第17話 彼氏のふり
天気は快晴。少し汗ばむように温かな四月下旬。
俺は駅前のバスロータリーを見つめながら途方に暮れていた。
「ふう、まいったな」
スマホの時計を見ると、13時を10分ほど過ぎたところだ。
俺は嬬恋さんと待ち合わせているのだ。面倒な人間関係に巻き込まれて。
女子には関わらないはずだったのに、見事なまでに女子の恋愛トラブルとやらに巻き込まれるとか。どうなってるんだ。
ササッ!
ふと顔を横に向けると、柱の陰からこちらを覗いている艶やかな深い金髪の女子が慌てて隠れた。しかも二人。
そう、嬬恋さんとの約束に、姫川姉妹までついてきてしまったのだ。
少しだけ時間はさかのぼる。
部屋で嬬恋さんと電話したのをシエルに見られた俺は――――
『壮太は嬬恋さんとデートするんだ』
『でで、デートじゃねーし!』
シエルの指摘に、俺は全力で否定した。
『何でもするって聞こえたけど』
『あれは冗談だよ。頼み事があるって言われてさ』
『デートするんだ』
『だからデートじゃねえ』
俺たちが言い合いをしているところに、ノエル姉までやってきた。
『そうちゃんデートするの?』
『しませんって!』
『デートしたいなら、お姉ちゃんとしなさい』
『だからデートじゃないって……って、今なんつった!』
『デートするんだ……』
『って、聞いちゃいねえ!』
いつも優しいノエル姉が、ちょっと怖い。顔は笑っているのに変な迫力があるのだ。
『そうちゃんがデートするなら、お姉ちゃんがついて行きます』
『私も行く。壮太がエッチなことしないよう見張らないと』
と、そんな感じに、人の話を聞かない姫川姉妹が無理やりついてきたのである。
因みに、女子とSNSのアドレスを交換しているのを知ったノエル姉はプリプリご立腹。全てのアドレスを教えなさいときたもんだ――――
「ふう、嬬恋さんはまだかな……」
駅前の商店街を眺めるように顔を上げると、明るめの茶髪を弾ませ走ってくるギャルが見えた。
「ごっめぇーん! 待った?」
両手を合わせて舌を出す嬬恋さんだ。
文句を言ってやろうと思っていたのに、そんな恋人みたいなシチュエーションをされたら怒れない。
「くっ、何だコレ。こんなんで良いのか俺」
「そうちゃむ、早く行こっ」
いきなり俺の手を引っ張る嬬恋さん。
「何処に行くんだよ?」
「だから先に打ち合わせが必要なんだって」
「打ち合わせって何だよ?」
「いいから。ほらっ」
嬬恋さんの手が俺の手に重なる。
やめてくれ、こっちは女子と手をつなぐなんて慣れていないんだ。
◆ ◇ ◆
嬬恋さんに手を引かれて入ったのはファミレスだった。
彼女は呑気にスイーツを選んでいる。
「それで、相談とか打ち合わせとかは?」
「ちょっと待って。今選んでるから」
「はあ?」
「和栗のモンブランパフェも良いし、スペシャルベリーチーズケーキも……」
スイーツを決めるのに躍起なようだ。もう全部頼んじまえ。
「そうちゃむも注文して良いよ。アタシ奢るし」
どうやら相談の見返りに奢ってくれるようだが。
豪華なパフェを頼むのは気が引けるので、無難にコーラフロートにしておいた。
「それで、相談って何だよ……うっ!」
「どうしたん?」
ふと顔を上げたら、嬬恋さんのバックにキラキラ光るダークブロンドが見えた。それもすぐ隣の席だ。
「な、何でもない……」
おいおいおいおい! 何で隣にノエル姉とシエルがいるんだよ。
もっと離れなきゃバレるだろ。
「後ろがどうかしたの」
「そ、それで話ってのは?」
俺は後を向きそうになった嬬恋さんを止める。
「そうそう、聞いてよ――」
嬬恋さんの話を要約するとこうだ。
一年の時からつるんでいたギャルグループだが、嬬恋さん以外の全てのメンバーは彼氏がいるそうな。
彼女らにとって、彼氏がいるのは当たり前で、尚且つ男のステータスも重要らしい。やはりマウントやヒエラルキーに影響するのだろう。
当然ながら、彼氏のいない嬬恋さんは、皆からマウントを取られたり要らぬアドバイスをされたり。
そこで男を紹介してあげるという話になる。しかもその男が遊び人のウェイ系っぽい男だときたもんだ。
見た目は派手だが中身は純情な嬬恋さんとしては、そんな男と流れでエッチなどしたくない。
「それで彼氏ができたって言っちゃったんだ?」
「よく分かったね。そうちゃむ天才」
俺の言葉に嬬恋さんが目を輝かせる。
そんなの誰でも予測できるって。
「でもくだらないな。彼氏でマウントとか。そんなの無駄だろ。もっと他にやることが」
「男子だって同じっしょ。非モテより可愛い彼女いる方が上みたいな?」
グサッ!
「そ、それは……そうだけど」
確かにそうだ。どんなに時代が変わっても、モテる陽キャが非モテをバカにする風潮は根強い。
そんなのが嫌で、俺は省エネモードで生きると決めたのだがな。
「でもさ、そんな嘘をついてもすぐバレると思うけど。いつまでも彼氏のフリなんて無理だろ」
「だいじょーぶ! 何か追及されても別れたって言えばOKっしょ」
「OKじゃねえ」
そんな簡単にくっついたり別れたりできるかよ。
ギャルや陽キャの世界では普通でも、俺のような陰キャには大事件なんだぞ。
「ダメ……かな?」
嬬恋さんの表情が沈む。
「ダメっていうか、恋人ってそんな簡単なもんじゃないだろ。もっと気持ちを大切にしないと」
「だ、だよね。アタシもそう思う……」
嬬恋さんが黙ってしまった。
少しの沈黙が長く感じてしまう。
「あ、あのさ」
おもむろに話し始める嬬恋さん。
「も、もし良かったらだけどさ。アタシたち、このまま付き合っちゃう?」
「はあああ!?」
お、おい、待て待て。冗談だよな。
本当にモテ期でも来たのか?
ダメだ、俺は省エネモードで……。
でも、彼女ができたら……俺も青春っぽいことが……。
『そうちゃん――』
その時、頭の奥深くに誰かの声が響く。懐かしい記憶が甦りそうになった。
何だか分からないけど大切な思い出なのだけは確信できる。
そうだ、夢の中の……。夢? 夢って何だ?
「って、うわぁああ!」
顔を上げた俺は絶叫してしまった。
嬬恋さんが腰かけているソファーの後ろから、姫川姉妹が顔を覗かせていたからだ。
「えっ、なになに?」
俺の声で嬬恋さんも振り返ってしまった。
「あっ……」
しまった。姫川姉妹が固まってるぞ。どう言い訳すれば……。
俺の心配を他所に、嬬恋さんのテンションは上がっているのだが。
「わぁー! しえるんだ! どうしたの?」
「えっ、その……」
見つかってしまったシエルの目が泳ぐ。
これはテンパってるな。
「ぐ、偶然……声が聞こえて」
「偶然なんだ。すごい偶然だね!」
嬬恋さん、それは偶然じゃないぞ。
「てか、そっちの超綺麗な人ってお姉さんだよね」
嬬恋さんの視線がノエル姉に移る。
ノエル姉の方はといえば、自己紹介を始める始末だが。
「姉の乃英瑠です。シエルちゃんがいつもお世話になってます」
「ど、どうもご丁寧に」
何だ何だ。あの嬬恋さんが緊張しているじゃないか。
「あ、あの、アタシ、嬬恋星奈っていいます。えっと、ノエル先輩に憧れてるっていうか。いっこ上に超綺麗な先輩が転校してきたって、二年の女子で話題になってたし。あ、ノエル先輩って呼んで良いですか?」
両手を前でモジモジさせながら上ずった声で話す嬬恋さん。こんなレアな彼女は見たことが無い。
ノエル姉といえば、いつものほんわかした笑顔と声で答えるのだ。
「いいよ。気軽に呼んでね」
「は、はい」
「私も星奈ちゃんって呼んで良い?」
「もも、もちろんです」
「いつもシエルちゃんと仲良くしてくれてありがとね」
「こ、こちらこそ」
こうして俺たちは一緒のテーブルでお茶することになった。
何故かノエル姉が俺の隣に座り、ピッチリ距離を詰め彼女面しているのだが。
「そうちゃん、このチーズケーキ美味しいよ。ひとくち食べる?」
そう言ってフォークを向けてくるノエル姉。やめてくれ、これ以上状況を混乱させるのは。