第127話 プロポーズ?
観光客や修学旅行の学生で混雑する祇園の街。
その人混みの中、俺は勢いよく地面を蹴りつけ走り出した。岡谷の声を背に受けながら。
「行け、安曇! 男を見せろ! 美少女ゲームの主人公のようにな!」
「おう! やってやるぜ!」
美少女ゲームの主人公かどうかは分からないが、俺の心は燃えていた。省エネモードとか言ってたのが嘘みたいに。
「何処だ! 確かこの辺りの店に……」
シエルの入った店を覗いてみるが、別の店に移ったのか姿が見えない。
俺は手当たり次第に店を覗いてゆく。
「クソッ! 俺は何をやってたんだ!」
今頃になって気づくなんて。いや、ずっと前から気づいていたはずなんだ。
いつもふざけてばかりいたけど、もっと真面目に向き合うべきだったって。
「あっ!」
何件目か忘れたが、和菓子屋の中から出てきた煌めくダークブロンド女子を見つけた。
その後ろ姿だけでシエルだと分かる。
ただ、何故か隣に須坂までいるのだが。
ドクンッ!
俺の胸がドキッと鼓動する。
シエルが他の男と一緒の光景を見て、形容し難い不安と胸の痛みが湧き上がった。
背の高い陽キャイケメンが超美形のシエルと並び、一瞬だけお似合いだと思ってしまったから。
何で須坂が! ダメだ! 俺のシエルに近づくな! シエルは俺のだ! 誰にも触れさせない! 誰にも渡さない!
「シエル!」
「えっ?」
声をかけると、シエルはキョトンとした顔で振り返った。
「おっ、安曇じゃん。どうした? 怖い顔して」
須坂も俺を見る。戸惑った顔になって。
「須坂、ちょっとどいてくれ。シエルに用があるんだ」
「お、おう。って、姫川さんとは偶然会っただけ――」
何か言いかけている須坂を強引にどけると、俺はシエルと真っ直ぐ向き合った。
ドクンッ! ドクンッ! ドクンッ!
心臓が飛び出そうなくらい胸が弾んでいる。色々と伝えようとしていたはずなのに、全部頭から飛んでしまった。
あれっ? な、何を言おうとしてたんだっけ? お、落ち着け! とにかく伝えるんだ。俺の気持ちを。
「す、好きだ、シエル! 大好きだぁああああ!」
い、言った。ドストレートに。
周囲からどよめきが起こっているうような?
「そ、そうちゃむ!?」
「壮太君!?」
星奈と明日美さんの声が聞こえた気がする。きっと気のせいだろう。
「そ、それで……その……」
しまった! この後、何を言うか完全に忘れた! でも伝えないと! 俺の想いを!
「だから、シエル! 俺は気づいたんだ! 俺にはシエルが必要だって! 俺の気持ちは変わらない! あの幼いころからずっと! ずっとずっと!」
興奮で頭がボーっとしている。脚が震えて自分の脚じゃないみたいだ。
こんなの今までの人生で無かったぞ。
でも、もう戻れない。突き進むしかない。
「いつもあの公園で遊んでたよな。家に居づらいからって、いつも公園に行って。俺がマジカルメアリーごっこをして。シエルが俺の後をついてきて。そうだ! あの時間が俺には宝物のように大切な時間だったんだ! 辛くて悲しいことがあっても、シエルと一緒なら笑顔になれたんだ! 一時は事故で忘れちゃったけど。でも、今なら分かる。俺にとって一番大切な記憶なんだって!」
もう止まらない。次から次へと想いが溢れてくる。
「だから何処にも行くな! 俺の側に居れくれ! シエルが好きだから!」
言え! 言うんだ!
「俺と、俺と結婚してくれ!」
あっ、ヤベッ! 間違えた!
付き合ってくれって言おうとしたのに、いきなり結婚を申し込んでしまったのだが!
「え、えっと……」
俺は頭を下げ手を伸ばした求婚ポーズのまま、恐る恐る薄目を開ける。
シエルは目を潤ませながら俺を見つめていた。
「は、はい。不束者ですが……よろしく」
シエルは真っ赤な顔で、俺の伸ばした手に自分の手を重ねた。
まさかのOKだと!
「えっ、あれっ? け、けけ、結婚?」
「うくぅ♡ そ、壮太、大胆♡」
あれれ? これ、結婚決定なの?
ザワザワザワザワザワ――
周囲からざわめきが起こる。いつの間にか凄い人だかりができていた。
その中にはクラスメイト多数、観光客多数、外国人観光客も多数。皆が俺たちの結婚を祝福するかのように盛り上がっている。
フラッシュモブじゃねえぞ!
「おお、プロポーズか!」
「おめでとう!」
「結婚おめでとうございます!」
「おめでとさん」
「良いものを見せてもらったよ」
「Congratulations on your marriage!」
ぎゃああああ! 凄い注目が!
クラスの女子も注目してるぞ!
「ちょっと、あれ安曇君でしょ」
「修学旅行で求婚とかどうなの?」
「学生結婚じゃね」
ぎゃああああ! もう噂が独り歩きしてる!
「俺たちの憧れ姫川さんが……安曇に」
「あいつ蜷川さんと付き合ってるんじゃねえのかよ!」
「俺は知ってたぜ! 安曇が姫川さんとお祭りデートしてたのを」
ぎゃああああ! 男子にも噂が!
てか、須坂! ペラペラ喋るんじゃねえ!
「そうちゃむ……やっぱりやる時はやる男だねぇ♡」
星奈がニマニマしている。何だその『してやったり』みたいな顔は。
「壮太君♡ 一生恨むね♡ えへっ、冗談だよ♡」
怖っ! 明日美さん怖っ!
半分くらい冗談じゃない気がするぞ!
こうして俺の告白……もとい、プロポーズは成功したのだった。
◆ ◇ ◆
俺たちはフラッシュモブさながらに盛り上がる人混みを抜け、やっとのことで三条大橋まで移動した。
擬宝珠が付いた欄干から見える鴨川が、まさに京都って感じの風景だ。
「ふへへぇ♡ 壮太ぁ♡」
さっきからシエルがデレデレなのだが。
俺の腕に抱きついたまま離れない。
あの塩対応だった頃が嘘みたいだぞ。
「しかし、まんまと俺は作戦に乗せられていたのか……」
ここに来る途中でネタ晴らしをされた。
昨日からシエルが冷たかったのは、星奈と明日美さんの入れ知恵だったのだと。
ハッキリしない俺に痺れを切らしたシエルが、星奈に相談したのが始まりだそうで。
そこで星奈は、『急に冷たくしたら、そうちゃむ超焦るんじゃね?』と作戦を発案したそうだ。
まさか、作戦がもう一つあったなんて。
「ヤバっ♡ まさかこんなに簡単に引っかかるなんて。そうちゃむは素直で可愛いのぉ♡」
そう言って発案者の星奈が笑う。若干、バカにされている気もするけど。
明日美さんに至っては、さっきからちょくちょく棘のある物言いだ。
「まさかプロポーズするなんて思わなかったけど。壮太君って気が早いんだね。私には手を出さなかったくせに」
そう言われましてもですね。明日美さんのエッチな誘惑を、俺は必死に堪えていたのですけど。
岡谷と伊那も追いついた。
ただ、俺がシエルに求婚したと聞いて、二人とも放心状態だが。
「お、おまっ、安曇よ。お前、姫様と結婚を決めやがったのか。俺は美少女ゲームのように、ヒロインの好感度が上がったら告白しろとは言ったが……。まさか求婚するとは思わなかったぜ。やはりお前は只者じゃねえ」
そう言った岡谷は、あんぐりと口を開ける。
俺だって驚いてるよ。どうしてこうなった。
「さ、さすが安曇氏でありますな。麗しき姫様を嫁にするとは。ううっ、クラスの癒しシエル姫が……。この伊那宗助……感服いたしましたぞ」
何だか知らんが伊那がショックを受けている。お前は二次元オンリーじゃなかったのかよ。
そんなこんなで、俺たちのすれ違いは一件落着したのだった。
皆がお見合いの席みたいな感じになりながらな。
「ぬっへへぇ♡ 後は若い者同士で」
星奈、お前は仲人さんか。
「ほら、皆も行こっ」
「壮太君、私は諦めてないからね」
最後まで俺に刺すような視線を送っていた明日美さんを、星奈がズルズルと引きずってゆく。
この場には、俺とシエルだけが残された。
「えっと、鴨川を散歩するか?」
横のシエルに声をかけると、彼女は最高の笑顔で答えてくれる。
「うんっ♡」
ヤバい。めっちゃ可愛い。何だこのシエルは。
前はクールな女王様だったのに。
まるで小さい頃のシエルみたいだな。
「良かったよ。シエルと仲直りできて。一時はどうなるかと心配だったんだぞ」
シエルは俺に身を寄せながらジッと目を見つめてくる。
「嬉しい♡ 私を選んでくれたんだ♡」
ん!? あれっ?
ヤバい、ノエル姉に何て説明しよう?
シエルと婚約しましたなんて言ったら大泣きされそうだよな。
ど、どどど、どうする?
そんな俺の心を読み取ったのか、シエルは妖艶なほどに美しい顔を近づけてきた。
「もう取り消せないからね♡ あ・な・た♡」
シエルの態度が完全に新婚さんになっている。
ハッピーエンドっぽいけど、帰ったら完全に修羅場なのでは……。




