第105話 告白なの?
シエルの手を引き、誰も居ない岩場へと向かう。後ろを振り返り、皆が気づいていないのを確認しながら。
よし、誰にもバレてないな。誰かに見られてたら落ち着いて話せないし。
二人で岩陰に入ったところで、もう一度周囲を確認する。
海水浴場からは岩で隠れて見えていない。波の音が聞こえるのと、たまに小さな蟹が歩いているくらい。
準備は整ったぜ。完全に二人っきりだ。話を切り出そう。
「よし、誰にもバレてない。これで……って、何で警戒してるんだよ?」
シエルは両手で胸を隠しながら後ずさっている。
「だ、だって……エッチする気とか?」
「しねーよ!」
海水浴場の岩陰でエッチするとか、そっち系の薄い本かよ?
「だから二人っきりになろうとしてな」
「ううっ♡ やっぱり我慢できないとか?」
「だからな、二人っきりで――」
「や、やっぱり……ううっ♡」
またシエルが後ずさった。胸を隠しながら。
話が噛み合ってないような? まさか……。
おいおい、朝の話は誤解だぞ。シエルめ、俺が溜まってるとか、本気にしてたのかよ。
「そ、外はダメ……。部屋なら……良いけど……。うくぅ♡」
「は?」
「えっ?」
シエルから変な話が出て、二人してキョトンとする。
少し間をおいて、急にシエルが真っ赤になった。
「ち、違う! そうじゃないから! 今の忘れて!」
「えっ、お、おい」
「壮太のバカ。紛らわしい」
ぐいぐいぐいっ!
真っ赤な顔で俯いたシエルが、俺の顔に手を押し付けてくる。
「おい、何をしやがる」
「ダメっ! 今、顔見ないで」
「はあ?」
「こっち見るな」
ぐいぐいぐいっ!
何度か押し合いへし合いしてから、やっと落ち着いた。まだシエルの顔は赤いけど、冷静さは取り戻したようだ。
「はぁ、はぁ……。もうっ、壮太のバカ。紛らわしい」
「シエルが変なこと言い出すからだろ」
「むううっ!」
「何だよ」
二人して睨み合う。
「ぷっ!」
「ふふっ!」
睨めっこしているみたいで、すぐに笑ってしまうのだが。
「笑かすなよ、シエル」
「壮太が変な顔するからでしょ」
「変とは何だ」
「なによぉ」
「ぷぷっ!」
「あははっ」
また笑い合ってしまった。
何か良い感じだ。このまま記憶のことを説明しよう。
「シエル、真面目な話があるんだ」
「えっ、あ、はい……」
シエルが姿勢を正す。
「実はな……えっと……きょ、今日はいい天気だな」
「回りくどい!」
「すまん……」
「だ、大丈夫。わ、わわ、私も同じ気持ちだから……」
同じ気持ち? あっ、そうか。俺とシエルが家族になる計画の話なのか?
「あ、あのさ……」
「うんっ♡ ううぅ♡ きゅぅ♡」
「やっぱり人妻サルベージ作戦初号機だよな」
「は?」
シエルの顔が、みるみる険しくなってゆく。
「そぉ~たぁ~っ! さっきから紛らわしい! 告白されるのかと思ったぁああ! バカバカバカぁああ! 私をからかってる? からかってるでしょ!? って、ちょっと待って! 人妻サルベージ作戦初号機って? えっ、あれっ?」
怒り出したシエルだが、途中で違和感に気づいたのかハッとする。
「人妻サルベージ作戦初号機って、子供の頃の……? えっ、そ、壮太!? もしかして記憶が?」
「お、おう。記憶を思い出したんだ」
俺は説明した。崖から落ちて頭を打った時に、昔の記憶を思い出したのだと。
「そんな訳で、全部思い出したんだよ。シエルとした子供の頃の約束も」
「そ、壮太……そうちゃん」
シエルが俺を昔のあだ名で呼ぶ。
少し照れる。
そのシエルだが、目に涙が溜まってゆく。溢れそうになった時、感情が爆発した。
「うわぁああああああああぁ~ん! そうちゃんのバカぁああああぁ! 寂しかったぁああ! そうちゃんが私のこと忘れちゃって! 私だけ約束を覚えていて! それで、それでね、ずっとずっと、そうちゃんと一緒になるのを夢見ていてね。ふわぁああああぁ~ん!」
シエルは俺の胸に顔を埋める。わんわんと泣きながら。
「シエル、ごめんな。寂しい思いをさせて」
「バカバカバカぁ。でも、私のせいで、そうちゃんが」
「シエルのせいじゃないよ」
「でもでもぉ」
俺の胸で甘えるシエルが可愛い。
いつもクールな女王様だったり、冷たく塩対応だったり。そんなシエルが、今は小さい頃のように甘えている。
「もう大丈夫だぞ。俺はシエルを二度と忘れない」
「うんっ、うんっ♡」
真っ直ぐな瞳で俺を見つめるシエルが可憐でいじらしい。まるで子供の頃に戻ったみたいだ。
「まさか、あの泣き虫の女の子が、こんな美人でクールでオタクな女子になるなんてな」
「むぅ、オタクなのは壮太のせい」
「シエルもオタク要素あっただろ。てか、壮太に戻ってるんだ。呼び方」
「は、恥ずかしい……。ううっ♡」
くっそ、可愛い。上目遣いで俺を見るシエルが可愛い。なんだこの可愛い生き物は。
「そ、そうだな。例え忘れても、シエルと話せば思い出してたと思うぞ。シエルはインパクトが凄いからな」
「なによそれ。ふふっ♡ あっ、でも壮太…………蜷川さんに告白したんだよね?」
ギクッ!
背筋に悪寒が走った。さっきまで笑顔だったシエルが、目を細めて女王顔になったからだ。
くっ、まだ許されてないのかよ。
「そ、それは……しょうがないというか。年頃の男子としましては……」
「ふーん、可愛いよね。蜷川さん」
シエルが鋭い目つきのまま顔を寄せてくる。
迫力が凄いのにドキドキしてしまう。何だコレ。毎晩の催眠で調教されたのか?
「可愛いもんね、蜷川さん。ふーん。へぇー」
「くっ、もう許してくれ。可愛さでいったらシエルだって相当なもんだろ。クラスで一番」
「えっ♡ あっ、そ、そなんだ……。はうぅ♡」
こいつ照れやがったぞ。やっぱり可愛いな。
「ほ、ほら、もう良いだろ。こうして思い出したんだから」
「うん♡」
「頭打たなくても、シエルやノエル姉にお仕置きされてたら思い出しそうだけどな」
「ふふっ、壮太ったら♡」
「まあ、あれだけ深夜に催眠されてたら思い出すよな。あれ、滅茶苦茶キツくてさ……あっ!」
つい口が滑った。嬉しさや懐かしさや色々な感情が溢れていて、シエルが催眠してきたのまで喋ってしまったのだ。
ワナワナワナワナワナワナワナワナ――
シエルは真っ赤な顔で震えている。肩をガクガクとさせながら。
そりゃそうだよな。かなり恥ずかしいことを言ってたし。俺の耳に口を付けながら、『キスしちゃえよ』とか微妙に音痴な歌を口ずさんだりとか。
「えっ、あれっ、ふえっ、あ、あの、あれは……はぇ、あ、ああああ! きゃぁああああああぁ~ん!」
シエルが壊れた。完全にテンパっている。頭を抱えながらヘビメタみたいにヘッドバンギングだ。
「フー、フー、フー」
「落ち着いたか、シエル?」
「い、いつから?」
「すまん。わりと最初から」
「えええっ! そ、そんな……」
「おう、マジカルメアリーの歌も全部だ」
「うくぅううううっ…………」
シエル、すまん。羞恥責めみたいになっちまった。そんなつもりじゃなかったのに。
「あああぁ、ああああぁ、もうダメ……。私の恥ずかしい秘密が……」
「シエルって、昼間はクールなのに、夜は甘々ボイスなんだな」
「ぎゃああああああ! もう息の根止めるぅううっ!」
「止めるんじゃねー!」
真っ赤な顔で暴れるシエル。俺は抑えようと腕を掴むのだが、水着姿のシエルと色々なところが密着してしまう。
こんなの裸で抱き合ってるのと同じだろ!
あああ、本当に我慢できなくなりそうだぜ。
こうして、深夜に催眠するシエルの秘密は明かされてしまった。
明日から添い寝や催眠は無いのだろうか?
ちょっと寂しいような残念なような。
毎日のような催眠で、俺はすっかり魅入られてしまったのだろうか。
ただ、決断の時が迫っている気がする。大好きなノエル姉と、同じくらい大好きなシエルとの。
そして、星奈や明日美さんは。
過激な女子たちが引き起こす、天国のようで地獄な恐ろしいお仕置きを覚悟しながら。
第3部終了です。引き続き第4部へ。もう少し続きます。
ついに記憶も秘密も明かされた壮太と姉妹、恋のバトルはガチな攻めとお仕置きに?




