第15話 もしも時間が戻るのなら
気まずい。気まず過ぎる。
俺は蜷川さんと並んでバスに揺られているのだ。どうしてこうなった。
しかも隣の席からは険悪な雰囲気になっている岡谷と軽沢のダークオーラが流れてくる。
すまん岡谷。今はこっちで手いっぱいだ。
「あ、安曇君、久しぶりだね。こうして一緒の班になるの」
蜷川さんは笑顔で話しかけてくる。まるで俺を振ったのを覚えていないかのように。
「中学の時は、よく一緒になってたよね」
「そ、そうだね……」
「やっぱり安曇君は凄いな」
「えっ?」
「はぁ……私はダメだなぁ。副委員長なのに、姫川さんが孤立しているのを見て、何もできなかった……」
蜷川さんは溜め息を吐いてうつむいた。
「そ、そんなことないよ。蜷川さんは優しい人だし」
「ううん、違うよ。本当に優しいのは安曇君だよ」
まるで自分に言い聞かせるようにつぶやく蜷川さん。
「私は勇気が無くて……計算高くて……。あの時、考えちゃったの。もし姫川さんを庇って、代わりに私が標的になっちゃったらって……」
そんなの誰だってそうだろ。俺だって怖い。
「でも、安曇君は違うよね。自分が損をするのも顧みず、姫川さんを助けに行って……。凄いなぁ」
俺はそんな褒められる人間じゃねえぞ。
あの時は気が動転して。何故か分からないけど、シエルを助けなきゃって思ったんだ。
だから勝手に体が動いて……。
「俺は、そんなんじゃないよ。シエル……姫川さんが悪口言われているのが嫌だったんだ。あいつは悪いやつじゃないのに」
思いの丈を打ち明けた俺を、蜷川さんはジッと見つめている。
「姫川さんと……仲良いんだ」
ギクッ!
「え、えっと、そう、幼馴染なんだ」
「そうなの!?」
「うん。小さい時にね」
驚きのあまり蜷川さんが目を見開いた。
「そう……なんだ」
大丈夫だよな。岡谷にも言ってるし。小さい頃に近所に住んでたって。
「えっと、あまり人に言わないで欲しいけど。何か色々と事情があるみたいだから」
「分かった」
頷いた蜷川さんが、何かを小声でつぶやく。
「もし、あれが私でも助けてくれたのかな……」
「えっ?」
「な、何でもない」
そのまま蜷川さんは黙ってしまった。
前の座席からは、ウザ絡みする嬬恋さんと、珍しく大声で話すシエルの声が聞こえてくる。
「しえるん♡ 仲良くしようよぉ」
「変なあだ名つけないで! ちょっと、抱きつくなぁ!」
仲良くしているようで安心だ。
◆ ◇ ◆
ピンコーン!
無事一泊二日の林間学校を終え帰宅途中、俺のスマホに通知音が鳴る。
「誰だろ? って、ギャルかよ」
嬬恋さんからのメッセージだった。
『そうちゃむ♡ おつかれさま~』
派手なスタンプと一緒に彼女らしいメッセージが添えられている。
何だそのハートは!? 誤解するような絵文字を使うんじゃない!
ピンコーン!
立て続けにメッセージが来る。
『相談に乗ってくれるの覚えてるよね?』
『今度お願いね』
『でゎ、またねー♡』
おいおい……。
「だからハートはやめろって」
「ふーん、やっぱり仲良いんだ」
「うわぁああっ!」
突然、耳元で声がして、俺の足が地面から十センチほど飛び上がった。
「だだ、誰だ」
振り向くと、そこにはジト目になったシエルが立っている。
「し、シエルか。びっくりさせるなよ」
「壮太がスマホを見つめてデレデレしてたのが悪い」
「デレデレはしてないだろ」
ピコピコ!
シエルのスマホにも通知音が鳴った。
「メッセージだぞ」
「ん」
シエルがスマホを開くと、そこには俺と同じように嬬恋さんからのメッセージが届いていた。
『やっほーしえるん♡ またあそぼーね』
何かのヘンテコなキャラクターが手を振っているスタンプが添えられている。それ流行ってるのか。
「ほら、俺だけじゃないだろ。シエルにも送ってるじゃないか」
「うん」
「もしかして嫌だったか? 俺が頼んだんだよ。シエルと仲良くしてやってくれって」
「えっ、壮太が?」
シエルの視線が俺を捉える。その顔は氷の女王ではなく恥じらうような表情だが。
「そうなんだ……壮太が……」
「う、うん」
「ふふっ、行こっ、壮太」
シエルの顔が少しだけ綻んだ。その足取りは軽く弾むような感じだ。
そう俺が思っているだけかもしれないが。
「おい、シエル」
「シエルお姉ちゃんでしょ」
「外ではNGじゃなかったのかよ」
「もう家が近いから良いの」
そのままのステップでシエルは家に入っていった。
「ふうっ、まったく。変わった女だな」
俺もシエルに続いて家の玄関をくぐった。
まさかの展開が待ち受けているのも知らずに。
「そうちゃぁああああぁん!」
むぎゅうううううううううううううっ!
家に入るなり、いきなり俺はムッチムチでパッフパフで滅茶苦茶良い匂いの攻撃を受けることになる。
そう、ノエル姉のGカップタックルだ。
「そうちゃん! そうちゃん! そうちゃん! そうちゃぁああぁあん! 寂しかったぁ!」
「うっわぁああ! 離れろぉ! くっつくなぁ!」
「もうっ! お姉ちゃんね、そうちゃんと会えなくて寂しかったのぉ」
ノエル姉が放してくれない。肉感たっぷりの柔らかな膨らみを押し付けながら。
「こら、離れろぉお! 一晩会ってないだけだろ」
「だってぇ、そうちゃんもシエルちゃんもお留守なんだよ。寂しいよぉ」
このポンコツお姉は本当に世話が焼ける。子供の頃は憧れのお姉ちゃんだった気がするのに。
うーん、前からこんなだったか?
もっとしっかり者だった気がするけど。
そんなダメダメなノエル姉だけど、何故か目が離せない。俺の視線を釘付けにしてしまう魅力があるんだ。
俺自らお世話をしたくなってしまうような。
「ぐぬぬぬぬぬぬぬ…………」
ふと、胸の谷間に埋もれながら『ぐぬぐぬ』している方に目をやると、やっぱり暗殺者みたいな顔をしたシエルが睨んでいるところだった。
だから怖いんだって。
「もう、ノエルったら。壮太君を困らせちゃダメよ」
そこに、奥から莉羅さんが出てきた。
この人の笑顔を見るとホッとする。
しぶしぶ「はーい」と言って体を離したノエル姉に代わって、今度は莉羅さんが両手を広げて……。
ん?
「おかえりなさい。はい、壮太君♡ ママをギュッてして良いのよ」
「それは遠慮します」
訂正する。莉羅さんを見るとホッとするのではなくムラッとするの間違いだった。
「もうっ、壮太君ったら。遠慮しないでママに甘えて良いのよ」
めげない莉羅さんは、再びグラマラスな体を広げる。
体にフィットしたVネックシャツからは、零れ落ちそうな膨らみが強く主張し、大きく切れ込んだ襟には深い胸の谷間だ。
待て、見るんじゃない俺!
「えっと、俺、もう子供じゃないんで」
「だってだってぇ、私、男の子も欲しかったのよ」
「つくれば良いじゃないですか」
「もうっ♡ 壮太君ったらダ・イ・タ・ン♡」
俺が子づくりするんかい!
ズルズルズルズル――
案の定、莉羅さんは怒った姉妹に連行されていった。
「じょ、冗談よぉ。本気にしないでぇ~」
「お母さん! 変な冗談はやめて!」
「もうっ! そうちゃんと子づくりするのはわた……」
危機は去ったぜ。
最後の方でノエル姉から変な発言が出た気がするが、きっと気のせいだ。
静まれ……俺の心とあそこ。平常心だぜ。
しかし平常心ではいられない展開が、この後の俺を襲う。そんな予感がしていた。
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