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ハイエンドガールズ~そしたらキッカがくつがえりました。  作者: 学倉十吾
第三章 オオカミ、ストライク。
19/30

 夢を見るのは何度目だったか。俺が登場しない、主観が俺でないという、夢。

 今回の夢では、海辺の砂浜にいた。絵に描いたように露骨な南国ビーチだ。何とも季節外れな。

 主観者としての自分はおそらくキカかキッカのどちらかで、砂浜には水着姿の坂薙が横たわっていた。それに見とれるでもなく、言葉を交わすでもなく、ただ自分は傍らに、ともにいた。夢なれば、吸血鬼と従者の物語、というビジョンにも解釈できそうだ。

 彼か彼女の視界を介して、俺は坂薙の絹一枚だけの裸体然とした艶姿を、ただただ綺麗だなと感じていた。

 とんだ妄想力だった。思考を巡らせれば、その理由付けだってできそうだ。

 日月キカと坂薙鈴乃。既にあったあの二人との奇妙な関係に、キカの概念が覆って生まれた存在・キッカ――つまりリアリティのない新たなリアルの侵蝕によって、俺達三人の関係がより特殊で唯一のものへと意味を変えた。

 この日常世界においてキカがキッカであるためには、俺と坂薙とが必要とされる。日常への入口は坂薙が務め、俺は出口。キッカを現実に帰す役割なのだろう。

 俺の見た夢は、おそらくそんなキカとキッカにまつわるもの。心の奥底に、どこかキッカという存在との強い繋がりを感じていて、キカが変わったのと同時に俺や坂薙も変わりはじめたのかもしれない。

 儀式と契約、なんておとぎ話の魔法めいた言葉が脳裏に浮かんだ。実際にはそんな約束などしていないのに、それが果たされたのだと理解して、そういうビジョンを夢として俺が見ているのかもしれない。


   * * * * *


 三奈鞍高校の校内が騒然としていた。

 午前中の授業が一段落した頃合い。昇降口前の廊下の壁にある校内掲示板に、何かの掲示がなされていた。余程着目を浴びる内容だったのか、それに数人の生徒達が集まっており、出来上がった列に興味を示した他の生徒達が――という連鎖がここに起こっていた。


「校内に不審人物だって」

「変質者? こえええ!! 今もガッコうろついてんのか!?」

「違うって、その不審人物、『他校の生徒』って書いてあったわよ?」

「そうそう、『許可なく校内をうろつく他校の女子生徒』でしかも『三奈鞍の男子制服着ている』だってよ。余所もんがここに勝手に忍び込んでるらしい。部活スパイか?」

「男装の……麗人。それはそれで素敵……」

「何それ、実際意味わかんなくね?」


 口々に呟く生徒達群衆の波をかき分けて、坂薙鈴乃が姿を現した。

 俺がこの男子女子のるつぼに飛び込むのは自殺行為だったので、ちょうど付近にいた彼女に頼み込んだ――までもなく、勝手に興味を持って突撃していったという経緯だった。


「で、見えたのか、坂薙」

「ああ。確かに『不審者』ってあった。男子制服を身に付けた女子、うちの生徒じゃない顔……さて、一体そいつは誰の事やら、ね」

「大きな声で言いにくいが、どこか思いあたる節が」

「ああ。因みに佐村、今回の掲示は生徒会名義だったぞ」

「……糞っ、そういう事か。確かに、以前この場所で顔を合わせちまってた」


 坂薙の伝えたその言葉に、俺は舌打ちするしかなかった。生徒会とキッカの接触。自分達の身に覚えがないだなんて言えない。


「九重か。あの三年の女狐、生徒会を引退してなお干渉してくるとは。ああいう食えない奴は、いけ好かん」

「九重先輩、あの時はこっちもワケありだって察してもらえたかとばかり思ってたのだがな……まさかあの人がこういう行動に出るだなんて」


 九重先輩はあの時、最初から明らかにキッカの正体を不審がっていた。キッカがキカ本人だと勘違いしているような口振りでもあったが、でもそれも言いくるめられたつもりでいた。何故なら、先輩は最後にキッカが女だと気付いたから、さすがにキッカが男である日月キカとは全くの別人だと理解できたはずなのだから。

 ただ、他の役員達の槍玉に挙げられたという可能性も否定できない。今の九重先輩は、所詮は元生徒会長の立場だ。後継者に引き継ぎが行われているからこそ執行部達と行動をともにしていたのだろう。既にあの人の発言力は失われているのかもしれない。


「――なあ、佐村」


 立ち塞がりつつある壁に、暗澹たる気分に陥っていたところ、おもむろに坂薙から耳打ちされる。


「私は今ふと思い付いたのだが」

「何だよ坂薙。妙案か?」

「妙案も妙案だ。どれ、ちょっと耳を貸せ」


 言うと、またこの女、人の気も体質も鼻で笑い飛ばすかのような、見事なまでのゼロ距離接近をしてくる。

 厭な汗を首筋に感じつつ、俺が耳に受け取った彼女の妙案。

 それは、こういうものだった。


「橘川まちるのために、三奈鞍女子の制服を用意するというのはどうだろう?」


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