第23話 男性恐怖症
「安曇君! 安曇君っ! うわぁああああぁ~ん!」
蜷川さんが俺に抱きついてきた。大粒の涙を流しながら。
「えっ、あの、もう大丈夫だから。俺が何とかするから」
「うん、うん……」
俺の胸に顔を埋めた蜷川さんは、何度も何度も頷く。
どどど、どうしよう! こんな展開になるなんて。
蜷川さんって、肩が細くて……抱きしめたら折れてしまいそうだ。
そういえば、さっき男の人に触れるって聞こえたような? どういう意味だ?
そ、それより先に、軽沢に脅されていた件だ。
「蜷川さん、落ち着いた?」
「う、うん……」
「もう大丈夫?」
「取り乱したりしてごめんなさい……」
抱きついていたのを恥ずかしがるように、慌てた様子の蜷川さんが体を離す。顔を赤くしたまま。
「えっと、良かったら事情を説明してくれない? 俺で良ければ力になるから」
「う、うん…………」
躊躇するように口を閉ざしていた蜷川さんだが、ポツリポツリと話し始める。
「その……私……軽沢君に告白されて……」
「うん」
「断ったんだけど……何度も……」
「軽沢め、またそんなことを」
シエルを狙っていた時と同じだ。
遊び人の噂がある軽沢だが、やはり手あたり次第なのかよ。
「そ、それで……しゃ、写真を……」
「写真?」
そこから蜷川さんが黙り込んでしまった。
何か言い難そうな苦し気な表情をしている。
どうしちゃったんだろ?
あの時、盗撮とかバラされたくなかったらって言ってたよな。もしかして……如何わしい写真とか、それとも……。
ここは俺が……。
「あの、蜷川さん。今から俺が勝手に話すからさ。もしイエスなら首を縦に振って」
こくっ!
蜷川さんが首を縦に振る。
「軽沢に脅されている理由は、アイツが盗撮した写真?」
こくっ!
やはり写真なのか。
「その写真を公開されると、蜷川さんの名誉が傷つく?」
こくっ!
「その写真は裸とか下着の……写真?」
ふるふる!
蜷川さんの顔が横に動いた。
これはノーという意味か。
良かった。最悪のケースは回避できたのかな。
もし裸や下着の隠し撮りなんかだと大変なことになるからな。
「つまり、その写真は裸とかではないけど、出回ると蜷川さんの立場が悪くなるんだね」
「うん……」
それなら方法は一つだな。
「さやちゃん先生に言って、軽沢のスマホからデータを消させよう」
「ダ、ダメっ!」
一目で分かるほど狼狽えた蜷川さんが俺を止める。
「でも、このままじゃ」
「だって……あんな写真……」
一体どんな写真なんだよ。
でも、このままじゃ蜷川さんが……。
「蜷川さん、画像の内容は誰にも言わないから、俺にだけ教えてくれないか?」
「う、うん…………」
蜷川さんは何度も躊躇いながら、俺に事情を説明する。
「書店で……本を買ったのだけど……ま、万引きを疑われて……」
「万引き?」
「し、してないよ! 私はそんなのしてないの。でも、万引きしたように見える写真を撮られて……」
万引きしてないのに誤解される写真を撮られたのか。
でも、それなら堂々と証拠を出せば済むような?
「蜷川さん、その時のレシートは残ってる? それを示せば疑いは晴れるよ」
「そ、それが……ダメなの……」
「どうして――」
俺の声を遮るように、蜷川さんが続ける。
「い、今から私の家に来て。こ、ここじゃちょっと……」
「は? はああああ!?」
◆ ◇ ◆
どうしてこうなった――――
今、俺は蜷川さんの部屋に居る。
白とピンクを基調とした可愛らしい内装。ベッドの上にはぬいぐるみ。微かにシトラス系の良い匂いがする部屋だ。
「え、えっと……」
俺と蜷川さんは、無言のまま小さなテーブルで向かい合っている。
グラスに注いだオレンジジュースは温くなってしまった。滴った水滴がグラスの底に溜まるくらいに。
「あの、そろそろ……事情を」
「う、うん」
ずっとうつむき黙っていた蜷川さんが前を向く。
「あのね、わ、私……男性恐怖症なの」
「ええっ?」
えっ? 男性恐怖症?
そういえば、蜷川さんって可愛くてモテるのに、誰とも付き合っていないような。
それどころか男子と親し気にしてるのも見たこと無いぞ。
それが清純派とか可憐とか言われる所以なんだけど。
待てよ? 何で男性恐怖症の蜷川さんが、俺を部屋に連れ込んでるんだ?
そんな俺の疑問に答えるよう、彼女は話し続ける。
「私……小さい頃、誘拐されそうになって」
「えっ!」
それは衝撃的発言だった。
「未遂なの。無事だったんだけど。その時のことがトラウマのようになっちゃって。私を連れ去ろうとした大きな手が、今でも思い出すと怖くて……」
そんな過去が……。
「だから男子が苦手なの。特に大声を出したり言葉がキツい人が。で、でも安曇君は大丈夫だったの。さっき触られた時も何ともなかったから」
それでか。俺に抱きついても大丈夫だったのか。
「ご、ごめんなさい!」
そこで突然、蜷川さんが頭を下げた。
「えっ? あの?」
「本当に、ごめんなさい。卒業式の日……」
「あ、そのこと……」
俺が告白して振られたことだろう。
「安曇君、勇気を出して告白してくれたんだよね。それなのに……私」
「そんな、蜷川さんは悪くないよ」
「違うの。安曇君が私を想ってくれてたのは知ってたんだよ。でも、あんな酷い振り方を……」
蜷川さんは何も悪くないのに。
俺は……。蜷川さんの気持ちも考えず、俺の勝手な想いだけで……。
「お、俺は気にしてないから。むしろ俺が悪かった」
「そんなことないよ。安曇君は良い人だもの」
「そんな」
「他の男子は怖いけど、安曇君だけは安心できたのに……私に勇気が無くて……」
話し終わった蜷川さんは遠い目をする。
「あの時、告白にOKしてたら私は変われたのかな?」
俺は何も言えなかった。
彼女にそんな理由があったなんて。
俺が勝手に告白して振られただけなのに。
そこで俺は疑問に思う。
その話と万引きを疑われた話は、一体どう繋がるんだろ?
ガサガサ――
何を思ったのか、蜷川さんは引き出しから大量の本を取り出した。
ドサッ!
「こ、これを見て欲しいの……」
「えっ、えええっ!」
俺は目を疑う。そこに並べられた本の衝撃的タイトルを目で追ったからだ。
【基本的セッ〇ス入門・四十八手】
【本当に気持ちが良いセッ〇ス全集】
【プロが教えるテクニック】
【誰でも女王様になれるSM入門】
【大人と変態のための保健体育】
【男を堕とす超絶〇〇テクニック】
どれもエロい本だった。
「えっ、えええっ、ええええええええええーっ!」




