ヴィヴィアン・クックの難題
公爵はどうやら、律儀で約束を守る男だったらしい。
よっぽど良い腕の護衛を付けてくれたのか、婚約発表以降度々暗殺者に狙われることがあったけど、いつもあっという間に片付いてしまい私は怯える暇もなかった。
それでも王宮内で、昼間から堂々と仕掛けられるイタズラには対応しきれない。
今も噴水の近くを歩いていたら、後ろからわざと当たられてバランスを崩し、水の中に落ちてしまった。
浅いから溺れることはないけど、こんな肌寒い季節に全身びしょ濡れにされて、気分は最悪だった。
おまけに足を捻ったらしく、動かす度に足首が痛む。
水をたっぷり吸って重くなった侍女服をぎゅーぎゅー縛りながら、どうやって自室に帰るか途方に暮れてしまった。
「やあ、ヴィヴィアン嬢。一体どうしたんだ?」
後ろを振り向くと、グレイ公爵が立っていた。
その顔にはいつも通りの完璧で美しい微笑が浮かんでいる。
「不注意で噴水に落ちてしまったんです。大したことありません。」
ここには人目はないので笑顔を作る必要はない。
彼がすぐに立ち去るだろうと思って、ぺこりとお辞儀すると、私はまた服を絞る作業に戻った。
白いフリルたっぷりのエプロンを脱いで絞る。
エプロンの下には濃紺の侍女服を着ているが、水でピッタリと体に張り付いて、身体のラインが強調されていた。
流石にこんな格好で王宮を歩くことはできない。
乾くまで待つか、通りかかった誰かにタオルを頼むか。
うーんと迷っていると、また声が掛かった。
「…君、可愛げないって言われないか?」
公爵は微笑んでいたけど、瞳から不機嫌な雰囲気を感じた。
「可愛げですか?友人から逞しいと言われたことはありますけど」
可愛いなんて確かに言われたことは無い。
そんなことを今言うなんてどう言う意味なんだと苛立つと、突然掬い上げるように身体が宙に浮いた。
「きゃあ!」
びっくりして掴まれば、公爵が私の体を抱き上げていた。
ばさっと上から騎士団のマントをかけられる。
「公爵様も汚れてしまいます!降ろしてください!」
慌てて降りようと踠くと、「動かないで。大人しくしてるんだ。」と宥めるような柔らかい声が聞こえて、益々混乱した。
自分の体に回された腕も、触れている胸板も想像していたよりずっと硬く逞しくて、落ち着かない気持ちになる。
思い返せばヴィヴィアンはこれまで一度も異性とこんな距離で触れ合ったことがなかった。
「私はこんな状態の女性を無視するほど冷酷では無いよ。医務室に連れて行くから大人しくしていなさい。」
呆れたような声だったけど、公爵は思ったよりもずっと丁寧に私に触れた。
医務室の椅子に壊れ物みたいに優しく降ろされた時、いよいよ居た堪れなくなって顔から火が出そうだった。




