第30話 ノエル姉
ノエル姉とデートすることになったものの、何処に行くのかさえ決めてない。家を出て駅に向かって歩いているだけだ。
本来は男がエスコートしなきゃいけない気もするのだが。
ただ、そのノエル姉は嬉しそうな笑顔で俺の横を歩いている。
「そうちゃんと一緒にお出掛け嬉しいな」
意味深な顔で俺を見たノエル姉が体を寄せてきた。本当にこのお姉は距離が近い。
「でも、俺……デートプランとか決めて無くて」
俺の言葉に、ノエル姉は『何も心配いらないよ』みたいな顔で笑う。
「だいじょーぶ！ そうちゃんと一緒なだけで楽しいから」
「欲が無いなぁ、ノエル姉は」
「私だって欲はあるんだよ」
ノエル姉は、『ふんすっ！』とばかりに両手をギュッとする。
「例えば？」
「そうね、藤倉茶屋のクリーム豆大福を一箱全部食べたいとか。有名店のショートケーキをホールで食べたいとか」
「太るよ」
「もぉおおおお～ぉおおっ！」
太るというワードに、ノエル姉がムキになる。自覚でもあるのか？
「ふ、太ってないんだよ。むむ、胸が大きいからそう見えるだけ。太ってないからね。ホントに太ってないの」
何度も『太ってない』を繰り返すノエル姉。大丈夫だ、太ってないから。
ちょっとムチムチして気持ちよさそうな体だけど。
「うんうん、ノエル姉は太ってないよね」
「だよね。太ってないよね」
「ムッチリしてるだけ……って、痛い痛い」
ノエル姉が俺の体を締め付けてきた。プロレス技みたいに。何だそれ、ご褒美かな？
「もうっ！ そうちゃんってば、女の子にそういうの言っちゃダメなんだよ。メッだよ」
「はいはい、ノエル姉はエッチだけど太ってないよ」
「え、ええ、エッチじゃないからぁ～」
「ノエル姉の一番強い欲は性欲かな？」
「こらぁああああ～っ！」
プロレスごっこみたいになったノエル姉が、更に抱きつき攻撃をしてくる。
だからそれがエッチなんだって。
ノエル姉のイチャイチャ攻撃で、すっかり俺の緊張も解けたようだ。
リアル女子とのコミュニケーションが苦手な俺だが、ノエル姉はフレンドリーで優しくて話しやすい。
本当に助かってるな。
「やっぱりノエル姉は良いなあ」
かぁああああああ――
ふと横を向くと、ノエル姉が真っ赤になっていた。
あれっ？ 俺、何かマズいこと言ったか？
もしかして、口に出していたとか？
だ、大丈夫だよな。心の声は聞こえてないはずだ。
「行こうか、ノエル姉」
「うん」
ぴとっ！
自然な感じにノエル姉が俺の腕を掴んだ。
動きは自然なのに、俺の心臓は早鐘のように……いやむしろ16ビートのドラムのように刻んでいるのだが。
ドキドキドキドキドキドキドキドキドキ――
静まれ俺の胸！ 相手は義姉なんだ。好きになっちゃダメだ。家族になったんだから。
あああぁああぁ～っ！ ダメだぁあ！ 禁断で禁忌的であればあるほど燃え上がってしまいそうだぁああ！
おっと、つい熱くなってしまった。俺の省エネモードは何処にいった。
「そうちゃん？」
腕を組んでいるノエル姉が首をかしげる。顔が近い。
「あっ、ごめん。つい妄想の世界に」
「ふふっ、変なそうちゃん」
明るく微笑んでくれるノエル姉を見ていると、ろくにデートプランも考えられない自分に嫌気がさしてしまう。
「ごめんね、ノエル姉。俺、女子を喜ばせるデート先とか知らなくて」
こんな時でもノエル姉は優しい顔だ。
「良いんだよ。そうちゃんはそのままで」
「えっ？」
「お姉ちゃんには気を遣わなくていいの。そうちゃんがしたいことをしよっ」
ああ、癒される。なんて良い子なんだ、ノエル姉は。
「だから、お姉ちゃんもありのままが良いよね」
「ん？」
「お部屋が汚くてもジャージが洗濯してなくても良いよねっ」
「それは片付けてね。汚部屋姉」
「汚部屋姉とか呼ばないでぇ～！」
ノエル姉改め汚部屋姉でダメージを受けるノエル姉。
だけど欠点があるのも愛おしく感じてしまう。外では完璧美人なのに、俺だけが知る弱点みたいで嬉しいから。
臭そうなジャージは一旦置いておこう。別の意味で興奮してしまう。
おっとキモい妄想はよせ！
「ほら、行こっ、そうちゃん」
「うん」
俺たちは仲良く駅前へと向かう。
何だか本当にカップルみたいだぞ。
◆ ◇ ◆
ゴールデンウィーク初日の土曜日とあって、街は凄い人集りだ。書き入れ時とばかりに店は活気づき、歩道は人で溢れている。
時おり、すれ違う人がノエル姉に当たりそうになり気が気ではない。
グイッ！
これで良し。俺のノエル姉は誰にも触らせねえぜ。
「そ、そうちゃん？」
かぁああああああ――
「ん？」
ノエル姉の顔が真っ赤になっていると思った時には遅かった。
何故か俺の体が勝手に動き、自然とノエル姉を抱き寄せているではないか。手を腰に回し抱くように。
あああぁ、触っちゃったんですけど！ 俺のバカバカ！
「あっ、ご、ごめん」
「ううん。良いよ♡」
ぎゅっ！
ノエル姉が、俺の胸に顔を寄せる。まるで恋人みたいに。
えっ、ええええええええっ！ どどど、どうしよう！ 何で俺、ノエル姉と抱き合ってるんだ！？
つ、つい他の人にぶつかりそうだったから。誰にも渡したくないって思ってしまい……。
ああああっ！ 何だコレ！ 何だコレ！ 俺のノエル姉とか思っちゃってたぞ！
そんな俺に、ノエル姉は悪戯っぽい顔で言う。
「ふふっ♡ お姉ちゃんを誰にも渡したくないのかな？ そうちゃん♡」
「うううっ……だから子供じゃないって」
「大人でもぉ、そう思うんだよ♡」
そそそ、それってどういう意味だよ！？
もうダメだぁああ！ ノエル姉の体、すっごく柔らかくて……良い匂いで……たまらねぇええええ！
もう、思い切り抱きしめて滅茶苦茶にしてぇええええ！
「そうちゃん、大丈夫？」
俺が心の中で欲望に打ち勝とうと藻掻いているものだから、ノエル姉が不思議そうな顔で覗き込んできた。
「だ、大丈夫。今、スケベ姉の千の試練に抗おうと」
「誰がスケベ姉よぉ！」
「じょ、冗談だから」
「うふふっ♡ もうっ、しょうがないそうちゃん」
やっぱり許してもらえた。ノエル姉は本当に色々と許してくれそうだ。
ただ、俺は腰に回した手を戻してしまう。
これ以上抱き合うのは、俺のハートが持たない。本当に彼女にしたくなってしまうから。
「あっ」
その時のノエル姉が、一瞬だけ寂しそうな顔になる。
あれっ、気のせいだろうか？
興奮した心と体を落ち着かせようと、俺は店のショーウィンドーを眺める。
「あっ、新刊出てたんだ」
アニメショップの窓には、新作ラノベと漫画のポスターが貼ってあった。
待て待て。ノエル姉とデート中なのに、オタ活とかさすがに失礼だよな。
俺がそのまま店を通り過ぎようとすると、ノエル姉が腕を引っ張った。
「ほら、そうちゃん」
「えっ？」
「さっき見てたよね？ 入りたいんでしょ」
「でも……」
「そうちゃんの行きたいとこで良いんだよ」
やっぱりノエル姉は優しい。オタク趣味にも理解があるお嫁さんになりそうだよな。
お嫁さんとか考えて恥ずかしくなってしまう。
うがぁ～っ！ 俺とノエル姉は姉弟！ 変な目で見ちゃダメだぁ！
「ほらほら、入るよ。そうちゃん」
「ああぁ……俺の嫁がぁ……」
「お姉ちゃん、それ知ってるよ。アニメのヒロインのことだよね？」
今のはノエル姉のことなのだが、そんなこと言えるはずもなく。
ガタッ！
「お、おお、おおおおぉおおぉい！ 安曇！」
「ん？」
店に入った瞬間、突然横から声をかけられた。振り向くと、そこには目を丸くした同級生が立ちすくんでいるではないか。
「お、おお、おま、おま、おま、おまおまおま、お前、姉姫様と一緒に何をしているんだぁああああ～！」
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