第99話 肝試しの夜
意気込んで始めた肝試し企画だが、初っ端から失敗した。
別荘の玄関前に集合した俺たち。一人ずつくじを引く。もちろん三条先輩が細工したくじを。
進藤会長と二人っきりで関係を深めるはずの三条先輩だったのに、何故か目論見は外れて打ちひしがれる事態に。
「あああぁ、わたくしの烈火様がぁ……」
膝をついた三条先輩が天を仰ぐ。策士策に溺れるかな。
しかも、お目当ての進藤会長は、ペアになった岡谷と仲良くしているのだ。
「うむ、よろしく頼むぞ。岡谷」
「は、ははぁ。おお、お願い仕る」
岡谷が平伏している。まるで主と召使だな。
とりあえず先輩を慰めておこう。
「三条先輩、元気出してください」
「もうお終いですわ。烈火様が寝取られて……」
「岡谷にそんな甲斐性はないから安心してください」
むしろ進藤烈火を堕とせるのは三条先輩しかいないだろ。
因みに他のペアだが、星奈と明日美さんが。三条先輩はノエル姉と。
そして俺の相手はシエルに決まった。
「よ、よろしく、壮太」
「おう」
ぎこちなく挨拶するシエルを、俺は少し緊張しながら返事をする。
そう、俺はシエルを選んだのだ。
くじ引き前、三条先輩は俺に聞いた。ペアになりたい相手だ誰だと。
真っ先に浮かんだのはノエル姉だ。あの優しい笑顔とゆったりした性格が俺を惹き付けて離さない。
だが、俺の脳裏にはシエルの顔がチラつく。あの、雨の日に公園で泣いたシエルの顔が。
「シエルが大切で一緒にいたいか……。よく考えると凄いことを言った気がする。もう告白みたいだよな……」
「ん? 何か言った?」
「な、何でもない」
あっぶねー! つい心の声が漏れてたぜ。
今の、聞かれてないよな?
「ふんふんふ~ん♪」
そのシエルだが、機嫌が良さそうに鼻歌を口ずさんでいる。もしかして断罪天使かな?
「ふんふんふ~ん♪」
「勇気のカケラだマジカール♪ 友情パワーでマジカール♪」
シエルの鼻歌に合わせて歌ってやった。
不意打ちをくらったシエルが赤面している。可愛いやつめ。
「くっ、くぅううっ……」
「ふふっ、シエル。お前のキモオタムーブ、嫌いじゃないぜ」
「そそ、壮太ぁああああ!」
ふざけてシエルが覆いかぶさってくる。そういうのは誤解されるからやめろって。
「むぅううううっ! そうちゃん!」
ほら見ろ。ノエル姉がご立腹に。私も構えって言ってるみたいだな。
星奈と明日美さんも睨んでいるのだが。この二人は最近過激化しているので危険だ。
目論見が外れ、ちょっと投げやりになった三条先輩が説明を始める。
スマホの画面でマップを見せながら。
「この交差点から山に登るハイキングコースがありますわ。頂上に小さな神社があります。そこに行って写真を撮って戻ってくる。これが肝試しのコースですわよ」
こうしてペア肝試しが始まった。
◆ ◇ ◆
ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ――
シエルと二人で坂を上ってゆく。真っ暗な坂道を。
片側は山の斜面をコンクリートで固めた法面、反対側は崖になおっており木が鬱蒼と茂っている。
昼間なら何も問題ないのだろうが、夜は恐ろし気な雰囲気だ。
ぎゅぅ~!
シエルの手が俺の服を掴む。無言で歩き続けながら。
さては怖がってるな。
「どうしたシエル?」
「な、なな、何でもない……」
「怖いのか?」
「怖くない、怖くないから」
バサバサッ!
「きゃああああっ!」
鳥か何かだろうか、頭上にある木の枝から音がして、シエルが大きな悲鳴を上げた。
「やっぱり怖いんじゃないか」
俺がそう言うと、シエルは口を尖らせ不満顔になった。
「わ、悪い?」
「べつに」
シエルの手を握ると、指を絡ませるように握り返してきた。
えっ、これって恋人つなぎだよな?
「えっと……シエル?」
「んっ……」
お互い言葉に詰まり、また無言のまま歩き続ける。
シエルの綺麗な髪が風で揺れ、微かに薔薇のような香りが漂ってくる。海水浴の後にシャワーを浴びたからだろうか。
シエルと繋いだ手が熱い。むしろ体も熱い。彼女への想いが溢れてくる。
このまま強く抱きしめたい衝動が。
「……あ……ありがと」
「えっ?」
突然、シエルにお礼を言われ、俺はハッと顔を上げた。
「えっ、どうした?」
「べ、べつに……」
「ん?」
「そ、その、私たちを、私やお姉やお母さんを受け入れてくれて」
突拍子が無くて驚いたが、どうやらシエルは再婚の話をしているようだ。
「迷惑……じゃなかった? 壮太の家に押し掛けて」
「どうしたんだよ急に? 俺は迷惑だなんて思ったことは無いぞ」
「よ、良かった」
ずっと気にしてたのかな? 確かに親の再婚とはいえ、肝心の家主が不在だからな。むしろ俺が姫川家に入ったみたいになってるし。
まあ、俺は賑やかで楽しいけど……。
そこまで考えてから気付く。ずっと省エネモードで生きようと決めていたことを。人付き合いを嫌っていたことを。
「そうか、俺が変わったのは皆のおかげか……」
「えっ?」
シエルが不思議そうな顔をする。
俺は立ち止まり、シエルの目を見つめた。
「俺は寂しかったんだな。毎日が空虚で」
シエルは黙ったまま俺の話を聞いている。
「母さんが、俺を捨てて出て行って……。親父は仕事で家を空けていて。俺は誰も居ない家に帰って、一人でゲームをやったりアニメを見たり。それが楽しかったんだ。人と関わると煩わしいし傷つくからな」
そんな俺を変えたのはシエルやノエル姉や莉羅さんだ。
「最初は不安だったんだよ。か、かわ、可愛いけど、血が繋がってない姉妹と同居するなんて。新しい母親と上手くやれるのかって」
「壮太……」
シエルは熱い瞳で俺を見つめている。
「でも違った。莉羅さんは、俺が馴染めるように気を遣ってくれて。たまに冗談がキツいけどな。ノエル姉は、優しく笑顔で接してくれて。距離感がおかしいけど。あと、シエルは……最初はちょっと怖いと思ったけど、本当は優しくて面白くて。一緒にいると楽しくて」
こんな話をするなんて恥ずかしい。今日は喋り過ぎてしまう。海風を感じる夏の夜だからだろうか。
「だから俺は迷惑だなんて思ってない。シエルやノエル姉と家族になれて幸せだよ」
嬉しい。嬉しいはずなのに。家族になったんだ。家族になったら付き合えないのか? 恋人になれないのか?
でも、この想いは止められない。
「お、おお、俺はシエルを……」
「壮太っ!」
「えっ、えええっ!」
シエルが抱きついてきた。両腕を俺の背中に絡め、力いっぱい抱きしめるようにして。
「そうちゃん」
「シエル」
懐かしい呼び方だ。そうだ、シエルは昔……。
抱き合った体が熱い。
胸と胸が合わさり、シエルの鼓動が伝わってくる。
「そうちゃん、わ、私」
「シエル、俺はシエルを……」
バサバサッ!
「うわぁああああ!」
「きゃああああっ!」
また鳥だろうか。頭上で音がして一緒に飛び上がった。
今、俺は何を言おうとしていた? こ、告白なのか? 家族になる件が解決していないのに。
てか、シエルも何か言おうとしてたよな?
「んっ…………」
「えっと…………」
しまった! また無言に。
何か言わないと。
「そうだ。昔のシエルって、俺を『そうちゃん』って言ってたよな?」
「き、気のせい」
「おいっ!」
気のせいじゃねーだろ。たった今、聞いたばかりだぞ。たく、シエルのやつめ。
ギシッ!
俺は崖側になる手すりに腰かけた。
インドア派に山道はキツいんだって。
「疲れたな」
「壮太、鍛え方が足りない」
ギシッ!
シエルも俺の隣に腰かけた。
「鍛え方って何だよ。格闘技漫画の主人公じゃあるまいし」
「お姉なら走って往復できる距離だよ」
シエルが言うように、ノエル姉は足も速い。あのGカップで俊足とかどういう原理だよ。
成績優秀なのに運動もできるとか、スペック高すぎだろ。見た目はおバカっぽい(ゲフンゲフン)のに。
「ははっ、あれで部屋を掃除してくれれば完璧超人なのにな」
「それ言っちゃ悪いよ。うふふっ」
シエルと二人で笑い合う。また良い感じだ。
何だか俺たち、ずっとこんな感じだな。
バキッ! グギギギギッ!
「うわぁっ!」
「きゃっ!」
座っている手すりから音がして、徐々に後ろに傾き始めた。
「シエル、危ない!」
ドンッ!
とっさにシエルを道路側に突き飛ばした。
よし、シエルは無事だな――――
「って、俺の視界が傾いているのだがぁああああ!」
バキンッ! ガシャン! ガラガラガラガラ!
「うわぁああああああああああああああ!」
「壮太ぁあああああああああああ!」
視界が回転し、木々の隙間から夜空が見える。
フワッと体が浮遊する感覚と過去の映像が過る脳内。
これ、アレかな? 異世界へ……なはずねえ!
待て待て待て! 俺は転生主人公じゃねぇぞ!