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歩く神様

作者: あーさんさん

 僕は神様だ。理由は単純、神様は世界をつくるからだ。


 僕は世界を作ったことがある。物語という文字の世界を。

 文字を並べた分だけ僕は強くなる。神様として立派になる。


 だけど僕は神様をやめることにした。理由は単純、神様であるには多くの時間を費やさなければならないからだ。


 ここにいる自分の物語を生きられるように、僕は偽りの世界への執着から逃れなければならなかった。

 結局、僕の作っていた世界に何の価値生むことができなかった。


 神様は夢だ。神様は幻想だ。僕は神様でなくなって、自分自身の道を歩き続けることになる。明日のパンが無くならないように歩き続けることになる。


 人間は元来、歩かなければならない生き物だった。




 ふといつかの物語を手に取った。

 皆が神様の手のひらの上で踊っていた。楽しそうに、満足そうに、幸せそうに。


 筆をとって文字を連ねる。醜い言葉で、薄汚れた言葉で、機械的な言葉で、あの頃より下手くそになった言葉で書いていく。


 僕は神様だった。神様でありたかった。

 現実を言い訳にして神様をやめた。夢を追うことは生きてる内にしかできなかった。それを忘れていた。


 今からでも遅くはないかもしれない。


 物語の中の主人公は、面倒くさく、救いを待っている、どうしようもないくらい主人公に向いていなさそうな奴だった。




 結婚が幸せかと言われると、僕は「そうだ」と答えていた。

 愛する人と一緒になり、二人で愛を育み、愛の結晶を授かり、ずっとずっと一生を添い遂げていく。


 神様を馬鹿にしてきたアイツは幸せそうに花束を持っていて。応援してきたアイツも涙ぐんで歩いていった。


 華やかな場所だ。でも、僕の来たい場所はここじゃない。


 暗い窓の外、月も見ずに文字を連ねる。

 神様になりたい。自分ですら認められる神様になりたい。

 お腹が減って頭は回らない。明日の景色が見えてこない。

 今は目の前の世界を想像する。


 またこの世界から逃げる理由を探しながら。




 親に泣きつかれた。孫が見たいと縋りついてきた。

 それがさぞ当然の権利かのように、順当な言い分であるかのように。


 ごめんなさい。でもふざけないで欲しい。


 申し訳なさとやるせなさと、八つ当たりが爆発した。

 神様になりたかった。だから全力で挑戦した。頑張った。

 その結果、神様にはなれなかった。


 神様になることが幸せだと思って創造してきた。

 目の前が真っ暗になっても、頭の中には文字がある。文字は僕の唯一の友達だ。


 そんな言葉が、喉から出かかって。




 アルバイトは酷く退屈で屈辱的だった。

 自分の惨めさがヒシヒシと伝わってきた。自分が認められなかった。


 夢は夢だった。かつての僕が囁きかける。

 嗚呼、その通りだったじゃないか。なんでこんな単純なことに気づかなかったんだ。


 皆妥協して生きているじゃないか。僕のやってることは恥ずかしいことではあるが、やり直しはいつからでもできる。


 僕も、歩いていこうじゃないか。

 正しい方へ、光の方へ、皆の方へ。




 髪が薄くなり、腹は出始め、メガネをかけるようになった。

 一人で新しいバイトを探している。

 睡眠は4時間。その他の時間は仕事。


 親は死に、孫の顔は見せられなかった。

 怒られると思った。泣きつかれると思った。


「──ごめんなぁ。もう、好きにしてええからなぁ。」


 スマホを地面に叩きつけた。


 何を、何をいまさら。神様にはなれないって知ったんだ。神様にはならないって誓ったんだ。いまさらそんなこと言われたってやることは変わらないはずだった。


 この感情は、耐え難いほどの激情は、震えるほどに荒ぶるこの心情は──


 涙が、零れた。




 僕は神様だ。理由は単純、神様は世界をつくるからだ。

 抜け落ちた髪の毛も、色落ちした夢も、開く勇気も出ない解雇通知も、開く勇気も出ないあの頃のアルバムも。


 この全てが、僕の世界があった証だから。


 神様になりたい理由を思い出した。

 神様になれば歩かずにすむと思っていた。

 人生の長く厳しい道のりを、神様になれば超越した考えで、想像もつかないような方法で、回避できると思っていた。


 でもそこで、気づいたことがある。


 神様が素晴らしいのは、誰よりも辛い道を知ってるからじゃないのかって。

 夢を手繰り寄せることはできる。幻想を手にすることはできる。でもそれは神様だからできるんじゃない。


 人間は元来、歩かなければならない生き物だった。


 神様は飛んだりしなかった。浮かんだり瞬間移動したりもっと別の方法を使ったりもしなかった。


 このことに気づくまで、どれほどの距離を歩いてきたのだろう。これからどれほどの距離を歩いていくのだろう。


 そんな僕が声を大にして言いたいのは、たった一言だ。

 単純で明快で、当たり前のことだった。




 ──神様はいつも歩いている

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