第24話 俺のターンだ!
目の前にはエロい本。どれも性を楽しんだりテクニックを磨く実戦本だ。それがテーブルの上に所狭しと広げられている。
「えっと、蜷川さん?」
「うぅううぅ~! こ、こういう訳なの……」
どういう訳だよ!?
「あの……蜷川さん、この本は?」
「だ、だから……勉強しようとして」
勉強? 蜷川さんは何を言っているんだ?
「あのね、わた、私も男の人と付き合えるようにね、いっぱいエッチなこと勉強して、それでね……」
「お、落ち着いて、蜷川さん」
「おおお、落ち着いてるよ」
めっちゃ挙動不審じゃないか。
「ううっ……うわぁああああ~ん! 軽蔑したよね。普段は澄ました顔で真面目ぶってるのに、本当は、こんなエッチな本を読んでるだなんて」
蜷川さんの暴走が止まらない。大粒の涙を流して泣き叫ぶ。
とにかく落ち着かせないと。
「ま、待って! 大丈夫だから。蜷川さんは悪くないよ。真面目なだけなんだ」
「そうかな……?」
「そうだよ! これだってエッチな意味じゃないんだろ。トラウマを克服しようとしてるんだ」
「う、うん……」
少し落ち着いたようだ。
そう、彼女は真面目なだけなんだよ。
「つまり、こういう本を買っているところを撮られたんだね?」
「うん」
「万引きを疑われたってのは?」
「そ、それは嘘なの。エッチな本を買ってるなんて言えなくて……」
なるほど。これで理解できた。
つまり、蜷川さんはエッチな本を買おうとしたところを、たまたま居合わせた軽沢に盗撮されたと。
それをネタに脅されているのか。
それなら、やることは一つだ。
「蜷川さん、やっぱり先生に相談しよう。さやちゃん先生なら必ず親身になってくれるよ」
「で、でも……」
蜷川さんの顔が曇る。
「大丈夫、俺が力になるから。俺じゃ頼りにならないかもしれないけど」
「そんなことないよ。安曇君は凄いよ。だって姫川さんが孤立した時も、真っ先に助けに行ったし。安曇君は凄い人だよ」
そんなに褒められると気恥ずかしいな。
「因みに盗撮されたのはどの本なの?」
「こ、これ」
蜷川さんが指さしたのは【誰でも女王様になれるSM入門】だった。
選りにも選ってSMかぁ――――
◆ ◇ ◆
翌日、状況は一変していた。
教室に入った俺を、皆がジロジロと訝しむように見ている。
まさか――――
そのまさかだ。
慌てた様子の岡谷がやってきた。
「お、おい、安曇! お前、やっちまったのか?」
「やってねーよ」
何となく予測したのだが、やはり例のグループチャットらしい。
岡谷が身振り手振りで噂の内容を説明する。
「――ってな訳でな、お前が蜷川さんにストーカーしてるって噂が広まってるんだよ」
「そんなことしねーよ」
「だよな。俺らは『イエス美少女、ドントタッチロリ!』だよな」
「ロリじゃねーけどな」
勝手に俺までロリにするんじゃない。
しかし、これでハッキリした。やはりあのグループチャットに悪い噂を流していたのは軽沢だったか。
あいつがシエルの悪口を。
グググッ!
拳に力が入り、手のひらに爪が食い込む。
何故だろう。俺の件より、シエルが被害を受けたことに腹が立つ。
とにかく俺は甘かった。
軽沢は想像以上にクズだ。しかも周到で狡賢い。
こちらも準備をするべきだったか。
よし!
俺はポケットの中のスマホを握った。
「壮太……」
自分の席につくと、シエルが心配そうな顔を向けてくる。
「大丈夫だ。断罪天使は負けない」
「でも……」
ガヤガヤガヤ――
騒ぎの方に視線を向けると、ちょうど蜷川さんが登校してきたところだった。
彼女の周りに女子が集まる。
「蜷川さん、大丈夫?」
「明日美、先生に言おうよ」
「あいつマジでストーカーなんだ、キモッ!」
もう俺が犯人にされているのだが。
「ちがっ、違うの」
蜷川さんは必死に説明しようとするが、周囲の女子は全く話を聞いていない。
そこに極めつけで軽沢が現れた。
「皆、聞いてくれ! このクラスに女子の敵がいるんだ。僕は委員長として見過ごせない」
俺を睨みながら軽沢が言う。口元に下卑た笑みを浮かべながら。
「おい、俺がやったって証拠はないだろ」
俺の反論に、軽沢は鼻で笑う。
「ハッ、犯人は皆そう言うんだよな。お前はもう女子に近付くな!」
「ちょっとアンタねえ!」
俺の代わりにギャルが掴みかかっていった。そう嬬恋星奈だ。
「ちょっと嬬恋さん、落ち着いて」
とりあえず俺は止めに入る。
「そうちゃむ、デマ流されてムカつかないの!?」
「今は逆効果だ」
嬬恋さんが周囲を見渡す。
そう、誰もが俺たちを冷ややかな目で見ているのだ。
一度広がったデマを消すのは容易ではない。デマを消すには、それを上回る明確な反証が必要なのだ。
俺はギャルを落ち着かせ、自分の席に戻る。
因みに二時間目の授業の時に教科書を隠された。
誰だ、ガキ臭いことする奴は。
居心地が悪い。頭は冷え切ってボーっとしているのに、背中には変な汗をかいている。何でこんなことに。
クソッ! 許せない! 許せないぞ! そっちがその気なら、俺も容赦はしない。
◆ ◇ ◆
四時間目の科学の授業終わりに俺は動いた。
科学室からの帰り、軽沢が一人になったところで声をかけたのだ。
「軽沢」
周囲には誰も居ない廊下。俺と奴の二人だけだ。
「何だ、ストーカー君じゃないか」
軽沢は勝ち誇ったような顔をする。
「何だい? 腹いせに暴力でも振るいに来たのかい? 更に罪を重ねる気かな? ははっ! 僕は安い挑発には乗らないよ。ハイスペだからね」
相変わらずムカつく男だ。
「軽沢、お前だろ、デマを流したのは?」
「はっ、何のことだい?」
「とぼけるな。俺だけじゃなくシエルにもしただろ?」
「何処に証拠があるんだ。バカバカしい」
あくまでも、とぼけるつもりか。
だが俺には勝算がある。このプライドが高い男ならば、見下しているはずの俺がバカにすれば、必ず挑発に乗るはずだと。
まあ、俺の戦略が正しければな。
俺はゲイル提督のような知略をめぐらせるぜ。
好きなアニメのキャラに成り切る俺。
因みにゲイル提督とは、銀河を舞台にした異世界アニメの天才戦略家である。
「軽沢、お前モテるとかハイスペとか言ってるけど、本当は劣等感が強い小物男だろ?」
「は? ハイスペの僕をバカにしているのか!?」
「だって正攻法じゃモテないから姑息な手段を使うんだろ? どう見ても低スぺ非モテだよな。低能っすか」
「な、なな、なんだと!」
良し、乗ってきたぞ。
「シエルに振られたからって、グループチャットに悪い噂を流したりさ。今度は蜷川さんに振られたから、盗撮画像で脅したりして。挙句に俺のデマを流すとか。それって正々堂々と戦えない低スぺだよな。実はお前って低能だろ? 小学校からやり直すか? あ、幼稚園でちたか? ばぁぶぅ」
俺は目いっぱい挑発するように、赤ちゃんの鳴き真似をする。変顔で。
ガタガタガガタガタ!
軽沢が怒りで震えている。目はギョロギョロと見開き、唇はビクビクと痙攣するくらいに。
「クソがぁああ! この低スぺキモオタの分際で、僕をバカにしやがって! 僕はハイスペなんだ! 僕を振るような酷い女には制裁を加えるのは当然じゃないか! 姫川は美人だからってお高くとまりやがって! だから罰を与えたんだ! 蜷川だってそうだ! この僕の告白を断るなんて許せない! 失礼な女はセ〇レにして散々遊んでから捨ててやる! そしてお前はデマを流して学校に居られなくしてやるからな!」
成功した。俺はポケットに隠しているスマホを握りながら確信する。
ここからが俺のターンだ!
オタク舐めんなよ!
断罪天使は、悪党には容赦しないからな!