第113話 する?
「あっ、そうだ! アタシの中学の卒アル見る?」
突然、星奈が話を逸らした。俺が切り出そうとした瞬間に。
「星奈の中学時代は興味あるけど、真面目な話があって」
「あったあった! これこれ」
本棚なら卒アルを抜いた星奈が俺の横に座る。体を寄せるようにして。
「ほら、これアタシ。めっちゃアピってるでしょ。ウケるぅ」
「おおっ、星奈が若いぞ」
集合写真の星奈は、当時からギャルっぽくポーズを決めていた。相変わらず背が高くスタイルが良い。
大人っぽい体にセーラー服が似合っているけど、少し初々しい顔がギャップがあって可愛い。
って、見惚れてる場合じゃないだろ、俺ぇ!
「それで、本題に入るけど――」
「あっ、そうだ! 旅行の写真も見る? うちらの水着写真だし」
また話を逸らされる。今度はスマホの画面を見せてきた。これはもう偶然じゃないな。
もう本気で話さないと。
「星奈、真面目な話があるんだ」
「わぁああああああぁ! 聞きたくない聞きたくない!」
耳を塞いだ星奈が叫び始めた。
「聞かなくても分かるもん。そうちゃむ、アタシを振るつもりでしょ」
「それは……」
何も伝えていないのに、星奈は全て分かっていた。
「分かるよ。しえるんと良い雰囲気になってたし。何か空気? が違うって感じ。それに真面目な顔でアタシに話があるって言い出すし」
「星奈……」
「だから今日だって、アタシの手料理を食べさせて心変わりさせようって思ったのに。アタシ……料理も得意だし、尽くす女だし……」
星奈の腕が俺を掴んで離さない。必死に縋り付くように。
「てか、まだ告白してないのに、何で先に振られるのよ! ちょっとぉ!」
「そ、そう言えば……」
「マジでアタシにしときなって。そうちゃむと相性ばっちしだし、何でもしたいこと……してあげるし」
むぎゅっ!
方に星奈の柔らかいものが当たる。凄いボリュームだ。
「そ、そんなダメだって。簡単に何でもとか言っちゃ」
「そうちゃむだけだしぃ! 他の人には言わないし! てか、もう怒った。今ここで既成事実つくるから」
そう言った星奈が服を脱ぎ始めた。薄手のキャミの下からセクシーな黒いブラが見える。
「ちょ、ちょっと待った。姫麗ちゃんが起きちゃうだろ」
「姫麗が気になるなら、ホテル……行く?」
「行かないから!」
星奈の柔らかな体と、官能的なギャルっぽい香水の匂いでグラッときそうになる。
しかし鋼の意志で我慢した。
「シエルを裏切れないから……」
「それ言われると何もできなくなっちゃうじゃん。てか、そうちゃむの、そういう誠実なとこを好きになったんだし」
好きと言われて、俺の心がトクッと跳ねた。少しの痛みと共に。
「何で俺みたいな陰キャのオタクを……他にもっと良い男はいるだろ」
「他にいないし! 何でそんなに自己評価が低いのよ。そうちゃむは良い男だって」
「そうか? 流行りにも疎いし、メッセージの返信もアレだし」
「それは……ダサいかも」
「こらっ」
笑う星奈だが、すぐ真剣な顔になった。
「もっと自信を持ってよ。アタシはそうちゃむが良い男なのは知ってるし。しえるんが孤立した時だって、真っ先に助けに行ったし。あすぴが軽沢に脅されてた時だって、自分が不利になるのに助けたでしょ。普通は空気に流されて見て見ぬふりしちゃうんだよ。でも、そうちゃむは違う。そうちゃむは人に優しくできる良い男なんだし」
照れる。星奈が、そんな風に俺を想っていてくれたなんて。
でも、前の俺なら自分から動いたりしなかったかもしれない。俺を変えたのは、やっぱりシエルとノエル姉なんだよな……。
「ごめん、星奈」
「謝るなしぃ!」
「えっ、ごめん」
「だから謝るなぁ! それじゃ完全に振られたみたいでしょ!」
「俺はどうすれば」
俺と星奈が密着しながら言い合っていると、またドアの隙間から視線を感じた。ツインテールのメスガキのジト目を。
「お、おい、またガキンチョ……妹が覗いてるぞ」
俺に抱きついていた星奈が、サッと体を離す。
「ヤバッ、見られた?」
「完全に見られてるぞ」
戸惑う俺たちのところに姫麗がやってくる。ビシッと指を突き付けながら。
「こら、安曇壮太ぁ! お姉ちゃんを振るとか何なのよ! お姉ちゃんは最高に良い女なのよ! 可哀そうでしょ!」
「お、おい、さっきと言ってることが違うじゃないか。俺と付き合うのは反対だっただろ?」
一瞬だけ躊躇した姫麗だが、すぐに立ち直る。
「そんなのどうでも良いのよ! お姉ちゃんを振るなぁ! あと、お姉ちゃんに手を出すなぁ!」
「どっちだよ?」
「どっちもよ!」
何だか子供の喧嘩みたいになる俺と姫麗だ。しまった。小学生と張り合ってしまったぜ。
荒ぶる姫麗は星奈に引きずられ、部屋に逆戻りされるのだが。
「ぎゃああぁ! やぁだぁ~」
「あんたは寝てな」
「まだ眠くないよぉ~」
こうして再びメスガキは部屋に連れ戻された。眠くないとか言ってるけど、さっきおねむになっていただろ。
「もうっ、姫麗ったら」
戻ってきた星奈が、頬を染めモジモジする。
「で、する?」
「しないから! 姫麗ちゃんに見られちゃうだろ」
何をするんだ。何を。
また星奈が体を寄せてきたのだが。胸元が開いたキャミだから目のやり場に困るのだが。
「ちぇっ、あと一歩だったか」
「あと一歩じゃないから」
「ほれほれぇ♡」
「グハッ!」
星奈が胸元を開け、谷間を見せつけてくる。黒いブラが見え隠れしていて、一気に俺の体が熱を帯びた。
「や、やめろって」
「そうちゃむ照れてるぅ♡ このスケベぇ♡」
「くっ」
「もうっ、そうちゃむって、いつもアタシの胸をチラ見してるから落とせそうなのに、攻めてみると難しいんだよね」
えっ? 俺ってそんなにバレバレなのか?
「でもそんなそうちゃむが好きなんだし……。やばっ、泣きそう……」
「星奈……」
目を潤ませた星奈が俺を見る。いつものギャルっぽい目ではなく、涙でキラキラ濡れた純粋な瞳で。
「そうちゃむ、しえるんとお幸せにね」
「えっ、あ、うん」
「ん?」
俺が一瞬だけ戸惑ったのを、星奈は見逃さない。
グイッと顔を近づけ、真正面から俺の目を見る。
「ねえ、そうちゃむ? そうちゃむが選んだ子って、しえるんだよね?」
「えっと……」
「もしかして、のえるん先輩?」
「その……」
じっとぉおおおおぉ!
さっきまで純粋な乙女みたいな目をしていた星奈が、思い切りジト目になって俺を睨む。
「ねえ、もしかして二股なの?」
「ま、待て、これには深い事情が」
「問答無用だしぃいいいいっ!」
「わぁああああああ!」
星奈に抱きつかれた。両手両足を使った、だいしゅきホールドみたいな。
グラビアモデルのように背が高く迫力のボディだけに、全身が包まれるような迫力だ。
「待て待て待て! プロレスごっこじゃねえんだから」
「そうちゃむのバカぁああ! もう毎日プロレスごっこしてやるから! てか、二股なら三股でもイケるんじゃね?」
「そんなの俺が我慢できねえぇええ!」
ジィィィィィィ――
また視線を感じて横を向くと、やっぱり姫麗が覗いていた。
「何だか楽しそう……。ふーん、あのお姉ちゃんがねえ……」
姫麗は一人で納得したように頷いている。
「お、おい、またガキンチョに見られてるって」
「姫麗はいいからぁ! アタシを振ったんだから、大人しくプロレスごっこされてろし。もう手加減しないからぁああ!」
「ぎゃああああ!」
こうして、俺は正直な気持ちを伝えたのだが……。上手く伝わったような伝わっていないような。
星奈との関係が余計にこじれた気がしないでもない。




