかった、お嬢様にお褒めいただき光栄です。あと、セーラです」
嬬恋さんがノエル姉とにこやかに会話している。
ただ、目に見えないバトルが繰り広げられているようないないような。
注文を聞き終えた嬬恋メイドが帰ると、真面目な顔になったノエル姉がつぶやく。
「私もメイドになろうかしら?」
「えっ?」
おいおい、このお姉は何を言い出してるんだ。
「そうちゃんって、メイド好きなんだよね」
「あ、あの、ノエル姉?」
「もうメイドになってそうちゃんのお世話を」
って、やっぱり聞いちゃいねえ。
「そうね、そうちゃん専用おしかけメイドとか? そうちゃん専用添い寝メイドとか? そうちゃん専用お背中流すメイドとか? そうちゃん専用お嫁さんメイドとか?」
おい、最後のは何だ? それメイドじゃなく嫁だろ。
ノエル姉にギャルメイドを見せたら頭がバグったみたいなのだが。ノエル姉改めメイド姉かな。
嬬恋さんは真面目にメイドをやっていた。たまに地が出る気もするが……。
「セーラちゃん。愛情注入おねがい」
常連客っぽい男がケチャップで絵文字と愛情注入を頼んでいる。
それを聞いた嬬恋さんは、眼を鋭くしてポーズを決めるのだが。
「うっせ! 黙って食え。萌え萌えきゅん」
「あ、ありがとうございます!」
「ご褒美キタァアアアア!」
おい、それで良いのか?
常連客、飼い慣らされてないか?
しばらくすると俺たちの番がやってきた。
「美味しくなあれ、萌え萌えきゅん♡」
嬬恋星奈改め、メイドのセーラちゃんが、オムライスにケチャップで文字を書いている。
ノエル姉もノリノリだ。
「萌え萌えきゅん♡ 星奈ちゃん可愛い」
「ありがとうございます、お嬢様。あとセーラです」
ちょっと噛み合ってないけど楽しそうだから良しとするか。
ノエル姉のケチャップ文字が終わると、次は俺の番だ。
「あっ♡ ご、ご主人様♡ セーラが愛情込めて書きますね♡ ううっ♡」
何だかいつものギャルと感じが違って対応に困る。まるで恋する乙女のように初々しくてたどたどしいのだが。
変だな。さっきの常連客の時と態度が全然違うぞ。
「美味しくなあれ♡ 美味しくなあれ♡ 萌え萌えきゅん♡」
お決まりのセリフを言ってから、セーラちゃんは俺の耳元に顔を寄せる。
「そうちゃむさえ良ければ、いつでも手料理ご馳走するし♡ アタシ、尽くす女だから♡」
「えっ?」
驚く俺を置いたまま、嬬恋星奈はトレイで顔を隠しながら戻っていった。
「あれっ? 嬬恋さん、どうしたんだろ?」
そう言ってノエル姉の方に顔を向けると、何故だかお姉の威圧感が増しているのだが。
「ど、どうしたの?」
「どうしたんだろうね? そうちゃん」
「あ、あれぇ?」
「そうちゃんって罪な男だよね」
「何のこと?」
ぐいぐいぐい――
ノエル姉が席を移動し俺の隣にきた。グイグイと体を寄せてくる。
「ノエル姉……狭いよ」
「良いの♡」
並んで食べるのが恋人同士みたいで恥ずかしい。