真の魔法術『誦祭記』
空中にたゆたうやさかの体。目を見開き、ピクリともしない。まるで海に浮かぶ水死体のようにも見えた。
「薩摩示現流......戦国の世より続くこの剣術は、幕末においてもその威勢は衰えることはなかった。どのような技工を尽くした剣術をも一撃で打ち破る破壊力。もう一撃行かせていただきますぞ!」
季代の奇声が再びこだまする。
唯依はゆっくりと呼吸を整える。そして、目を閉じて詠唱を始めた。
「遅い!」
一弾の強烈な衝撃が唯依を襲う。しかし――それは唯依の眼の前で、まるで壁にでもぶち当たったかのように止まる。轟音が響き渡る。
「......!」
大上段に太刀を構える季代の姿。まるで金縛りにあったように、その態勢のまま釘付けにされていた。
「幕末維新の戦いが所望であれば、それに従おう」
唯依はすっと右手を上げる。
「ぼくたち、魔法少女は幾度の動乱を実際に経験しそして記憶することにより、魔法術『誦祭記』でその状況や兵器、兵術を現代に再現することができる」
右手を払う、唯依。季代が後ろに弾け飛ぶ。
「上っ面だけでは、本当の力を発揮することはできない。その時代に生きる人々の思い、喜び悲しみ――そういったものを共有して初めて、魔法術『誦祭記』の再現能力は真に発揮される」
右手の人差し指から、波動が放たれる。それをもろに受け止める季代。あまりの衝撃と痛みに、手にしていた太刀を取り落とす。
「単に動乱を望む『動乱の魔法少女』に、幕末に生きた人々の苦悩を理解することは......できるはずもないだろうね」
そう言い放つと目を閉じて再び詠唱を始める唯依。季代は腹を抑えながら、うめき声を上げ丸くなる。
空中に形作られる黒い物体。それがいくつも具現化していく。
「幕末最強と呼ばれた兵器――アームストロング砲。そしてそれを運用するのは長州最大の軍事家、軍政家として有名な大村益次郎殿の魂!その身に受けてみよ!」
季代の周辺を取り囲んでいた大砲が、一斉に火を吹き四方から射撃する。
どのくらいの時間だったろうか。轟音はやがてやみ、大砲はゆっくりと沈黙する。
晴れる煙の中、浮かび上がるのは満身創痍の季代の姿であった。
呼吸は荒く、目はただ目前の唯依を睨んでいた。
しかし次の瞬間、まるで糸が切れた人形のように季代は崩れ落ちる。
唯依はそっと左手を掲げる。
それがこの戦いの終わりを意味していた――




