第110話 スキあり
「むっすぅううううっ!」
注文を取りにきた星奈、もといセーラちゃんが不機嫌そうな顔で俺を睨む。
「そうちゃむのイジワル。ドS男ぉ。いけず男子ぃ」
「す、すまん。上手く誤魔化せなくて。シエルにバレた」
「そうじゃなくて。そ、それもあるけどさ」
シエルを連れてきたのを謝ったのだが、また星奈は口を尖らせている。
どうやら怒っている原因は別みたいだ。
「ふーん、へぇー、そうなんだ」
星奈は俺とシエルを交互に見て、意味深な頷きをしている。
「どうした、星奈?」
「どうしたじゃないしぃ!」
声が大きくなり、星奈は口を押え周囲を見回す。
俺の耳に顔を寄せてから小声で話し始めた。
「そうちゃむとしえるん、急に距離が縮まってるし。絶対なんかあったっしょ」
そう言われて初めて気づいた。俺とシエルが寄り添っていることに。
シエルはサッと体を離して俯く。真っ赤な顔で。
おい、それ完全に何かあった顔だろ。
「えっと……ついマジカルエミリーで盛り上がっていたら、プロレスごっこをする間柄に……」
説明しようとして墓穴を掘った。プロレスごっこなんて如何わしいイメージしかない。
そもそもプロレスごっこしているのはノエル姉だ。
「そうちゃむのエッチ。プロレスごっことか言って、ホントはお風呂上りに薄着のまま密着プレイなんでしょ。『俺の8インチマグナム・ツープレックスを受けてみろぉ』とかぁ」
興奮しながら話す星奈が何か面白い。意味は分からないがエッチな感じだ。
因みにツープレックスじゃなくスープレックスだけど。
「お風呂上りに薄着で密着なんてダメだろ。そんなのエッチだぞ……って、でも、ノエル姉と莉羅さんは普通に距離が近いよな。あと最近はシエルも……ってヤベッ!」
俺のバカバカ! ついポロっと喋ってしまった。
星奈の顔が更に険しくなったじゃないか。
「ほらぁ、やっぱり。葉崎の旅行以来、急速に距離が縮まってるしぃ。やっぱり何かあったんだ」
「そ、それはだな……」
マズい。記憶が戻ったら告白しちゃったとか言えないし。どうしよう。
「そ、壮太が我慢できなくなった。私の脚に。た、たぶん……」
そこでシエルが意味不明発言だ。こいつ、はぐらかそうとして自爆しやがったな。
それを聞いた星奈が、グイグイ迫ってくるのだが。マズいだろ。他の客も居るのに。
「もうっ、どういうことよ。説明しろしぃ」
「待て待て」
「もぉ~! アタシのメッセは既読スルーするくせにぃ。しえるんだけ仲良くしてるんだぁ」
「それは壮太が悪い」
シエルが星奈側に付いただと!
「聞いてよ、しえるん。この男ったらさぁ」
「うんうん」
「おはようとかおやすみのメッセもスルーだしぃ、コ○ダでかき氷食べたってのもスルーだしぃ」
「壮太、女子のメッセには即レスが基本だよ」
ギャルと女王がタッグを組んだのだが! どうなってるんだよ!
女子とのやり取りってそうなのか? 俺は野郎としか連絡取り合ってこなかったからな。
用がなきゃメッセージなんか送らないし。
「うーん、これからは『了解』って返すよ」
「そうちゃむ、コミュニケーションっ! 何よその軍隊みたいな返事はぁ! こらぁ!」
結局最後は星奈がブチギレた。
プリプリしながら注文を取って、オシャレな巻き髪をなびかせながら戻ってしまう。
「ふうっ、嵐は去ったぜ」
「どど、どうしよう壮太。バレたかも」
シエルが頭を抱えている。変な女だ。
「でも、ハッキリ言った方が良いかな。壮太と付き合ってるの」
「は? 何を言うって……って、まだ付き合ってないだろ」
シエルが『マジか、この男』みたいな顔をする。
「嬬恋さんに私たちの関係をだよ。あと付き合ってるのは確定」
「だから付き合ってないだろ。あと星奈に言うのは……」
「はあ、壮太の鈍感男」
大袈裟な溜め息をついたシエルだが、その手は俺と恋人繋をする。テーブルの下で。
「お、おい」
シエルの口ぶりだと……やっぱりアレだよな。自分でも何となく感じてたけど、でも、まさか俺のようなオタク男子に……。
全く考えなかった訳ではない。星奈が俺にだけ距離が近いことを。
でもしょうがないじゃないか。ずっと非モテで女子と接点が無かったのだから。しかも女子に苦手意識まであったし。
しばらくすると星奈のセーラちゃんがドリンクを持ってきた。
「はーい、ご注文の『どきどきセーラのメイドスペシャル初恋レモンソーダ』と『好き好き大好きいちごパラダイスパフェ』でーす」
メニューの名前が長いのは仕様だ。俺が注文したのはレモンソーダだが、担当メイドの名前が入るのも仕様らしい。
「はーい、そうちゃむ……じゃなくご主人様に初恋注入しちゃいます♡ す、すす、好きです先輩ビーム♡ ぎゅるるるぅ♡」
恥ずかしがりながら星奈が初恋ビームを注入している。照れて顔が真っ赤だ。
「てか、マジでアタシの初恋だし♡」
とんでもない独り言が聞こえた気がする。
やっぱりハッキリさせないとダメだよな。
「せ、星奈」
「セーラだし」
「ありがとう」
「なな、何が?」
「星奈には感謝してるんだ。俺みたいな地味なオタクに優しくしてくれて。あとシエルと友達になってくれて。そ、それで……」
「ちょぉーっと待った!」
星奈が全力で俺の口を塞ぎにきた。
「5時、今日、5時でシフト終わるから。それから話聞くから。大事な話でしょ?」
「う、うん」
こうして、俺は星奈と話しをすることになった。いつもふざけているので、真面目な話をするのは初めてだ。
「これで良かったのだろうか」
星奈が戻ってから、自問自答するようにつぶやく。テーブルの下で繋いだシエルの手に力が入った。
「任せろ。ちゃんと話すよ」
「でも心配。嬬恋さんの胸で、壮太が流されそうな気が……」
「流されねえよ。俺が流されそうになるのは、ノエル姉と莉羅さんだけだ」
じっとぉおおおおぉ!
シエルのジト目が怖い。冗談のつもりだったのに、自分でも冗談に思えないところが問題だ。
メイド喫茶を出てからシエルの甘えん坊が激しくなった。俺の腕に抱きついたまま離れようとしない。
「お、おい、いくら何でもくっつき過ぎだろ?」
「ダメ! 壮太は誰にも渡さない」
シエルの腕が俺の首に絡まる。まるで茨の鞭みたいに。やっぱり女王様かな。
「くっ、まるでヤンデレヒロインみたいだぜ」
「アマーリエ・ウルラッハは好き」
「それ『転生したら悪役貴族だったからハーレム作ります』の凶悪ヤンデレヒロインじゃねーか!」
「えへへ♡」
シエルは無邪気な顔で笑う。
しかし俺は腰の辺りがブルッと震えた。
アマーリエは鮮血エンドの恐ろしいヒロインだから。
「まさか本当にアマーリエみたいに?」
「それは壮太次第」
「ひぃいいいいっ!」
怖っ! シエル女王様、怖っ!
一通りアニメショップを回った俺たちは、自宅の近くまで戻ってきた。星奈と会うのは夜なので一旦家に戻るためだ。
「壮太、公園に寄ろっ」
「おう」
昔シエルと一緒に遊んでいた近所の公園だ。
「懐かしいな。春にシエルが大泣きしたのを思い出すぜ」
「あれは壮太のせい!」
俺に抱きつくシエルの腕に力が入る。
「それにしても、インドア派オタク二人がデートするとアニメショップ巡りで終わっちゃうな」
「オタクじゃない。アニメ好き」
「はいはい」
シエルは相変わらずだ。
「それより早く離れろよ。家の近くだし、誰かに見られたらマズいだろ」
「うん……」
なかなかシエルは離れようとしない。名残惜しいのか、俺に抱きついたままだ。
「おい、マズいって。俺だって男なんだぞ。シエルみたいな可愛い女子に抱きつかれてたら」
「うん……」
「おい、聞いてるのか?」
不意にシエルが動いた。俺に迫り彼女の顔がアップになる。
ちゅっ!
「えっ?」
一瞬だけ、俺のくちびるに柔らかな感触が触れた……。ピンクのバラみたいに綺麗なシエルのくちびるが。
シエルの……くちびる?
えっ、ええっ!?
「う、うくぅ♡ じゃ、じゃあ、先に帰るね」
それだけ言うと、シエルはダッシュで帰っていった。
「えっ! ええええええっ! ええええええええええええええええええええええええええっ!!」




