第125話 波乱の修学旅行
「うわー! 富士山めっちゃデカい。ほら、そうちゃむ♡」
どうしてこうなった?
目の前には富士山……ではなく、大胆に開いた制服の胸元から見えるパツパツの双丘。
そう、星奈の巨乳だ。
少し情報を整理しよう。
時は九月中旬、俺たち富岳院学園二年生は、京都へ向け修学旅行に出発した。
新幹線に乗り。
片時も側を離れないシエルが、無事(?)俺の隣の座席をゲットした。もうノエル姉顔負けの彼女面をして。
クラスの男子からの視線が痛いが、まあそれは良い。
シエルは俺の側に居てほしいからな。
ところが話はそこで終わらなかった。
新幹線が三島駅を通過したところ。突然、隣の三列席から立ち上った星奈が、俺に覆いかぶさるように身を乗り出してきたのだ。
今は俺の顔に胸を寄せ、車窓から富士山を眺めているところである。
「ほら、ちょーデカいし♡ そうちゃむ♡」
星奈の胸で富士山が見えぬのだが! デカいのはお前の胸なのだが! 色々とデカいのだが!
「ちょ、待て! 当たる! 谷間がっ!」
いつも二つ開けているブラウスのボタンが、何故か今は三つ開けてある。
露わになった胸元からは、深い胸の谷間とブラジャーのレースがモロ見えだ。
しかも俺の鼻腔にはギャルっぽい香水の匂いがダイレクトに飛び込んでくる。もう色々と限界だぞ。
「ぬっへへぇ♡ わざと当ててるんだし♡」
「わざとだったぁああぁ……」
「男を落とすなら先ず性欲からって言うっしょ♡」
「それ胃袋だろ!」
あながち間違いとも言えないのが男の悲しいところだ。こんなのされたら普通の男なら即落ちだって。
「ぐぬぬぬぬぬぬ……」
案の定、シエルが暗殺者みたいな目をしている。
何とかしないと。
「お、おい、星奈、そろそろ席に戻ろうか?」
「ならそうちゃむが戻してみろし♡」
挑発的な顔をした星奈が、グイッと体を寄せる。大胆に開いた胸元を押し付けるように。
ただ、その行動とは正反対に、星奈の顔は恥ずかしさなのかプルプル震えている。
「あっ♡ ちょっとぉ、そうちゃむ♡ 息がくすぐったいって♡ もうムリぃ♡」
胸元を押し付けていたからだろうか? 俺の息が谷間にかかっていた星奈が、くすぐったかったり恥ずかしかったりで勝手に羞恥責めだ。
自爆した星奈は体を離し、真っ赤な顔で自分の席に戻っていった。
「もうっ、そうちゃむのドSぅ♡ わざと息を吹きかけてたでしょ♡」
わざとじゃないから! 普通に息してただけだろ!
ちょっと興奮して鼻息荒かったけど。
俺は恐る恐るシエルの方を向く。
「えっと、シエルさん?」
「むっすぅうううう――」
案の定、シエルは不満顔でそっぽを向いている。
出発早々やらかした。
ゴォオオオオオオ――
このままではマズい。
新幹線が富士川を通過したところで、俺はシエルに話を振ろうとする。
「そ、そうだシエル。この川の両側で、挙兵した源頼朝率いる源氏と、平維盛率いる追討軍が戦ったんだよな」
ふと思いついたネタだ。シエルが食いつきそうな。
「水鳥の羽音で敗走したって話?」
「それそれ」
良いぞ。乗ってきた。
だがそこで思わぬ邪魔が入る。
「さすが安曇氏でありますな。だがしかし、近年の研究では『水鳥の羽音』は誇張ないし虚構である説が有力でしてね」
後ろの席から立ち上った男が、メガネを指でクイッとさせながら解説を始めた。
同じ班になった伊那宗助だ。
「そもそも追討軍は駿河に達するまでに脱走者が相次いで、兵糧も足りずまともに戦える布陣ではなかったとされており。やはり京で雅な暮らしになれた平家方は――」
おいこら伊那ぁあああ! 歴史考証とかどうでも良いから! 俺はシエルと話をしたいだけなんだって!
「そ、そうか、ノリが良いな伊那。ちょっと今はシエル……姫川さんと話しててな」
「それは失礼した。安曇氏は姫様と歓談してくれたまえ。因みに某は二次元オンリーだから安心ですぞ」
「お、おう……」
こいつも岡谷と同じでキャラが濃いな。
やっぱり『イエス美少女、ドントタッチロリ』なのか?
岡谷が彼の隣で『うんうん』と頷いてるし。
「ねえ、何の話をしてるのかな?」
もう一人食いついてきた人がいた。明日美さんだ。
まだ午前中なのに妙に艶っぽい顔をしている。
「なになに? 壮太君♡ 乗るとか言ってたけど♡」
そう言って、明日美さんは俺の膝の上に腰かけた。いきなりエッチかよ!
「あの、明日美さん? そういうのは……皆が見てるし」
それとなく注意してみたが、明日美さんは目を輝かせながら俺に体重を預けてくる。
「男子って、こういうのが好きなんでしょ♡ 壮太君も好きなのかな? 私、勉強したんだ♡」
だから何の勉強だよ! 思い切りエッチな体勢なんだけど! もう完全にエッチだろ!
星奈は羞恥心が強いからまだ安全だけど、明日美さんはブレーキがぶっ壊れてそうだから危険な気がするぞ!
「そぉうたぁああああ!」
「ひぃいいっ!」
シエルの殺気が増し、俺の体の奥がゾクっとする。
「壮太、息の根止めるよ」
「止めるんじゃねえ!」
星奈と明日美さんの攻め攻めな態度で、シエルがご機嫌斜めになってしまった。
どうすんだよこれ。
グッ!
そして何故か星奈が親指を立てて、俺に目配せしている。
それはどういう意味だ?
◆ ◇ ◆
一日目は清水寺や金閣寺など定番のコースを回った。その間、ずっとシエルは会話をしてくれなかったのだが。
あれから星奈と明日美さんは、やたら密着してきたけどな。
「ど、どうしてこうなった……」
風呂上りの俺は、ホテルのラウンジでソファーに座る。
深く腰掛けていると、女子風呂の暖簾から星奈が出てくるのが見えた。
「あっ、そうちゃむだ」
星奈も俺に気づいたのか、小さく手を振った。
「どしたん? こんなとこで」
「涼んでるんだよ。ここはエアコンが涼しいからな」
「ふーん」
星奈が俺の隣に座る。
風呂上がりの髪からシャンプーの匂いがした。
「なんか元気なくない?」
「まあな。シエルとから回ってると言うか……」
俺の返答で、星奈が焦りの表情になった。
「ごめん! そうちゃむとしえるんの仲を進展させようと思って。もしかして逆効果だった?」
「えっ?」
進展って……シエルを嫉妬させる作戦なのか?
「あすぴはガチっぽいけど」
明日美さぁああああぁん!
「それで、あんなにグイグイきてたのか」
「まあ、正直なとこ、アタシの胸でそうちゃむがグラッてきたらラッキーって思ってたけどさ♡」
「思ってたんかい!」
ぶっちゃけすぎだろ、星奈。嘘がつけないところも彼女の良いところだけど。
両手を合わせた星奈が、ペコっと頭を下げる。
「ごめん、二人の仲をギクシャクさせるつもりじゃなかったの。ほら、ライバルがいた方が恋は燃えるでしょ」
シエルの場合、家で実の姉がライバルになってるからな。家でも外でも嫉妬しすぎてヤバいかもしれないぞ。
「シエルって、ちょっと変わってるからな。見た目は超美人でクールな女王様みたいだけど、本当はコミュ障で寂しがり屋で素直じゃないというか……」
俺の話を、星奈はニマニマした顔で聞いている。
「ぬへぇ♡ そうちゃむって、しえるんのこと大好きって感じだし」
「ち、違っ! 違わないけど……」
「やっぱりぃ~」
くっ、全部バレバレだったか。
隠してたつもりだけど、告白してから急激に距離が縮まってたからな。
しかも、キスしてから歯止めが利かなくなりそうだし。
「あーあ、アタシもそうちゃむとラブラブになりたかったな。アタシがめっちゃ攻めてたのに、そうちゃむったら全然分かってなかったし」
「すまん、やけに距離の近いギャルだと思ってた」
「もぉおおおおぉ!」
星奈が俺に伸し掛かってくる。
じゃれる大型犬みたいに。
サッ!
あれっ、今そこの廊下の陰に、綺麗なダークブロンドの髪が見えたような?
気のせいかな?
気のせいじゃない予感!
これはお仕置き確定か?
息の根止められないように注意ですよ。




