第115話 もう容赦しないよ
耳元でノエル姉に囁かれ、俺の脳内が甘い美声で満たされる。まるで体中が幸せホルモンで蕩けさせられるようだ。
「そうちゃん……して♡」
ぎゃあぁああああああああああ! 凄い破壊力だ! こんなの我慢できねえぇええ!
ノエル姉の本気声で脳が溶かされるぅ!
俺のために料理を頑張ってるシエルを想っているのに、ノエル姉にドキドキが止まらない。
もうノエル姉への想いが止められそうにないぞ。
「ちょっと待ってくれ」
「もう待てないよぉ♡」
背中にノエル姉を感じる。柔らかくて心地いい。天国のような。
「でも、シエルにバレると……」
「シエルちゃんには私から説明するよ」
「それじゃ姉妹で共有されるみたいじゃないか」
「ううっ♡ シエルちゃんと私で、そうちゃんを共有♡」
ダメだ。ノエル姉がその気になってる。
二股なんてダメなはずなのに、ノエル姉はOKなのか?
「さすがに二股は……」
「わ、私はシエルちゃんも大切なの」
「ノエル姉……」
「だからシエルちゃんも幸せになって欲しい」
ぎゅっ!
ノエル姉の腕が俺の体を包み、優しく抱きしめられた。
「私たちが引っ越してからね、シエルちゃんは酷く落ち込んじゃったんだよ。そうちゃんに忘れられちゃったって」
「シエルが……」
そうだ。俺が記憶を……。
大切な記憶を忘れられ、辛く悲しかったんだろうな。
「シエルちゃんね、あんなに可愛いけど人付き合いが苦手でしょ。小学校ではイジメられてね……」
「シエル……」
「でも、中学校に入ると、今度は凄く人気になっちゃって」
ノエル姉の話は理解できる。
あの美貌と金髪だ。子供の頃は異質で目立つ存在とされているけど、思春期に入ると男子が放っておかないんだよ。
「それでね、色んな男子に告白されて……。全部断ってたら、ますます人付き合いが苦手になって」
「それであの塩対応なのか」
クールな氷の女王の完成だ。話しかけてくる男子に極寒ブリザードを浴びせるような。
まあ、あれは緊張しているだけみたいだけど。
「でもね、そうちゃんと再会してからのシエルちゃんは、いつも楽しそうにしてるんだよ。笑顔も増えたし」
「そうなんだ。良かった」
嬉しそうにシエルのことを話すノエル姉だが、途中からウズウズし始める。
「でもでもぉ、シエルちゃんとそうちゃんを応援したいのに、私もそうちゃんと一緒になりたいの♡」
「それを二股と言うのでは?」
「もう結婚したいの♡ 結婚して部屋を片付けて欲しいの♡」
「それは自分でやってくれ」
何とかツッコミを入れながらやり過ごそうとしたが、ノエル姉の顔が迫ってくると抗えなくなる。
吸い込まれそうに綺麗な瞳と、ぽてっとした柔らかそうなくちびるには魔力さえ感じるくらいだ。
「うっ、もう我慢の限界だ……」
「そうちゃん♡ すきぃ♡ 大好き♡」
「ノエル姉……俺も……」
俺が態勢を入れ替え、ノエル姉と向き合った。
もう歯止めは利かない。
二人の距離が、どんどん縮まってゆく。
「ノエル姉」
「そうちゃん♡」
目をつむり真っ暗な視界の中、微かにノエル姉の吐息を感じる。
そっと抱き合いながら、くちびるとくちびるが合わさる瞬間。
ガラガラッ!
その時、事件は起こった。
「壮太っ!」
ドアの開く音と声に驚いて目を開けると、そこにはシエルが立っていた。
「ぐぬぬぬぬっ……壮太! お姉! お風呂で何やってるの?」
仁王立ちの女王様……じゃなくシエル。そしてお風呂の中で固まったままの俺とノエル姉。
詰んだ……。
「お姉の姿が見えないから怪しいと思ったら……お風呂でこっそりエッチしてた……」
シエルに睨まれたノエル姉が挙動不審になる。
「こ、これはね。ちち、違うんだよ。そうちゃんの背中を流そうとしてね」
「背中を流すのに湯船に浸かるの?」
「そ、それはぁ……」
ノエル姉の目が泳ぎ、最終的に俺を見る。
おい、さっき自分で説明するって言ってたよな。やっぱりポンコツ姉だった。
これは俺が何とかしないとダメか。
「シエル、ノエル姉は欲求不満でな」
「ちち、違うよぉ!」
説明しようとしたが、ちょっとニュアンスを間違えたようだ。
ノエル姉が飛び掛かってきて、柔らかなGカップに襲われる。
それはヤメロ。マジで洒落にならん。
「むぅ、私も入る」
シエルが服を脱ぎ出した。
「ま、待て! お前は水着を着てないだろ!」
「じゃあ下着で……」
「水着と下着じゃ全然違うだろ! 赤壁と霹靂くらい違うぞ!」
赤壁と聞いたシエルの目の色が変わる。三国志に思いを馳せるように。
サブカルオタク女子の面目躍如か。
「劉備殿、この周公瑾が、そこの曹操を討ち取るところをご覧あれ!」
「誰が劉備だ! てか、お前が周瑜なのかよ!?」
周瑜(三国志、呉の武将)になりきるシエルに、ついツッコミを入れてしまった。三国志好きには刺さる内容だが、興味ない人にはポカーンだぞ。
これにはノエル姉もビックリだ。
「えっ、私が曹操なの?」
自分を指差し戸惑い気味のノエル姉。突然の展開についてゆけてない。
しかしシエルの話は一気に飛ぶ。ノエル姉が置いてけぼりで。
「なぜ天は我と同じ時代に諸葛亮を生んだのか……」
「話が飛び過ぎだぞ。ノエル姉が曹操から孔明に変わってるし」
相変わらず『おもしれ―女』のシエルに、俺のツッコミもいっぱいいっぱいだ。
やっぱりシエルはシエルだな。
話はぐだぐだになったが、シエルが下着姿になるのを防いだから成功だろう。ナイス俺!
◆ ◇ ◆
姉妹との混浴を防いだ俺だが、シエルの追及を防ぐのには失敗した。
今はシエルの部屋で、事情聴取を受けているところだ。
「で、お風呂でイチャイチャしてたんだ?」
ベッドに座ったシエルが、その長く美しい脚を組む。俺の顔に爪先がくるように。
因みに、俺とノエル姉はシエルの前で正座している。
「シエル、足を俺に向けるな。舐めて欲しいのか?」
「きゃっ」
驚いたシエルが足を引っ込めた。
「エッチ」
「エッチじゃねーよ」
拗ねた顔で俺を見るシエルが可愛い。
「でもお風呂でエッチしようとした」
「うっ……」
それは反論できん。でも、水着姿のノエル姉が突撃してきたら、誰だって拒めねえって。
「で、エッチしようとしたの?」
「違うんだよ、シエルちゃん」
ここでノエル姉が割って入った。
「私はキスしようとしただけなんだよ。シエルちゃんがキスしたから、私だってしても良いよね」
「うぐぅ……」
強気な攻めだと思えたシエルだが、ノエル姉に反論され何も言えない。
「キスしようとしただけだよ。お風呂は水着だからエッチじゃないし」
「一緒にお風呂はやり過ぎ」
「でも、キスは平等だよね。お姉ちゃんもキスして良いよね?」
「そ、それは…………ダメ」
シエルがプイッと横を向く。
ノエル姉は泣き真似をしながら俺に抱きつくのだが。
「えぇええ~ん! シエルちゃんが厳しいよぉ。ゴールデンウィークの旅行では、そうちゃんと裸で混浴してたのにぃ」
グサッ!
とびきりのブーメランがシエルに炸裂した。確かに俺とシエルは混浴していたぞ。
台風の夜にもしたけど、あれは目隠しをしてたからノーカンで良いよな。
「そ、それは……ぐ、偶然……」
今度はシエルが挙動不審になった。
「これで混浴は相子だよね?」
「う、うん……」
「じゃあ、キスも姉妹で一緒だよね?」
「うぐぅ……わ、分かった」
シエルがノエル姉に押し切られてしまった。
普段おっとりしているノエル姉だけど、ここぞという時は強いんだよな。
「じゃあシエルちゃんの許可が出たからキスしよっ♡ そうちゃぁ~ん♡」
キス顔のノエル姉が迫ってくる。
「ちょい待てぇい! 妹の前でキスする姉が何処に居るんだぁああ!」
「こ、ここに居るよ♡」
「ぐっはっ! とんでもないエロ姉だぞ」
ポコッ!
「痛ぁ~い!」
ついノエル姉の頭にチョップを入れてしまった。照れ隠しだ。
「ぐぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬ!」
案の定、シエルが暗殺者みたいな目をしている。これ以上シエルを嫉妬させるとヤバいぞ。
「えっとだな、俺たちは表向き姉弟となってるし、一つ屋根の下で同居してるのだからな、節度のある生活を――」
俺がこれ以上エスカレートしないようにしているのに、シエルもノエル姉も聞いちゃいねえ。
「ぐぬぬぬぬっ! 壮太、これからは容赦しないから!」
「そうちゃあぁん♡ いっぱいキスしようね♡」
あれっ、これやっぱり詰んでないか?
逃げ道を塞がれて三角関係が進んでるし、シエルの嫉妬も激しくなってるし。どうすんだ。




