第31話 彼女です♡
「お、おお、おま、おまおま、おっおぉほぉう!」
驚き過ぎてオホオホ言っている同級生。その顔を俺は知っている。
岡谷佑人、中学の頃からの友人だ。
「岡谷じゃないか!」
「あ、ああ、安曇ぃいいいいいい!」
岡谷は絶叫する。俺がノエル姉と腕を組んでいるからだろう。
マズいな。誰かに見られたら困ると思ってたけど、まさか岡谷とバッタリ会ってしまうとは……。
その岡谷だが、まだ意識があらぬ方へ飛んだままだ。
「お、おま、姉姫様と! 天使の如く清らかで美しい姉姫様と! うっほおぉおおおほぉおおおお!」
そう言えば、岡谷はシエルのことを『姫様』と呼んでいたんだったな。まさかノエル姉は『姉姫様』だったのか。
「落ち着け、岡谷」
「ここ、これが落ち着いていられるか!」
「前にも言っただろ。姫川姉妹は昔近所に住んでたって。ただの幼馴染だ」
「お、おお、幼な妻だとぉおおおおおお!」
誰が幼な妻だ! こいつ『ドントタッチロリ』じゃねーのか。
「冗談はそれくらいにしろ。幼な妻じゃなくて幼馴染だぞ」
「ただの幼馴染じゃねーだろ!? この美少女ゲームマスターである俺の目は誤魔化せないぜ!」
くっ、岡谷も美少女ゲームをプレイして女心を分かった気でいるタイプか。俺もだぜ。
岡谷はエロゲ的視点で俺たちを観察する。
「その仲が良さそうな腕組み。にこやかな笑顔。まるで事後のような安心しきった雰囲気。つまり……ヤったな?」
「やってねーよ!」
何をやるんだ! 何を!
とにかく誤解を解いておくか。
「紹介するよ。こちら、幼馴染のノエル姉。で、そいつが中学の頃からの友人でオタク仲間で、もはや腐れ縁っぽい岡谷だ」
俺は双方を紹介する。
ここは冷静にだぜ。
「初めまして、岡谷君。そうちゃんの彼女の乃英瑠です」
「ちょっと待てぇええええええぇーい!」
ノエル姉が彼女とか言い出すから思い切りツッコんでしまったぞ!
「や、やっぱり……。安曇、お前……こんな美少女と……。この裏切者ぉおお~!」
案の定、岡谷が誤解してるじゃないか。頭を抱えてオロオロしてるぞ。
それ、脳が破壊されたのか? NTRでもあるまい。
「ちょっとノエル姉! 彼女じゃないでしょ」
「えへへぇ♡」
ノエル姉は笑って誤魔化そうとしている。
それにしても、何でノエル姉は人に会う度に彼女面するんだよ。
「ごめんなさいね。ちょっとからかってみただけなの。幼馴染の乃英瑠です。そうちゃんとシエルちゃんがお世話になってます」
やっと普通に挨拶してくれた。
ノエル姉って、そんな冗談言うんだ。
「おっ、おおっ、岡谷佑人であります。高校二年生、乙女座のA型。趣味はアニメ漫画と姫様、姉姫様を崇め奉ることですっ!」
女王に謁見する兵士みたいになった岡谷が、ノエル姉に平伏す。
何だそれ。
「岡谷、とにかくこういうことだ」
「どういうことだよ?」
「つまり、ノエル姉は優しくて色々許してくれるんだよ。だから一緒に買い物をしているだけだ」
一緒に買い物ということにしておいた。さすがにデートではヤバいだろう。
「あ、姉姫様! わ、わたくしめも買い物に御同行よろしいでしょうか?」
「ごめんなさい」
ガァアアアアアアーン!
岡谷が瞬殺された。
ショックで撃沈状態だ。
「おい、安曇。全然許してくれないじゃないか」
岡谷がぼやく。
おかしいな。ノエル姉って、俺の言うことは何でも聞いてくれるのに、他の人には意外と厳しい気がするぞ。
とりあえず岡谷を納得させておくか。
「そ、そういう訳だ。また今度な。ノエル姫は用事があるのじゃ」
「ははぁああ、姉姫様のご尊顔を拝め恐悦至極にございます」
平伏したまま岡谷は去って行った。羨ましそうな顔でチラチラ振り向きながら。
ふうっ、嵐は去ったぜ。
「そうちゃんの友達って面白い子が多いわね」
岡谷を見送ったノエル姉がつぶやく。
「ギャルの星奈ちゃんでしょ。真面目な明日美ちゃんでしょ。乙女座の岡谷君」
乙女座の岡谷君って何だよ。ノエル姉の中では、岡谷の印象が乙女座になってるのかよ。
しかし嬬恋と蜷川さんは……。
「うーん、女子を友達に含めて良いものか……」
「友達、だよね?」
今、一瞬だけノエル姉の威圧感が増した気がするぞ。
「と、友達で良いんだよな。蜷川さんには振られてるけど……って、ヤベッ」
ピキッ!
俺が口を滑らせたからだろうか。ノエル姉の迫力が増す。
笑顔なのに言いようのない迫力が。
やっぱりノエル姉が怖ぇええ!
「ふーん……そうちゃん、明日美ちゃんと付き合ってたんだぁ?」
「つつ、付き合ってないから。告白して振られたんだよ」
「そ、そうなんだ。でも、そうちゃんって、ああいう子が好みなのかな?」
マズい、マズい、マズい、マズい! ノエル姉がお怒りに!
どどど、どうする!?
ってか、何でノエル姉は俺にお付き合い禁止させたがるんだよ。
何とか優しいノエル姉に戻ってもらわねば。
「えっと、俺の好みは……」
「好みは?」
グイッと顔を寄せたノエル姉は、俺の言葉を一言も聞き漏らすまいとする。
「そ、そう、お姉さんタイプで」
「お姉さんが好きなんだ」
「おっとりして優しくて」
「う、うん」
「部屋が汚くてダサジャージを着たGカップの」
「こ、こらぁ♡ お姉ちゃんをからかってるでしょ」
最後の方がぐだぐだになり、ノエル姉が真っ赤になって怒り出した。全く怖くないけど。
良かった。いつものノエル姉に戻ったぞ。
「もうっ、そうちゃんったら。罰として家に帰ったらマッサージを命じます」
「へいへい」
それ罰なのか? むしろご褒美だろ。
「うふっ♡ んふふ♡」
あれっ? ノエル姉の顔がにやけっぱなしなのだが。
「そうかぁ、そうちゃんの好みはお姉ちゃんなんだぁ♡ そうかそうかぁ♡」
ノエル姉の顔が緩みっぱなしだ。今にも解けてスライムになりそうなくらいに。
「じょ、冗談だから」
「んへへぇ♡」
「だ、ダメだ。聞いちゃいねえ」
「もうもうっ♡ しょうがないなぁ♡」
ノエル姉がご機嫌だから良しとするか。
新作ラノベと漫画を手にした俺は、ノエル姉と一緒に魔法少女コーナーの前を通る。
「あっ、断罪天使シリーズだ。今でも初代が人気なんだよな」
ついポロッと言葉が出る。ノエル姉はアニメに興味がないから、退屈じゃないのかと心配だけど。
「これ、お姉ちゃん知ってるよ。昔、そうちゃんとシエルちゃんが好きだったよね」
意外にもノエル姉が興味を示したぞ。
「ノエル姉、知ってるんだ。断罪天使マジカルメアリーだよ」
「うんうん、シエルちゃんは今でも好きみたいだけどね」
「ん?」
今、ノエル姉の口から聞き捨てならない言葉が出たような?
「えっと、シエルは今でも好きなんだ?」
「うん、だってシエルちゃんアニメ好きだから」
「は? はぁああああああ!?」
俺は、ノエル姉の言葉に耳を疑った。