第129話 修学旅行でもイチャラブ催眠
就寝時間が迫る修学旅行二日目の夜。俺は一人、ホテルの廊下を歩き女子部屋に向かっている。
陽キャ女子がたむろする禁断の花園に。
「どうしてこうなった……」
俺は大人しく男子部屋で寝るつもりだったのだが、岡谷の『姫様と思い出を作ってこい』という言葉にそそのかされたのだ。
ついテンションが上がった俺は、『行ってくるぜ』と死地に向かうハリ○ッド映画の主人公ばりの顔になり、勢い勇んで部屋を出た次第である。
「どうしたものか。シエルと付き合ってるのが皆にバレたら大変なことに……って、もうバレまくってるんだった!」
修学旅行客でごった返す祇園の街で盛大に告ってしまったのだ。もうクラスどころか学年全体に噂は広がっていた。
「マズい、もう隠し通せないぞ。ノエル姉にも説明しないと……」
と、そんなことを考えながら歩いていると、誰の妨害もなくシエルたちの女子部屋の前に到着した。
今日はさやちゃん先生に会わなかったな。まあ、毎晩の見回りご苦労さんだぜ。
コンコンコン!
ドアをノックすると、すぐに「ガチャガチャ」と鍵を開ける音がする。
「あっ、噂の旦那さんじゃん。さっ、入って入って」
ドアから顔を出したのは笹野だった。
この子、ちょっと苦手なんだよな。
てか、旦那じゃねーよ!
「姫川さんっ! 旦那が来たよー!」
笹野の冗談と共に部屋に入ると、女子たちの視線が俺に集中する。
しまった。星奈や明日美さんで女子慣れした気になっていたけど、他の女子がいると緊張するのだが。
部屋の中は女子の甘い匂いが充満していた。
和室には布団が敷き詰められ、浴衣を着たクラスメイトが、かなりラフな格好でくつろいでいる。
「あー! そうちゃむだ♡」
「壮太君、姫川さんに会いにきたんだ」
皆が一斉に俺の方を向く。星奈と明日美さんは、俺を見て声を弾ませた。
他の女子もシエルを取り囲むようにしている。たぶん、俺との関係を聞いていたのだろう。
だが俺には皆を直視できない理由があった。
「ちょい待て! 浴衣が乱れてるだろ!」
俺は素早く目を逸らす。
豪快にはだけた女子たちの浴衣から、チラチラと下着が見えていたから。
女子だけで気が緩んでいたのだろうか。それとも女子って男子が見てないとズボラ姉みたくなるのか?
俺の態度でイタズラな表情になったのは赤堀と新山だ。
「きゃはっ、姫川さんと付き合ってるのに、他の子の下着も見るんだぁ」
「ねえ、姫川さんとはどこまで進んでるの?」
浴衣の裾をおっ広げたまま話す赤堀とか、胸元がユルユルで前屈みになる新山とか、目のやり場に困る。
俺が顔を背けると、今度は黒いブラが見えた星奈とか、浴衣は乱れていないのに顔が艶っぽい明日美さんとか、やっぱり目のやり場に困る。
「くっ、この部屋の風紀が乱れてるぞ!」
俺の指摘に、女子たちは悪びれもせず答える。
「だって、姫川さんにキスしたシチュとか聞いてたら興奮しちゃってぇ」
「そうそう、安曇君って大人しそうな顔して意外とヤるんだ」
何で俺のキスが皆の知る所に!
「ごめん、そうちゃむ。皆で聞きまくってたら、しえるんが喋っちゃったし」
「うくぅ♡」
事の次第を星奈がバラし、シエルは真っ赤になって俯く。
「俺の行為がどんどん広がってゆくだと!」
勘弁してくれ。こうして女子の噂話は広がるのかよ。
「安曇君って良い男だよね」
不意に笹野がつぶやく。俺に寄り掛かりながら。
「お、おい」
「ちょっとくらい良いじゃん。減るもんじゃないし」
それは男の言うセリフだろ!
「あーあ、優良物件逃しちゃったな。安曇君って最初は目立たなかったのに、蜷川委員長を軽沢から守った辺りから『イイな』って思ったんだよね」
より俺の方に体重を掛けながら笹野は言う。
そしてシエルの目が鋭くなるのもオヤクソクだ。
「ぐぬぬぬぬぬぬ――」
マズい、めっちゃ睨まれてる。夫の不貞を勘繰る新妻かな?
「笹野さん、俺にはシエルがいるから」
俺が体を離すと、笹野は更にグイッと身を寄せてきた。
「それそれ、安曇君って浮気しなさそうだよね。やっぱり私と付き合わない?」
おいこら! 浮気しなさそうと言ったそばから浮気をそそのかすんじゃない!
とんでもない女だ!
「俺は他の女子と付き合う気は無いから。陰キャは人間関係でもめたくないんだよ」
「ふーん、残念」
やっと笹野が離れてくれた。
ただ、他の女子と言った時に、ノエル姉の顔が浮かんでしまったのだが。
ずっと俺の脳裏には、ノエル姉のほんわかした笑顔や優しい声が焼き付いている。
ガチャガチャガチャ!
「おーい! 見回りの時間だぞ」
と、その時、ドアの方からさやちゃん先生の声がした。
「ヤバっ!」
「ちょっ、隠れよっ」
「寝たふり寝たふり」
「私、ドアを開けるね」
皆が一斉に布団に潜り込む。一人、明日美さんだけが、先生に対応するためドアへと向かう。
「お、おい、俺はどうすれば……」
「壮太、こっち」
シエルに手を引かれ、俺は布団の中に潜り込む。
ギリギリのタイミングでドアが開き、さやちゃん先生が部屋に入ってきた。
「不純異性交遊してる生徒はいねがー」
なまはげっぽいせりふと共に入室するさやちゃん先生。ギャグのつもりらしいが思い切りはずしている。
もぞもぞもぞもぞ――
「うくぅ♡ そうたぁ♡」
えっ? これどういう状況?
くすぐったそうなシエルの声で気づいたけど、俺はシエルの胸の中に抱かれているような?
隠れようとシエルと同じ布団に入ったら、抱き合うような形になってしまったのか。
「ヤバい……この体勢は……」
「だ、だめぇ♡ 息を吹きかけないでぇ♡」
シエルの声が色っぽさを増す。
暗くて見えないけど、どうやら俺の顔がシエルの肌に当たっているらしい。
はだけた浴衣から露わになったスベスベの肌が、まるで天国のような心地良さだ。
ヴーヴーヴーヴー――
しかもこんな時にスマホの着信だと!?
マナーモードにしていたからバイブレーションだけだけど。
「おい、何か音がしないか?」
ヤバい、さやちゃん先生が気づいた。
俺は持っていたスマホをシエルの方に押し付ける。
ズボッ!
「うくぅ♡」
あれっ? 何かスマホがシエルの体に埋まったような?
ヴーヴーヴーヴー――
「ちょ♡ らめぇ♡ 変なとこに入れないでぇ♡」
シエルの声が艶っぽさを増す。
しまった。スマホを隠そうとして、シエルの太ももの間に入れてしまった。
「シエル、静かに。さやちゃんにバレるぞ」
「あっ♡ あんっ♡ だ、誰のせいだと思って♡ んくぅ♡」
ヴーヴーヴーヴー――
俺とシエルが危険な状態だというのに、布団の外ではさやちゃん先生が明日美さんと話している。
「気のせいだったか。そう言えば聞いてくれよ、蜷川。先生な、また見合いで断られてしまってな」
「は、はあ……」
おいこら松本沙也子! 今は婚活の話はやめるんだ! 俺のスマホでシエルが決壊寸前なんだぞ!
「先生、見回りはもう良いのですか?」
ナイス明日美さん!
「おう、この部屋で最後だ。それよりちょっと話を聞いてくれよ」
こらぁああ! 生徒に男の愚痴を聞かせるんじゃねえ!
「まったく、最近の男ときたら強い女はお断りだのと腹が立つ。『松本さんは一人で生きていけそうですね』とか言ってな。ちくしょう」
「た、大変ですね……」
ヴーヴーヴーヴー――ピタッ!
止まった。
ふあぁ……安心したら急激に眠気が……。昼間は告白やらデートやらで疲れたからかな。
このまま寝たら大変なことになりそうなのに、シエルの胸が心地よくてたまらない。
もう限界だ――――と思ったその時、今度は俺の耳元で甘々ボイスが。
「壮太はシエルと子づくりしたくなる♡ 壮太はシエルと子づくりしたくなる♡」
ぎゃああああ! シエルめ、この非常事態に催眠かよ! しかも子づくりだと!?
「子供は女の子と男の子♡ ほぉら、壮太はシエルと子づくりしたくなったぁ♡」
やぁめぇろぉおおおおぉ! ホントに子づくりしたくなるだろ!
「壮太はシエルと子づくりしたくなる♡ 壮太はシエルと子づくりしたくなる♡ リピートアフターミー」
ぷっはぁあああ! シエルめ、こんな時にもユーモアを忘れない……いや、これは素でやってるのか。
こうして俺は、シエルに抱きしめられながら、耳元で子づくり催眠をされながら眠るのだった。




