第102話 三度目の緊急会議
俺のギャグで大騒ぎになる病室内。どうやら俺はやらかしたようだ。
「どうしましょう♡ 壮太君と再婚の準備をしないと。じゃなくてぇ、壮太君が大変よぉ!」
莉羅さんがパニックになった。てか、ちょっと待て! 親父じゃなく俺と再婚しようと思ってたのか?
「お母さん! 変な冗談はやめて!」
「お母さん! そうちゃんと結婚するのは私!」
当然のようにシエルとノエル姉が異議を唱える。てか、ちょっと待て! 今、変なセリフが聞こえなかったか?
「壮太君! 私よりお義母さんが好きなの!? もう許せない! 壮太君を監禁して〇〇するから!」
明日美さんから暴言が飛び出した。俺はマザコンじゃねえ! てか、ちょっと待て! 今とんでもないセリフが聞こえたけど!
「そうちゃむ! どういうことなの!? 説明しろし! もうアタシにしろよぉ! もぉおおおっ!」
星奈がキレ気味だ。いつもドMなのに、今は……って、そんなこと言ってる場合じゃねえ!
ベッドの上で五人の女が押し合いへし合い。まるでハーレム主人公みたいだぞ、俺ぇええええ!
早く何とかしないと!
「じょ、冗談! 冗談だから!」
「「「は?」」」
一瞬で場が凍り付いた。
皆の顔が怖い。ベッドに寝た俺の上から、迫力を増した美人JKたちが見下ろしている。まるで複数女王様プレイをしているみたいに。
「壮太ぁああ! お仕置き!」
「そうちゃん! お仕置きだよ!」
「アタシもそうちゃむ、お仕置きするしぃ!」
「壮太君! 拷問だよ」
威圧感を増した皆が俺に迫る。明日美さんだけガチな感じで、下腹部辺りがキュッとなった。
「ごめん! 許してくれぇええ! つい、緊張に耐えられず。場を和ませようとしただけなんだぁ~っ!」
許しを乞おうとしてみたが、彼女たちの勢いは収まらない。何故か俺の取り合いに発展してしまった。
四人で手足を引っ張られて、本当に拷問みたいだ。江戸時代の磔獄門かな?
ついでに莉羅さんが夢見心地になっている。
「うふふっ♡ 壮太君とリラちゃんは恋人よね♡」
勘弁してくれぇええええ!
◆ ◇ ◆
深夜零時を回った頃、やっと解放……退院して別荘に戻ることができた。
怪我も大したことないようだ。後頭部に少し傷があり、大袈裟に包帯を巻いているけど。
「ほら、壮太君♡ 座って」
莉羅さんに支えられながら、ソファーに座らされる。柔らかでグラマラスな体が密着し、官能的な匂いが漂ってきてムラムラする。
何かいつもより優しさ倍増しているような。俺の冗談で本気になっちゃったじゃないよな?
まあ、莉羅さんが優しいのは昔からの気もするけど。
「ぐぬぬぬぬぬぬ……」
「むぅううううっ!」
シエルとノエル姉の視線が痛い。
どうやらシエルの話によると、崖から落ちた俺は、木に頭をぶつけて気を失ったらしい。
シエルがスマホで皆を呼び、岡谷と進藤会長が俺を道路まで引き上げてくれたそうだ。
これは感謝しないとな。
「皆、ありがとう。ご迷惑をおかけしました」
俺が頭を下げると、進藤会長はポンっと肩に手を置いた。
「聞いたぞ、安曇。落ちる寸前に姫川妹を救ったそうじゃないか。やはり貴様は漢だな」
あれは俺がアホなだけで救ったって程じゃないような? シエルが俺と一緒に落ちたら申し訳ないよ。
ペシッ!
さり気なく進藤会長の手を払った三条先輩が、俺の肩を叩く。
「腐食した手すりに腰かけるのが間違っていますわ。心配させないでくださいまし」
厳しいことを言う三条先輩だが、その顔は慈愛に満ちている。やっぱり菩薩っぽい。
ちゃっかり俺と進藤会長を引き離すのも忘れないが。
「無事で良かったよ。何とか一件落着か」
一件落着とか言う俺だが、全然落着していないだろ。病室に居た時からずっと、シエルの顔を見られないんだけど。
ううっ、やっぱり記憶が戻ってるよな。今までは夢と現実が曖昧だったのに。
小さな頃の少女は、やっぱりシエルじゃないか。
そのシエルだが、さっきからずっと俺を見つめている。
「壮太、心配……させないで」
「お、おう……」
シエルに話しかけられ顔を背けてしまう。照れ臭いのだ。
まさか、あの泣き虫の女の子が、こんな超絶美形の女王様になるなんてな。
「むぅ、壮太! ちゃんと目を見て話す」
シエルが俺の頭を掴んで向きを変えさせる。
「や、やめろって」
「反省してる?」
「したした。反省してるって。その可愛い顔を近づけるなって。照れるだろ」
「えっ、ふぇえっ! うくぅ♡」
つい俺が失言したものだから、シエルの顔が赤く染まってゆく。二人して顔真っ赤だ。
マズい、皆がジト目で俺たちを見ている。何とか誤魔化さないと。
「そ、そうだ。莉羅さん、ご迷惑をおかけしました。わざわざ葉崎まで来てくれたんですか」
莉羅さんに話を振ると、そのおっとりした顔をほころばす。ちゃっかりハグしようと両手を広げながら。
「そんなの当然よぉ。壮太君は大事な息子なんですもの」
「息子じゃないです。彼氏です」
「きゃっ♡ そうよね、夫婦よね♡」
また冗談を言ってからハッとする。皆のジト目が困惑の表情になっていることに気付いたからだ。
「あっ、ヤベっ。いつもの調子で冗談を……」
もう隠し通せない。そもそも病室の時から、ボロが出まくっていたので。
薄々気付かれていたのかもしれないな。
「お、おい、安曇……お、おま、母姫様と、どういう関係だよ?」
岡谷の疑問が決定打となった。バレたのだ。俺と姫川姉妹の関係が。
てか、莉羅さんは母姫様なのかよ。
「すまん。俺から説明させてくれ……」
俺は三度目の緊急会議を開く決断をする。泊まることになった莉羅さんも一緒に。
その日、俺たちの関係が皆の知る所となった。
◆ ◇ ◆
東の空が明るくなり、反射した海面が紫色に染まってゆく。
潮風が心地よい。
あまり眠れずにいた俺は、まだ薄暗い早朝から布団を出た。
今はウッドデッキのベランダで、一人海を眺めている。
「まいったな……」
俺と姫川姉妹が家族とか、莉羅さんが義理の母とか、全部皆にバレたんだよな。しかも記憶が戻ったりとか、一度に色々あって頭がパンクしそうだ。
まあ、進藤会長と三条先輩は信頼できるから大丈夫だろう。
岡谷は……あれはあれで良いやつだ。腐れ縁みたいな仲だが、噂を広げるようなことはしないはず。
俺が軽沢と揉めてクラスから浮いた時も、あいつは普段と同じように接してくれたからな。
「問題は記憶の件だよ。どぉおおぉしようぉおおっ!」
一人溜め息をついていると、背後に誰かの気配がした。
「壮太君、眠れないの?」
優しそうなおっとりした声、昔から変わらない安心する雰囲気だ。
「莉羅さん」
俺は振り返って莉羅さんの顔を見る。少し身構えながら。
「えっと、何か用ですか?」
「もうっ♡ そんなに警戒しないでよぉ。何もしないわよ」
「で、でも、俺を狙ってるとか?」
「そんな訳ないでしょ。親子になるんだからぁ」
やっぱり冗談だったようだ。そりゃそうだよな。娘の幼馴染であり義理の息子でもある俺に手を出すはずがない。
「で、でもでもぉ♡ 壮太君が良いのなら考えるけどぉ♡ リラちゃん、壮太君が超タイプなのぉ♡」
冗談じゃなかった!
「ええええ……」
「そ、そんなに身構えないで。冗談よぉ」
「でも莉羅さんって、欲求不満っぽいですし」
「ひっどおぉい、そんなにふしだらな女じゃありません」
プリプリと口を尖らせてそっぽを向く顔が姉妹とそっくりだ。やっぱり母娘だな。
「何か悩み事なの? 私で良かったら聞くわよ」
真面目な声で莉羅さんが問いかけた。さっきまでのふしだらリラちゃんとは違う顔で。
「莉羅さん」
「うん」
「莉羅オバサン」
「何で言い換えるのよぉ!」
今のは素で間違えてた。
「そ、その、落ち着いて聞いてください」
「ええ」
「俺、記憶が戻りました」
「えっ! ええええっ!」
驚きのあまり、莉羅さんが俺の顔を二度見した。