赤いシャンデリヤ
長いまどろみ。夢が繰り返し、繰り返す。
すざくは夢の中で、一人の少女と出会う。
最初は同室者の燁子のように見えた。
近づいてみると、それは今の同室者唯依の姿であった。彼女がこちらに気づく。
手から滴り落ちるのは、赤い液体。そしてその手には赤い藻が絡んだような銀色の細い鋼――
はっとして、すざくは目を覚ます。
ベッドの上で天井が見える、いつもの定位置である。
「おはよう」
無愛想な声は唯依のものであった。すでに朝支度を済ませて、本を読んでいるらしかった。
「お、おはよう......!」
いつもと変わらない朝、変わらない風景である。寝坊な自分を後目に、唯依はマイペースに朝の雑事をこなす。
ベッドから飛び起きたすざくはガウンを引っ提げ、洗面所に行こうと部屋を飛び出した。
しかし
不思議な雰囲気をすざくは感じた。
普段スムーズに流れているはずの廊下に溢れる人の群れ、そして喧騒。はっとしてすざくは、その人の群れをかき分け足早に進む。
その列は寮に併設されていた、日常礼拝所へと続いていた。
ミッション系の聖アリギエーリ高等女学校には、いくつもの礼拝所が併設されていた。四つの寮それぞれに小さいながらも礼拝所があり、朝に夕に生徒たちが礼拝を行っていたのだ。
すざくの耳に聞こえるのは『大前のどみ』の名前。列なす生徒たちがしきりに、繰り返していた。
礼拝所の入り口にはまた、多くの人並みが取り巻いていた。先生や舎監の姿も見える。
なにかをすざくは感じる。
そっとその、人並みをよけ、礼拝所の中に立ち入る。
正面には大きな十字架が鎮座している。そして、広い大理石の床――しかしその上には赤い水たまりが――
すざくは上を見上げる。
シャンデリアがいくつもぶら下がっていた。
そして
そのシャンデリアの一つが大きく傾いていた。
そこには
少女の体がまるでマリオネットのように絡みついて――
聖アリギエーリ高等女学校は大騒ぎとなる。この華族の子女だけが集まる学校の寮で、あろうことかその子女が『殺される』とは。
殺された生徒の名前は『大前のどみ』という四年生。
すざくは部屋のベッドで毛布にくるまり、その名前を思い出す。
間違いない。
先日自分たちのことを馬鹿にしていた生徒の一人であった。
視線を唯依の方にうつす。先程と同じように本を読む唯依。このような状況のために、生徒は全て寮の自室にこもるように連絡があったのだ。
全く、この事件のことに触れようとしない唯依。なぜそんなに無感情でいられるのかと思った矢先に――
「怖かったかい」
唯依が本をパンと閉じながら、そうつぶやく。まるで心を見透かされてしまったかのように、声をかけられたすざくは慌てる。
「い、いや......人の死体とか......おじいさまのときはあんな......血とか出てなかったし......」
唯依は頷く。
「戦争でもなければ、そうそう外傷のある死体を見る機会はないしね。この国も西南の役より国内の戦乱は絶えて久しいから。驚くのも無理はない」
唯依はそういうと、お茶を入れるために立ち上がる。
その時――部屋の扉の音がなる。
ノック音。
二人の視線はそちらの方に注がれた。