第117話 最凶ヤンデレ爆誕?
俺の上に乗ったノエル姉が迫ってくる。その美しくも愛嬌のある顔が。
「そうちゃぁん♡ ちゅ~」
完全にキス顔だ。
こんなの絶対避けられないぞ。
「の、ノエル姉……」
俺はキスをしてしまうのか? シエルとキスしたのに。姉妹同時に付き合うとかヤバいだろ。そんなの倫理的に許されるのか?
莉羅さんだって、大切な娘が二人同時に傷物にされたりしたら……。
様々な葛藤が頭をよぎるが、ノエル姉のキス顔には抗えない。
こんな可愛くて魅力的なお姉ちゃんは、思い切り抱きしめて滅茶苦茶にキスしまくりたい。
「ノエル姉!」
「そうちゃん♡」
俺とノエル姉のくちびるが、あと少しで触れる瞬間だった。
バタンッ!
突然、部屋のドアが開き、シエルが顔を出したのだ。
「壮太! あ、朝だよ!」
「うっ…………」
「むぅううぅ~」
ベッドの上でくっついた俺とノエル姉は、首だけシエルの方を向き憮然とする。
特にノエル姉は、プク顔になってご立腹なのだが。
「も、もうっ! もうもうもうぉ~っ! シエルちゃん、それわざとでしょ!」
ついにノエル姉がキレた。
いつも優しいノエル姉だが、三回もおあずけされたらたまらない。欲求不満姉の顔も三度までだ。
「ぐ、偶然?」
対するシエルはすっとぼけている。何で疑問形なんだ。
「ぜったい偶然じゃないよぉ! わざとでしょ!? お姉ちゃんがキスしようとすると、必ず邪魔しに来るんだからぁ!」
俺の上に乗ったノエル姉が、ジタバタと駄々をこねる。
やめろ。むぎゅむぎゅと柔らかいものが当たって俺が限界だから。
そんな思春期全開男子の事情など知りもせず、シエルとノエル姉はやり合っているのだが。
「シエルちゃんのイジワルぅ!」
「戦いは無情。甲斐と駿河の関係悪化で塩は止まる運命」
「そこは塩を送ってよぉ!」
「じゃあ塩は止めないけどキスは止める」
「もぉおおおおぉ!」
ノエル姉が足をジタバタしたところで、俺の限界がきた。
「ちょ、ノエル姉……ヤバい。下りてくれ。マジでヤバい……。うっ!」
◆ ◇ ◆
「ふぃ~っ、さっきはヤバかったぜ」
ダイニングテーブルに着いた俺は、椅子の背もたれに寄り掛かり伸びをする。
危うくノエル姉に乗られたまま恥ずかしいことになるところだったが、ギリギリのところで耐えきったのだ。
そんな俺を、向かいに座ったシエルはジト目で見つめている。
「エッチ」
「エッチじゃねーよ!」
くっそ、俺がどんだけ我慢してると思ってるんだ。
ただでさえ可愛くてたまらないのに、上に乗ったり密着したり……。健全な男子なら暴走してもおかしくないっての。
「シエルめ……」
「うくぅ♡」
シエルを見つめ続けていたら照れ始めたのだが。
夜に話した三大○○を思い出したのか?
「クレオパトラ」
「ううっ♡」
「楊貴妃」
「うくぅ~♡」
「ヘレネや小野小町と見せかけて、やっぱり三人目はシエル」
「はぁう♡ ズルい♡ そ、壮太のバカぁ♡」
何だか知らんがシエルに勝ったぞ。
真っ赤な顔で撃沈した。
「むぅううっ!」
今度は横のノエル姉が俺を睨んでいるのだが。
「そ、そうちゃん♡ お姉ちゃんは、いつでも良いからね♡」
不満そうな顔から一転、ノエル姉が熱視線を送ってくる。プルッと柔らかそうなくちびるを突き出して。
だからそういうのだよ。
「はぁ……困ったわね」
その光景を見ていた莉羅さんが、意味深な溜め息をつく。
「やっぱり私が壮太君の相手をした方が良いのかしら? このままじゃ心配だわ」
おい、リラちゃん! 心配なのはリラちゃんだよ! マジで洒落にならんからやめてくれ!
ピンコーン!
俺の携帯から着信音だ。誰かのメッセージかな?
『壮太君、おはよう♡』
明日美さんからだった。
ピンコーン!
『起きてる?』
『話があります』
『起きてたら返事して』
『壮太君♡』
『今、なにしてる?』
『起きてるよね? 分かってるから』
『ねえ、返事してよ』
『壮太君♡ 壮太君♡ 壮太君♡ 壮太君♡』
怖っ! 明日美さん、相変わらず怖っ!
いつもの追いメッセだった。
ピロロピロロピロロ――
「うわぁああっ! で、電話か」
着信は明日美さんだ。俺が既読スルーしているから痺れを切らしたのか。
ピッ!
「はい、もしもし」
『壮太君♡ 壮太君♡ 壮太君♡ 壮太君♡』
ピッ!
しまった。つい怖かったので切ってしまった。
ピロロピロロピロロ――
またかかってきた。まあ、そうなりますよね。
シエルとノエル姉の視線が気になるのだが。
ピッ!
俺はスマホの画面をタップして電話に出た。
下手にコソコソすると怪しまれるので、堂々とダイニングで。
「はい、もしもし」
『壮太君! 酷いよ、いきなり切っちゃうなんて!』
「ご、ごめん」
『あっ、こっちこそごめんね。私、態度悪かったよね? もう怒ったりしないから許して』
怒ったと思ったら、急に媚びるような態度になる。今日も今日とて挙動不審だけど大丈夫かな? 明日美さん。
「それでどうしたの?」
俺が質問すると、急に明日美さんの声色が変わる。
『壮太君、最近何かあった?』
「えっ、べ、べべ、べつに……」
しまったぁああああ! つい誤魔化してしまった。しかも噛んじゃったじゃないか。
『へぇ、変だよね? 今日の壮太君、何かおかしいな?』
マズい。完全に怪しまれている。
『壮太君? 何か隠してないかな?』
『えっと……』
『ねえ、壮太君? ねえ! ねえ!』
ピッ!
しまったぁああああ! また切ってしまった!
明日美さんに詰められると、つい怖くて誤魔化しちゃうんだよな。星奈に説明したように、明日美さんにも話さないといけないのに。
一部始終を見ていた姉妹が、少し呆れた顔になっている。
「壮太、今のはどうかと思う」
「そうちゃん、メッだよ」
「ですよね」
ピンポーン!
ビクッ!
今度は家のチャイムが鳴って、俺の体はビクッと跳ねた。
「ま、まさかな?」
背中に冷たい汗が流れる。まさか、今電話があったばかりで。時間的にそれはないはずだ。
無いと思いながらも、俺は玄関に向かい、そっとドアを開けた。
ガチャ!
「壮太君♡ 何で電話切っちゃったの? ねえ、壮太君♡ 壮太君♡ 壮太君♡」
「うわぁああああああ!」
やっぱり明日美さんだった。
◆ ◇ ◆
「もうっ、ヒドいよ壮太君」
とりあえず明日美さんを俺の部屋に上げたのだが、前よりもヤンデレ度が増している気がする。
どうしたものか。
「えっと、ごめん。ついビックリして」
「それで何かあったの?」
グイッと顔を寄せた明日美さんが、俺の目をじーっと見つめる。
「えっと、その……星奈から何か聞いた?」
すこし鎌をかけてみた。
「聞いてよぉ。それがね、嬬恋さんは何も話してくれないんだよ。何か怪しかったから電話で問い詰めたのに」
「そうだったんだ……」
星奈……黙っていてくれたんだ。
「でもね、嬬恋さんって分かりやすいから。バレバレだよね」
「確かに。顔に出やすいよね」
星奈って、見た目は背が高くて迫力あるし強めギャルだけど、実際はかなり純情な乙女だからな。
「だからね、気になって壮太君に会いに来たの。嬬恋さんがおかしいのって、絶対壮太君が原因だから。朝早くから壮太君の自宅前で張り込みして、メッセや電話したんだよ」
おい、家を張るんじゃない。それ完全にストーカー……。
「で、何があったのかな?」
「あの……」
明日美さんが、その小さく華奢な体を押し付けてくる。ほんのりシトラス系の良い匂いがして、俺の胸がドキッとした。
「ち、近くない?」
「近いよ。今日は覚悟してきたんだ」
「えっ? なな、何の?」
明日美さんの黒目がちな目が、スーッと光が消えハイライト無し目になる。
「大丈夫だよ♡ 痛くしないから♡」
「は? えっ?」
「事と次第によっては痛いかもだけど♡ きゃっ♡」
ぎゃあぁあああああああああああ! やっぱり怖いぃいいいい! 明日美さんって、絶対ヤンデレだよね!?
俺は今やっと気づいた。怒らせてはいけない人を、俺は怒らせようとしていたのだと。