第20話 本命
並み居るギャル軍団を前に俺は立ち尽くす。
どの女子も海千山千の猛者に見える。これが日本が誇るギャルなのか。
おっと、例えが大きくなっちまったぜ。誰も誇っちゃいねえ。
ギャルはオタクの敵だと思っていたのに、こう実際に近くで見ると凄い破壊力だぜ。苦手なはずなのに、ついつい引き寄せられそうな魔力を感じるぞ。
そんな感慨に耽っていると、黒ギャル子が俺の顔をジッと見つめてきた。
「ホントに彼氏なの? 何か余所余所しいし」
ヤバい。さっそく疑われているのだが。
ギュッ!
「まだ彼氏じゃないんだよね」
嬬恋さんが動いた。俺の腕に抱きついている……だと?
「お、おい」
「そうちゃむは黙ってて」
「おう……」
俺を置いてけぼりで嬬恋さんは話を進めてしまう。
「実はアタシの片思いなんだ。ちょー強力なライバルがいてさ。絶賛攻略中ってわけ」
は? そんな話は初耳なのだが。
「ほれほれぇ、アタシがこんなに攻めてるんだし」
グイグイグイグイ――
抱きついた嬬恋さんの胸が俺の腕に当たる。何だこの柔らかさは。天国か……って待て!
さっきから視線を感じると思ったら、窓の向こうの廊下にナチュラルダークブロンドの美少女が居るではないか。
シエルが俺を睨んでいるのだが!
「お、おい、くっつき過ぎだって」
「うわぁ、照れてる。そうちゃむ可愛い」
「からかうなよ」
シエルが怖くて嬬恋さんを引き離そうとするが、面白がっているのか余計に抱きつかれた。
その光景を見ているギャル軍団が、完全にお腹いっぱいな顔になっているのだが。
「あーはいはい。見せつけんな」
「イチャイチャすな」
「何だ、意外と仲いいじゃん」
何とか誤魔化せそうだな。付き合ってるのならキスでもして見せろと言われるかと思ったが。
しかし話題は聞き捨てならない話になる。
三人のギャルが口々にヤリ〇ン男の噂をしているのだが。
「でも初めてはリュージの方が良くね?」
「そうそう、100人切りとか言ってたし」
「最初はエッチ上手い男が良いって」
何だよそれは。寝取られ系作品のクズ男みたいな設定かよ。何か腹立つな。
べつに嬬恋さんの恋愛に口を挟む気もないけど、クズなチャラ男に彼女が泣かされるのは何か嫌だ。
「ちょっと待った!」
しまった、つい我慢できず口を挟んでしまった。
俺が大声を上げたので、ギャル軍団がビックリしているじゃないか。
だがもうこのまま突っ走るしかねえ。
「えっと……俺が言いたいのはだな。初めてって、もっと大切なものじゃないのか? 上手く言えないけど、そんな雑に捨てて良いものじゃないだろ。遊び人じゃなく、本当に大切にしてくれる男としろよ」
シィィィィィィィィーン!
しまったぁああ! くさいセリフを吐いてしまった。オタクキモッって思われる。
顔を見合わせていたギャルが俺の方を向く。
「真面目かっ!」
「うわぁ、真実の愛とか言ってそう」
「童貞じゃね?」
おい、うるせーよ!
「でもさ、星奈に合ってるよね」
「そうそう、星奈って意外と純情だし」
「それな。お似合いカップルってやつ」
一時は大恥かいたかと思ったが、意外と好感触のようだ。
「星奈、お幸せに」
「がんばりな」
「童貞奪っちゃえ。てかキスくらいしろ」
こうして俺たちは、ギャル軍団の公認カップルになってしまった。付き合ってないのだが。
◆ ◇ ◆
教室に戻る途中の廊下でも、嬬恋さんは俺の腕を放してくれない。
「おい、もう恋人の振りはいいだろ」
「えへへっ♡『本当に大切にしてくれる人としろよ』うふふっ」
「オイヤメロ」
嬬恋さんが俺の声真似をした。俺の顔が恥ずかしさで熱くなる。
「でもさ、そうちゃむと付き合うと大切にしてもらえそう」
「えっ……」
どういう意味だよ。
「そうだ! 今度デートしよっ」
「何でだよ」
「ほら、またあの子らが口挟んでくるかもしんないし」
小悪魔的な表情になる嬬恋さん。
「やっぱ既成事実……じゃなかった、リアリティが必要でしょ」
「今、既成事実って聞こえたような」
「そんな細かいコトどうでもいいっしょ」
細かくねえよ。
「そうだ。何でもしてあげるんだったよね」
そう言って嬬恋さんは胸元を開ける。
「ま、まま、待て」
「いつでも良いよ♡」
「良くねーから」
「ふふっ♡ じゃ、今日はありがとね」
そう言った嬬恋さんは、弾けるような笑顔で走っていった。
「だから、どういう意味だよ……」
デート……本気なのか? いやいや、冗談だよな。
良く分からない内に、どんどん複雑な人間関係になっている気がする。
俺のポリシーは省エネモードだったはずなのに。
「壮太」
「うわっ!」
突然、後ろから声をかけられて驚いた。これ前にもあったよな。
「シエルかよ。毎回驚かすな」
「驚くのは後ろめたい気持ちがあるから」
「無いって」
「あやしい……」
シエルがジト目で俺を見る。
学食で俺を睨んでたからな。抱きつかれていたのもバッチリ見られたはずだ。
「壮太のバカ」
「おい」
「壮太のアホ」
「さっきから何だよ?」
「べつに……」
シエルがプイッと横を向いた。
怒ってるのか、シエル? お兄ちゃんが取られちゃうとか?
それは無いか。自称姉とか言ってるし。
◆ ◇ ◆
ガチャ!
ヒタッ、ヒタッ、ヒタッ――
やっぱり来やがった!
深夜零時を回った頃、部屋のドアが開き足音が近づいてくる。
昨夜のアレが夢なのか現実なのか確かめたい俺は、寝たふりをして待っていたのだ。
やっぱりシエルが来た。俺に催眠を掛けるために。
「壮太……」
俺の耳元でシエルが囁く。
やめてくれ。吐息がくすぐったいやら、甘い声が脳を蕩けさせるやらで大変なんだ。
これ以上されたら……。
俺の心と体が大変なことになりそうなのも知らず、シエルは囁き続ける。
「壮太、嬬恋さんに抱きつかれてた」
あれは不可抗力だ。
「たまにお姉にも抱きつかれてるし。やっぱ壮太って巨乳好きなんだ」
ちち、違うだろ! 俺が抱きついてるんじゃねー!
「私だって大きいのに。お姉には負けるけど」
おい、何を言い出してるんだシエル。
「私のはEカップだよ」
シエルはEカップだったのか!
くっ、ノエル姉のデカさに惑わされていたが、シエルまで巨乳だったとは。
しかしシエルって着痩せするタイプなのか? 全体的にスリムに見えるけど。いや待て、スリムだが隠し切れない胸の立体感はあったはず。
うぉおお! ダメだ、義姉をエロい目で見るな俺!
「ふふっ、壮太のエッチ」
だれがエッチだ! そっちが勝手に教えたんだろ。もうシエルの胸が頭から離れねえよ。
「触りたい? 壮太なら触っても良いよ」
おいおいおいおいおい! シエルは何を言ってるんだ!?
「なーんてね、うっそぉー」
くっ、騙された。
しかしシエルって、いつもはクールなのに、独り言はお茶目なのかよ。可愛いじゃないか。
「じゃあ今夜も行くよ……」
またシエルの催眠が始まった。
「壮太はシエルを好きになる……壮太はシエルを好きになる……壮太はシエルのことが大好き……」
やめろー! それ地味に効くんだよ! そんなのされたら好きになっちゃうだろ! 童貞なめんな!
「はぁい、壮太はシエルが大好き。壮太はシエルが大好き。はいもう一度……」
来るぞ、シエルの変なカタカナ英語『リピートアフターミー』が!
「レポート忘れたメーン」
ブファッ! 油断した。いつものカタカナ英語じゃなかったぁああ!
「ふふっ、なんちゃって。今のはレポートを忘れて竹刀でぶっ叩かれるシチュエーションね。体罰はヤバいから後でラーメン奢らされるんだよ。メンだけに」
くっそ! 寒いギャグなのに地味に効いてくるぜ。そもそも何の繋がりもないだろ。まだチャーシューメンの方がマシだ。
「ヘイ、ワッツアップ、メーン!」
くっそ! メン違いだった! 耐えろ、耐えろ俺!
俺はシエルの寒いギャグ攻撃を、ひたすら耐えるのだった。
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