第124話 ウサギさんは寂しがり屋
夏休みも終わり、二学期が始まった。
二年生の二学期ともなると、人間関係やら受験関係やら変化があるようで。
ホームルームでは修学旅行の班決めが行われている。
もうそんな季節か。
「やっぱり休み明けはカップルが多いよな」
椅子に座ったまま、俺はつぶやいた。
瞬時に反応したのはこの人。最近は三条先輩の下僕をしている友人の岡谷だ。
「お前がそれを言うな! この叡智四大女魔王マスター安曇よ!」
「二つ名が長くなってるぞ。岡谷よ」
言いたいことは分かる。今も俺の周りには、教室内だというのに微妙に距離が近いシエルと、対抗意識を燃やした星奈と明日美さんが迫っているのだから。
「また怒られるぞ。星奈や明日美さんを四大女魔王とか言うと。って、近くない!?」
岡谷と話しているのに、徐々に俺への包囲網が狭まってくる。シエルたちの胸が顔に当たりそうだ。
「近い! 近いから! 胸が当たるって!」
睨み合う三人の女子がバチバチに火花を散らす。
特にシエルと星奈が。
「壮太に近づいちゃダメ」
「一度振られたくらいで引いてられないし。諦めたら恋愛終了だよね」
「それを言うなら試合終了」
シエルさんや。言葉の端々にオタクなのが見え隠れしてますよ。
「うふふっ♡ 女子に囲まれてオドオドする壮太君を見てると、下腹部がゾクゾクしちゃう♡」
明日美さん、やっぱりアウトぉおおおお!
ザワザワザワ――
この騒ぎにクラスの男子の視線が集中する。
「おい、何でクラスの美少女が全員安曇のところに集まってるんだ」
「くそっ、羨ましい」
「修羅場っぽいな。全員と付き合ってるのか?」
付き合ってないから!
変な噂を流すのはやめてくれ!
言ったそばから得意げな顔になった須坂が話し始める。
「俺は見たぜ、安曇が姫川姉妹と祭りにきてたのを」
こら須坂! 速攻でバラしやがって!
このハーレム状態に、さやちゃん先生も眉間をピキらせている。
「こら安曇、先生に彼氏ができないのに良い身分だな。班には男子も入れろよ」
「先生に彼氏ができないのは関係ないですよ」
「関係大ありだ。生徒がイチャイチャしているのを眺めてストレスが溜まる一方なんだぞ」
相変わらず、やさちゃん先生は欲求不満っぽい。
良い人なんだから誰かもらってあげて。世間の男は見る目がないな。
そしてもう一人、欲求不満っぽい男が。
岡谷が頭を抱えて嘆いている。
「ちくしょう! 夏休み明け早々ツイてないぜ。乙葉姫乃ちゃんがSNSで結婚報告したんだよ! 俺の推し声優がぁああ……」
「それはご愁傷様だな。結婚しても推してやれよ」
そんなこんなで、無事(?)修学旅行の班は決まった。
女子がシエルと星奈と明日美さん。クラスの男子から強烈な嫉妬の視線を受けながら。
男子は俺と岡谷に加え、伊那という男になった。岡谷とも仲が良く、俺もたまに話す間柄だ。
俺はホッと胸を撫でおろした。林間学校の時のように、トラブルメーカーの陽キャが割り込んでこなくて。
「よし、定番だけど京都旅行か。シエルと……」
俺は就学旅行に思いを馳せながら、シエルの横顔をチラ見する。
この修学旅行が二人の関係を一気に進展させるなんて思わないまま。
◆ ◇ ◆
夜、俺は自室で叡智な漫画を読みながら、『あれっ、このヒロインってノエル姉に似てないか?』なんて考えていた。
「くっ、アレをアレしてスッキリしたいところだが、いつ誰が入ってくるか分からないからな。迂闊な○○は禁物だぜ」
そもそもエッチな漫画のキャラを神聖なノエル姉に重ね合わせるとかダメだろ。
しかもそれで○○するとか。
「ううっ、ダメだと思えば思うほどしたくなるのが人の性が……」
ピンコーン!
「うわああっ!」
突然の着信音に、俺は椅子から転げ落ちそうになる。
「って、噂をすればノエル姉じゃないか。何で家の中なのにスマホにメッセージを?」
スマホ画面には、『そうちゃん、今から私の部屋にきて』と書かれている。
何の用だろ? まさか、汚部屋を片付けろって話じゃないだろうな?
首をかしげながら俺は部屋を出た。
そのまま足音を立てないように斜め前の部屋に向かう。
コンコン――
ガチャ! ギュッ!
ノックをするのと同時に部屋のドアが開き、中から飛び出した白い腕が俺を掴んだ。
「うわっ!」
「シッ、そうちゃん」
バタンッ!
ちょっと強引なノエル姉に引っ張られ、俺は物で散らかる部屋に連行された。
相変わらず脱ぎ捨てた服やら使用済み下着やらが置きっぱなしだ。
「ちょっとノエル姉、いい加減掃除を……」
文句を言おうと顔を上げた俺の視界に飛び込んできたのは、何故かコスプレしたノエル姉だった。
「えっ、あれっ? それって……」
目の前にバニーガールが立っている。それも超絶可愛くて超絶セクシーなやつだ。
胸元は大きく開き、下は思い切りハイレグだ。Gカップの胸が零れそうで、ハイレグの股間は目のやり場に困る。
ムッチリした脚に網タイツは反則級に色っぽい。
「はうぅ♡ ど、どうかな?」
恥ずかしさで真っ赤な顔をしたノエル姉が、頭に装着したウサ耳をフリフリ動かしている。
「えっと、それってアニメ転生学園ドルグレイに出てくるルーシーだよね? 何でノエル姉がコスプレを?」
俺の頭に?マークが浮かぶ。
モジモジと恥ずかしそうに体をよじるノエル姉は、躊躇いながら話始めるのだが。
「えっとね、そうちゃんってコスプレ好きでしょ」
「うん」
「だからね、お姉ちゃんもコスプレして、そうちゃんとエッチ……じゃなく、楽しもうと思ってね」
今、エッチと聞こえた気がするが、たぶん気のせいだろう。
「でも、いきなり難易度が高いコスプレをするなんて。それ下着はどうなってるの?」
俺がバニースーツの下半身に顔を近づけると、ノエル姉はお尻をプルプルさせ始めた。
「あっ♡ だめだよぉ♡ そんなに顔を近づけちゃ♡」
「あ、ごめ……」
「これね、下着は貼るタイプなの」
貼る下着ですと!
ど、どんなのなんだ? 気になる!
「ジィィィィィィ――」
「だから顔が近いよぉ♡」
再び俺が顔を近づけたから、ノエル姉がクネクネしている。
薄っすらと汗をかき、しっとりした肌と湿ったボディスーツがたまらない色気だ。
「ご、ごめん。でも恥ずかしいなら止めた方が……」
「ウサギさんは構ってくれないとダメなんだよ」
「またウサギさんか。ウサギ姉」
「ほら、今日のお姉ちゃんは、そうちゃんの命令に絶対服従ウサギメイドなんだよ」
絶対服従ですと!
だから、そういうとこなんだよ!
このお姉ときたら。無防備というのか誘ってるというのか。
「ふーん、今夜のノエル姉は絶対服従なんだ」
心配になるのと同時に、ちょっと困らせてやろうと悪戯心が湧く。
「じゃあノエル姉、四つん這いになってお尻を突き出して」
「ふえぇええっ♡」
上気した顔のノエル姉が変な声を上げる。
ちょっと恥ずかしい命令をしてやれば降参するはずだよな。
「はぁあぁん♡ こ、こうかな?」
ベッドの上で四つん這いになったノエル姉が、俺の方に向けて尻を高く上げた。
ホントにやったよ、このお姉!
「えっと……ノエル姉?」
「は、恥ずかしいよぉ♡ 見ちゃだめぇ♡」
マズい! これは非常にマズい!
義理の姉弟かららとか、一つ屋根の下に住んでいる女子だからとか、今まで必死に我慢してきたのに。
このままじゃ一線を越えちゃいそうだ。
でも、お互いに告白したし、莉羅さんも認めるようなことを言ってたから――しても良いのか?
いいや、良くない!
まだ二股状態なのに、俺を信じているシエルがいるのに、このまま欲望に流されちゃダメだ!
「の、ノエル姉……冗談だよ」
「えっ、はぅううううぅ~っ♡」
冗談ということにしたら、ノエル姉の顔が更に赤くなった。もう湯気が出そうなくらい。
「もうっ! もうもうもうっ! そうちゃんのイジワルぅ♡ 恥ずかしかったぁ♡」
照れ隠しでポコポコ俺を叩くノエル姉に、俺もプロレスごっこで反撃だ。
「このドM姉め、恥ずかし固めしてやる」
「やぁああぁん♡」
ガチャ!
「ちょっとノエル……」
また莉羅さんがやってきた。
この人、エッチな気配に敏感なのでは?
「え、ええっと……ご、ごめんなさいね……」
ガチャ!
そして誤解するのもいつものパターンだ。そっ閉じして戻ってしまった。今日は止めに入らなかったな。
また莉羅さんの心配と欲求不満を増幅させてしまったかもしれない。
「わぁーん、またお母さんに恥ずかしいとこ見られちゃったぁ」
ノエル姉が両手で顔を押さえる。
際どいバニーガール姿で恥ずかし固めされているのを見られるとか、これはどうしたものか。
「ノエル姉がドスケベコスするから」
「違うんだよぉ。そうちゃんと修学旅行で会えなくなるからぁ。今のうちにイチャイチャしたかったのぉ」
「ったく、甘えん坊お姉だな」
あ、危なかった!
ノエル姉のイチャイチャは危険すぎるんだよ。もうそれ完全にエッチだろ。
何か姉妹揃ってコスプレ好きにさせちゃったような?




