第114話 毎日一緒なの♡
「ただいま」
トタトタトタトタ――
俺が玄関をくぐると、リビングから小走りでシエルがやってきた。
どうした、そんなに急いで。
「壮太! どうだったの?」
「えっ?」
グイッと迫るシエルに、俺は少し体を引く。
「お、おい」
「くんくんくん……嬬恋さんの香水の匂い……」
「ギクッ!」
一瞬でバレた。俺が星奈に抱きつかれたことが。
シエルの目が鋭くなる。
「壮太ぁ……」
「お、おい、怖い顔するなよ」
「顔は生まれつき」
「そんな訳あるか。二人っきりの時は、もっと可愛くて甘々な顔だろ」
「うくぅ♡ ず、ズルい。褒めても誤魔化されない」
誤魔化してはいないのだが。事実を言っただけで。
「これは星奈のスキンシップだよ。いつもの」
「むぅ……他の女子とスキンシップ……」
シエルの追及が厳しい。告白し合ってからヤンデレ感が強くなったような?
「お、おい、近いってシエル。妹も一緒だったから何もないぞ」
「妹さんも一緒だったの?」
「ああ、家に行ったから」
「むぅううっ……」
しまった。星奈の家に行ったのを打ち明けたら、更に嫉妬が激しくなったのだが。
「話は中でするよ。家に上げてくれ」
グイグイ迫るシエルを押し戻し、靴を脱いで家に上がった。
「ったく、お前は浮気を疑う新妻か?」
「告白したのに他の女の家に行く壮太が悪い」
「た、確かに……」
しまった。何も考えずに星奈の家に上がったけど、これは誤解されても仕方がないな。
「壮太君おかえりなさい」
俺とシエルの話を聞いていたのか、莉羅さんもやってきた。
興味津々なのか、目を輝かせながら。
「シエル、壮太君は無実よ。事実をペラペラ喋るのは、後ろめたいことが無い証拠なの。嘘がつけないのが壮太君の良いところでしょ」
「そうなんだ」
莉羅さんの援護射撃でシエルが納得した。
さすが三十代。男を見る目がある。一度目の結婚には失敗してるけど。
って、そのおかげで姉妹が生まれたから感謝かな。
「莉羅さん、復活して良かったです。さっきは欲求不……疲れてたみたいだから」
「もうっ、壮太君ったら。そうそう、ご飯は?」
「食べてきました」
「分かったわ」
莉羅さんと話していると、またシエルが絡んできた。
「嬬恋さんの家で食べたの?」
「うん、肉じゃがを作ってくれて。プロみたいに美味しかった――」
「むぅううっ!」
おい、またシエルがむくれているのだが。
何が地雷だったんだ?
「お母さん、また料理教えて」
「あらあら」
シエルは莉羅さんとキッチンへ入っていく。
「今度は肉じゃがの作り方」
「はいはい」
「私の方が美味しいって言わせてやる」
「微笑ましいわね」
シエルの後についてキッチンに入る莉羅さんだが、一度俺の方を向いてからニマっと笑う。
「壮太君、愛の力ね♡」
くっ、やっぱりそうか。俺が星奈の料理を褒めたからなのか。
それからシエルと莉羅さんは、キッチンで肉じゃがを作り始めた。
これは明日の朝食も肉じゃがかな?
◆ ◇ ◆
「そうちゃん、お背中流しまぁす」
俺が風呂に入っていると、突然、脱衣所からノエル姉の声が聞こえた。引っ繰り返るくらいの衝撃的セリフが。
「わぁああっ! ま、待て待て待て待て! いきなり何を言い出してるんだ、スケベ姉っ!」
「スケベじゃないもん」
ガラガラガラ!
ザバァッ!
浴室のドアが開き、バスタオルを巻いたノエル姉が入ってくる。俺は急いで湯船に飛び込んだ。
「こ、こら、勝手に入ってくるな!」
「大丈夫だよぉ♡ 水着を着てるから♡」
体に巻いてあるタオルを外したノエル姉は、海で見たのと同じビキニ姿だった。
「うおっ! 何だその凶悪なGカップは!」
「こらぁ、胸ばっか見ちゃダメだよぉ♡」
恥ずかしそうにノエル姉が胸を隠す。隠しきれてないけど。
ピンク色のビキニからは谷間やら横乳やらが見えまくりだ。むしろ隠す行為が、よりエッチな感じでグッときてしまう。
「そんなの見るなと言う方が無理があるだろ」
「じゃ、じゃあ、見て良いよ♡」
「ぐはぁあああぁ!」
両手を広げるノエル姉。ド迫力のGカップがボヨンっと揺れた。
くっ、海で見た時より刺激的なのだが。何で海やプールより、お風呂で水着だとエッチなんだ。
「てか、皆に気づかれるとマズいだろ」
俺は廊下側を気にする。すぐ近くにシエルと莉羅さんが居るはずだ。
しかしノエル姉は、いつものようにのんびりしている。
「大丈夫だよぉ。お母さんもシエルちゃんも、キッチンで料理してるから」
あっ、そういえば肉じゃが作ってたな。でも、その隙を狙うなんて……。
「うーん、ノエル姉って、やっぱり抜け目ないよね」
「それじゃお姉ちゃんが悪い女みたいでしょ!」
ノエル姉に悪意はなく、ただポンコツっぽいだけなんだよな。欲望に忠実というか。
むしろ、この美貌と性格と魅力で悪女になったら誰も勝てねえぞ。
「お姉は、ただのスケベ姉だよね」
「こらぁ、スケベじゃありません! そ、そりゃ、ちょっとは……エッチなこと興味……あるけど……」
「何か言った?」
「な、何でもなりません!」
ザブザブザブ!
信じられないことに、ノエル姉が湯船に入ってきた。俺の背中に張り付くように。
「ちょ、待て! 何で入ってくるの!?」
「えっと、こ、混浴?」
何を言っているのか分からないぞ。このポンコツ姉改め混浴姉は。
ポチャン!
無言のまま風呂の中でノエル姉とくっついている。これ、どうすれば良いの?
「あの――」
「あの――」
ノエル姉と言葉が重なった。
「あっ、先にどうぞ」
「そうちゃんが先で良いよ」
「ノエル姉が先で」
「そうちゃんが先だよぉ」
「ノエル姉」
「そうちゃん」
いつものをやってしまった。
「うふふっ♡ そうちゃんったら」
ノエル姉が笑う。
俺も緊張が解けたぞ。
「どうしたんだよ、急にこんなことして?」
俺が質問すると、背中でノエル姉がモゾモゾする。
「だって、シエルちゃんばかりキスして、私にはしてくれないし……」
「それは……」
キスが原因だったのか。
ノエル姉……もしかしてキスして欲しくてお風呂に突撃したとか?
「ふふっ、ふふふっ」
俺が笑うと、背後からノエル姉のいじけた声が聞こえてくる。
「もぉおおおぉ! 私は結婚したら毎日一緒にお風呂派なのぉ!」
「けけ、結婚……だと!」
ノエル姉が止まらない。頭の中は完全に新婚さん生活のように。
「お風呂も一緒だけど、ベッドも一緒なのっ♡ 毎日、行ってらっしゃいのキスと、お帰りなさいのキスもなの♡ 出かけるときは手を繋いで仲良しなの♡」
ノエル姉らしいな。甘えん坊で寂しがり屋で。何だか微笑ましい。
「そういう生活も良いよな」
「でしょ、さすがそうちゃん♡」
分かる。分かるよ。俺も姫川家も親が不仲だったからな。幸せな家庭に夢を見るのも当然だよな。
モジモジモジモジ――
背中でノエル姉がモジモジし始めた。
それはやめろ。柔らかい体がむぎゅむぎゅ当たるから。
「どうしたノエル姉?」
「え、えっと、あの、あのね……」
何度か躊躇してから、ノエル姉は口に出す。
「き、きき、キス……して欲しいな」
「きききき、キスだとぉ!」
「そんなにビックリしなくてもぉ。シエルちゃんにはしたんでしょ?」
シエルのは俺からじゃなく、不意打ちでされたんだよ。俺からキスをするなんてハードル高すぎだろ。
「良いでしょ。私にも」
俺の肩に顔を乗せたノエル姉が耳元で囁く。
「キス……して♡」
どどどどどどど、どうすれば良いんだぁああああ!