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バラ園で公爵とお茶をした日の翌日から、私の周りは慌ただしくなった。
噂を聞きつけて、一目見ようと見物にくる人や、陰口を言う人が日に日に増えていく。
こうなるまで知らなかったが、公爵にはファンクラブ的なものまであったらしい。
通りすがりに見知らぬ令嬢に肩をぶつけられたり、わざと転ばされることもあった。
生傷が増えていくたび、だんだん第二王女宮と自室以外にあまり出歩かなくなった。
公爵は2、3日に一回程度の割合で私を誘いに来る。
その度に食堂や庭園など人目につく場所で2人で過ごした。
私はいつも嬉しそうな笑顔を浮かべていたけど、本当はうんざりして、冷水をかけられたように冷ややかな気持ちだった。
それは、バラ園で彼とお茶を飲んだ日から2週間後の深夜に起こった。
ベッドの下でシーツに包まっていると、部屋のドアが開く音がした。
眠りが浅かった私はすぐに目を覚まして、息を殺す。握りしめた薬瓶と小さなナイフを祈るように抱きしめる。
侵入者はベッド横で足を止め、ベッドの上の毛布の塊を覗き込むようにしていた。
慎重な足取りと、暗闇でもわかるがっしりとした体格に私の全身には恐怖で汗がびっしょりと浮かんでいた。
次の瞬間、侵入者が大きく動いたと思ったら、ザクと大きなナイフで布団の塊を刺した。
しかしすぐに、感触を疑問に思ったのか布団をゆっくりとめくっている。
チッと小さな舌打ちが聞こえて、私の鼓動はどんどん早くなっていった。
ーーーお願い、早く立ち去って。
祈るような気持ちで、ベッド下から見える侵入者の足を見つめていたけど、彼はやがてクローゼットの方にゆっくり体を向けた。
部屋に私が居ないか探し始めたのだ。
小さく息を吸ってから、手汗で滑る薬瓶をもう一度握り直して、覚悟を決めた。
侵入者がベッドに背を向けた瞬間、私は素早くベッド下から飛び出した。
音を聞いてすぐに振り向いた侵入者の顔は目元以外布で覆われていてよくわからなかった。
その筋肉質な腕に握られた大きなナイフがキラリと光り、裾から覗く手首には蛇のような紋章が描かれている。
男はナイフとは反対の腕を伸ばしながら私の方に走ってくる。
私はすぐに手の中の薬瓶2つを地面に叩きつける。
瓶が割れる甲高い音の後、勢いよく白い煙が立ち上がった。
男は驚いた様子で、一瞬動きが止まり、すぐに手で鼻と口を押さえていた。
私はその隙にドアに向かって走り出した。
後ろは振り返らなかったけど、男が追いかけてきている気配がした。
私が捕まって殺されるか、薬が効くのが先か。
ドアにたどり着きそうな時、廊下からバタバタと複数人の足音が聞こえた。
ドアを開けて、走った勢いのまま転がるように廊下に出れば、騎士団の制服を着た男たちが居て、私はそのうちの1人の胸に飛び込んでしまった。
引き締まった分厚い胸板に弾かれるように尻餅をつきかけて、両腕を支えるようにがっしりと目の前の騎士に掴まれた。
「…そんなに慌ててどうしたんですか?」
支えられた体勢で、私は息切れしたまま見上げた。
そこには無表情の公爵が立っていた。
彼に説明するよりも先に、慌てて振り返れば、もう侵入者の姿はなく、割られた窓ガラスが目に入った。
そうか、侵入者は足音を聞いて逃げたのか。
ひとまずホッとして、私はゆっくりと全身の力を抜いた。
全身冷や汗でびっしょりと濡れ、指先は氷のように冷たい。極度の緊張と恐怖で顔色は真っ白になっていたけど、私は顔に不安も恐怖も出さないように気をつけた。
「それで、どうしたのですか?」
言葉を返さない私を冷静に見つめて、もう一度彼が聞いてきた。
「変な男が急に、ドアから入ってきたんです。」
私が答えるのを待たずに、彼と一緒に来ていた騎士たちは私の部屋の中を捜索し始めていた。
「そうだったのですか。実は不審人物の通報を受けて、私たちも捜索していたんです。怪我はないですか?」
彼の声は普段通り穏やかで、優しげで落ち着いていた。
こんな状況で不自然なくらいに。
いつも通り無知で無力な婚約者を演じるなら、ここで怖がって甘える必要があるとわかっていたけど、腹が立っていてとてもそんな気分にはなれなかった。
彼と騎士たちに連れられて、私は騎士団内の応接室で聴取を受けた。
男の特徴や行動について細かく聞かれて、聴取が終わる頃には空が薄らと明るくなっていた。
私はとにかく疲れていたし早く休みたかったけど、
どうしても彼と話をする必要があった。




