第109話 独占欲の攻防
シエルと出掛けようとする俺に、ノエル姉が寂しそうな顔を向ける。
しまった、さっき告白してくれたばかりなのに。もう悲しませるなんてダメだよな。
「えっと、ノエル姉、今日はシエルと出掛けるから、また別の日にでも」
何とか慰めようとするも、ノエル姉は口を尖らせる。
「えー、お姉ちゃんだけ留守番なんだぁ……」
「この埋め合わせは絶対するから」
「でもでもぉ」
ギュッ!
シエルが両手で俺に抱きついてきた。
「ごめん、お姉。今日は壮太を貰う」
「そんなぁ」
マズい。いつも仲良し姉妹なのに、俺のせいで関係が悪くなったらどうしよう。
「そ、そうだ! 俺とシエルとノエル姉、三人一緒なのはどうだろう?」
「そそ、壮太! 3○する気?」
「そうちゃん! 3○なの?」
姉妹のピーなワードがユニゾンした。タイミングまでピッタリだ。
しかも、騒ぎを聞きつけた莉羅さんまで現れるオマケ付き。
「ちょっと待ちなさい、壮太君! 3○はダメよ! や、やっぱり姉妹同時に?」
「やってません! エッチしてませんから」
「ダメよ。そ、そんなふしだらな関係は」
「だからまだ関係してませんから」
「3○はダメだけど、よ、4○ならぁ♡」
「ぐはっ!」
待て待て待て待て! もうここまで来ると本気なんじゃないかって思うぞ。
莉羅さんって、本気で娘を心配してるみたいだけど、同時に本気で欲求不満な気がする。
「えっと、莉羅さん、冗談キツいですよ」
「もうっ♡ 誰にでも言ってるんじゃないのよ♡ 壮太君ならOKなのぉ♡ 娘が心配なのよぉ」
やっぱりぃ!
「ははは、ダメですよ。思春期の男子は本気にしちゃうから」
「良いのよ♡ 私ね、壮太君のこと好きだから♡ あっ、この好きってのは、家族として好きと男の子として好きって意味ね♡」
おい! 今サラッと、とんでもないことを言いやがったぞ。
「お断りします」
「およよよぉ~」
俺の一言で莉羅さんが沈んだ。
そして、いつものように怒った姉妹に両腕を抱えられ、ズルズルと引きずられてゆく。
「「お母さん、いい加減にして!」」
「あぁあああ~ん♡ 私も壮太君とデートしたいのよぉ♡」
やっぱり姉妹の息ピッタリだ。
そこで気づいた。
「もうっ、お母さんったら。しょうがないなぁ」
「お姉、今日は壮太借りる。お姉は別の日に」
「次はお姉ちゃんの番だからね。今日は楽しんできてね、シエルちゃん」
「う、うん」
あれっ? いつの間にか姉妹の仲が戻ってるような? 莉羅さんのおかげなのか?
何だかよく分からない内に、シエルとノエル姉がいつも通りだ。リラちゃんマジックかな?
グイッ!
ノエル姉が俺の腕をとる。
「もうっ、わざと目の前でシエルちゃんとイチャイチャして、私を嫉妬させてるんだ?」
「そ、そんなんじゃないから」
「そうちゃん♡ 次はお姉ちゃんとデートだからね♡ 絶対だよ」
「お、おう。今度ね」
何とかノエル姉に許してもらい、俺とシエルは玄関を出た。
道を歩く時も、シエルは腕を放してくれない。家に居る時と同じように腕を絡ませているのだが。
「こらシエル。外では禁止じゃなかったのかよ? 同級生に会ったらヤバいだろ」
「むぅ、関係ない。むしろ付き合ってるって言うから」
更にシエルの腕が俺に絡みつく。逃がさないように。
「言っちゃダメだろ。家族になったのとか、同居しているのがバレたら……」
「むしろ公表してゆくスタイル」
「おい、ヤメロ」
ちょっと強引に体を離した。
シエルは不機嫌そうな顔でそっぽを向いてしまったが。
「壮太のケチ」
「へいへい、ケチで結構結構」
「ふーん、夜になったら催眠するから」
それもヤメロ。あれはマジでキツいから。
「ふふっ♡ 嫌がると余計にやりたくなる姉心」
「出たよ、ドS女王。って、まだ姉とか言ってるのか」
「私が姉、壮太は弟。ドゥーユーアンダスタンド?」
「ぷふっ!」
やっぱりシエルは変らないな。
告白された時はヤベぇ女かと思ったけど、これなら大丈夫か。
「あっ、でも付き合うことになったら禁断の姉弟恋愛に。僧侶枠の叡智アニメみたい。これって、家族に内緒で部屋やお風呂で……。どどど、どうしよう♡ 壮太が我慢できなくなっちゃったら。こ、困る……」
シエルが小声でぶつぶつ言っている。前言撤回だ。やっぱりヤベぇ女かもしれない。
それよりシエル……僧侶枠のエッチなアニメを観ていたのかよ。あれ面白いよな。凄くエロいけど。
「てか、ちょっと待て! まだ付き合ってないよね?」
聞き逃すところだったが、とんでもないことを言ってたぞ。
シエルは不敵な笑みを浮かべているのだが。
「もう付き合うのは確定事項」
「待てって。卒業までに決めるって話だったろ?」
「卒業まで待つのは結婚。付き合うのは今日から」
「なっ!」
し、しまった! シエルを甘く見ていた。こいつは平然とぶっ飛んだ行動をする女だったぜ。夜這いとか催眠とか。
「ちょっと落ち着こうか、シエルさん」
「ダメ。裏切ったら息の根止める」
「ぎゃああ……とんでもねえ女だ」
「ふふっ♡ ご愁傷様です」
可愛い。怖いのに可愛い。その笑顔で全て許してしまう。
まあ、過激なようで恥ずかしがり屋なシエルだから大丈夫かな。
実際は大丈夫じゃないけど。
◆ ◇ ◆
夏休みのアニメショップは混雑していた。今季の新アニメが豊作だからかな。
「壮太、溺愛シンシアリティ~嫁の加護で連続覚醒無双~のアクリルスタンドが全部そろってる」
シエルはアニメグッズに夢中だ。誰だよ、オタクじゃないって言ったやつは。完全にオタクじゃないか。
それにしても、デートでアニメショップに行くとか……最高かよ!
「シエルと一緒だと気を遣わなくて良いよな。女子と出掛けると流行りのお店とかデート先を決めなきゃならないけど……って、シエル?」
ふと話を振ってみたが、シエルは憮然としている。
「私も女子なんだから少しは気を遣って。流行りのお店とか人気のスイーツとか」
「お、おう」
シエルめ、変った女かと思ったが、やっぱり今時の女子だな。
しかし流行りのスイーツとか知らないのだが。
店を出て通りを歩く。何か良い店がないか探しながら。
「どうしたものか。女子の流行りなんて知らないぞ。タピオカは……もうブームが去ったか」
「あっ、これこれ。この衣装が素敵」
ちょっと目を離したら、シエルが何かの看板に夢中だ。
「って、それメイド喫茶じゃねえか! 流行りのスイーツは何処いった」
「私の中では流行りなの」
「ですよね。そうだよな。シエルだしな」
相手がシエルというおもしれー女なのを忘れていたぜ。
「この店にする。衣装が可愛い」
シエルの指さした店を見て、俺は息を呑んだ。凄い偶然に。
「そ、その店はやめておこう。こっちの方が良いぞ」
「ダメ、ここにする。ここだとマズいの?」
「ギクッ!」
シエルが眉をひそめた。
「怪しい……」
「怪しくねーし」
「もしかして、嬬恋さん?」
「ギクギクッ!」
「やっぱり」
バレた。俺は嘘を吐くのが苦手なんだ。
「ちょうど良い。ここにする。嬬恋さんのメイド姿も見たいし」
「あああぁ、もうどうなっても知らねーぞ」
俺はシエルと共にメイド喫茶の門をくぐった。星奈がバイト休みなのを祈りながら。
ガチャ!
「いらっしゃいませ御主人様、お嬢様ぁ……あ゛っ!」
俺の予想は外れ、いきなり現れたのは高身長でスタイルの良いギャルメイドだった。
ドSっぽい見た目なのに、実はドMな女子。遊んでそうな印象なのに、意外と真面目で清純な嬬恋星奈が。
これは事件の予感?