第11話 林間学校
少女の声がする――――
『愛と正義の使者、断罪天使マジカルメアリー参上ぉ!』
その少女は魔法少女アニメのセリフを叫びポーズをキメる。
しかし一緒にいる少年が口を挟むのだ。
『こら、マジカルメアリーは俺だぞ! 〇〇〇はマジカルブレンダにしろよ』
その少年は俺だ。そう、小さい頃の俺だ。
これは俺の夢だな。
『やだぁ~! 〇〇〇もマジカルメアリーが良い!』
『メアリーは断罪天使のリーダーだろ。俺がリーダーなんだよ』
『やだやだぁ! 〇〇〇もメアリーになるぅ!』
小さい頃の俺、ちょっと大人げないな。
女の子にメアリーを譲ってやれよ。
『ふん、いいもん! 〇〇〇が大きくなったら、ぜったいマジカルメアリーになってやるんだから!』
『おう、なってみろよ!』
『もし私がマジカルメアリーになったらどうする?』
『そうだな。もし〇〇〇がマジカルメアリーになれたら、何でも言うこと聞いてやるよ!』
『ぜったいだからね!』
ふふっ、微笑ましいな。
子供の頃は本気で魔法少女になりたがるもんだよな。
『壮太、壮太……』
今度は耳元で甘い声が囁いてくる。
何か前も同じパターンだった気がするぞ。
『壮太……お姉をマッサージしたんだってね』
何で知ってるんだ? 夢のはずなのに……。
あっ、夢だからか。
『ズルい。お姉ばかりズルい。私もマッサージして欲しいのに……』
リアル女子の体をマッサージなんかできるか! あれはフレンドリーで色々許してくれそうなノエル姉だからしたんだよ。
他の女子の体なんか触ったら大変なことになるぞ。
『私なら……いつでも良いのに……。ばか』
は? いつでもって……。
『もうっ、やっぱり壮太って、お姉の胸を触りたいんでしょ。エッチ』
おい! 胸は触らねえよ! あれは肩と背中を揉んだんだよ!
『わ、私なら……む、むむ、胸も……って、なに言ってるんだろ……』
おいおいおいおい! 胸はダメだろ! 何を言ってるんだ、この……誰だ?
そもそも、この夢に出てくる女子は誰だ?
思い出せない…………。
『じゃ、壮太、おやすみ。林間学校よろしくね』
そうだ、明日は林間学校なんだ。いや、もう今日だったか?
しかし眠い。これは夢だよな。
俺は再び眠りの国に落ちて行った。
◆ ◇ ◆
林間学校の日がやってきた。
俺たちはバスに乗り、一路よく分からん山奥へと向かっている。
ノエル姉は俺たちと離れ離れで寂しがっていたけど。もう子供じゃないのだから、一泊二日くらい我慢してくれよな。
しかし林間学校か。これが青春真っ盛りのリア充たちなら、恋に友情に野外活動にと燃えることだろう。
だがちょっと待って欲しい。
インドア派の俺には、そんなリア充イベントなんて起こるはずもなく……?
最後の方が疑問形になった俺は窓の方を向く。
ブロロロロロ――
バスの窓から見える新緑の季節が清々しいぜ……などと言っている場合じゃない。
前言撤回する。俺にリア充っぽい事件が起きた。
何故なら俺の隣の席がギャルだからだ。
「うっわ、これマジで美味しい。食べてみ、安曇」
ギャルの嬬恋さんがチョコレート菓子の箱を向けてきた。
「えっと、ありがと」
「良いってことよ。どうどう? マジでイケるっしょ」
「お、おう……」
「てか硬いって、安曇ぃ。『お、おう』って何よ。マジでウケるんですけどぉ」
こんな調子に、嬬恋さんのテンションについて行けない。どうしたものか。
そもそも何でこうなったのかと言うと――
バスには班ごと座るようになっていた。まあ当然だな。
軽沢のやつがあからさまにシエルを狙っていた。『姫川さんは初めてだから、僕が色々教えてあげるよ』と。
当然、俺は全力で阻止する。
『こういうのは女子同士の方が良いだろ。いきなり男子と一緒なのはどうかと思うけど』
俺の意図を察してくれたのか、蜷川さんが動いた。
『姫川さん、一緒に座ろ』
『うん』
蜷川さんが、シエルと隣り合うように座ってくれた。
これで一安心と思った矢先。何故か嬬恋さんが強引に俺の隣を確保してしまったという顛末だ。
『安曇、一緒にすわろーぜぇ。どぉーん』
『うわっ! どうしてこうなった』
と、こんな感じに――――
ふと岡谷の方を向くと、やたら気まずい空気を感じる。軽沢と隣り合い、会話も弾まないご様子である。
おい、岡谷よ。俺に助けを求めるような視線を送るんじゃない。
視線を戻すと、嬬恋さんと目が合った。
「ねえ、安曇?」
「えっ?」
「安曇って彼女いんの?」
おい、何で俺に聞くんだ?
告白でもされるのかと思っちゃうだろ。
「い、いないけど」
「そなんだ」
「何で?」
「べつに。まっ、ちょっと協力してもらうかもしんないし。後で相談に乗ってよ」
何の協力だよ。そういうのって、大概ろくでもない相談だよな。絶対、色恋沙汰とかだろ。
やめてくれ。俺は省エネモードで生きると決めたんだ。
「そういうのは軽沢に頼めばいいだろ。彼なら慣れてそうだから」
「え~っ、アタシ、ああいう軽い男ってマジでムリなんだよね」
「い、意外だね」
「ああぁーっ! 今、アタシのこと軽い女って思ったっしょ」
思ったも何も、普段の格好があれだからな。
豪快に開いた胸元や、パンツが見えそうな超ミニ制服だぞ。しかも派手な青いネイルとビ〇チ(失礼)っぽいギャルメイクときたもんだ。
何処からどう見ても軽そうに見えるのだが。
しかも今の私服も超ミニだぞ。それ、林間学校に着て行く服じゃないよね。
動きやすい恰好で来なさいって、さやちゃん先生も言ってただろ。
そんなことを考えていると、嬬恋さんはムスっと不服そうな顔になっていた。
「ほらぁー! やっぱアタシのことビ〇チとか思ってる」
「お、思ってない思ってない」
実際思ってるが、思ってないことにしておこう。
「アタシって、好きに人にしかそういうコトしないし」
「そ、そうなんだ」
「マジで、しょ……処女だし」
「は!?」
つい驚いて大きな声を出してしまった。
ビ〇チじゃなくて処女ビ〇チだったのか。いや、ビ〇チから離れろ。
「あー、今エッチなこと想像したっしょ。こいつぅ」
「し、してないしてない。でも、ちょっと見直したかも」
「うむ、よろしい。許してしんぜよう」
何だか許してもらえた。
しかし、最初はとっつきにくいギャルだと思っていたが、意外と話しやすい人だった。
すまぬ。オタクの天敵だと思っていたのを謝罪しよう。
ジィィィィィィ――
さっきから凄い視線を感じると思ったら、前の座席から顔半分を出したシエルが俺を睨んでいた。
だからお前は暗殺者か!
「えっと、姫川さん。何か?」
「べつに」
シエルが『ぐぬぬ』と俺を睨み続ける。
そんな逆さに座っているシエルを、蜷川さんが引っ張っているようだ。
「姫川さん、危ないよ。ちゃんと座ろ」
それを見た嬬恋さんが動いた。ニマァとイタズラな顔をしながら。
「ねえ、安曇って意外と話しやすいよね。アタシ、気に入っちゃったかも」
わざとらしく俺の腕を掴んだ嬬恋さんは、心底楽しそうな顔でシエルの方をチラ見する。
「ぐぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬ!」
シエルの『ぐぬぬ』が、更に強くなった。
おい、俺との関係を隠す気あるのかよ。
「あの、嬬恋さん、ふざけるのやめてもらっていいですか?」
ここは強く言っておかねば。
「あはは! 安曇ってひらゆきみたい」
「誰だよ、ひらゆきって。それ嬬恋さんの感想ですよね」
俺を何処かのひらゆきと一緒にするんじゃない。
◆ ◇ ◆
「おーし、お前ら、今から集団でのハイキングや調理や宿泊をするぞ。協調性や自律性をだな――」
さやちゃん先生が先生みたいな話をしている。まあ実際、先生なのだが。
この後は班ごとに分かれてハイキングか。
班員がバラバラだけど、この班……大丈夫なのだろうか?
「安曇ぃ! アタシと一緒に回ろうぜぇ」
またしても嬬恋さんが寄ってきた。
もしかして俺、ギャルに気に入られてしまったのか?
「んっ!」
何故かシエルまで俺の横に来る。何か言いたそうな顔で俺を睨むのだが。
おい、もうどうなってもしらねえぞ。