第119話 もう少しだけ
「壮太君? どうして二人が照れてるのかな? 二人とも手を出しちゃったのかな? もしかしてエッチしちゃったのかな? ねえ? ねえ?」
ヤンデレ目の明日美さんが俺に迫る。超弩級の威圧感で。
「あ、あの、これには訳が……」
「訳って何かな? 我慢できなかったのかな? ねえ? ねえ?」
どろどろどろどろどろ――
明日美さんから絡みつく蛇のようなオーラが溢れ出す。覚醒せし大いなる蜷局明日美の爆誕だ。
「どどどど、どうしよう!?」
「壮太君♡ 壮太君♡ 壮太君♡」
「と、とりあえず落ち着こう。はい、深呼吸を」
「すー、はー」
やっぱり明日美さんが深呼吸をする。素直な子だ。
「よし、次は逆立ちしてみようか?」
「うんしょっと」
明日美さんが立ち上がると、床に手を突き壁に向かって足を上げた。
「おっと、危ない」
明日美さんが引っ繰り返りそうになり、慌てて俺が彼女の足を持つ。
「危なかった……って、スカートが逆さに!」
逆さま状態の明日美さんがパンツ丸見えになり、俺は目を逸らした。
その明日美さんだが、腕をピクピクさせながら必死に逆立ちをしている。
俺は彼女の足を掴んで引き上げている状態だ。
「んんん~ん♡」
「えっ、これ何てプレイ?」
この一連の流れを見ていたシエルとノエル姉が、プリプリと頬を膨らませ俺を睨む。
「壮太! エッチなプレイ禁止! ドントタッチアス!」
相変わらずシエルのカタカナ英語が間違っている。
シエルさんや、『Don't touch ass』は『尻を触るな』だぞ。明日美さんのアスと掛けたのかもしれんが。
「そうちゃん! 何やらせてるの! 明日美ちゃんの扱い酷くない!?」
ノエル姉に言われて気づいた。確かに明日美さんの扱いが……。
でも、受け入れるとヤバいことになりそうだし。突き放すのは可哀そうだし。男性恐怖症を克服するのに協力するって言ったから。
まさかアブノーマルなプレイで克服するとは思わなかったけど。
俺は優しく明日美さんの足を下す。限界だったのか、体勢を崩しパンツ丸見えで横になっちゃったけど。
「えっと……だ、大丈夫?」
「はぁーはぁーはぁー、だ、大丈夫だよ♡」
息を切らせながら答える明日美さん。何だかお肌が艶々だ。
「もっと命令して♡ 私、頑張るからね♡」
「そ、そんなに頑張らなくても……」
「壮太君の命令なら何でもしちゃうよ♡」
「何でもはヤバいって」
目を輝かせた明日美さんが、ワンワンスタイルで俺に近づく。何で四つん這い?
やめろ、本当に犬みたいでイケナイ感じになってしまう。
「とりあえず落ち着いて話そうか」
「そうだね。それで二股はどうなったのかな?」
忘れてなかったぁああ!
「――――という訳で……」
俺は説明をした。俺と姫川姉妹が幼馴染みで、小さな頃から仲が良かったことを。義理の姉弟になってから、より想いが強くなったことを。
家庭環境や事故のことは伏せておいた。あまり広めるようなものじゃないからな。
「そうだったんだ……」
明日美さんは目を伏せ考え込んでいる。
「つまり、壮太君は同時に二人と付き合おうとするハーレム野郎なんだね?」
「言い方ぁ!」
明日美さんの言葉がキツい。
まあ、言われてもしょうがないけど。
「うふっ♡ でも、壮太君がハーレム野郎なら、私が入っても大丈夫だよね?」
「えっ?」
「つまりチャンスがあるってことだよね! 私もハーレムに入れば解決だよね?」
あれっ? 更にヤバい方向に? どうしてこうなった?
明日美さんって、めっちゃポジティブだな。
「壮太君♡ 覚えといてね。私は絶対に諦めないから。毎晩布団の中で勉強したテクニックで壮太君を気持ち良くして、私としかエッチできない体にしちゃうから。きゃっ♡」
きゃっ……じゃないって!
「壮太君♡ 壮太君♡ 壮太君♡ エッチしよっ、壮太君♡」
「お、おい、ダメだって」
姉妹の前だというのに、いやむしろ姉妹の前だからこそなのか。見せつけるように怒濤の進撃をする明日美さんに、シエルの嫉妬が爆発寸前だ。
「壮太ぁああああぁ! 極刑!」
「おい、待て! これは俺がやってるわけでは」
「問答無用!」
嫉妬女王と淫乱黒髪ボブに挟まれた俺は、オアシスのようなGカップに救いを求めるのは自明の理だろう。
「助けてお姉モン」
「太ってないから! 太ってないからね!」
国民的マスコットっぽい名前がマズかったのか、ノエル姉が丸くないのを主張する。
丸いのは胸と尻なので、当たらずとも遠からずなのだが。
「もう、そうちゃんったらぁ♡ よしよし♡」
何だかんだ言ってもノエル姉は優しい。俺の頭をナデナデしてくれた。
「ああぁ、やっぱりノエル姉は落ち着くぜ」
「ずっとまったりして良いんだよ。部屋が片づいてなくても良いよね」
「それは勘弁してくれ、汚部屋姉」
いつものイチャコラをしていると、今度はシエルと明日美さんの嫉妬がダブルで爆発した。
「壮太! 息の根止める!」
「壮太君! 拷問だよ!」
「もうっ、そうやっていつもお姉とイチャイチャする!」
「そうなんだ! 壮太君って、いつも姫川先輩とイチャイチャしてるんだ!?」
あれっ? 余計にこじらせてるような? 俺のせいなのか?
「もう許さない! 壮太ぁああ!」
「姫川さん、私たちで同盟を組もっ! 嬬恋さんも入れて」
「うん、奥羽越列藩同盟だよ!」
シエルが幕末の戊辰戦争みたいなことを言い出した。
「それは新政府軍に負けるからやめておいた方が。裏切る藩が出て崩壊するし」
「じゃあ甲相駿三国同盟」
「昨日、自分で塩を止めるって言ってただろ」
この俺とシエルの会話に、明日美さんは冷静な言葉を投げる。
「姫川さん、敵を欺くには、まず見方からだよね♡」
「うぐぅ……」
同盟は結成前から破綻した。
◆ ◇ ◆
俺は明日美さんを送りながら一緒に道を歩いていた。
途中から話が飛んでしまい、もう一度しっかり話したかったからなのだが。
さっきのテンションと違い、明日美さんはずっと無言のままだ。
気まずい。気まず過ぎる。ハッキリ伝えたはずだけど、ちゃんと分かってくれたのだろうか?
途中からふざけちゃったけど。
「壮太君……」
不意に明日美さんが言葉を発した。
「う、うん」
「私ね……やっぱり壮太君とエッチしたいな」
明日美さんは思い詰めた表情で話を続ける。
「だって、それが一番の男性恐怖症克服になると思うんだ。他の男子じゃ無理だけど、壮太君となら大丈夫だと思うの」
「それは……」
「セ○レでも良いの」
今なんつった!?
「むしろ道具のように都合よく扱ってから、ゴミのように捨てて欲しい」
「ちょ、だ、ダメだよ。そんな酷いの。もっと大切に……」
「ううん、その方が良いの。だって、優しくされたら忘れられなくなっちゃうよ」
また明日美さんの瞳から大粒の涙が流れた。
「振るなら酷い振り方をして欲しい。だって壮太君って優しいんだもん。優しくされたら離れられないよ。ぐすっ」
「明日美さん……」
「ごめん……ごめんね……壮太君。あの時、助けれくれたのが、今でも鮮明に脳裏に焼き付いて離れないの。私の心がおかしくなっちゃんだ」
次から次へと、明日美さんの目から涙が溢れてくる。肩を震わせながら両手で目を擦る明日美さんが、可哀そうで見ていられない。
「ごめんね。壮太君に迷惑かけないから。もう少しだけ好きでいさせて」
「う、うん……」
俺は頷くしかできなかった。恋愛経験が乏しいからなのか。優しくしようとしただけなのに、かえって彼女を傷つけているような。
何が正解だったのだろう。
「で、いつエッチする?」
泣き止んだ明日美さんが、ぎこちない笑顔を俺に向けた。
「えっ、だから……」
「うふふっ♡ 振られたのは悲しいけど、エッチは諦めてないからね♡」
明日美さん、アグレッシブ過ぎるだろ!
「そうだよね。他の子と付き合っても別れるかもしれないし、最悪寝取りという手も……」
何か恐ろしい言葉が明日美さんの口から出ている気がする。
純粋で怖がりで傷つきやすいガラス細工のような明日美さんだけど、同時に艶っぽくて妙に色っぽくてドロドロとした情念みたいなのも混在している。
やっぱり明日美さんは怖くて地雷っぽいのに、強烈に人を惹き付ける魅力があるよな。