第26話 思わぬ伏兵~鬼神と天使~
「蜷川さん、大丈夫だからね」
俺は彼女の手を握って落ち着かせる。
ガラじゃないけどな。
さやちゃん先生が軽沢を生徒指導室に呼び出している間、俺は蜷川さんと一緒に別室で待機しているのだ。
蜷川さんは震えている。落ち着かない様子で。
そりゃそうだよな。
子供の頃に怖い思いをして男性恐怖症なんだ。
それなのに遊び人の陽キャ男子に脅されて、無理やり関係を結ばされそうになっていたなんて。
「安曇君……安曇君……」
「だ、大丈夫だよ。俺がついてる」
「うん……うん……」
蜷川さんの瞳が揺れる。
穴が開きそうなくらい俺をジッと見つめながら。
やっぱり俺の考えとは逆方向に行ってる気がするよな。人に関わらず省エネモードで生きようと決めたのに。
それが今じゃ、嬬恋星奈と仲良くなって、蜷川さんとこんな関係になるなんて。
俺を変えたのは姫川姉妹だよな。
ノエル姉の甘々な態度が、冷めた俺の心に灯をともして……。
シエルとの不思議な関係が俺を動かして……。深夜の催眠は……あれは良く分からないけど。
ガチャ!
これまでのことを考えていると、入り口のドアが開いた。
「お前ら、終わったぞ」
さやちゃん先生が顔を出す。
すぐに俺は反応した。
「先生!」
「安曇、問題ない」
先生は俺たち目を見て頷いた。
「動画は削除させた。今後、蜷川とのことは一切口外しないよう約束させたぞ。あと、軽沢は停学処分だ」
良かった。これで一先ず安心かな。
ただ、あいつが大人しく引き下がるかは疑問だが。まだ嫌がらせをしてくる可能性も……。
「それから蜷川……」
まだ震えている蜷川さんに、さやちゃん先生は優しく声をかけた。
「その……何だ……安心しろ。私も同じような本は読んでいる。あれらは実践書だからな」
ぶっ! 何を言い出してるんだ?
さやちゃんもSM入門読んでるのか?
蜷川さんは半信半疑な顔をする。
「先生も……?」
「ああ、だから自分を責めるな」
「はい」
「今度からはネット注文しろよ。私もよく利用しているぞ」
そうか、先生はネットでエロい本を……。
「おい、安曇! 今、変な想像をしただろ!」
「ギクッ!」
お見通しだった。
だが俺は一応説明しておく。
「先生と蜷川さんは違いますよ。蜷川さんはトラウマを乗り越えようと必死なだけです。でも先生は男日照りで欲求不満――って、痛い痛い!」
さやちゃん先生が俺の耳をつねっている。
「安曇、お前は私に仕置きされたいらしいな」
「冗談です。先生は素晴らしい人です」
「うむ、よろしい」
「ちょっと男にガッツキ過ぎなだけで」
「おおぉい! 反省してないだろ」
さやちゃん先生の手が今度は俺の頬をつねる。
それ、仕置きというよりご褒美っぽいのだが。
「うふふっ、安曇君ってば」
あっ、蜷川さんが笑った。
さっきまでガチガチに緊張していたのに。
「ありがとう……安曇君」
涙をぬぐいながら蜷川さんは微笑む。さっきまでとは違う、重荷から解放されたような笑顔だ。
◆ ◇ ◆
俺たちが教室に戻る頃には五時間目が終わっていた。
このトラブルで昼休みも潰れてしまい、一つ授業も欠席してしまった。腹が減って仕方がないぞ。
まあ、蜷川さんが無事だったから良かったけど。
俺たちが教室に入ると、一斉に皆の視線が集まった。
「ねえ、あの噂って……」
「ストーカーじゃなかったの?」
「あの二人が……」
ザワザワザワザワザワ――
皆が俺と蜷川さんの噂をしている。
すぐにその訳が分かった。騒ぎの中心には軽沢が居るからだ。
「僕は何も悪くないんだ。あいつらが、安曇と蜷川が僕をハメたんだ! 僕は被害者だ!」
結果から言うと、軽沢は何も反省していなかった。ご丁寧に言い訳をしている。停学処分になったのは俺たちの策略だと言わんばかりに。
クソッ! あいつまた。
「軽沢、もうお前の嘘はバレてるんだよ! 蜷川さんには手を出させないからな!」
俺は堂々と軽沢の前に出た。
もう陰キャとかコミュ障とか言ってられない。ここまできたら直接対決だぜ。
相手が人気の陽キャ男とか関係ねえ!
「安曇君」
「大丈夫だから」
俺は震えている蜷川さんを背中に隠す。
その一部始終を見た皆の顔が混迷を深める。
俺たちの態度で、どちらの話が本当なのか測りかねているのだろう。
ガラガラガラ!
「静まれ! 静まれぇーっ!」
そこに時代劇がかった声が響いた。印籠でも出しそうな勢いで。
「「「進藤生徒会長!」」」
クラスの全員が驚きおののく。
それもそのはず。教室の入り口に立っているのは、剣道部主将で生徒会長の進藤烈火だからだ。
進藤烈火、三年生女子。
剣道部主将にしてインターハイ連続優勝。
富岳院学園全校生徒の圧倒的支持で生徒会長に選出されたカリスマである。
その鬼神の如き強さと何ものをも屈服させてしまう姿から、一部生徒からは鬼烈火と恐れられていた。
「えっ、進藤生徒会長が……何で?」
よく見ると、鬼神のような進藤会長の背後に、美しいダークブロンドのロングヘアーが揺れている。
俺を心配するように、ピョコピョコと頭を揺らして見守っている天使が。
ノエル姉だったぁああああ!
あのコミュ力お化けのノエル姉が鬼神を召喚したのかぁああ!
さっき『お姉ちゃんに任せて』とか言ってたのはこれか。まさか生徒会長を連れてくるとは。
知り合いなのか? 転校したばかりなのに。
その進藤会長だが、俺たちの間に入ると言い放つ。
「おうおうおう、このクラスに女子を脅したり悪い噂を流してクラスメイトを陥れている者がいるそうじゃねえか! 神妙にしろ!」
ご老公じゃなくて桜吹雪だったぁー! って、一旦時代劇から離れろ俺!
その進藤会長だが、堂々と胸を張って軽沢と向かい合う。
「詳細は個人情報で不明だが、ある男子生徒が女子に不適切行為をして停学になったと聞いた。それは貴様か? サッカー部所属、軽沢成彬」
進藤会長の視線が軽沢を射抜く。威風堂々した姿で。
その威厳ある姿を見てもまだ軽沢は言い訳を続けるのだが。
「ぐっ、僕は悪くない! そこの蜷川という尻軽女が僕に失礼を働いたんだ! しかも安曇のようなオタクと付き合いやがって! 許せないだろ!」
付き合ってねーよ!
しかも蜷川さんを尻軽女とか酷いだろ!
そもそも最初の俺がストーカーとか言ってた嘘は何処に行ったんだ? 話が違ってるだろ!
さすがにこれには、クラスの皆からも疑問の声が上がる。
「えっ? ストーカーじゃなかったの?」
「蜷川さん、安曇と付き合ってたんだ」
「おいおい、話が違うじゃねーか!」
「もしかして軽沢がストーカじゃねえのか?」
風向きが変わってきたな。
よし、ここは断罪天使の俺が何とかするか。
「会長、ここは俺が」
俺は鬼神のような進藤会長の前に出た。
ちょっと苦手だけどな。
「貴様が安曇か?」
「はい。俺に任せてください」
進藤生徒会長が俺を見据える。
「ほうっ、良い面構えだ。体は鍛えておらぬが、芯の強さを感じるぞ」
「ど、どうも」
ガバッ!
俺は懐からスマホを取り出すと高らかに掲げた。
「軽沢、お前の悪事は全てこのスマホに録音されてるんだよ! 蜷川さんを脅して付き合おうとするなんて不埒千万! しかもグループチャットを使ってシエルの悪口を流した件、姫を陥れるとは許されざる暴挙! 会長の御前である、控えおろう!」
しまった。俺まで時代劇が入ってしまった。
この変な生徒会長のせいだ。
「なっ! な……んだと!」
軽沢の顔が引きつる。
「そ、そんなの言いがかりだ! 僕はハイスペなんだ! お前は学校から追い出してやる! 僕が正義だ! 僕は何をしても良いんだ! クソぉおお!」
事ここに至っても軽沢は反省していないようだ。
「ふむ、このスマフォンに証拠があるのだな。少し貸せ」
ひょいっ!
進藤会長が俺の手からスマホを奪う。
何だその『スマフォン』って? 短縮するところを間違えてないか? もしかして会長ってIT音痴か?
「ふむ、我は最新電子機器には疎くてな……。このボタンは何だ?」
ピッ!
『僕はハイスペなんだ! 僕を振るような酷い女には制裁を加えるのは当然じゃないか! 姫川は美人だからってお高くとまりやがって! だから罰を与えたんだ! 蜷川だってそうだ! この僕の告白を断るなんて許せない! 失礼な女はセ〇レにして散々遊んでから捨ててやる! そしてお前はデマを流して学校に居られなくしてやるからな!』
スマホから軽沢の暴言が流れている。
ああっ! 進藤会長の機械音痴が、軽沢に引導を渡しちまったぞ。
全てを暴露された軽沢の顔が、どんどん青ざめてゆくのだが。これは終わったな。
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