第106話 斯くして修羅バトルは始まった
夏休み真っただ中。窓の外は灼熱の季節。道路のアスファルトが溶けそうなくらいの蜃気楼。
俺は自室から外の景色を眺めながら考えていた。
「うーん、どうしたものか。記憶が戻ったのをノエル姉にも説明しないとな」
旅行から戻った俺だが、正直なところ環境の変化に戸惑っていた。
あのクールで塩対応だったシエルが、俺と二人っきりになると甘えてくるのだから。
コンコンコン!
噂をすれば何とやらだ。部屋をノックするのはシエルだろう。
「壮太、入るよ」
「お、おう」
ガチャ!
ドアを開け入ってきたシエルだが、もう気持ちが昂っているのか上気した顔だ。
そのまま俺へと歩みより、そっと胸の中に寄り添ってきた。
「ふふぅ~ん♡ 壮太成分補給♡」
「お、おい、抱きつくなよ」
「だぁーめ♡ 充電は一日五回♡」
俺の胸で顔をスリスリするシエル。滅茶苦茶可愛い。
「おい、もうそろそろ……」
「壮太はシエルを好きになる……壮太はシエルを好きになる……壮太はシエルのことが大好き……」
シエルが例の催眠をしてきた。俺の耳元に顔を寄せて。
「うわっ、それはヤバいって!」
「もうバレちゃったから関係ないもーん♡」
「こいつ、開き直りやがったぞ」
「あははっ♡」
くっ、こんな甘えん坊になっちゃうなんて。俺はどうしたら良いんだ。
そんなシエルだが、キスしそうなほと顔を近づけてきた。
「ねえ、壮太♡」
「え、えっと、何だ?」
「返事は?」
「えっ?」
「返事はいつ聞かせてくれるの?」
「な、何の話だ?」
ズバシッ! ズバシッ!
シエルが俺の腹にパンチを入れる。
「おい、シエル。腹パンするんじゃない」
「もうっ♡ 誤魔化そうとする壮太が悪い♡」
「うっ」
「高校生になったら返事するって言った」
やっぱりアレだよな。子供の頃に約束した、結婚するってやつ。
シエル……本当に子供の頃の……。
「もうちょっと待ってくれ……」
そう言った俺に、シエルは鋭い女王顔で見つめてくる。
だからそれ怖いんだよ。なまじ超美人なだけに、怖さも百倍だ。
「ふーん、そうなんだ。なら強引にでも」
「おい待てって」
「壮太、お座り♡」
「俺は犬じゃねー」
嬉しそうな顔でドSっぽくなるシエルが怖い。満面の笑みだ。
シエルに命令されると、本当に跪いて足を舐めそうで怖いんだよな。
そんなシエルは、ニッコニコで怖いことを言う。
「もうビシバシ躾けて言うこと聞かせようかな?」
「だからやめろって。シエルの女王様プレイは洒落にならん」
「うふふっ♡ 壮太のエッチ♡」
マズい! 非常にマズい! シエルがその気になったら、俺は抗えそうにない。ただでさえ可愛くてたまらないのに、積極的に来られたら受け入れちゃうだろ。
そんな時、階段の方から莉羅さんの声が聞こえてきた。
「壮太君、居るかしら?」
「はあーい、何ですか?」
ガチャ!
莉羅さんがドアを開けるのと、シエルが俺から離れるのが同時だった。
素早く体を離したシエルは、しれっと何食わぬ顔して髪をいじる。
「壮太、ちゃんとして。じゃ」
いつもの塩対応になってクールな声を出す。しかし、首まで真っ赤にしていて説得力は皆無だ。
莉羅さんの視線を受けなら、シエルは自室へと戻っていった。
シエルが居なくなってから、莉羅さんは俺の顔をマジマジと見る。
「壮太君、避妊しないと……」
「エッチしてません」
「そう……してないのね。だったらぁ♡」
真面目な顔の莉羅さんが、とろんと蕩け顔になるのも一瞬だ。
「壮太君♡ リラちゃんならゴ○無しでもOKよん」
「冗談キツいですってリラちゃん」
「ああぁ~ん♡ 壮太君のイジワルぅ♡」
今日も今日とて、莉羅さんは莉羅さんだった。
気を取り直した俺は、ノエル姉の部屋に向かった。
今から記憶の件を説明せねばならんのだ。
「よし、行くか」
ガチャ!
「あっ」
俺がドアノブに手を掛けようとした時、勝手にドアが開きノエル姉が顔を出した。
「そうちゃん♡ 何か用かな?」
「あっ、ノエル姉が用事ならまた後で」
「良いよ♡ そうちゃんなら大歓迎だよぉ♡」
「ちょい待て! 服を着ろぉ!」
最初はドアから顔だけで気付かなかったが、全身を出したノエル姉はズボラ夏仕様だった。
上はヨレヨレのTシャツ。下はパンツ一丁。エッチ過ぎて直視できない。
「きゃっ♡ 見ちゃダメぇ」
必至にTシャツの裾を押さえて恥ずかしがるノエル姉。エッチなベビードールは恥ずかしくないのに、それは恥ずかしいんだ。
「もう大丈夫だよぉ」
下にジャージを穿かせて一段落させた。俺がプレゼントした微妙にダサいやつを。
バッチリ似合っているぞ。
「って、何か臭いそうな気がする」
「臭わないよぉ~!」
俺が洗濯してなさそうなジャージを指摘すると、ノエル姉はムキになって言い返してきた。
「ノエル姉、これ洗濯したのいつ?」
「えっと、ええっとぉ……」
こりゃ、洗濯してないな。
夏場で汗を吸いまくっている気がする。
「もう洗濯はいいや。それより部屋が更に散らかってるじゃないか」
「えっと、えっとぉ……」
ノエル姉の目が泳ぐ。
やっぱりズボラ姉だった。
「もうっ、妹のシエルは料理も勉強しているのに、ノエル姉は食べる専門で、しかも部屋は散らかり放題だと」
「わぁ~ん! ごめんなさぁい」
ぽこんっ! ぽこんっ!
ノエル姉の頭にチョップを入れてやった。
「こらぁ! ノエル姉と結婚する旦那さんは大変だな。料理も掃除も全部しなきゃならんのかぁああ!」
「え~ん♡ そうちゃんお願い♡」
「俺がする前提かぁああ!」
って、ちょっと待て! 俺が旦那の設定なのかよ!
もう照れ隠しでお仕置きだぜ!
ペチン! ペチン! ペチン!
今度はケツを叩いてやった。むっちりデカいノエル姉のケツをお仕置きだ。
ビーチでは遠慮していたが、二人っきりなら容赦しないぜ。
ペチン! ペチン! ペチン!
「きゃぁああっ♡ そうちゃん許してぇ♡ あぁ~ん♡」
「くっそぉ、お仕置きされたそうなケツしやがって」
「ふえぇ~ん♡」
しまった。ついテンションが上がってやり過ぎた。女子のケツを叩くとかセクハラ案件だぞ。
しかも、お仕置きされているノエル姉が嬉しそうなのが、余計に熱が入ってしまうと言いますか。
「どうだ! 反省したか?」
「あっ♡ そうちゃん♡ もっとぉ♡」
「ぐはぁ! ノエル姉がドM姉にっ!」
蕩けた表情のノエル姉が、上半身を俺に預けたままケツを高く上げおねだりした。
こんなスケベ姉は、俺の理性がもたないぞ。
「コホンッ! えっと、今日は話があって来たんだ」
軽く咳払いして襟を正す。このままだと本当にエッチな展開になりそうだから。
ただ、ノエル姉は少し残念そうな顔をしている。
「もうっ、途中で止めるなんてイジワルだよぉ♡」
「えっ、何か言った?」
「な、何でもなぁい♡」
四つん這いになっていたノエル姉が、体を起こした。
「えっと……大切な話なんだけど」
「やっぱり旅行の時からだよね?」
ノエル姉の一言でハッとする。気づいてたのか?
いつもボーっとしてるようでいて、意外と鋭いな。
「ノエル姉、気づいてたの?」
「何となく。旅行で怪我をしてから、ずっとそうちゃん考え込んでたし」
そんなに顔に出てたのか?
「それでさ、俺、記憶が戻ったんだ」
「そうちゃん……良かった。良かったね」
ノエル姉の柔らかい体に包まれる。抱きしめられたんだ。
こういうところは母娘そっくりだな。
「もうシエルちゃんには言ったんだよね?」
「うん」
「安心した。シエルちゃん、ずっと気にしてたんだよ」
「うん」
ぎゅ~っ!
ノエル姉の腕に力が入った。むっちむちなGカップを押し付けるように。
「これで遠慮は要らないよね。そうちゃんの記憶が戻って、シエルちゃんとフェアになったから」
「えっ、何のこと?」
背中に回したノエル姉の手が、俺を求めるようにまさぐっている。まるで愛しい人を求めるように。
潤んだ瞳で俺を真っ直ぐに見つめながら、ピンク色のくちびるを半開きにした。
「そうちゃん、好き♡」
えっ? えええっ!? ええええええええええええええええええええええ!?
第4部開始です。
ついに姉妹が本気出したぞ!




