第111話 ギャルの家に
「ただいまー」
家に帰った俺を興味津々な顔で出迎えるのは、ノエル姉と莉羅さんだ。
いきなり二人に手を掴まれ、リビングに引き込まれてしまう。
「そうちゃん、早かったね。ど、何処に行ってたのかな?」
モジモジと体を揺すりながらノエル姉が顔を寄せてくる。
事情聴取かな?
「えっと、その……アニメショップとか」
「それだけ?」
可愛らしいノエル姉の顔がグイグイ迫り、自分の顔がカーっと熱くなるのを感じる。
「あっ、怪しい。そうちゃん怪しい」
「怪しいわね。これ、絶対何かやってるわよ」
ノエル姉に被せて莉羅さんまでグイグイくる。
怪しくねーよ。あ、怪しいけど……。
というか、やっぱりこの二人ってそっくりだな。
「俺じゃなくシエルに聞けばいいだろ」
そう言ってリビングを出ようとするが、まだ事情聴取が終わってないとばかりに引き戻される。
「シエルちゃんが真っ赤な顔で部屋にこもっちゃったんだよぉ」
ノエル姉の顔も真っ赤なのだが。
「シエル……恥ずかしがり屋なのか大胆なのか……」
「何か知ってるの、そうちゃん?」
ズイッと顔を寄せるノエル姉。やめろ、可愛すぎてキスしたくなる。シエルとキスしたばかりなのに。
思い出すと猛烈に体が熱くなる。俺……シエルとキスしちゃったんだよな。
「ノエル、これはきっと初体験よ!」
莉羅さんが爆弾発言した。
その言葉でノエル姉が壊れ始めたのだが。
「そそそそ、そうちゃん! 初体験しちゃったの?」
「し、してないから! したけど……って、してないけど!」
「わぁあああぁ! そうちゃんが初、初、初!」
しまった。したのはキスだけど、完全に誤解されてるよな。ノエル姉が壊れたロボットみたくなってるぞ。
しかも莉羅さんまで壊れ始めたのだが。
「壮太君! わ、私が優しく手ほどき……なんてのもどうかしら? だ、大丈夫。私に任せて♡ 壮太君を一人前の男にぃ♡」
「莉羅さん、本音が漏れまくってます。もうそれ義母としてマズいですって!」
「私だって女なのよぉ♡ 壮太君とイチャイチャしたいのぉ♡」
どうしよう。まさか俺の初体験の話で、皆が壊れるなんて思わなかったぞ。
トタトタトタ――
ちょうどそこにシエルがやってきた。階段を下りて廊下を歩いてくる。
「おい、シエル! お前からも説明してやってくれ……ううっ」
ヤバい。シエルの顔を見ると、さっきのキスを思い出してしまう。あの柔らかくて心地いいピンク色のくちびるを。
「そ、壮太♡ うくぅ♡」
結果的に、シエルの反応が余計に誤解を広げてしまう。
湯気が出そうはほど真っ赤になった顔で、トタトタとトイレに行ってしまった。手をパタパタして顔を冷ましながら。
だからそれ、何かしたって言ってるようなもんだろ! シエルがバレバレすぎて、何も隠せねえぇええっ!
今度は莉羅さんが名探偵みたいなポーズをしているのだが! 何だよそのキメキメポーズは?
見た目はセクシー美女、中身は欲求不満な人妻。その名は金髪義母リラちゃんかな?
「これはやっぱり初体験ね。女の感……いえ、母の感よ」
母の感、思い切りはずれてるよ!
リラちゃんめ!
「そうちゃん、初体験ならお姉ちゃんとしなさい♡」
もう何も隠そうとしていないノエル姉。そんなに初体験したいのか。もう俺の理性が持たないのだが。
「壮太君も隅に置けないわね。娘が大人になっちゃうのは、ちょっと寂しいわ。え、えっと、初体験なら経験豊富な私もぉ♡」
こちらも何も隠していない莉羅さん。やっぱり欲求不満だった。
今度はノエル姉が莉羅さんを説教だ。
「お母さん! そういう冗談はやめて」
「だってぇ、娘が心配なのよぉ。あと、壮太君のこと気に入ってるしぃ」
「だめだめだめだめぇー! そうちゃんは私のなの!」
ノエル姉の暴走が止まらない。
「わ、私はもう大人だから。そうちゃんとの赤ちゃんだって……つくれるから♡ たくさんつくって賑やかになるんだから♡ はぁあぁん♡」
何か今、とんでもない話が聞こえたような?
ガチャ!
シエルがトイレから戻ってきた。今度は氷の女王みたいにクール美人に戻ってるぞ。
「し、シエル、あ、あの……」
「そそ、壮太ぁ……うくぅ♡」
ダメだぁああああ! 見つめあったら真っ赤になってしまった。クール美人は数秒しかもたないじゃないか。
もう全部バレバレだぁああああ!
「そうちゃん!」
「壮太君!」
「だから……エッチじゃなくて……」
こうして、俺とシエルのファーストキスは、家族の知るところとなってしまった。
俺とシエルは恥ずかしさで震え、ノエル姉は嫉妬でプリプリ頬を膨らませ、莉羅さんは親心と欲求不満の狭間で揺れ、ふて寝した。
もしかして、俺の初体験情報は全部母娘に共有されちゃうのか?
◆ ◇ ◆
星奈から連絡がきた俺は、莉羅さんに夕食を断り駅前方面へ歩いている。
まあ、莉羅さんは俺とシエルのファーストキスがショックでふて寝しているけど。
『冗談で言ってたのに、本当に娘と壮太君がキスしたんだと思うと、複雑な気持ちになっちゃうわ。娘の成長を祝う気持ちと、シエルばかりズルいズルいぃって気持ちで』
とか言って。
「莉羅さんって、意外と子供っぽいとこあるよな。可愛いけど。でも、自分の娘が幼馴染みの男とキスしたりエッチしたら複雑なんだろうか?」
ふと自分の娘に男ができた想像をしてみる。
「ゆゆゆ、許さぁーん!」
しまった。つい妄想で激怒してしまった。父親と母親では娘に対する気持ちも違うのかな?
まあ、莉羅さんは、俺のことは自分の子供みたいに思ってくれてるみたいだから違うと思うけど。
というか、莉羅さんって何も考えてなさそうでいながら、実は周囲の空気を読んだり気を配ってる人だからな。
昔から気苦労が多そうだし……。
ただ、欲求不満は本気っぽくて怖いけど。あの大人の色気で迫られたら拒否できる自信がないぞ。
「ああ、おっぱいおっぱい……」
「何がおっぱいだし」
「うわぁああああ!」
気が付くと、目の前に星奈が立っていた。
いつの間にか待ち合わせ場所に着いていたようだ。
「そうちゃむのエッチぃ」
星奈はイタズラな顔になる。
「今のは聞かなかったことにしてくれ。つい思い出していて」
「何を思い出したんだしぃ。うりうりぃ」
わざと胸を強調しながら体を寄せてくる星奈。やめろ、それは反則だ。
「そ、そういうのはダメだって」
「そうちゃむ照れてるぅ♡ 相変わらず可愛いのぉ♡ にししぃ」
ああぁ、オタクに優しいギャルみたいな星奈に流されそうになる。
ダメだ、俺はシエルとノエル姉に告白したのに。って、二人同時に告白するのもどうかと思うけど。
ここは正直な気持ちを話そう。
「せ、星奈、今日は真面目な話があって……。ファミレスにでも――」
「そうだ、今日、うちママが居ないんだ。うち来る?」
「えっ!? ええええっ!?」
◆ ◇ ◆
星奈の家は、少し歩いた路地の奥にあった。築年数が古そうな二階建てアパートだ。
「こっちこっち」
「う、うん」
タンタンタンタン――
少し錆びた金属製の階段を上がって廊下を歩くと、古ぼけたドアに『嬬恋』と表札があった。
「ここ。そうちゃむ、ちょっと待っててね」
そう言うと、星奈は部屋に入っていった。
ガタガタと何かを片付ける音が聞こえてくる。
「掃除でもしてるのかな? 気にしなくて良いのに」
俺は汚部屋には慣れてるからな。ノエル姉によって。
それより親が不在って言ってたけど……。ヤバくないか? 二人っきりになったら。
ガチャ! ギィィィィ!
ドアが開いて女の子が顔を出す。
「あっ、星奈……って、星奈じゃないぞ!」
顔を出したのは、小学校高学年くらいの女の子だった。
黒髪をツインテールにしている。まるでアニメや漫画に出てきそうに、前髪がパッツンだ。
「お兄さん、お姉ちゃんの彼氏?」
いきなり睨まれた。生意気そうなジト目で。
「私はお姉ちゃんが悪い男に引っかからないようチェックするんだから! 私の審査に落ちた悪い男は家に上がっちゃダメ!」
ビシッと指を突き付ける少女。ちょっとメスガキっぽい。
「こらぁ、姫麗! そうちゃむに何してるのよ!」
少女の後ろから星奈が現れ、少女を羽交い絞めにして引っ張ってゆく。
「えっ、ええっ? 星奈の妹なのか?」
母親が居ない家に呼ばれ緊張していたけど、まさかの妹が居たとは。
てか、余計に話し難くなるだろ。




