第130話 二人で帰宅
チュンチュンチュン――――
小鳥のさえずりと共に心地よい目覚め。
もう何度目だろうか。
何度目とか言ってもエッチはしてないぞ。添い寝だけだ。
ああ、柔らかな感触と良い匂いが……。
「うっわ……もう夫婦の安定感……」
「安曇君って意外と積極的なのね……」
ん? 何かクラスの女子の声が聞こえる。
まさかな。部屋で義理姉妹と添い寝するのは日課みたいなもん…………って、あれっ!?
「あっ、やべっ」
目を開けると、そこは羞恥プレイの真っただ中だった。
俺が乱れた浴衣のシエルと思い切り抱きしめ合い、その周囲をクラスの女子が覗き込んでいる状況だ。
しかも誰もが頬を赤らめ、見てはいけないものを見てしまったような顔で。
まるでクラスメイトの情事を覗き見るような感覚なのか。
「えっ、あのっ、これは……」
「ううぅ~ん♡」
何とか誤解を解こうと……誤解ではないのだが。とにかく俺は懸命に取り繕おうとする。
しかし、続くシエルの爆弾寝言で全てが吹き飛ぶのだが。
「壮太ぁ♡ 子づくり激しすぎぃ♡ もうムリぃ♡」
「ちょ、し、シエル! なに言ってやがる! ね、寝言だよな? 寝言」
サァアアアアアア――
シエルの子づくり発言で、周囲の女子が一斉に後ずさる。
「えっ、二人って、もう子づくりしてるの?」
「早くね?」
「ヤっちゃってるかぁ~」
「そ、そうちゃむ? えっ、ええっ!?」
「壮太君♡ 私には子づくりしてくれなかったよね? もう拷問しかないよ」
してないから! ぜっんぜんしてないから!
明日美さん、マジで拷問は勘弁してくれ!
「ふぎゅぅ♡ そうたぁ♡ しゅきぃ♡」
こんな状況なのに、シエルの寝言が止まらない。
いつも学校ではクールで塩対応なのに、今は部屋みたいに甘々なのだが!
「こら起きろ!」
「ぐえっ!」
これ以上シエルを寝ぼけさせると危険だ。俺はシエルの頭にチョップを入れた。
「痛っ! そ、壮太ぁああ!」
目を覚ましたシエルが切れ気味だ。ノエル姉のようにドMっぽい感じにはならなかった。
って、今はそんな場合じゃねえ!
「シエル、目を覚ませ! 皆が見てるぞ!」
「えっ? ええっ? うぐぅううううっ!?」
やっと正気に戻ったシエルだが、布団の周りにクラスメイトがいるのを見て頭を抱えた。
やっぱり羞恥プレイかな?
修学旅行三日目の朝、俺とシエルはとんでもないバカップルぶりを見せつけてしまった。恥ずかしすぎる。
「姫川さんって、彼氏と二人っきりの時はあんな感じなんだぁ」
「普段と全然違うね。ちょー大胆」
「うくぅ~」
笹野や赤堀にあれこれ聞かれ、シエルが羞恥でプルプルしている。
一方俺は、星奈や明日美さんに詰められているのだが。
「そうちゃむ! 学生のうちは避妊しないとダメだし! 退学になったらどうするの!?」
「壮太君♡ 私には指一本触れないのに、姫川さんとはヤってたんだ?」
ヤってねえから! 明日美さん、生々しいって!
「寝言、あれはシエルの寝言だから! まだ清い交際だから!」
清いかどうかは微妙なところだが、まだ子づくりはしていない。催眠と添い寝はされてるけどな。
「清い?」
「清いねえ?」
「ふーん」
「これはヤってるよね」
「やっぱり拷問だよ♡」
俺の清い発言に、女子たちが一斉に反応した。全員ジト目になって。
◆ ◇ ◆
修学旅行もあと少しを残すところとなり、俺は今までのとんでも行動を思い返していた。
「俺、完全にやっちまってるような?」
大仏を見上げながら色恋沙汰に塗れた己を振り返る。
今までずっと同居がバレないようにとか、学校では必要以上に親しくしないように気を付けてきたはずだ。
それがどうだ。
クラスメイトが見ている前で全力告白してしまったり、同じ布団で寝ぼけて抱き合ったり。
もう俺とシエルが付き合っている噂が広がりまくっている。
「あれ? これヤバいよな? どうしてこうなった」
「もう観念して結婚するしかないよ」
いつの間にか隣に居たシエルがつぶやいた。
いつ見ても惚れ惚れするような美しさだ。
「くっ、何だかシエルの催眠通りに動かされている気がするぞ」
俺の自問に、シエルはしてやったりといった顔だ。
「ふふっ♡ 計画通り」
「お前なぁ」
「壮太はシエルと子づくりしたくなる♡」
「やめろって。ホントにしたくなるだろ」
冗談では済まされないぞ。
好きになると聞かされて好きになったし、キスしたくなると聞かされてキスしちゃったし。
子づくり……夜の生活だって……。
ああああ! めっちゃしたい!
「お、俺は神聖な寺で何を考えてるんだ……」
「うふふっ♡」
相変わらずシエルは俺の隣で笑っている。
クールな女王ではなく、昔のような笑顔で。
「いかんいかん、煩悩を払わねば」
「壮太、私あれやりたい」
シエルの指さす先には、穴の開いた柱があった。
柱の穴をくぐると無病息災とかいう言い伝えのやつだ。
「あれって小柄な人しか通れないはずでは? シエルは痩せて見えるけど、着痩せするタイプで意外とデカ……って、痛い痛い」
シエルが俺の腕をつねっている。口を尖らせながら。
「私が太いって言いたいの?」
「違うって! シエルは細いけど、胸とか尻とか……」
「むぅ!」
だからその女王顔はやめろって!
「うーん、シエルならギリギリいけるか? ノエル姉だったら確実にGカップが詰まって大惨事に……」
「ふふふっ、お姉が詰まったのを想像しちゃった」
シエルも同じ想像をしていた。何をしても絵になるノエル姉だけど、たまにドジったりポンコツだからな。
まあ、ポンコツなのも可愛いから反則級だけど。
「そう言えばノエル姉からメッセージや着信があるんだよな。返信してないけど……」
昨夜の着信もノエル姉だった。シエルとのことを聞かれると答えられないから、返信しないままなのだが。
まあ、昨日はスマホをシエルの股に挟んで難を逃れたけど。
「そうだ、思い出した! 壮太ぁ!」
「お、おい、何だよ急に?」
「昨日、私の太ももの間にバイブ機能のスマホ押し込んで遊んでたよね?」
「遊んでねえ! あれは本当に着信なんだよ!」
変なプレイみたいに言うな!
結局、柱くぐりは止めておいた。
目の前で女性が詰まって救出されていたから。
◆ ◇ ◆
全ての日程を終えた俺とシエルは、無事に藤倉市へと戻ってきた。修学旅行の高揚感と少しの疲れと、同級生からの冷やかしを受けながら。
徒歩で通い慣れた道を歩く俺は、刻一刻と緊張感が高まってゆく。
「お、落ち着け、俺。ノエル姉に説明を……」
「だだだ、大丈夫だよ。そそ、壮太」
シエルが大丈夫そうじゃない。緊張からか顔が強張っている。
「とにかく、報告して……」
「う、うん……」
シエルと二人、自宅の玄関前で打ち合わせする。
「よし、行こう」
「うん」
ガチャ!
ズドドドドド!
「ただいま……グエッ!」
玄関を開けた俺に飛び込んできたのは、待ち構えていたかのようなノエル姉だった。
強烈Gカップタックルは健在だ。
「そうちゃぁ~ん♡ 酷いよぉ、着信無視と既読スルーなんてぇ! お姉ちゃん、寂しかったよぉ~!」
相変わらず甘えん坊でムチムチで良い匂いのノエル姉だが、ここで流されてはいけない。
「ノエル姉、話があるんだ」
俺の真剣な声を聞いたノエル姉が、きょとんとした表情になった。
「えっ、どうしたの、そうちゃん?」
言わなきゃ! 俺とシエルのことを!
でも……これで良かったのか?
言ったら俺とノエル姉の関係は変ってしまうかも。もしかしたら姉妹の関係も。
でも…………。
ずっと隠したまま居心地の良い関係に甘えるなんてダメだ。
俺は緊張で乾いた喉に唾を飲み込んだ。




