【短編】戦闘狂の異世界記録
現代日本。
旧支配者やその手下、魔術師や謎の教団が暗躍し、神話生物が姿を現す、至って普通の世界。
そして私は、それらに数多く巻き込まれ、邪神やら魔術師やらをフルボッコにしてきたただの人間。
14歳。ダンサー。性別中性。名前は影星。過去は記憶にないし、本名なんて覚えてない。 戦闘は好きで、戦って死ぬならいいと思ってるし、格上や正体不明の相手と交戦するのは楽しい。
そのせいか、知り合いからは戦闘狂や狂戦士と揶揄される。
否定はしねーけど。
そんな私にも、親友と呼べる奴がいる。
『今日暑いけどゲームやらね?俺の家で』
3人のメッセージグループ。私、ネトゲ廃人こと黒乃、それから……
『分かった』
無色だ。
こいつらとは、色々あって結構遊んでる。黒乃は私の恩人で、影星って名前は黒乃に貰った。無色は私と黒乃で助けた。
……いや、助けたって言うのはちょっと違うんか?頼まれた訳じゃねーから自己満って言うのか、これ。
ま、どっちでもいいな。
『私も行くわ、飲み物は?』
『特にないからなんか買ってきて』
『呼ぶ側が用意しとけや』
この暑い中、家出るのだけでもちょっと渋るのに要求するなんて20超えた大人のする事じゃねーだろ。
『えー俺外出たくない無理』
『お前の家が明日東京湾に浮かぶが問題ないか?』
『せめて琵琶湖にしてくれね?俺まだ滋賀行ったことねぇからさ』
『ポジティブだなお前』
こいつらのやり取り、ボケとツッコミが1-1でいるから見ててちょうどいいんよな。
『じゃ飲み物は黒乃が宅配かなんかで頼めば?』
『それでもいいな』
『お前ら金払いたくなさすぎだろ』
『いやいや私だってまだ14だし無色も16やろ?ゲームで金稼いでるお前が払って当然やろ』
私はダンサー。ただし職業じゃない。踊れはするけど仕事としてやった事は一回もない。それより人殺した方が金奪えるし楽しめるしで一石二鳥だ。
無色はまあ……環境あんま良くなくてな。それに知らん奴らとの交流はあんましねーようにって約束させた。その日暮らしの裏路地育ちとなれば、本人も人間に対していい思い出もねーよな。
それに対して黒乃は、ネトゲ廃人で引きこもりではあるがニートじゃない。働いて……るのか?わかんねーけどゲーム創って売ってるし、まあそこそこ金は稼いでるっぽいんだよな。
つまり、この場で金払えんのは黒乃しかいない。
『おーまあ分からないでもないその理論』
『じゃ、今から荷物持ってお前の家行くわ』
『はいよ』
スマホの画面を1度落として、外に出かける準備をする。
上は着物っぽい服に、服の下の前はミニスカート、後ろは着物の延長みたいに伸ばしてある。
ガーターソックスを履いて、次に持ち物。
ガンケースに愛用のライフルとマシンガンを入れて、バッグにはゲーム機とスマホ。
その2つを持って、白いブーツを履く。キル性能を上げるために、特別に仕込みナイフを施されたもの。
別に武装してるわけじゃない。これが私のいつものスタイルだ。
重くはない。巻き込まれ率と、謎の戦闘部屋での報酬で勝手に私が強くなった。筋力も俊敏性も体力も、一般人よりは強い自信がある。……いや、強い自信しかない。
扉を開ける。鍵……はかけといた方がいいか。ベタだけど鍵は植木鉢の下に隠しといて、っと。
そして、家の敷地外に1歩出た瞬間。
「……あ?」
強烈な目眩に襲われた。
一瞬、またどっか知らない部屋に閉じ込められたりするんか?と思ったけど、それにしては、嫌な、予感、が…………
困惑している間にも、視界は白に覆われ──
──ゆっくりと波が引くように収まった。
目線を上げてみれば、そこは赤い煉瓦の屋根に白い壁、石畳が綺麗に敷かれた、有り体に言えば中世ヨーロッパっぽい外観をした建物が立ち並ぶ場所。
の、道のど真ん中だった。流石に邪魔やろ。通行人誰も気にしてねーけど。
辺りを見渡してみれば、後ろには一際縦にも横にもでかい建物。同じく煉瓦造りで、壁の高い位置には時計盤がついている。
浮上する可能性としては、過去の世界か異世界の二択か。あーでも一応夢の中とかもあるか。とりあえず、どう考えても元の世界じゃねーんだろうな。
何が起きてもいいように、ガンケースからライフルを取り出した。
そこで、違和感を覚える。
ライフルとマシンガンを持ってるんやから、いくら人より力が強いとは言え重さはそれなりに感じる。銃器二つ、その重さを感じられないほど私は人間やめてねーから分かる。
明らかに軽い。軽すぎる。片手で持っても苦じゃない。なんなら指2本あれば十分じゃねーか?これなら両手持ちの乱射なんかも出来そうやな。
とりあえず、この世界に関する情報が欲しい。
そう思って、でかい建物に向かって軽く1歩足を踏み出した。
8軒先の建物の前に瞬間移動した。目的地は、一瞬で近くなった。
あまりにも速すぎる。
考えられるのはいよいよ1つ。
ここ、異世界じゃね?しかもなんか変な補正かけられてね?
変な事になってんだけど。なんで?
え、シンプルになんで?
わかんねーことはむしろ増えたけど、一旦黒乃達に連絡……
「ねえ、そこの赤茶髪の君」
急に背後から声が飛んできた。
赤茶?私の髪は赤茶色やけど…あ私か。ほぼ名指しって訳か。
警戒しながら振り返ると、そこには笑みを浮かべた紫髪の女がいた。右手にはロケランを携えて、だ。殺気や敵意は感じない。
……けど、武器を持ち歩いている奴が穏やかな訳ねーんだよな。私もやけど。
そして、通行人が全員、左右の壁際に寄って静かになった。王に道開けてんのかよ、って位に。
……こいつヤベー奴確定だろ。
「ここに何しに来たの?」
「…誰だお前」
そっとライフルの銃口を相手に向ける。嫌な予感をひしひしと感じる。
「人に名前を聞く時は自分から、でしょ?」
無邪気な笑みを深めるが、目は笑ってない。
……まずい、かも、な。
「そんなテンプレ求めてねーから答えろよ」
心拍数が速い。嫌な予感は更に強まる。第六感が告げる。
──何か、来る。
咄嗟に私は銃を下げて右側に跳んだ。背後から誰かの拳が、左手に持っていたバッグを粉砕する。衝撃でスマホもゲーム機も、ただの細かい破片となって地面に降り注いだ。バッグも既に持ち手しかなく、風に煽られて革がゆっくりと舞う。
今の一撃にも、殺意と敵意は感じなかった。そして気配も。
本当にギリギリで、対応しきれた。後少し対応が遅れてたら?
……考えんのはやめだ。
「へえ、凄いんだね、君」
凄いなんて言う割には、そんな感情がミリも込められてない言葉を向けられる。
紫髪の横に、そいつより頭2つ分背の高い、黒い人型がいつの間にか立っている。
「……褒められても嬉しくねーな」
右目を前髪で隠した黒髪の男は、無言で私を見下ろしている。バッグを壊したのはこいつだろ。紫髪の方、動いてねーもんな。
下ろしたライフルをもう一度紫髪に向ける。敵意ありと判断したのか、黒髪の方が警戒する様に鋭い視線を寄越した。対して紫髪の方は、青い瞳孔が広がった。
消されていた気配も薄らと放たれる。
完全にキマってんな、あいつ。
相変わらず煩い鼓動をBGMに、引き金に指をかける。
発砲音と共に、弾丸が紫髪の方に向かっていく。マッハ2越えの弾速、それがそいつに届く事はなく、割って入ってきた人差し指に在らぬ方向へ弾かれる。
「おいおい、マジか……」
思わず声が漏れる。
黒髪が銃弾を弾いた事も、大して距離も離れてないのに割り込まれた事も驚きだ。こいつどんだけ速いんだよ。
正直、効かない気はしてた。元の世界でも銃弾躱してくる奴は珍しくなかったしな。
とは言え、そんな対処されるとも思わなかったけど。
黒髪の破壊力はさっきの件で一応感じた。紫髪はロケランが武器。
ってことは前衛と後衛に分かれてる感じか。紫髪が体術もいけるかはわかんねーけど、分かれてる以上黒髪がロケランぶんどって撃ってくる事は考えられねーな。前から撃たれるより、後ろから撃たれた方がほんの少しでも時間の延長になる。
この場で跳躍して上から狙うか?それにしては予備動作がデカすぎるか…
それなら、あの黒髪に空に打ち上げてもらうのはどうだ?
その発想に至った瞬間、一際激しく心臓が高鳴った。
そして、今更気付く。
緊張してた訳じゃない。緊張なんてする訳ない。
今まで会った事ない位強い存在を前に、興奮と歓びが抑えられねーだけだ。
最早死亡したって構わない。
戦った事ない相手と、生死を賭けたこれ以上ない戦闘が──
「──もっと楽しませてくれるよな」
無意識の内に本音が滑り出る。
聞こえてたかは分かんねーけど、一瞬だけ、無表情だった黒髪は僅かに口角を上げた、様に見えた。
次の瞬間、目で追えねー速さで黒髪が私の目の前に現れた。気配を捉えられたから、タイムラグ無くどこにいるかが把握出来ただけで、消されてたら見えなかった。
身体能力を信じて、大袈裟な程後ろに退る。私がいた足元に拳が接触した瞬間、人が余裕で吹き飛ばされるレベルの風が起こり、石畳の破片が風に巻き込まれて四方に飛散する。周りの奴ら平気なんか?は一瞬過ぎったけど、すぐに地面を蹴る。
豪風に巻き込まれながら、飛んできた破片を蹴り落として更に上に跳びながら、もう片方のガンケースからマシンガンを取り出す。重力にしたがって落ちていくケースを拾う余裕は無い。下に落としたまま、右手にライフル、左手にマシンガンを構える。狙うは紫髪─の、右手。ロケランを離させて、ついでに少し位ダメージが入ればいい。
正確に狙う為に、相手の方を見る。
ロケランの先端がこっちを向いてるのを見るに、撃ち合いになるか。浮いてる分私の方が不利、か。
風が弱まって浮いてられなくなる前に、更に破片を蹴って跳び上がり銃口を向ける。
──が、私が撃つより早くロケランが放たれる。
誤差レベルとはいえ、ライフルより弾速が遅いのがむしろ厄介。丁度頭撃ち抜ける位置に調節されてんな。頭突きで打ち返すか?いや打ち返すってなんだ。できるかそんなん。撃ち抜かれるだけだろーが。
さて、ピンチやな。ライフルで軌道逸らせたらいいんやけど無理やろーし…脳はどう考えてもやべーんよな。
…………しゃーない。
マシンガンの銃口を上に向け、反動で下に吹き飛ぶ。銃口を掠めたロケット弾は、マシンガンを貫いて背後まで飛んでいった。
もう使えねーと判断してマシンガンを紫髪に投げつける。
背中から落下してるから、5点着地は使えなさそうやな。ま、これくらいなら大したダメージにも…いや、それじゃ次の行動までに時間かかるか。
…なら、左手で1点着地するしかねーな。
左手を地面に着かせる。痛みと軋轢音が鳴った様な気はするけどそんくらいなんてこともない。
そのまま左手を軸に後転し、立つ。
風と煙が収まった、私がいた所は巨大なクレーターが出来ていた。深さは8mはありそうやし、半径は5m位ありそうだ。
「…君、左手無事なの?」
「折れたぜ、思いっきりな。そんなことより続きは?やらねーんか?」
私の言葉に、紫髪はロケランを撃とうとして─、
「…あ?」
服の袖を誰かに引かれたかと思うと、耳元で空気を切り裂く音。
そして、強い力で引っ張られた。
そのまま誰かは私を半ば引きずるようにして走っていく。
「な、おい邪魔すんな!」
私が慌てて声を上げても、そいつは一向に止まらない。
何故か力はあるはずなのに振りほどけないまま、走りに走って着いたのは路地裏。
その時になって、初めて私は連れてきたやつを見た。
浅葱色の髪を二つに束ね、撫子色の毛先をした女だった。瞳の色も毛先と同じで、表情は無く私を見上げている。
「貴様、危ない所だったぞ」
……ん、だからなんだ?それは私も承知の上やけど……
「聞いているのか?」
「聞いてるわ。てかなんだよお前、名前は?」
「……はあ。私はヘヴィー・プラネットホーム。無性だ」
「………………あ?」
無性?無性ってなんだ?性別がないってことか?こんな女っぽい見た目しててそんな事あるんか?
「所で貴様、名前は」
「…影星だ」
「影星か。分かった」
ヘヴィーはふう、と息を吐いて私と目を合わせた。
「単刀直入に言う。貴様、転移そうそう大魔王に目を付けられたぞ」
「……は?大魔王?って事は、ここはやっぱ異世界なんか?」
「ああ。順番に答える」
そう言って、ヘヴィーが話してくれた内容を纏めるとこうなる。
この世界は《魔律永遠輪廻》って名前で、現在地は、学園のある世界最大都市、《暁の幽玄》。
大魔王とは、この世界で、魔王より上の立場の9人のことだ。〈不死鳥大魔王〉と呼ばれている。さっき交戦したあいつらもそれで、紫髪が[雨飾]、黒髪が[夜鴉]。雨飾は男らしい。女っぽかったのに詐欺やろ。
「………………いやちょっと待て、"魔王より上の立場"ってなんだ?普通の魔王もいるんか?」
ふと言葉が引っかかって、ヘヴィーに聞き返す。
聞かれたヘヴィーは、さも当然と言ったように頷いた。
「そうだが」
「あ、っそ……」
これ以上はまたややこしくなりそうやから黙っとこ。
「所で貴様、左腕を折ったそうだな」
話が一段落したのか、ふとヘヴィーがそんな事を言い出す。さっきの会話の内容、聞かれてたんか。
「まーな、でも大丈夫だぜ」
「……少し着いてこい。貴様、住む場所も何も無いだろう」
「は?まあそうやけど…」
「ならば尚更着いてこい」
スタスタと路地裏を出て行くヘヴィーの後ろを着いて行こうとして、違和感に気付く。
さっきより動きが鈍いというか…体が重い。ライフルだけやからまだちゃんと歩けてるけど、マシンガンも持ってたらちょっとキツかったかもな。
「どうした。迷うぞ」
「ん、ちょっとな」
数歩先を歩くヘヴィーに追いついて、横に並びながらヘヴィーについて訊く。
返ってきた答えは、この世界唯一の技術者的立ち位置で、《魔界研究所》所長。今から行くのはこいつの家。
人間だが、守護者だと呼ばれる事が多い、らしい。
「あ、そうだ」
大事な事を思い出した、と言いたげな様子。こいつほんとに大丈夫なんか…?
「伝えておくべき事があるが、まず一つ。〔天性〕は貰ったか?それと〔世界補正〕は…高いな」
「ん、なんだそれ?」
天性?世界補正?全然分かんねーんやけど。
ヘヴィーは私を検分する様に見つめたかと思えば、少しだけ表情を緩ませた。
「世界補正は100……良い。天性も今日の夜には発現する。異世界からやって来る奴は、話にならない程弱い奴が多いが……貴様は違うな」
「説明しろ意味わかんねーわ」
よくわかってねーのに良いとか違うとか言われても分かるか。
「2ヶ月程前の話だ。突如、この世界によく分からない何かが現れてな。それと同時に、この世界に度々人間が転移してきた。その様な奴らを捕らえ、解体と実験と思考を繰り返した結果、どうやら異世界から転移してきた奴は、この世界にある程度対応できるようになっているらしい。それが〔世界補正〕だ」
「見ただけで分かるもんなんか?」
すると、ヘヴィーは右目からレンズを取り出す。無着色で綺麗なレンズ。イメージ、つーかほぼコンタクトみたいな感じか?
「私は技術者だ。求める物が何か分かりさえすれば、それに対応する物を作るなど造作もない」
そう言って、再びレンズを嵌め直した。1回取りだしたレンズって目に入れていいんか?でもこいつならなんか平気そうやな……
「天性については〖観測者〗から聞いた。曰く、与える者と与えない者がいて、与えない者はこの世界で生きていても仕方の無い奴だと言っていた」
ふーん、残酷な世界やな。それとも雑魚は淘汰されて当然の世界なんか?つか観測者って誰だよ。
「さて、質問はあるか?」
いつの間にか、学園からは遠ざかり、山道に差し掛かっていた。奥の方に小さく見え隠れする青い屋根はこいつの家か?
「私生きてるんよな?」
「ああ。異世界転移は、基本死を伴わないからな」
一応確認取っただけやけど、やっぱ生きてるっぽいな。にしても、異世界に来るなんて経験、普通じゃしねーよな。
「観測者って誰なん?」
そう訊くと、ヘヴィーはほんの少しだけ苦い顔をして一言。
「神だ」
「……」
こいつは神との交流が可能なんか。案外すげーのかも。それにしては随分と嫌そうやけど……
「……あいつら、殺気感じなかったけどデフォか?それと、狙ってきたのは私が天性を貰うに値するか試してたんか?」
「中々鋭いな。そういう事だ」
まあそうだな…と、ヘヴィーは言葉を口の中で転がしながら続けた。
「あいつらの殺気が無かったのは、殺すつもりが無かったからだな」
「……は?」
殺すつもりが無かった?あんだけ殺意しかねー攻撃してきて?
「貴様が言ったように、値する人間かどうか見極める意図は確かにある。だが、あいつら……特に雨飾からすれば、貴様はただの遊び相手だ。遊び如きに殺気を撒き散らかす奴はいない。だろう?」
「……」
確かにその通り。遊びに本気になる奴なんて居ないし、そういう奴は大体大人気ないって言われる。主に黒乃とかな。
あいつらは遊びだったのか。まー本気っぽさは無かったけど…
気に食わねーな……
「次なんやけど、そのよく分からない何か、について教えてくんね?」
ワンチャン私が知ってる可能性がある。まー可能性とすれば神格位なんやけど、可能性はある。私がここに転移してきた以上、無関係じゃねーと思うけど?
「2種類いる。1つは虹色の円錐体、高さも幅も3mほど。4本の円筒形の器官がある。もう1つは、高さ1.5m程のピンク色の生き物。翼のようなものが生えているらしい。どちらも発見次第即殺害処分しろ、と」
ははーん、イス人とミ=ゴか。こいつら、技術とか異界のテクノロジーとか発達してるし他に比べて利用価値はなくもない。って事は、主犯は適当に呼んでる訳じゃなくて、知能とか高めな奴を呼んでることになるな。
「悪いけど知り合いはいなさそうやわ。つかそんなキモいの知り合いになりたくねーしな」
別に知ってるって言ってもいいんやけどな。正直あんま詳しいことは私も知らねーし、説明とか求められても困る。何よりあいつらの味方だと思われかねねーしな。
けど、それはそれとして考える必要のある事はある。知能の話で言うなら他にもいるはず…いや、求めてんのは武器系なのかもな…
「そうか」
特にヘヴィーは気にすることもなく、家の前で立ち止まった。
「…それとは別件だが」
いつの間にか巨大な鎌を左手に握っている。何となく、嫌な予感がして少し、気付かれない様に下がる。
「動きにくい、と思わなかったか?」
「は?なんでお前がそれ知って……」
説明より早く、そいつは何の躊躇いもなく鎌を私に向けて振るう。咄嗟に受け止めようと反射で動くも、鈍くなった体じゃ庇いきれない。
「私の身体能力はそこまで高くない。勝手に先に進まれ、迷われては困るから、少し貴様の身体能力を改ざんさせてもらっていた」
「……は?」
鎌は確かに私の体を斬ったはずなのに、痛くもなんともない。
それどころか、急にライフルが軽くなった。
「入れ。今のように治すこともできるが、体は休めた方がいい。それと私の体力が持たない」
ドアを開けながらヘヴィーが言う。多分後半が本音やろし、別にまだまだ大丈夫やけど、入れてくれるって言うなら入れてもらうか。
中を覗き込むと、奥に短いツインテールと、長いツインテールがいた。長いツインテールは、ドアを開く音が聞こえたのか、玄関の方まで走ってくる。
「おかえりヘヴィ……隠し子?」
「そんな訳あるかクビにするぞ」
「それ物理的に首斬るって意味だよね?」
韓紅色の腰あたりまでのツインテールに、ボタン式のワイシャツの上に黒いブレザー。黒のタイツに膝下までの黒のスカート。制服っぽいな…学園に通ってるんか?
「みのり、自己紹介を」
みのりと呼ばれたそいつは、黒色の瞳を私に向ける。すぐににっこりと笑顔を浮かべた。
「初めまして!雨宮 みのり。魔界研究所所長、ヘヴィーの助手兼ボディガードやってるよ!貴方は?」
「影星、ちなこの世界に今来たばっかだ」
「今来たばっか!?どういう何……?」
困惑を露わにするみのり。……ん、なんかちょっと変な気が……なんでこいつ、日本人名でちゃんとした苗字あるんだ?
私の名前に苗字がないから、ってのとは別に。やけに日本っぽい名前に常識人っぽい反応……そして子供っぽい。そんな気がする。
「悪いな。こいつは今左手が折れているんだ。手当を頼みたいんだが」
「えほんとに何事……?……とりあえずどうぞ……」
驚きと若干の引きと共に、私はヘヴィー宅に招き入れられた。
「ヴァリネッタさん、ヘヴィーが連れてきた怪我人の影星って子が来たんだけど」
奥にいた青紫色のツインテールが揺れる。こっちを向いたそいつは、赤と青のオッドアイに、顔半分には仮面をつけてる。
「手当するからそこ座れ」
そう言われて、近くの床に座った私の正面に座り込み左腕を掴む。
折れてるって言ってんのになんで掴むん?バカなんかこいつ。……いや、まあ手当してくれてるんやしそれ以上はなんも言わねーけど。
「ヘヴィーお前の鎌貸せ」
「勝手に使え」
ヴァリネッタは投げられた鎌を拾うと、私の左腕に宛てがった。
すっ、と鎌を引いた瞬間、痛みが消えて腕もまともな感覚に戻っ、た……?
「よし、と。……お前、影星って言ったよな?」
「ん、聞いてたんか。そういうお前は?」
「ヴァリネッタ・クロスディール、無性。ヘヴィーのパートナーだ」
ヘヴィーとヴァリネッタ、そしてみのり……か。
やっぱみのりだけちょっと異質なんよな……
「さて、みのり」
周りがパネルや画面に覆われた席に座ったヘヴィーは、みのりに声をかけた。
「影星の事を学園まで……[紅葉]の元まで連れて行ってくれ。私は仕事があるし何よりあいつに会いたくない。頼んだ」
「はーい。じゃ、行こうか影星」
「OK」
みのりから差し出された手を握って、私は立ち上がる。
背後から、ヘヴィーが小さく「今行けとは言っていないが…」とか呟いてたけど無視無視。
ドアを開けると、みのりは下ってきた道ではなく、家を出て右手の平坦な道を歩き始めた。手を握られてる関係で、私も必然的に横に並ぶ。
「……あのさ影星」
「ん?」
少し強めに手を握られる。手が熱い。
「その…私が転生してきたって言ったら信じるー…かな?」
「…………」
なるほど、そう来るか。
異質だとは思ってたけど、転生してきたタイプか……けどそれなら、日本っぽいのも納得やな。子供っぽさがあるのもまだ享年若いから…って考えれば辻褄は合う。
「えっと……」
何も答えない私に不安に思ったのか、顔を覗き込んでくる。若干の不安と焦りが垣間見えた。安心させるように答える。
「いや、信じるぜ。お前なんかあの二人と違うなって思ってたところやし」
「ほんと?良かった!」
不安気な表情から一転、にこっと笑顔を浮かべる。安心した様で、手の力が少しだけ緩んだ。
「それで…もう一ついいか」
突然、みのりの口調が変わる。女っぽい話し方ってより、私に近い話し方。
私の話し方が女っぽいとは思ってねーから、男女で分けるなら男に近い。
「……“俺”が能力のせいで女になってる元男、って言ったら……信じるか?」
いや……いやいやいや。
信じられねーだろ、流石に。いやでもあるのか可能性は?でも無理だろ。
「流石に信じられねーわ。どんな能力でそうなった理由は?」
「……話したら、信じるか?」
「……まあ、能力とかよくわかんねーけど」
そうか、とみのりは呟いた。漆黒の瞳がすっと細められる。
「俺が貰った能力は【神様のいたずら】。効果は全ステータスの飛躍的上昇と自動回復。……その代わり、性別転換する」
……は?
いや、だって、証拠もねーし、無理、だろ。流石に。異世界だからって言っていい事と悪い事位はあるはず、やろ?
……そっか、証拠か。
「えーっと、その能力って自動でかかってるんか?それとも解除とか出来るんか?」
「出来る。ただ、俺はヘヴィーのボディガードやってる以上、能力を下手に解除出来ない。だからいつも女の姿。必然的に話し方も女に寄せてる。自然だからな」
「じゃ、今能力解除もできるんやな?」
私の問いに、みのりははっ、と目を見開いた。気付いてくれたっぽいな。
「そうしたら信じてくれるか?」
「まー現実なんやし認めざるを得ないやろな」
「分かった」
じっとみのりの事を見つめる。みのりは、口の中で何かを一言言ったかと思えば、光が溢れ出る。眩しすぎる光に、思わず目を細めた上でライフルで覆った。
数秒後、光が収まった事を確認して、ライフルを退かした。
長く綺麗なツインテールは、肩よりも短く、身長も少し伸びてる。手も少し大きくなったか?顔はあんま変わってねーけど、随分男っぽくなった。服装はそのまま、やけど。
……これは、認めるしかねーな。
「…どうだ?」
「せやな……お前の言ってる事はマジ、って事が分かったわ。疑って悪かったな」
「いや、あれ言われたら信じる方が珍しいだろ」
……ん、前世は男だったんだよな?男でみのりなんて名前つけるか?どう考えても女向きの名前…いや、顔が女っぽいから中性的にどっちにも通る名前にした、とか。
「お前の名前、前世でもみのりか?」
「いや、前世は穂って名前だった。名前も女っぽい方がいいかなーって思って、とりあえず1文字変えてみた」
「なる、でもなんで私に教えてくれたん?」
「お前…見た目はそんな感じだけど、話し方男っぽいし…それに……転生してきたって事も信じてくれたし……?何より悪い奴じゃ無さそうだから……」
「…それは私の事を信頼したって意味でいいんか?言っとくけど私、お前が思ってる程まともな奴じゃねーぞ」
「お前がまともかまともじゃないかは俺が決める。だからだな…俺の事は…ヘヴィー達と一緒の時とか、二人の時とかは穂って呼んでくれ。その方が距離が近くて…嬉しい……から?」
「ん、何で疑問形なのか知らねーけどいいぜ」
要するに、私とかの前では素で話すから宜しくな、って事だろ。なんでそこで疑問形になるのかは分かんねーけど、半年間あそこで働いてたなら多分友達が居なかったから、とかそんな感じか。
んじゃー、そーだな……
「なあ穂、お前は私の事なんて呼びたい?私的には別に名前どうでもいいタイプやから、好きに呼んでくれていいんやけど」
「え……ちょっと考えさせてくれ」
すん、と真顔になったみのりは、何も言わずに路地裏を通って学園に近い大通りへ出る。
「……決めた」
人の話し声。店の集客。行き交う足音。
それら全てが聴覚から遮断された感覚に陥った。
「俺だけのお前の名前は"星辰"だ」
「星辰……か」
悪くねーな。なんかかっこいいし、どことなく邪神連中を彷彿とさせる名前だわ。
「この名前は俺らだけの秘密な。他の奴らには絶対内緒にしとこうぜ」
「OK、そんじゃよろしくな、穂」
「ああ、よろしくな、星辰」
ちょうどその時、鐘が鳴った。同時に周囲の音も流れ始める。
塔の時計を見上げれば、時間は……17時、か?
目の前には開かれた門。その奥から、朱殷色の髪、深紅の瞳、髪色と同じ単色の着物に黒い帯、そして下駄を纏った女が現れる。
「……紅葉さん」
穂が声をかけると、そいつは一瞬穂の方を見て、それから私に視線を移す。
「キミが影星?」
よく通る声が鼓膜を揺らす。
真正面から見つめ返そうとして、威圧感に一瞬、息が止まった。
最初に戦った奴らもヤバいと思った。けどこいつは……
マジで…ヤバい……
「連れてきてくれてありがとう、みのり。帰っていいよ」
「……」
穂は何も言わず、来た道を引き返して行った。
「少し話そうか。着いておいで」
踵を返し、学園内へと戻るそいつを、私は無言で追いかけた。
階段を2階分上がって、人通りのない廊下を歩く。
締められていた横開きのドアを、鍵で解錠して私を招き入れた。
「入って。お茶でも飲みながら話そうじゃないか」
部屋の一角に、丸いテーブルに掛けられた白いテーブルクロス、ティーカップ×2にティーポットが置いてあった。
ドアの近くで立ち止まる私を気に止めず、椅子に座ると、私にも向かい側に座るように促す。
ライフルを床に置いて、渋々腰を下ろしたことを確認して、指を鳴らした。
勝手にポットが浮かび上がり、カップの中に紅茶を注ぐ。
「言わなくても知っているかもしれないけれど、一応言っておこうか。ボクは紅葉。不死鳥大魔王のリーダー、そして"世界の意志"だ」
「世界の……意志?」
「まあ、そんなに難しい事じゃない。ボクの意志が世界全体の意志として処理される。ボクの言葉は絶対、って意味」
紅葉はカップを持ち上げると、私に視線を向けた。
「キミさ、隠しているかもしれないけれど、この世界の方が過ごしやすいんじゃない。殺人癖と破壊衝動を患っているキミなら、ね」
そう言って、カップを傾ける紅葉。私も無言でカップを手に取った。
「後ボクから言う事は…そうだな。天性ももう少しだろうし、そのタイミングで能力も発現するだろうね。不安ならここにいればいいし、そうじゃないならもう少し付き合ってもらって終わりにしようか。それ、飲んだ方が良いよ。この世界と、キミがいた世界では魔力の性質が違うんだ。だから、今キミは知らない間に元の世界の魔力を、こっちの世界に適応させている最中。…でも、キミ結構、魔力量多いんだよ」
すっ、とカップを指さし、紅葉は続ける。
「多ければ多いほど、時間もかかるし負担も大きい。なのに、キミは平然としている。……タフなんだね、キミ。でも飲んだ方がいい。魔力変換を手助けする効果のある紅茶だから。疑うなら教えるけれど、それはヘヴィーが作ったものなんだ。だから安心するといい」
「へーあいつか…」
カップを傾けて1口。少し甘めの味わいに、ほんのり抜ける花の香り。嫌いじゃねーけど、私もーちょいすっきりする方が好きなんよな。ちょっと甘いわ。
毒は入ってない事を確認して、とりあえず全部飲み干す。その間、紅葉は何も言わずに待っていた。
同じく空になったカップを戻すと、ポットと2つのカップは勝手に消えた。
「影星」
消えたティーセットを見送って、紅葉は口を開く。まだ何か話したい事があるらしい。
「キミ、元の世界に戻りたい?」
「……まー恩人とかいるからな」
恩人……つまり、私に名前をくれた黒乃のことだ。その分の恩は、絶対何倍にもして返すって決めてる。だから帰れねーのは少し困る。
「元の世界に戻ったら、キミは好きなように過ごせなくなるよ」
「……好きなように……ねえ」
好きなように、ってのは人を殺して、とかそういう意味やろけど、別に元の世界でも殺せる。ただ、その後が結構……いや、めちゃくちゃめんどくさいってだけ。
「この世界はね、ボクら大魔王が法なんだ。そして、ボクらは殺戮行為を取り締まっていない。理由は2つで、1つは雨飾が虐殺をしてるから。彼曰く、正義の執行らしい」
「は?殺す事が正義になるんか?」
「救いらしいよ。あれはボクにもよく分からないから。2つ目が、弱者は蹴落とされて当然、という考え。だから、君がいくら殺そうが罪には問われない。悪くないと思うけれど」
「……それは……」
私には恩人もいて、友達もいて。だから戻らないと、帰らないと。
黒乃と無色を、護らないと。
分かってる、そんなん分かってるわ。
でも、いくら分かってたって、本能には逆らえない。
まだ14だ。自分のやりたい事より他人を優先する程、私は大人じゃない。
勉強しなきゃならねーのに、ゲームしてーなー、ってなるのと同じ。楽しいことの方が、いいじゃん?
遊びたいってのは、子供として……いや、人間として、娯楽を優先するのは当たり前、やろ?
だから、
「……そうやな。この世界の方がいいかもしれねーわ」
頷いたのは、仕方ねーんだ。
最初は第一章全部を短編に押し込みたかったんですけど無理だったので、序盤の方もぎゅもぎゅ詰めました。宣伝です(あまりにも露骨)
もし端折られてない連載版の方が気になるなー、と思っていただけたのであれば、下にリンクを貼りましたのでそちらから是非、宜しくお願い致します。
……貼れてる、よね?