第128話 昔みたいに
俺はシエルと二人で鴨川沿いを歩いていた。完全にカップルモードになったまま。
カップルというより新婚さんみたいなのだが。
どうしてこうなった。
「えっと、シエルさん、近くない?」
さっきから俺の腕に抱きついているシエルに声をかけると、彼女はよりギュッと腕に力を込めた。
「むぅ、壮太と私は婚約した。だからずっと一緒。ドゥーユーアンダスタンド?」
「ぷっ!」
婚約したのは一大事だけど、シエルのカタカナ英語で吹き出しそうになってしまう。
「わ、笑うな。あと、婚約破棄は認めないから。したら息の根止める」
「シエルが笑かしてるんだろ」
婚約破棄って……。いよいよ悪役令嬢っぽくなってきたな。まったく。
「シエルと仲良くなれたのは嬉しいけど、ノエル姉が泣きそうでどうしたものかと……」
「それは……お姉には説明して分かってもらう。私もお姉のこと大好きだし」
その話になってから、二人揃って沈黙してしまう。
ノエル姉の存在は、俺もシエルも大きいからな。
「もしかして、後悔してる?」
シエルは不安そうな顔で聞いてきた。
「してないよ。俺はシエルが大切なんだ」
「壮太♡」
俺は空を見上げながら思い出すように言葉を紡ぐ。
「あの公園での日々が、俺にとってかけがえのない思い出なんだ。シエルとマジカルエミリーごっこでふざけたり、近所を探検したり、大きな犬と戯れたり……」
今でも昨日のように思い出される。記憶が戻ってから、更に想いが強くなったのだろうか。
「でも、ノエル姉は憧れの女の子だったんだ」
「むぅ」
一瞬だけシエルの顔が怖くなる。
だからその女王顔はやめろ。
「そ、そりゃ優しくて包容力があって太陽みたいに眩しくて……今でも大好きなんだ。でも、シエルを大切にしたいって想いも本当だ。一緒にバカなことをしていたい。シエルには笑っていてほしい。ずっとずっと一緒にいたい」
全部言い切ってから横を見ると、シエルが真っ赤な顔でプルプルしていた。
「うくぅ♡ そ、壮太ぁ♡ やっぱり大胆♡」
「シエルだって大胆だろ。祭りの日なんて、あんなにキスを――」
「だ、だだだ、だめぇ♡」
シエルが俺の口を塞いできた。
キスではなく手で。
「お、おい」
「あれは違うの! お姉に影響されて! わ、私はエッチじゃないからぁ!」
「やめろ! ぷはっ、俺を窒息させる気か!」
窒息するならキスでさせてほしい。
恥ずかしがり屋のシエルだからな。自分からはしてこないだろう。
「じゃ、じゃあするか? キス」
「えっ?」
告白の余韻だろうか? 俺はキスをせがんでしまった。
シエルがキョトンとしている。
「えっ、ええっ? ふぁ♡ そ、壮太のエッチ♡」
「ダメか?」
「ダメじゃない……うくぅ♡」
恥ずかしがりながらもシエルは頷いた。
「じゃあ、するぞ」
「ちょっと待って。人が多い」
「サッとすればバレないだろ」
「は、恥ずかしい♡ 壮太のエッチ、スケベ、ヘンタイ♡」
言葉では抵抗するシエルだが、体の方は素直なのかフニャフニャだ。
これはチャンスかな?
俺はシエルを強く抱きしめると、その美しくピンク色のくちびるに顔を寄せる。
「シエル、行くぞ」
「ふぁああぁ♡ らめぇ♡」
ちゅっ♡
キュッと目をつむるシエルに、一瞬だけそっと口づけした。
これなら周囲から目立たないはずだ。
と、思ったのだが――――
「くっ、ヤバい。超恥ずかしい……」
「うくぅううっ♡ 壮太のばか♡」
思っていたよりも数十倍恥ずかしかった。
告白でテンションが上がってしまい、柄でもないことをしてしまったのか。
話を変えないと、このままドンドン行為がエスカレートしそうだな。
「そ、そうだ! ほら、アレ行ってみようよ。飛び石の」
思い出したように言うと、シエルは人差し指を顎に当て首をかしげる。
「飛び石……? あっ、アニメに出てくるアレ」
「そうそう。鴨川に掛かった飛び石。亀の石とかの」
「行きたい!」
シエルが乗り気になった。
俺の腕に抱きついたまま、グイッと顔を寄せてきた。
「お、おい、近いって。またキスしたくなるだろ」
「ううっ♡ 壮太のエッチ♡」
コツンッ!
シエルが軽く腰をぶつけてきた。
俺も同じように押し返す。
コツンッ!
「エッチじゃねえよ」
「ふふっ♡ 図星?」
「誰が図星だ。シエルこそ不意打ちでキスしてきたじゃないか」
「ば、ばかぁ♡ あれは違うの」
照れる。何だこれ。
初々しいカップルの照れ隠しかな?
しばらく鴨川沿いを歩いていると、例の飛び石が見えてきた。
アニメで見た光景そのままで、俺もシエルも目を輝かせる。
「わぁあっ! ホントに歩いて渡れる」
シエルが川を覗き込みながら無防備な背を向けている。
恐る恐るジャンプし、石を渡ろうとしているのだが。
ウズウズウズウズ――
俺に背を向けてはしゃぐシエルを見ていると、何やら悪戯心が出てきてしまい。
俺はシエルと同じ石に飛び乗り、こっそり彼女の肩を掴み体を揺する。
「わっ!」
「きゃああああぁ!」
作戦成功だ。驚いたシエルが腰砕けになりながら悲鳴を上げた。
「もうっ! 何するのよ!」
「ははっ、シエルが無防備に背中を向けるからだぞ」
「むぅううっ!」
怒ったシエルが俺を押してきた。
「ちょ、待て! 落ちる!」
「息の根止めるぅ!」
「ここで止めるんじゃねえ!」
「きゃああっ!」
ザバァーン!
飛び石の上で押し合いへし合いしていた俺たちは、一緒に川に落ちてしまった。
二人揃ってビショビショだ。水深が浅いから膝までだけど。
「シエルぅ」
「あははっ! あははははっ!」
「笑いごとじゃねー! 靴がビッショリだぞ」
「あはは、壮太ビショビショ」
お前もビショビショだって。
「ふふっ♡ 何だか子供の頃みたい」
シエルの言葉で思い出した。昔もこんなことをしていたのを。
そうだ、シエルが大きな犬を怖がって、恐る恐るお手をしようとしてたのを、俺が後ろから押したんだったな。
「あの頃のシエルは可愛かったな。いつもコケて泣いたり」
「壮太だって必殺技を叫びながらブランコから飛んでコケてた」
「ぐっ、そういやそんなのあったような……」
俺の黒歴史を掘り起こすんじゃない。
「しかし俺たちって、修学旅行の自由行動日に川で戯れるってどうなんだ?」
「そ、それは壮太がオコチャマだから」
「シエルもオコチャマだろ」
「うぐぅ」
俺もシエルもオコチャマだった。似た者同士だ。
シエルって、見た目は超美形のモテ女子っぽいけど、本当は人見知りでコミュ障なオタク女子だかからな。
「ふふっ」
俺の顔が勝手ににやける。
それを見たシエルが口を尖らせた。
「もうっ、壮太のバカ」
「何を怒ってるんだよ」
「私だってお姉みたいに色っぽくてエッチな女になってやるんだから」
おい、それはやめろ。これ以上エッチな姉ができたら俺の体が持たない。
こうして、俺たちは昔に戻ったかのように遊んだのだった。
◆ ◇ ◆
「修学旅行のイベントといえば、女子の風呂を――」
ホテルの部屋に戻った俺を待ち構えていたのは、壊れ気味になった岡谷のセリフだった。
「それは昨今のコンプラ的にアウトだからやめておけ」
風呂覗きなどフィクションならありがちだが、実際にやったらお縄だからな。
「ぐっはあぁああ! 安曇は良いよな。姫様と婚約かよ。一緒にお風呂入って洗いっこするんだろ?」
「しねーよ!」
変な妄想をする岡谷に、俺は全力でツッコんだ。
俺のシエルで妄想するんじゃねえ!
「じゃあ、残された俺たちのミッションは、女子部屋に遊びに行くことか……」
女子部屋に憧れる岡谷の夢を壊して悪いが、俺は言わねばならない。
「岡谷よ、俺らの班の女子部屋は、氷の女王と黒髪ボブと強めギャルに、隣の班の上位カーストと派手め女子と気が強い女子だぞ」
「そうだったぁああああ!」
岡谷が震え出した。怖い女子に体が反応したのか。
無理もない。星奈や明日美さんでさえ怖がってるのに、カースト上位女子までいたら腰がすくむというものだ。
「じゃあ安曇だけ行ってくれ」
「はあ?」
「姫様に会いに行けよ。お前の布団には座布団でも入れて寝たことにしといてやるぜ」
教師の見回り対策もバッチリかよ。
こうして俺は、一人で怖い女子の巣窟に向かうことになってしまったのだが。




