第16話 何でもしてあげるだと
少女の声がする――――
そう、これは俺の夢だ。
『はい、あなた。ご飯よ』
公園の砂場。少女が泥団子を俺に手渡してくる。
『要らねえよ! それ泥じゃん』
『これはご飯なのっ! はい、食べて』
『ヤダね! 食べられないし』
『うわぁ~ん! そうちゃんが食べてくれない。もうリコンよ』
誰が離婚だよ。ままごとだろ。
この女の子、面白いな。
『そうちゃ~ぁん!』
そこにもう一人の女の子がやってきた。
これは今までにない新展開だぞ。
『はい、そうちゃん。お菓子だよぉ』
やってきた少女が俺にお菓子を見せる。お日様のように柔らかな笑顔で。
『お母さんにもらったの。〇〇〇ちゃんやそうちゃんと食べなって』
その少女は、今まで一緒にいた子より少しだけ年上に見える。
お姉さんみたいだ。
『はい、そうちゃん。あーん』
年長少女が俺の口にお菓子を入れようとする。
『ひ、一人で食べられるから』
『はい、あーん』
俺の話を聞いていないのか、その少女は無理やり口にお菓子を詰め込んだ。
『ふがっ、ぐっ……もぐもぐ』
『どう? おいしい?』
『う、うん』
『良かったぁ』
その少女の笑顔で、俺も自然と笑顔になった。
まるで淡い恋心を抱いているみたいに。
ただ、それを見たもう一人の少女の顔が歪んでゆく。泥団子を持ったまま大粒の涙を流して。
『うわぁああああぁ~ん! ずるいずるい! お姉のは食べるのに、私のだけ食べてくれないぃ~!』
『だって、それ泥じゃん』
『お姉だけズルい~! 私もお姉になるぅ!』
泣きじゃくる少女に、子供の俺は冷静にツッコんだ。
『〇〇〇は妹だろ』
『ヤダヤダぁ! 私もお姉が良い!』
『妹は妹だぞ。姉にはなれないの』
『いいもん。大きくなったら、絶対そうちゃんのお姉になるから』
やっぱり面白いな。この子。妹から姉にジョブチェンジでもするのか?
『壮太……壮太……』
途中から甘い声の囁きが聞こえてくる。
これも毎度同じだ。途中から夢が切り替わるんだ。
『ムカつく、壮太のやつ……』
おい、俺は何もしてないぞ。
『嬬恋さんとアドレス交換してたし……蜷川さんとも仲良くしてた』
仲良くはしてないだろ。同じ班なだけだぞ。
『壮太ってモテるんだね。やっぱりムカつく』
モテてねーだろ。俺はコミュ障で非モテなオタクだ。
『はぁ……ライバル多いな。もう奥の手を使うしか』
お、おい、やめろ。奥の手ってアレだろ? 息の根を止めるとかいうやつ。
『それに、お姉も……。あれ、絶対好き好き大好きなハグだよね』
何だそりゃ。ノエル姉のは無防備に距離が近いだけだろ。誤解させるようなことを言うなよ。
『よし、決めた。壮太がお姉にデレデレしたら息の根を止める……のは可哀そうだから……』
当然だ。止めるんじゃねぇええ!
『お仕置きするとか? そうだ、私が女王様になって調教してあげる』
おいやめろ。俺に変な性癖を植え付けるな。
『冗談冗談』
冗談かよ。ちょっと期待しちゃったじゃねーか。
『ふふっ、覚悟しなさい壮太。今度から奥の手を使って躾けてあげるから』
怖ぇえよ! 何されるんだよ!
『じゃあね、壮太』
足音が遠ざかってゆく。
やっぱりこれも夢なのだろうか。
◆ ◇ ◆
今日は林間学校の振り替え休日だ。
一日中のんびりアニメとゲームに費やしてやる。と思ったのだが。
「何かおかしい……」
俺は耳に手を当て考え込む。
「何だろう? 誰かが耳元で囁いていた気がする。甘く……蕩けるような声で……」
夢を見ていた気がするのだ。とても重要で大切な思い出のような。
しかも夢の内容と甘い囁きの人物が同じような気もする。
それが何なのか、それとも全て夢だったのか忘れているのだ。
「うーん、考えていてもしょうがない。そのうち思い出すだろ」
ピンコーン!
ちょうどその時、スマホの通知音が鳴った。
「なになに、嬬恋星奈じゃないか」
まだ眠い目をこすってメッセージを見る。
『おはよー♡』
女子には関わらないと決めたはずなのに、やっぱり女子からメッセージが来ると胸がざわついてしまう。
「くっ、何だろ、ちょっと嬉しい。でも、これ絶対に厄介事を押し付けられるフラグだろ。オタクに優しいギャルなど存在しないはずなのに……」
例の相談したい件だろうか。彼女から連絡が来ると身構えてしまう。
しかし女子からメッセージが来る誘惑には逆らえない。
『おはよう』
無難なメッセージを返すと、すぐに返信が来た。
『今何してる? 暇だよね』
『忙しい』
『ぜったい暇してるっしょ!』
『撮り溜めた深夜アニメをだな』
『それは後にしてよ』
『俺はリアル女より二次元美少女をだな』
ピロロピロロピロロ――
「うわぁああ! 電話だと!」
突然、電話が鳴ってスマホを落としそうになった。
俺のスマホは、ほぼゲーム専用で電話がかかってくるなど稀なのだ。
「仕方がない。出るか」
俺はしぶしぶ電話に出た。
ピッ!
『ちょっとぉ! ヒドくない? アタシがこんなに頼んでるのにさ』
いきなり凄い剣幕で捲し立てられて、スマホを耳から離した。
「そんな大きな声出さなくても聞こえてるって」
『お願い。大事な頼みなの』
「ギャルの頼み事なんて悪い予感しかしないのだが」
『そんなことないって』
「どうせ彼氏のフリをしろとかそんなのだろ?」
『うぐっ……』
おい、図星かよ! それラブコメでよくあるやつだろ! リアルにそんなのあるのかよ!
『そ、そうちゃむにしか頼めないの。こんなの他に頼める人いないし』
「非モテでオタクの俺に頼む方が無理あるだろ」
『だいじょーぶ! そうちゃむって磨けば光りそうだし』
「そうかな?」
『そうそう、素材は悪くないと思うし。むしろイケてるし』
「なっ! そ、そうなのか……なら」
『だからお願い。良いよね?』
「だが断る!」
『もぉおおおおおお~!』
コンコンコン!
俺がギャルをおちょくっていると、誰かが部屋をノックした。
「誰だ?」
「私」
ガチャ!
ドアを開けて入ってきたのはシエルだ。
俺は咄嗟に人差し指を自分の口に当てるジェスチャーをする。
「しぃー!」
「えっ?」
戸惑う俺たちに気付かない嬬恋さんは、電話の向こうで何度も俺を呼んでいる。
『ちょっと、そうちゃむ! どうしたの! そうちゃーむ!』
「あっと、悪い。親がな」
シエルが来たなどとは言えず、親のせいにしてしまう。
『なーんだ、急に黙っちゃうから心配したし』
「それで何だっけ?」
『だからお願いだって。13時に駅前で』
「おい、勝手に決めるな」
『代わりに何でも一つお願い聞いてあげるからぁ』
「ななな、何でもだと!」
しまった。つい『何でも』でテンションが上がってしまった。シエルが見ているのに。
『な、何でもっていってもエッチなのはNGだからね! あ、アタシ、そんな軽い女じゃないしぃ』
マズい。シエルが睨んでいる。まさか、こんな展開になるなんて。
ピコッ!
突然、スマホの画面がビデオ通話に切り替わった。
『ほ、ほら、そうちゃむ。こ、これでどうかな?』
画面には、胸元を緩くした嬬恋さんがアップになっている。谷間を強調するように。
「お、おい、何やってるんだよ……」
『お願い聞いてくれたら、もうちょっとだけ見せるからさ。あっ、触るのはダメだからね』
「触らねーよ! 気まずいって!」
『じゃ、お願いね! 駅前13時で』
ピッ!
そう言って嬬恋さんは一方的に電話を切った。
部屋には唖然とする俺と、『ぐぬぬ』とジト目で睨むシエルだけを残して。
もしよかったらブクマと星評価で応援していただけると嬉しいです。
モチベが上がります。