第112話 星奈
「ちょっと、お姉ちゃん! 私はお姉ちゃんが悪い男に引っかからないようにぃ! わぁあああぁん!」
元気なメスガキが星奈に引きずられてゆく。ツインテールがピョコピョコしてコミカルな絵面だ。
「ご、ごめんね、そうちゃむ。うちの妹が」
妹を部屋に押し込んだ星奈が戻って来た。
「ほら、上がって上がって。汚いところだけど」
「とんでもない。お構いなく」
星奈が俺の前で跪き、スリッパを揃えてくれた。何だか本当にメイドさんに尽くされているみたいだ。
「はい、どうぞ」
少し古い印象のダイニングキッチンのテーブルに促されると、星奈に椅子を引かれて座らされる。
何だか至れり尽くせりだ。
アパートの間取りは、このダイニングと奥に狭い部屋が二つ。母親の部屋と、姉妹の部屋かな。
「あはは……ごめんね、汚いところで」
星奈がそう言うが、俺の中ではかなり綺麗な印象だ。建物自体は古いのに、掃除は行き届いている。
「星奈、汚いと言うのはな、ノエル姉の部屋みたいなのを言うんだぞ」
「あははぁ、そういえばそうだったね。のえるん先輩、あんな綺麗なのに」
話ながら星奈がエプロンを着けている。
「なっ! なんだ、その特殊装備は!?」
「何だって、エプロンだし」
キョトンとした顔をする星奈。気づいていないのか。その超強力な女子力全開装備とギャップを。
「ギャルっぽいキャミとミニスカートに家庭的なエプロンとか、そんなの反則的だろ。何だよその可愛さとエロさと慎ましさを混ぜたような装備は」
「えっ♡ やだっ、超うれしぃ♡」
しまった。心の声が漏れていたようだ。
星奈が両手で顔を押さえてグネグネしている。
やめろ、その動きは。布面積の少ないキャミがエプロンに隠れて、まるで裸エプロンみたいに見えるから。
「うっ、まさか星奈がこんな破壊力抜群の攻撃に出てくるとは……」
「攻撃じゃないし。夕食でも作ろうかと思っただけだし」
それで家に呼んだのか。ファミレスじゃなくて。
前に聞いた星奈の身の上話を思い出し心苦しくなる。家計を助けるためにバイトしている話だ。
「偉いな、星奈は。それに引き換え俺は……」
「そ、そんなんじゃないし。そうちゃむにアタシの手料理を食べさせて心変わりさせようとしただけだし。男心は胃袋からって言うっしょ」
心変わり? やっぱり星奈は……。
ジィイイイイイイイイ!
ふと視線を感じ横を向くと、部屋のドアの隙間からメスガキが覗いていた。
「おい、ガキンチョが覗いているぞ」
俺が指を差すと、星奈が妹を押し込めに行った。
「こら、部屋に入ってなって言ったでしょ」
「やぁだ! 悪い男か審査するの!」
結局、部屋を抜け出した妹は俺のところへ近づいてきた。
「もうっ! お姉ちゃんってば、何度言っても派手な服を着たがるし、遊び人ギャルとつるむし、悪い男に引っかかりそうなんだもん!」
妹が力説する。小学生らしからぬ達観した感じに。
「出て行ったお父さんみたいな人と付き合っちゃダメだからね! ギャンブルしたりDVしたり浮気したり」
重い……。小学生にそこまで言われるなんて。ろくでもない親が多過ぎるぜ。
星奈は妹の口を塞ごうとしている。
「こら姫麗、そうちゃむはそんなんじゃないから! 付き合った女は大切にする男だしぃ♡」
おい、それはもうやめてくれ。恥ずかしいから。
「うーん、言われてみれば……地味で遊んでなさそうな男だけど……」
姫麗とかいうメスガキが俺を品定めする。地味なのは余計だ。
「意外! お姉ちゃんなのに意外! お姉ちゃんだから、もっとカスみたいな遊び人のDV男を連れてくると思った」
「連れてこないよ! そういう男は苦手だしぃ!」
星奈が全力否定している。
だよな。星奈って、こう見えて一途で純情っぽいし。
「とにかく大人しくしててよね。アタシは料理を作るから」
姫麗にそう言い聞かせてから、星奈はキッチンに立った。鼻歌混じりにジャガイモの皮を剝いている。
カタッ!
一方、姫麗は俺の隣の椅子に座るのだが。
「あなた、名前は?」
ジッと俺の顔を覗き込みながら姫麗が言う。
「俺は安曇壮太だ」
「安曇壮太、お姉ちゃんとはいつから付き合ってるの?」
「付き合ってないけど。友達だぞ」
「嘘っ、付き合ってない男を家に呼ぶわけないし」
ですよね……。やっぱり星奈って、俺にだけ優しくて無防備だよな。
「本当に付き合ってないんだけどな」
「もしかして……セ○レ? 私のお姉ちゃんをセ○レにするとか許さないんだから」
おい、小学生っ! 最近のガキはマセてるのか!? 誰だよ、変な言葉を教えたやつは!
「やってないから安心しろよ。星奈は、ああ見えて真面目で純情だからな」
「あんた、分かってるじゃない。見直したわ」
姫麗の俺を見る目が変わった。
少しだけ警戒心を解いたようだ。
「お姉ちゃんはね、見た目は遊び人ギャルみたいだけど、本当は真面目で一生懸命で私やお母さんのために頑張ってる優しい人なの。あんたには勿体ない女なんだからね」
だよな。俺には勿体ない女だよ。それなのに俺は……。俺はおかしくなったのか。こんなに良い女なのに。
でも、恋は理屈じゃないんだよ……。
「星奈は立派な人間だよ。俺は恥ずかしいよ。俺も母親に捨てられたけど、不貞腐れて省エネモードだって自分を偽って……。でも星奈は家族のために……」
「安曇壮太……。あんた……」
姫麗と一緒にしんみりしていると、星奈が鍋を持ってやってきた。
鍋からは美味しそうな匂いが立ち上っている。
「できたよ。男心を掴む肉じゃがだし」
器によそった肉じゃがは、黄金色に照り艶が輝く一品だった。簡単に作ったように見えたのに、プロのような出来栄えだ。
「うっ、これは凄い……。星奈って、実は凄い女なのでは?」
「うっへへぇ♡ 褒め過ぎだしぃ、そうちゃむったらぁ♡」
星奈が嬉しそうにグネグネする。だから、それ胸が揺れるし、裸エプロンみたいに見えるからやめてくれ。
「ところで、妹と二人で何を話してたの?」
「星奈が良い女だって話だよ」
「えっ♡ ふぇえっ♡ ちょ、ハズっ! 恥ずいからやめてってば」
マズい。星奈が更に胸を振り始めたのだが。もう裸エプロンの新妻にしか見えねえぞ!
星奈の作った料理は美味しかった。本当に店で食べるような完成度だ。料理屋が出せそうなくらいに。
「美味しかったよ。ありがとう」
「どういたしまして♡ そうちゃむになら毎日でも作っちゃうし♡」
それは本当に新妻では?
姫麗は俺を睨んでいるけど。星奈をジロジロ見すぎたか。
「ふん、安曇壮太! とりあえずは合格ね。友達なら許可してあげるわ」
ズバシッ! ズバシッ!
メスガキが俺に腹パンしているのだが。いつの間に懐いたんだ。
「ふん、お姉ちゃんと話すくらいなら良いわね」
「お前は何様だ」
「私は審査官だから。ふぁああぁ……私が……審査するんだからぁ……」
はしゃぎ疲れたのか、姫麗が寝てしまった。やっぱりガキはガキだな。
「珍しい。姫麗が男の人に懐くなんて」
星奈は姫麗を抱きかかえて部屋に連れて行きながら、ボソッと口に出した。
「お父さんのせいで男を見る目がちょー厳しいのよね。反面教師ってやつ?」
「そうなんだ」
俺も母親のせいで女を見るが偏ったから何となく分かる。
でも…………。
「星奈、話があるんだ」
俺は切り出した。シエルたちの話を。




