令嬢が婚約破棄される物語で、“地の文”が令嬢を贔屓しすぎている
「ヘレナ・センテ! 今日この場をもってお前との婚約を破棄する!」
夜会にて、伯爵家の令息ロベルト・アースが男爵家の令嬢ヘレナにこう宣告した。
ロベルトは金髪で、目が二つ、鼻は一つ、口も一つある男であった。
「そんな……!」
ヘレナは突然の婚約破棄に愕然とする。
ここでヘレナ・センテの容姿について軽く触れておこう。
ヘレナの髪は赤みがかった金髪――いわゆるストロベリーブロンドであった。色白な彼女を引き立てる、上品な色といえるだろう。髪質もよく非常に艶やか、彼女はこれを高めのポニーテールにまとめている。ポニーテールというヘアスタイルは活発な印象を与える。幼い頃からスポーツも嗜んでいるヘレナの髪型としては、ベストチョイスであろう。
ヘレナの眼の色は、淡褐色――ヘーゼル。茶色と緑色を混ぜたようなカラーで、落ち着いた色調といえる。陽気なヘレナが内に秘めたおしとやかな乙女心を映し出すかのようで、彼女の美しさをより引き出してくれている。この瞳に見つめられれば、大抵の男はノックダウンしてしまう。
ヘレナの鼻筋は高く、まっすぐで、非常に均整が取れている。呼吸するたびにわずかに鼻孔が動くが、その動作でさえ洗練されている。
ヘレナの唇であるが、薄い桃色で、目立たない色合いだ。が、これは地味だということではない。奥ゆかしいのである。彼女が言葉を発するたび、唇は妖しく動く。これが男を惑わすのである。まさに魔性の唇“ディアボリックリップ”といって差し支えないであろう。
ヘレナの着ているドレスは鮮やかなサファイアブルーのドレス。紫みのある青である。このドレスが彼女の美貌をより一層倍加させてくれる。ところどころについているフリルが、風が吹くたびふわりとなびく。これがヘレナの持つ令嬢としてのオーラを周囲に振りまき、社交の世界に芳しい華やかさをもたらすのである。
履いている靴もまた、青色を基調としたものであった。やや高めのヒールが、彼女の気品をも高めてくれる。靴についた小さなリボンがとても可愛らしい。一流の令嬢は、靴にさえ妥協しないということがよく分かる。
そんな美しき令嬢ヘレナであるが、ロベルトの婚約破棄によって、血の気が引き、わずかに顔色が青みを帯びている。が、それがまたヘレナという貴族令嬢の新たな魅力を生み出しているといえるだろう。真の美女というものは落ち込んでいても輝くものなのである。
「ちょっと待てや!」
ロベルトが青ざめるヘレナにこう怒鳴った。
「ヘレナに言ったんじゃねえよ! お前だよ、お前!」
え、私?
「そうだよ! 地の文、お前にだよ!」
なんでしょうか、ロベルトさん。
「紹介に差がありすぎだろ!」
差? どんな?
「どんなじゃねえよ! 俺の容姿はほんの一文で済ませてるくせに、ヘレナについてはやけに詳しく描写しやがって……! バランスが悪すぎるわ!」
そうですかね。同じぐらいにしたつもりですけど。
「どこがだよ! 『目が二つ、鼻は一つ、口も一つある男』ってナメてんのか!」
じゃあ、腕は二本、足も二本ある男だった。
「そうじゃなくて! もっと顔の特徴をちゃんと描写しろよ! 読者も俺がどんな顔なのか想像すらできんぞ!」
はいはい、分かりましたよ。
「頼むぞ!」
えーと、伯爵家の令息ロベルトは、金髪で、非常にハンサムであった。そのため、女性からよくモテた。一番ムカつくタイプの男である。死ね!
「地の文が『死ね!』って言うな!」
だから、非常に女癖が悪く、ロベルトに泣かされた女性は多い。ヘレナ嬢、こんなクズと結婚しなくてよかったと思いますよ。
「そ、そうですか?」
ヘレナは戸惑いつつも、ロベルトから婚約破棄されたことに安堵を覚えていた。
安心した彼女もまた、非常に美しく、神々しいオーラを放っていた。神話に登場する女神たちと美を競ったとしても、ヘレナが圧勝することは間違いないであろう。
「まあっ、ありがとうございます!」
喜んで笑みを浮かべるヘレナもまた素敵だった。
その向日葵のような明るい笑顔に、濃密なキスをしたくなってしまう。
「気持ち悪い地の文だな……」
お前は黙ってろ!
そして、私は決心する。稀代のクズ男であるロベ何とかに婚約破棄され、傷つけられた彼女を救いたいと。婚約を申し込むなら今しかないと。
「俺の名前ぐらいちゃんと言え!」
わめくロベ何とかを無視して、私はヘレナに熱く婚約を申し込む。
ヘレナ・センテ! どうか私と婚約して下さい!
「喜んで……!」
ヘレナは快諾した。
こうして地の文である私とヘレナは婚約し、たちまち結婚した。
「アホか……」
うるせえ、アホって言う奴がアホなんだよ!
その後、私とヘレナは幸せになった。
億万長者となり、豪邸を建て、庭にはもちろん巨大なプールを作り、使用人をたくさん雇い、毎日のように酒池肉林のパーティーを開く。豪華客船で世界一周旅行にも向かった。
「成金丸出しの生活だな……。ホントに幸せか? それ……」
幸せに決まってんだろ! 幸せは金で買える! ハッピーイズマネーだ!
とにかくこれで、めでたしめでたし!
「おい、ちょっと待て、地の文」
なんだよロベルト。私の幸せが憎いのか?
「それはもういいよ。そうじゃなくて、俺がどうなったのかもちゃんと書かないと、読者がモヤるだろ」
ああ、そうだったな。ロベルト、お前は落ちぶれて、平凡な貴族として生涯を終えました。終わり!
「雑すぎるわ!」
完
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