第14話 私のヒーロー
俺の声を聞いたシエルはきょとんとした顔をする。
「は?」
「なるほど、起死回生の一手で、徳川幕府軍を大坂城で迎え撃つと」
「夏の陣じゃ外堀が埋められてる。負け確定」
シエルが乗ってきた。最初はどうなるかと思ったが。
そのシエルだが、俺がアホなことを言ったからなのか、ちょっと得意げな顔をする。
「ふふん、せめて小田原城攻めと言うべき」
「それも一夜城とかで負けるだろ」
「しまった……」
素で言ってるのか冗談なのか、シエルが変な返答をしてきたぞ。
「ほ、北条氏は負けたけど私が指揮すれば勝てたはず」
「そんな訳あるか」
「私の戦術は銀河を揺るがすミラクル。帝国軍も各個撃破」
ゲイル提督かよ! 何だその異世界銀河勇者伝説みたいなネタは。
てか、シエルってアニメに詳しいのか?
そのシエルだが、ドヤ顔になって話し続けている。
「ふふん、私は稀代の天才戦術家。これは揺るぎない事実。ドゥーユーアンダスタンド?」
「こら! その顔でコテコテなカタカナ英語をつかうんじゃない」
俺とシエルの変な会話で周囲から笑い声が起こった。
アハハハハ――
「えっ、姫川さんって面白い人だったんだ」
「なになに、あのカタカナ英語ってジョークなの?」
「真面目な顔の姫川さんが言うと面白わね」
「何だぁ~姫川さんってクールで高飛車な人かと思ってたけど、そうでもなかったのかぁ」
「意外と良い子なのかもね」
成功した。女子の空気が一気に変わったぞ。
「ねえ、姫川さん。歴史詳しいの?」
蜷川さんが動いてくれた。
彼女に続いて他の女子もシエルの周りに集まってくる。
「姫川さんって面白いのね」
「アドレス交換しよ」
「オタク男子にも話しを合わせてあげるなんて、姫川さん優しい」
誤解が解けた。これで問題ないだろう。
俺はやり切ったぞ。
あと誰だ、オタク男子とか言ってるやつは。
しかしあの噂を流したのは誰だよ。
俺は周囲を見回す。
そこに、一瞬だけ苦々しい顔をしてから離れて行く軽沢の姿が目に留まった。
「あれは……」
軽沢なのか……? シエルに振られたから嫌がらせを……?
まさかな……。
◆ ◇ ◆
一時はどうなるかと思ったシエルの転校生活だが、何とか上手くいったのかもしれない。
無口でクールな氷の女王キャラも、実はサブカルに詳しい面白女子だと受け入れられたようだ。
こうして林間学校の日程は滞りなく進み、残すは撤収のみとなった。
俺は使用した調理器具やら薪やらを片付けながら岡谷に話しかける。
「しかし高校生にもなって林間学校はどうなんだ。アニメなら肝試しとかして気になる女子と二人っきりになったり、お風呂を間違えてヒロインとばったりとかイベントもりだくさんなのに」
そんな俺に、岡谷は何か言いたそうな顔をしている。
「どうした、岡谷?」
「くっ、お前は鈍感主人公か!」
「何だそれは」
「お前、孤立する姫様を助けて一部の女子から好感度急上昇じゃねーか」
「は? 知らんぞ。そんなの」
何のことだ。俺はシエルに寒いオタトークをけしかけた男子と噂されてるのだが。
そもそも俺は女子と付き合う気はない。
人間関係に悩むくらいなら省エネモードで生きると決めたんだ。
そんなことを考えていると、向こうからニコニコと肉食系笑みを浮かべたギャルが近寄ってくるではないか。
「そうちゃむ! あんた良いとこあるじゃん」
おい、この嬬恋星奈とかいうギャルが、変なギャル言語で話しかけてきたのだが。
何だその『そうちゃむ』って、魔法少女の宝石か?
俺の動揺など何処吹く風か、嬬恋さんは馴れ馴れしく話し続ける。
「ねえねえ、そうちゃむ。アドレス交換しよっ」
「つまり俺が魔法少女になるのか」
「なに言ってるの。ウケる」
「えっと、そうちゃむって何だ?」
「えー、壮太だからそうちゃむ。良いっしょ」
えっ? 何であだ名?
いつの間に俺はギャルからあだ名呼びされる仲になったんだ?
「ほらほら、スマホ貸して」
嬬恋さんは勝手に俺のスマホを分捕りアドレス交換をしているのだが。どうしてこうなった。
「安曇……お前ギャルにまで……」
岡谷が羨ましそうな顔で俺を凝視している。グギギギといった感じに。
何だその顔は。『我に艱難辛苦を与えたまえ』の山中鹿之助か? いや違うか。
「はい、これでオッケー。今度メッセ送るから」
「お、おう」
スマホをヒラヒラさせた嬬恋さんは、ニッコニコで戻っていった。
「何が起きているんだ? 俺の決意とは逆の方向に進んでいる気がするのだが……」
そんな俺のところに、今度はシエルが現れた。
ヤバい。今のを見られたか。
見られても問題ないはずなのに、何故かシエルにだけは見られたくないと思ってしまう。何故だろう。
「ん、こっち」
クイクイ!
相変わらず氷の女王みたいな目でシエルが俺を呼ぶ。指をクイクイさせながら。
だから怖いんだよ。
ザッ、ザッ、ザッ――
シエルの後をついてゆくと、皆から少し離れた木陰に入った。
サラサラと風に揺れる木の枝が日陰を作っていて少し涼しい。
「どうしたんだ? さっきの嬬恋さんならべつに……」
「あ、ありがと」
突然、シエルが感謝の言葉を口にした。
「えっ?」
「今朝の……助けてくれたんだよね」
シエルは俺をジッと見る。
「ああ、それか。言ったろ。俺はシエルが困ってたら、いつでも助けるって」
「うん……」
心なしかシエルの目が熱を帯びている。上気したように顔も赤くなっている気がするぞ。
「シエル?」
「嬉しかった。そうちゃ……壮太は昔と変わらないね」
「えっ?」
「壮太はいつだって私のヒーローだよ」
私のヒーロー……何処かで聞いたような?
何だろう。凄く懐かしい気がする。
思い出せない……。
「それだけ。じゃあ……」
戻ろうとするシエルだが、俺の方を振り向いて口を開く。
「そうだ、嬬恋さんとアドレス交換したんだ?」
「あっ、そ、それはだな」
「エッチ」
「何でだよ」
アドレス交換してエッチとはどういうことだよ。
「ん!」
シエルが無言でスマホを差し向けてくる。
何だその顔は。
「ん! アドレス交換」
「ああ、そういうこと」
俺はシエルとアドレス交換をする。そういえば、まだしてなかったな。
ギャルに嫉妬するとか、お兄ちゃんを取られた妹みたいで可愛いぞ。
スマホをポケットにしまった俺に、シエルはまだ何か言いたそうだ。
「それと、『シエルお姉ちゃん』でしょ。リピートアフターミー」
「何がリピートアフターミーだ。学校では他人じゃなかったのかよ」
「そ、それはそれ、これはこれ」
シエルが言葉に詰まる。
やっぱりこいつ面白いな。
「ほら、戻るぞ。二人でいると怪しまれるだろ」
「むしろ二人が良いのに……ごにょごにょ」
「何か言ったか?」
「何も」
シエルの口から二人が何とかと聞こえた気がする。
やはり男子から告白されまくるのが怖いのだろうか。
そうだよな。男子と二人っきりは……。
◆ ◇ ◆
どどどどど、どうしてこうなったぁああああ!
俺は心の中で絶叫する。
帰りのバスの中で、俺と蜷川さんが隣り合っているのだ。
林間学校からの帰り際、俺はフレンドリーに話しかけてくる嬬恋さんに言ったのだ。『シエルと仲良くしてやってくれないか。また孤立しちゃうかもしれないから』と。
『オッケー』
嬬恋さんは即答しながらピースサインをする。
帰りのバスに乗る時、さっそく彼女は動いた。
『しえるん、一緒に座ろっ!』
あっという間に嬬恋さんがシエルの隣をゲットした。
シエルにまであだ名呼びしてるじゃないかとほくそ笑んでいたが、そんな場合ではなかった。
『安曇君、ここ、空いてるよね』
声のする方を見た時は遅かった。
と、いう訳で、俺は席を追い出された蜷川さんと一緒に座ることになったのだ。




