第107話 もう止められない
ノエル姉の口から『好き』と聞こえた気がする。聞き間違いじゃないよな?
「そうちゃん♡」
確認するかのように、ノエル姉は俺を見つめる。俺の心を揺さぶる熱い瞳で。
ど、どどどどどどどど、どうしよう!
それって好きってことだよな!? って、そのまんまだった!
完全に頭がテンパった俺は、この重要な場面で非モテ仕草をかましてしまう。
「も、もしかして……割り下で牛肉を焼く……」
「すき焼きじゃないよ」
「ビジネスにおける事業計画が……」
「スキーム?」
「キャンプで使う厚手の鍋……」
「それはスキレット」
「罪と罰……」
「ドストエフスキー!」
しまった、何を聞いてもノエル姉が返してくる。さすが学年トップの学力だぜ。
普段ボーっとしてるお姉だから忘れてたけど、ノエル姉は優等生だった。
「ねえ、そうちゃん。ふざけてる? ふざけてるよね?」
ノエル姉の目が迫力を増す。いつも優しいけど、こういう人を怒らせてはいけない。
「ご、ごめん。ついテンパっちゃって……」
ぎゅっ!
ちょっと拗ねた顔のノエル姉が、俺に回した両手に力を込めた。
「もうっ、しょうがないそうちゃんだな。私があんなにモーション掛けてたのに。全然気づいてくれないんだから」
「や、やっぱり、あれって……」
前から距離が近いとか、やたら密着してくるとか、たまに彼女面してきたり、色々許してくれるって思ってたんだよ。
でも、他の男には絶対密着しないし、意外と厳しいし。変だなとは思ってたけど。
まさか、今までの全部が、好きってことだったのか。
「そうちゃん♡ 私は幼い頃からずっと好きだよ。そうちゃんは私の王子様だから。私を守ろうとして前に立った姿は、ずっと心に焼き付いてるんだからね♡」
そんなの言われたら照れてしまう。興奮で体が熱くなる。小さい頃から憧れただった年上のお姉ちゃんが、俺のことを好きだっただなんて。
「ノエル姉が……俺を……」
「そうちゃんはどうなの?」
「えっ?」
「私のこと……好き?」
首を傾けながら大きな目で真っ直ぐ俺を見るノエル姉。この破壊力には抗えない。
姉弟になったからとか、関係を壊さないようにと、必死に我慢してきたのだ。
でも、もう無理だ。俺の中のブレーキは、ノエル姉の『好き』で壊されてしまったから。
「す、す、好き……だよ」
「そうちゃぁ~ん♡」
バタッ!
ノエル姉の強烈なGカップタックルを受け、俺たちはベッドの上に倒れ込む。もう合体待ったなしって感じに。
「そうちゃん♡ そうちゃん、そうちゃん、そうちゃん♡」
「ノエル姉!」
ああ、もうダメだ。ノエル姉の体も声も心地良すぎる。その笑顔も。その体も。匂いも。優しい雰囲気も。ポンコツなところも。全部、全部、俺のものにしたい! こんなの抗えないぞ。
このまま俺は初めての……。
「って、ちょっと待った」
もう限界のはずだったのに、何かが俺を止めた。
ブレーキは壊れていたはずなのに。
「そうちゃん?」
ノエル姉が不安そうな顔をしている。
「やっぱり……シエルちゃんを……」
「えっ! そ、それは……」
「見てれば分かるよ。だってそうちゃん、シエルちゃんと一緒だと楽しそうだし」
どどどど、どしよう!? ノエル姉が落ち込んでしまった。もしかして、これ俺が振ったみたいになってるのか?
こんなのダメだ。せっかく告白してくれたノエル姉を悲しませるなんて。
「の、ノエル姉!」
「ふぇ、ふえぇ♡」
つい、ノエル姉を抱きしめてしまった。もう戻れないぞ。
「お、俺はノエル姉が大好きだ」
「えっ、えええぇ~っ♡」
「ノエル姉が大好きなのに、シエルも同じくらい大好きなんだ」
「そうちゃん?」
「ごめん、こんなのダメだと分かってるのに、俺は片方を選ぶなんてできないよ」
言ってしまった。この姉妹三角関係の修羅場まっしぐらな発言を。
だってしょうがないだろ。俺は二人とも好きなんだから。
この優柔不断で我儘な俺の発言に、ノエル姉は真剣な顔で考えている。
「うーん、私も分かるよぉ」
「えっ、ノエル姉も?」
まさか3○な趣味が!? って、そんなはずはねえ!
ノエル姉はシエルも大好きなんだよな。ずっと仲良し姉妹だったのだから。
「だってぇ、そうちゃんが大好きだけど、シエルちゃんも大切なんだよ。シエルちゃんを悲しませたくないのに、そうちゃんを諦めたくなんいんだよぉ~」
やっぱりそうだった。
「うぅ~ん、シエルちゃんが大切なのに、そうちゃんのことになると、つい本能が求めちゃうというか、体が勝手に動いちゃうというかぁ」
「ノエル姉って、意外と抜け目ないからね」
「もぉ、そんな人を悪い女みたいに言わないでぇ」
悪女のノエル姉を想像するとゾクゾクくるものがある。実際に目の前にいるお姉は、ポンコツっぽいのだが。
その証拠に、今もブツブツと変な話を続けている。
「ううっ♡ ごめんね、そうちゃん♡ たまにシャツを拝借してエッチなことしちゃったり、添い寝してる時に胸に顔を埋めてゴロゴロしちゃったり、あれがあんなでこんなことになって……」
ん? 今、ヤバい単語が聞こえたような?
気のせいかな?
「はははっ、まさかスケベ姉が本当にドスケベなんてないよな」
「はわわわわわぁああっ! いい、今の無し! 今のは無しだからね!」
今度は慌てて手をブンブン振っている。
本当にノエル姉はダサ可愛いな。
「ううっ♡ もう私がエッチな子だってバレちゃったし、開き直るしかないのかな?」
「おい、何を言い出してるんだ」
「そうちゃん♡ もうお姉ちゃん、手加減できないかもぉ♡」
「うわぁああああぁ! わぷっ!」
ノエル姉が、全力で抱きついてきた。そのボリューミーなGカップを、俺の顔に押し付けるように。
「ぷはっ! や、やめろぉ~! それ以上されると、本当に我慢できなくなるぞ」
もう頭の中がグチャグチャだ。ノエル姉と俺は相思相愛だったとか。姉妹で三角関係まっしぐらとか。ついでにGカップは凄く柔らかいとか。
取り合えず、悪いお姉はお仕置きしておこう。
この甘酸っぱい空気に耐えられない童貞を許してくれ。こうやって誤魔化すしかないんだ。
ペチンッ! ペチンッ! ペチンッ!
「やぁああああぁ~ん♡ またそうちゃんがぁ!」
「ノエル姉が悪いんだ。俺を刺激するから」
「そうちゃんが悪いんだよ♡ そうやって私を刺激するから」
「ノエル姉!」
「そうちゃん♡」
「ノエル姉!」
「そうちゃん♡」
ペチンッ! ペチンッ! ペチンッ!
ガチャ!
「ちょっと、ノエル、壮太君!」
この毎回のようで少し過激なイチャイチャをしている部屋に、血相を変えた莉羅さんが飛び込んできた。
「避妊をしなさい…………って、たたた、大変よぉおお! 娘と壮太君が○○プレイを!」
「してません! ○○プレイはしてませんから!」
いつものように心配性の莉羅さんだったが、俺がノエル姉の尻を叩いているのを見て誤解したようだ。
確かに、ノエル姉の尻を高く上げさせてペンペンしている様は、どう見てもアブノーマルにしか見えない。
「莉羅さん、誤解ですよ。これはふざけてただけで……」
「壮太君って、ドSプレイもイケちゃうのね♡ もしかして、リラちゃん、躾けられちゃう?」
「躾けませんから!」
欲求不満っぽい人妻はスルーして部屋を出る。何も問題は解決していないけどな。
そしてもう一つ問題が。
暗殺者みたいな目をしたシエルが手招きしているのだ。
「壮太、こっち来て。ハリーアップ」
「やっぱり、そうなりますよね……」
あれだけ派手に騒いでいたのだ。シエルの部屋にも騒ぎは伝わっていただろう。
「シエル、できれば踏むのは勘弁してくれ」
「ダメ、息の根止める」
「ぐはぁ!」
俺がドMになりそうで怖い。シエルの女王様は洒落にならんからな。
「ほら、ボサッとしない」
「へいへい」
ガチャ!
覚悟を決めてシエルの部屋に入った。
できれば、お仕置きは優しめでお願いしたい。
「壮太♡」
しかし、二人っきりになった途端、シエルが豹変する。
「壮太ぁ♡ ずるいずるい♡」
「えええっ!?」
「もうっ♡ お姉とばかりイチャイチャして」
「さすがに変り過ぎでは?」
甘々なシエルになって調子狂うが、ここはハッキリさせないと。
俺は、このグチャグチャだけど真っ直ぐな想いを伝えようと決心した。