第108話 家庭内三角関係
甘えん坊のシエルを離した俺は、襟を正して深呼吸をする。
今から伝えねばならぬのだ。この俺の、溢れそうな想いを。
「シエル、真剣に聞いてほしい」
「な、何を?」
シエルが不安そうな顔をするが、俺は続けた。
「俺、さっきノエル姉に告白したんだ。好きって……っててて、痛い! 痛いって!」
シエルが俺の腹をつねっている。凄い迫力で。
「そぉたぁああああ! 息の根……」
「待て、最後まで聞けって」
「やっぱりお姉を選ぶんだ?」
「違うって、俺はシエルも大切なんだ」
何とか許してもらい事なきを得た。先が思いやられるぞ。
「はあ、はあ、はあ、つまりだな、俺はシエルが……す、すす、好きなんだ!」
「ふぇっ♡ ふえぇえええっ♡ すすす、スキー! ロズコフスキー?」
「それは異世界銀河勇者伝説のキャラだろ。マニアック過ぎて俺しか分からねえよ!」
しまった。シエルの非モテ仕草が俺そっくりだ。しかもアニメのモブっぽいキャラに例えるとか、こいつのオタ知識は桁違いだぜ。
でも、こうして通じ合えるのは、ちょっと嬉しい。
「えっ、ええっ♡ そ、壮太が、私を♡」
目を白黒させるシエルだが、途中でハッと何かに気づいた。
「ねえ、さっきお姉にも告白したって言ったよね?」
「お、おう」
「もしかして、二股なの?」
そこに気づいてしまったかシエルさん。
「こんなことを言うのはどうかと思うけど、俺はシエルもノエル姉も、どっちも凄く大切なんだ。どちらか片方を選ぶなんてできない。だから、もうちょっと待って欲しい」
よし、言えた。
これで安心――と思いきや、シエルは納得していない顔だ。
「待つっていつまで? 子供の頃も待つって言ったよね? ねえ? いつまで? ねえ?」
「ちょ、圧が凄いって」
「壮太が悪い」
「ですよね……」
綺麗な顔でグイグイ迫るシエルにたじたじだ。結婚したら、確実に尻に敷かれそうな気がする。
「ねえ、いつまで?」
「もう少し、卒業までにはハッキリさせるよ」
「そう、分かった」
やっと引いてくれた。今度こそ一件落着かと思いきや、シエルはモジモジと何か言いたそうだ。
「どうした、シエル?」
「えっ♡ だ、だって♡ す、すす、ごにょごにょ……」
「何か言ったか?」
「ももも、もう一回言って!」
「えっ?」
「だからもう一回、好きって言って」
シエルの顔は真剣だ。
しかし、こう面と向かってだと恥ずかしい。
「そんな何度も言うもんじゃ……」
「何度も言うものなの。愛情表現の欠如は離婚の危機」
「まだ結婚してないよね!?」
くっ、これは言わなきゃダメなやつか。
「す、すす、好き」
「ぬふっ♡ うふふっ♡」
シエルがデレた……だと!
さっきまで氷の女王顔だったのに、今はデレデレじゃないか。意外とチョロいのか?
「も、もう一度」
「はあ? もう良いだろ」
「だぁめ♡」
「ううっ、す、好き」
「ふへへっ♡ えへへへっ♡」
にへらぁっと笑ったシエルがクネクネしている。
な、何だこいつ。顔は超美人なのに、動きが変だぞ。
「じゃあ、そういうことで……」
「待って、もう一回」
「もうお終いだ」
「もう一回」
今度は潤んだ瞳で見つめてきた。やっぱりシエルの魅力には抗えない。
「もう一回だけだぞ。す……好き」
「きゃぁ♡ 壮太が私を好きだって♡ うふふぅ♡」
「おい、調子に乗るな。お前はどうなんだよ?」
逆に問い詰めてみると、シエルの様子がおかしくなる。
「えっ、そそ、それって」
「シエルは俺のこと好きなのかよ? まだ聞いてないけど」
「ううっ♡ うくぅ♡」
シエルめ、こいつ攻撃力は激強だけど、防御力はからっきしだな。攻められるとよわよわじゃないか。
「ほら、シエル。好きって言ってみ?」
「ううぅ♡ は、恥ずかしい♡」
「ほらほら、言えよ」
「くぅううっ♡ す、すす……」
「ほら、もうちょっと」
「す、す……すき焼き」
くっ! こいつ、やっぱり俺にそっくりじゃねーか! 肝心な時にすき焼きとか、まるで俺じゃないかぁああ!
自分で言ってて恥ずかしくなってきたぜ。
「はぁ、やっぱりシエルはオコチャマだぜ」
「ちょっと、壮太と一緒にしないで」
「誰がオコチャマだ」
「壮太ですぅ」
くっ、シエルめ、腹立つ。
よし、もっと恥ずかしがらせてやるぞ。
「ほら、言えって。3、2、1、はい」
「ううぅ♡ だ、だめぇ……」
「ほらほら、言えよ。3、2、1、はい」
「うくぅ♡」
こいつ、やっぱり面白いぞ。
「何だ、言えないのか。悲しいな。シエルの想いはそんなもんだったのか?」
ガシッ!
俺の一言でシエルが豹変した。今までの女王タイプとも甘々タイプとも違う、何か強烈な執着のようなドロドロタイプに見える。
「良いの? 私が本気の感情を出したら後悔するかもよ」
「へっ? し、シエル?」
「私には壮太だけなんだよ。小さな頃からずっと。もう戻れないよ。私が全てを見せたら」
シエルの腕が絡まり逃げられない。まるで茨の鞭で拘束されたように。美しいバラには棘があるのか。
宝石のように輝く瞳が俺を捕らえて離さない。シエルに見つめられ、一歩も動けなくなってしまった。
「壮太……子供の頃からずっと壮太した見てなかった。壮太は私のヒーローだから。そう、私のもの。壮太は私のもの。誰にも渡さない。たとえそれが、お姉でも。言ったよね? ずっと一緒だって。私はずっと信じて生きてきたんだよ。そうちゃんと一緒になれるようにって。私には壮太だけなの。壮太がいれば、他に何も要らないよ。世界を敵にだってできる。だって壮太が好きだから。積もりに積もった十年の想いを受け止めてくれる? 好きだから。大好き。ずっとずっと好きなの。狂おしいほど好きなの。だってしょうがないよね。約束したんだから。裏切ったら息の根止めるよ。私は壮太に振り向いて欲しくて深夜に催眠しちゃう子なんだよ。もし裏切ったらどうなるか――」
怖っ! 怖いって!
「待て待て待て! 長いって! めっちゃ早口だな。お前は専門分野になると早口になるオタクか!?」
「だ、だって、こんなんじゃ私の想いは伝えきれないよ」
「伝わった。十分伝わったから」
「そう? でも、やっぱり催眠をしようかな?」
「あれはキツいからやめてくれ」
シエル……こじらせてるな。どうしよう、俺のせいなのか?
「うくぅ♡ そ、そういう訳で……すき♡」
「お、おう」
色々問題あるけど、最後の照れたシエルの顔で全てを許してしまう。やっぱり可愛いな。オタクなところも最高だぜ。
「う、嬉しいよ。俺を好きでいてくれて」
「うん♡」
「しかも立派なオタクに育ちやがって」
「オタクじゃない。ただのアニメ好き」
まだ言ってるのか。その設定。
「泣きながら俺の後をついてきた少女が、部屋でこっそりコスプレする女に育った……って、だからつねるな!」
「壮太が悪い」
こいつめ、デレているのにアタリがキツいじゃないか。
「まあ、マジカルメアリーは俺だけどな」
「はあぁ? メアリーは私!」
「シエルはマジカルブレンダだろ」
「もうっ! 何で昔から私をブレンダにするの!」
「何となく面白いから」
「むぅうううっ!」
何だか小さな頃みたいだ。シエルのふくれっ面が面白い。
昔もこんな感じだったよな。
「じゃあ、そういうことで」
ガシッ!
俺が部屋を出ようとすると、逃がすまいとシエルが手を掴む。
「どうした?」
「壮太……分かってない」
「は?」
「私の秘密を知ったからには逃れられない」
「何のことだ?」
「古の盟約に従い、共に現実世界での逢瀬を」
「つまりデートしたいのか?」
「うくぅ♡」
こいつは何をしたいんだ!?
まあ、ちょっと変わったところも好きなんだけど。
「じゃ、じゃあ行くか? デート」
「うんっ♡」
こうして俺たちはデートをすることになった。
それが新たな試練の始まりとも知らずに。
「お待たせ、壮太♡」
リビングでしばらく待っていると、お洒落したシエルが現れた。
大人っぽいノースリーブに短めのスカート。長い脚がスラっと伸びていて眩しい。
「じゃあ行こうか」
「うん♡」
俺たちが玄関に向かうと、トタトタと足音が聞こえてくる。
「そうちゃん、シエルちゃん……デートするんだ?」
振り向くと、寂しそうな顔のノエル姉が立っていた。ギュッと手を握って俺たちを見つめながら。
「ノエル姉……」
しまった! ノエル姉が悲しそうな顔を……。
俺はやってしまった。あれほど気を付けようとしていたはずなのに。
姉弟間の色恋沙汰。しかも家庭内三角関係を。




