第121話 夏祭りの夜は、腹パンとハグと○○と
夏の夜、まだ昼間の熱が冷めていないのか、ジトっとした風が吹き抜ける。
神社の参道には明かりの付いた提灯が並び、立ち並ぶ屋台からはソースが焦げる良い匂いが漂っていた。
そう、俺たちは祭りにきているのだ。シエルやノエル姉と一緒に。
「お、おい、くっつき過ぎだろ。こんなのクラスのやつらに見られたら」
俺は両側から抱きついてくる二人から離れようとする。
ただでさえ目立つ美人姉妹なのに、二人同時に俺と腕を組んでいたらヤバいだろ。
「そうちゃん! これはデートなんだよ。私のデートが三人になったんだから、腕を組むくらいは良いでしょ」
ノエル姉は甘えた顔で俺の腕に抱きつく。もう完全に彼女気取りだ。
「壮太! 私のこと好きって言ったよね。もう結婚するんだから文句言わない」
シエルは何を言っているのだ? 相変わらず変わった女だぜ。ま、まあ、シエルとの新婚生活を想像するとドキドキしてしまうのだが。
「もう何処からツッコんで良いのやら。この状態は想定してなかったぞ」
それを聞いたシエルは腕を組み直した。より深くギュッと。
「壮太、あの時言ったよね? 私の本音を聞いたからには、もう戻れないんだよ」
「それは嬉しいのだが。シエルの気持ちは嬉しいけど……これ、夏休み明けに噂になるパターンだろ」
学園トップの美少女二人と腕を組んでデートとか、もうネタにしてくださいって言ってるようなものだよな。
「あっ、壮太君……」
「そ、そうちゃむ!?」
俺を呼ぶ声が聞こえ、振り向くと浴衣女子と目が合った。
一人は、清楚なのに妙に艶っぽい黒髪美少女。もう一人は、背が高い強めギャルなのに意外と乙女な印象の家庭的女子。
「えっと、明日美さんと星奈……。こ、こんばんは」
ちょっとぎこちない挨拶をしてしまった。
気まずい。
つい先日振ったばかりなのに。
しかも二人とも『諦めない』って言われたんだよな。
「あ、あははぁ、そうちゃむも来てたんだぁ」
気を遣ってくれたのか、明るく話しかけた星奈だが、途中から俺に腹パンを始めてしまう。
ズバシッ! ズバシッ!
「ちょ、星奈、痛いって」
「だってぇ、目の前で見せつけられたら妬いちゃうし」
ふざけている星奈はまだ良い。明日美さんの方は目が据わっている。
「壮太君、これは拷問されても文句言えないよね?」
「そこは何卒お許しを……」
「だぁ~め♡」
明日美さんも拳を握りしめた。
ズバシッ! ズバシッ!
ズバシッ! ズバシッ!
ズバシッ! ズバシッ!
パンチが多いと思ったら、何故かシエルまで便乗してるじゃないか!
腹パンが三発同時攻撃になっているのだが。
「おい、何でシエルまでやってるんだ?」
「ふふっ♡ 夫へのお仕置きには便乗するスタイル」
シエルさん! いつから夫婦になったんですか!?
二人の目が余計に怖くなってるんですけど!
「そうちゃむ! それわざとなの? 見せつけてんの!?」
「ふぅん、壮太君って、もう新婚さん気分なんだぁ?」
「待て待て待て!」
少し腹パンが強くなったが、俺は女子の囲みから無事解放された。
「冗談だって。アタシがそうちゃむを叩くわけないっしょ。叩かれるのは……ちょっと期待しちゃうけどさ♡ お尻とか♡」
星奈、だからそんなドMっぽい目で見つめられても。
「私も冗談だよ♡ 二人っきりだったら強引にしちゃうかもだけど♡」
明日美さん!? 何をしちゃうんですか? 怖いって!
「じゃあね、そうちゃむ」
「お祭り楽しんでね。壮太君♡」
二人は俺たちと別れ参道を歩いて行く。
一時はどうなるかと思ったけど。
「た、助かった。でも、優しくて良い人たちだよな」
星奈と明日美さんの背中を見つめながらつぶやいた。
「むぅ……」
「んっ……」
何故かシエルとノエル姉が心配そうな顔をしているのだが。
「どうした?」
「だって、私たちが引っ越してこなかったら、壮太はあの二人のどっちかと付き合ってたのかなって思って」
そう言ってシエルは目を伏せた。
「それはないと思うぞ。だって二人と再会する前の俺は省エネモードだったからな。俺を変えたのはシエルとノエル姉だよ。二人が居なかったら、星奈や明日美さんとも仲良くなってないと思う」
俺の話を聞いた二人は、上目遣いで見つめてくる。
「壮太ぁ♡」
「そうちゃん♡」
うぎゃああ! めっちゃ可愛い!
もう今夜は何か進展しそうなくらいに!
「あれぇ、姫川さんじゃん!」
良い感じになった俺たちの空気は、軽そうな男の声で遮られた。
サッ!
声が聞こえた瞬間に、シエルは俺の腕を離す。
「やっぱり姫川さんだ。姫川さんも祭りに来てたんだ。てか浴衣超イケてるじゃん」
いかにも陽キャっぽい声の主は、クラスのカースト上位グループ男子の須坂だ。確かバスケ部だったか。
背が高くてモテるのだが、チャラそうな見た目が俺は苦手だ。
「良い色だね。姫川さんにピッタリ」
「べ、べつに……」
露骨にシエルが困った顔をしている。
そういえばシエルってコミュ障気味だったな。
前の学校で告白されまくって男嫌いになったから、こういうチャラ男に苦手意識があるのかもな。
「って、あれぇ! そちらにいるのは姫川先輩っすよね! ちぃーっす! って、安曇までいんのかよ!」
「よ、よう」
俺にまで気づいてしまったか。
ちょっとぎこちない挨拶をしてしまった。
「今日さ、クラスの男子で遊んでるけど、姫川さんも一緒に遊ばねえ? あっ、お姉さんも一緒に」
至極当然とばかりにナンパを始める陽キャの須坂。この軽さがモテる秘訣なのか? 知らんけど。
ただ、シエルが憮然としているのだが。
これはヤバいな。
「ほらほら、一緒に遊ぼうよ」
「えっ……そ、その……」
須坂の手がシエルに触れそうになったところで俺は動いた。
シエルの肩を持ってグイッと引き寄せるように。
「ごめん須坂、俺たちは他のメンバーと待ち合わせしてるから」
そう言った俺はシエルとノエル姉の手を取り、素早く人ごみの中に向け走る。
拝殿近くまで走ったところで、俺は二人のほうを振り返った。
「悪い、浴衣じゃ走り難かったよな?」
二人とも息を切らせながら俺を見る。瞳をキラキラさせながら。
「壮太にしては良くやった♡ ご、合格♡」
ちょっとセリフは偉そうだけど、そのシエルの顔は笑顔がはじけている。
「そうちゃん♡ シエルちゃんを助けてくれたんだよね。偉い偉い♡」
ノエル姉は俺の頭をナデナデする。心地よくて蕩けそうだ。
「だから外でイチャイチャするなって。このお姉は――」
照れ隠しでノエル姉にチョップを入れようとするが、また聞いたことのある声が聞こえて体を離す。
ガヤガヤガヤ――
「さっき須坂がナンパしてきてさぁ」
「良いじゃん、付き合っちゃえよ」
「でもアイツって彼女いるし」
「マジかぁ」
この声は知っている。今度はクラスの陽キャ女子の声。確か笹野と赤堀だ。
こいつら口が軽そうなんだよな。
「ヤバいな。逃げた方が――」
「そうちゃむ、こっち!」
また走ろうとした俺だが、後ろから星奈の声が聞こえて踏みとどまる。
「えっ? 星奈……と明日美さん?」
「ほら、そうちゃむ、こっちに隠れて!」
「私たちが誤魔化しとくからね」
二人に促され、俺と姉妹は祭り用に設置した小屋の中に入れられる。
俺たちを助けてくれたのか。
バタンッ!
って、狭っ!
小屋の中は滅茶苦茶狭かった。祭りに使う机や椅子だろうか。所狭しと積み上げられ、俺たちの立つスペースはギチギチだ。
「暗くてよく見えないけど……」
「あっ♡ そうちゃん、ダメだよぉ♡」
ぼよんっ!
俺の顔に柔らかな感触があり、ノエル姉の声が聞こえた。
えっ! この柔らかくて良い匂いなのってノエル姉だよな!
むにっ!
「だめぇ♡」
「ご、ごめん……」
ノエル姉を触ってしまったような気が?
この体勢ってヤバくないか?
変な体勢になっている俺は、ノエル姉と密着しないよう体を捻る。
「んっ♡ そそ、壮太♡ どこ触ってるの?」
ええっ! 俺の後ろの柔らかくて良い匂いなのってシエルだよな!
これどんな体勢!?
むにっ!
「そそそ、壮太ぁ♡」
「ご、ごめん……」
今度はシエルを触ってしまったような?
どうやら俺は、姉妹にサンドイッチされたまま小屋に押し込まれているらしい。しかも際どい体勢のまま。
どどどど、どうなってるんだ!