神殿の封印
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2章 命のアースランド大陸編
神殿の封印
瑞穂の誘拐騒ぎの後、しばらく瑞穂が不安になっていたという事もありそれまで少しだけ距離を置いていた瑞穂との距離を戻すことにした。
この世界に戻るまではさして大きいとは言えない一つ屋根の下で共に暮らしていたという事もあってずっと一緒だった。学校で摂る昼食はともかく、朝食も夕食も顔を突き合わせていたものだ。
それがこの世界に来てからは鍛錬にかまけていて朝食は顔を合わせない日も多く、夕食のみ一緒だった。それもこの広い城の大きな食堂でだ。
ライヤからももう少し瑞穂と一緒にいてやれという言葉も度々あった。
そんなときに起きたこの誘拐はこの遠くなっていた瑞穂との距離を考えるきっかけになったと言っていい。
鍛錬も一区切りついていたという事もあるのでもう少し瑞穂と傍に居ようと考え直した。
寂しい思いをさせていたのかもしれない。
旅を始めれば遠くなっていた距離も少しは戻るだろうとも思う。
瑞穂を誘拐した奴らは、その後の調べでやはり俺への恨みを持った者たちだった。
だが彼らが城に入ることができた経緯については、城への納入者として入ったことが判明したがその許可をした者が架空の人物になっていることが判明した。巧妙に隠蔽されていて、普通に見ただけでは偽の許可書とは判別できないほどの高性能だったことが判明した。
その許可証についても、城へ納入している業者を二転三転した経緯があるのか、たどることは難しいものだった。
ライヤはそれだけでも大掛かりな組織があるものと警戒を強めることになった。
そんな中、すべての準備が整い、行先と共に出立の日が決まっていた。
行先は命の賢者住まう都。アースランド王国・水都アクアリム。
その名の通り水と大地の力が強い国だ。
アクアリムに行先が決まったのにも理由がある。
世界中での清浄な水が少なすぎるという事もあり砂漠化が進んでいる要因の一つに挙げられている。
先ずは水を正常に戻して水晶の収集率の高かったアースランド王国首都、アクアリムにと決まったのである。
何よりもアクアリムを中心とした命の王国周辺では乱れた自然での自浄作用に伴って現れる魔物が比較的少ない傾向があるのも理由の一つだった。
水都のある大陸はこのクロノスのある大陸とは海を隔てた別の大陸にある。
というよりもこの世界には五つの国がある。その国の全てが別の大陸で分けられている。
唯一の地続きはニブルヘイムの大陸だけである。
地図を広げれば大きな銀杏のような扇型をした四つ葉のような形なのが特徴のこの世界はワルドと呼ばれる。
ニブルヘイムは各国と唯一地続きで繋がっている国なので国交はかなり激しい。
流通の貿易、それが外貨獲得の主な収入源だ。
とは言え城などの中枢は地下にあるので地下に潜るのはかなり限定的だ。
地下とはいえ空間が遮断されている特殊な地なので物理的な地下ではない。
言い回しと便宜上は地下扱いだが実のところ世界の裏側という側面を持つのがニブルヘイムの地下だ。これを知るのは賢者を含めた各国の上層部の一部だけである。
ニブルヘイムを中心にそれぞれ東西南北で国がある。
それぞれの国はいずれの国も広大な面積を持つ。
大陸としての最小の国はニブルヘイムだ。
だが、地下世界はかなり広い。他の4国を合わせてもなお有り余るほどの領域がある。
世界領域が異なるので当たり前なのである。
各大陸を埋めるようにして海が存在しているがこの海はそれぞれ東西南北で繋がっている。
北は南と、西は東と地球のように丸く繋がっていて海を通して交易もある。
各国で唯一、海がない国はニブルヘイムのみだ。地下にも河と湖はあるが海はない。
今回、水都に向かう道程は、南大陸のクロノスから中央ニブルヘイムを経由して東大陸アースランド領域に入り、そこから首都アクアリムにはいる。
アクアリムで事情を把握したのち水の癒しのために世界最大の水源を誇る最東端都市ポセイドンへ向かい水源の癒しに入ることになる。
途中、ニブルヘイムで立ち寄る場所がある。
地下世界に立ち入るわけにはいかない身だが地上に関しては実は問題がないのだ。
あまり知られていないことだが地上のニブルヘイムには各首都からの直通の移動設備が存在している。
太古の昔、智の賢者が作り出した賢者専用施設だ。
各国の王は全員が賢者であり、その後継者と認められている者のみが使用できる神殿がニブルヘイム地上にある。その施設も歴代の全の賢者の力で起動しているものなのだが現在の全の賢者ラインハルトさまではこの神殿を維持するだけの御力がないため機能停止中なのである。
立ち寄る場もこの神殿だ。
各国からの要請でこの神殿の機能を再稼働してもらいたいという願いが強かったためだった。
そうしてその日、俺は瑞穂とラルフ達と瑞穂の護衛を兼ねた侍女一人とを連れて、兄貴に見送られるようにしてクロノスのクロトを出発した。
兄貴から改造済みの少し大きめのワゴン車を借りていた。
運転手はラルフの部下の一人でグレッグという青年だ。深い紫の短髪が特徴的な二十歳には見えそうもないほど小さな体格と理性的な空気を醸し出していた。
因みに俺が持っていたバイクはライヤが改造のためにとしばらく前から研究室に預けていたため今の俺のインベントリにはない。その代わりに外での野宿を想定してキャンピングカーがインベントリにはある。
何とかして動力を魔石化させて馬の替わりに流通させたいらしい。
俺の感想ではバイクを乗りこなすのはこの世界人では少し難しいのではないかとも思うが兄貴は逆に乗りこなす存在が多いのではないかと思っているようだ。
その兄貴が同乗していないのにも理由がある。
同行するはずの兄貴はお忍びという形だからだ。
今回様々な理由で他にも後から合流する予定の人たちがいる。
水都では命の賢者の後継者である、海龍=ザイ=アースランド。
再生前にはそれぞれの後継者とは何度か顔を合わせているという事だが今の俺にはそんな記憶はない。
ライヤ曰く、心優しい男だという。
趣味が園芸というのもあるのか少し内気だという。彼は今の俺と同じ十七歳だとか。
俺の事情は向こうにも報告されているので水都に到着後すぐにライヤが合流する手筈になっている。
到着後は連絡手段として持ち込んだ携帯電話が役に立つ。
というのも魔石を極小で内蔵することに成功し、その魔石同士でつなげることに成功していたからだ。その魔石に魔力を貯め、電池がわりに動く仕組みだ。
その改造版の携帯は持ち込んでいた瑞穂とおれの分にも細工済みだ。
改造する物が多かったという事もあり城の魔道具制作部署は火の車状態が続いていたという。
因みに連絡手段が最優先事項だったという。
感謝しかない。
当然だが先行して兄貴が持ち込んでいたものの一つだった。
魔石に魔力を込めることは誰でもできるので今回、先行して持ち込んでいた一つがラルフの手にもある。
あまり操作には通じていないが非常用の通信の割合が高い。
徒歩よりかは早く進んでいる速度でクロトからニブルヘイムへと向かって進んでいた。
車内には瑞穂とおれとラルフ達の待機組が二名いて、ゆったりとした時間が流れていた。
というのも久しぶりの見慣れた車の中というのもあるのか、瑞穂は頭を俺の肩に乗せるようにしてうたた寝をしていた。
瑞穂は昔から車に乗ると眠るくせがあるので今更だ。
俺はといえば、故郷の世界とはいうものの、ほぼ城から出ることがなかったという事もあり外の景色がそれなりに新鮮だった。
警備の関係上、王子、それも全の後継者という事もあって俺は再生前でもあまり自由に外出することはなかった。
というよりも出かけられなかったのである。
ライヤの力を借りれば移動はゼロにもなるが今回の旅でそれはしない方針だ。
ライヤが地道に移動しろと言ってきたのである。
言外に国の運営で忙しいらしい。
しばらく窓の外を見つめているとしばらくして隣の瑞穂に変化があった。
「.........ん............」
どうやら目が覚めたらしい。
目の前で視線がかち合った。
「あ」
「起きたか」
俺はそう言って瑞穂と反対側の手を使って乗っていた頭を肩から剥した。
「ごめん...」
「いつもの事だしな」
「久しぶりの車で安心しちゃったみたいね」
「らしいな............。なあ瑞穂?」
「なあに?」
「俺と、ここに来たことを後悔してるか?」
「...............。後悔はないわ。ただ、ちょっと寂しいかな。知ってる人がいないというのは思う以上に辛いとは思っていなかったから」
「悪かったな。忙しいことを理由にして放ってしまったようだし」
瑞穂は隣に座っていた俺の頬をつねって引っ張る。
「......いたた...」
思わず痛みを訴えると瑞穂は引っ張るのを止めた。
「本当よね。さすがにそれは怒ってるのよ、私」
「悪い...」
俺は反射的に引っ張られた頬の痛みを和らげるのに触る。
「まあ、あの城で友人らしい顔見知りができたことは事実だけどね」
そうしてしばらくお互いの近況を報告し合っていた。
「レイヤ様、ニブルヘイム国境に到着しました」
そんな報告が運転席のグレッグから声が掛かった。
側にいたラルフが驚くように呟いた。
「想定時間よりも早い到着ですね」
「そうなのか?」
「はい、普通の馬車ならば早朝に出たとしても午前中に到着することはないのです。大体ですが昼を過ぎでから到着するので......」
「昼前だしな」
「はい。せっかくですし昼食は信頼できる食堂で摂りましょうか?」
「それは任せるよ」
俺はそう言って窓のカーテンを閉めた。
それに倣うようにすべての窓のカーテンが閉じられる。
ラルフは頷いてグレッグに声をかける。
「検問を過ぎたらいつもの食堂に向かえ。あそこならば警備もたやすい」
「了解です」
「いつもので通じるんだ...」
瑞穂がそう呟いた。
ラルフはその言葉で苦笑した。
「レイヤ様を守り切れなかった責任を取らされてレイヤ様のご帰還まではこの地上の警備責任者にされていましたので......」
「............勝手知ったる街...か」
「はい」
俺は不意に考え込んだ。
「しかし、ニブルヘイムでは地下が主な領域と聞く。この地上警備なんて左遷もいい所じゃないのか?」
「ええ」
「..................苦労したみたいだな。故郷のダールに帰還する手もあったろうに......」
「末端の者は故郷に帰還した者もいます。初めは全員帰還することも考えていたんですが、ライヤ様からレイヤ様の再生のことを聞かされて帰還を中止したのです」
グレッグが運転席から言葉を引き継いだ。
「レイヤ様が帰還されるまで待っていようと残ると決めた皆で決めたのです。故郷への帰還はいつでもできるからと」
「そうか......」
「ラインハルト王はその我らの意思を尊重してくださった。しかし、後継者を守り切れなかった責任はとる必要があると言われてしまいましてレイヤ様の再生帰還までこの街の警備に格下げを言い渡されました」
「悪くはなかったですよ。ニブルヘイム出身ではないからと蔑視の目を向けられることもありませんでしたしね」
「兄貴からも聞いたな。地下でこそ高貴な者のステイタスだという風潮があると」
「はい、地下ニブルヘイムはこの世界を支える柱ともいうべき全の賢者の住まう領域。それ故に地下に生まれ育ったものは選ばれし特別なのだという風潮が根強い。信頼されたもののみが許されると思っているものが多いのです」
ラルフの後ろにいたクリストファが補足してきた。
「その選民思想とでもいうのでしょうね。あまりにも今のニブルヘイムは堕落している者が多すぎます。我らも出身でないというだけで見下すものが多かった。殿下を失ってから地上勤務を言い渡されるまで色々とひどい目に遭いました」
「それは叔父上ラインハルト様の治世がうまくいっていないせいなのだろうな」
「........................」
ラルフが驚く顔をした。
「何か変なことを言ったか?」
「......いえ」
「おかしな奴だな。言いたいことがあるなら言ってみろ?」
それに答えたのはクリストファだった。
「再生前のレイヤ様も同じことおっしゃられておりました」
ラルフが同意するように頷いた。
「そうか...」
「どうして治世がうまくいっていないと思われたのですか?」
「ある程度はわかるさ。俺の記憶の中でも叔父上は度々病で倒れておられたからな。あんなに頻繁に倒れていれば治世どころではないことくらい分かる。恐らく臣下に治世を任せきりなのだろうよ」
ラルフは頷いた。
「その通りです。おいでになられないラインハルト様は昔以上に治世に関われない状況が続いているのです」
「臣下に任せきりでは忠臣ならいざ知らずそうではないのなら横領や強硬も横行するだろうよ。かなり腐っているようだな。地下は」
俺は首を横に振った。
「地下の臣下の中にはまだ忠臣もいるにはいるのですが、権力が腐った臣下の元にあるらしく、かなり厳しい状況のようです」
そう言ったのはクリストファだ。
「彼らはレイヤ様に早くご即位していただきたい様子です。今回、我らを送ってくださったのも彼らの願いが切実であるが故のものですから」
「............あまり記憶は定かではないが、全の賢者の力の中には臣下ではできない絶対的な力があるとはラインハルト様から聞いたことがある。それを期待しているのだろうな」
「御存じでしたか...」
「軽く聞いただけだ。もっと深く聞いていたのかもしれんが今の俺ではそのくらいしか知らん」
おれは地下にいるラルフ達を遣わした者たちを思った。
今はどうすることもできんな。だが、手をこまねいているわけにはいかんか
「ラルフ、地下での情報だけは定期的に調べておいたほうが良い。帰還に先あたって地ならしは必要だ。帰還しても周囲が信用できないようでは俺でもどうすることもできん。叔父上と共に彼らと連絡は取りあっておいたほうが良い」
「は」
「どこまでもお供いたします。レイヤ様のなさりたいようになさってください」
「.........わるいな。そう言ってくれると助かる」
そうして会話をしていると検問を通過して街中に入り目的の食事処に到着した。
「到着いたしました」
そういうグレッグの声が聞こえた。
それにこたえるようにラルフは扉を開けて出た。
「レイヤ様は少しお待ちください」
「......そうだな」
俺はそう言って収納のインベントリから一枚の黒いフード付きのローブを取り出して着た。
「どうして出ないの?」
瑞穂の疑問に答えたのはクリストファだった。
「............ここはすでにニブルヘイム内です。不用意に出ると目立ってしまいますので囲まれるのだけは避けねばなりません」
「目立つ?」
どうして目立つのか瑞穂には分からないようだった。
「俺のこの金髪は唯一無二の色素だ。金髪は全の賢者の証。全世界に周知されている。良くも悪くも囲まれるんだ」
「あ......、そうなのね」
「向こうの世界みたく染められればいいんだが俺の髪には力がこもっているから染まらないんだ」
「向こうでは染めてたじゃない。あれは?」
「あれは兄貴が持つ、神話級〈ゴッズ〉と呼ばれるレア魔道具〈アーティファクト〉のおかげで染まったんだ」
「アーティファクト?」
「ライヤ様の持っておられる時の仮面ですね」
「智の賢者が持つ、世界で唯一の時空と空間の力が籠る、隠蔽効果のある仮面だ。最上級アーティファクトで屈指の宝物だ。あれくらいの力が籠らないと染まらないんだよ」
「そうなのね......。それでそのフード付きのローブなんだ...」
「ああ、兄貴がいれば借りることもできるだろうがあてにはできないからな」
しばらくしてラルフが車内に声を掛けてきた。
「個室がご用意出来ましたので行きましょう、レイヤ様」
「ああ」
俺はフードをかぶり、車から出ることでそれに答えた。
外に出ると周囲の建物の様子から見ても一線を画す立派な建物だった。
「随分周囲にくらべて立派な建物だな」
率直な感想だった。
「ニブルヘイムでも一位二位を争う人気店です。それだけではなくここのマスターは元ニブルヘイム近衛長だった方ですので信頼も置ける方なのです」
「随分と信頼してるな。ラルフにしては珍しいところを見ると口も堅そうだな」
「はい。建物もそれなりに防備されているので安心して食事ができるかと思います」
大き目の両開き扉からはいるとすぐに目に付いたのは正面のカウンターに立っている厳つい体格の男だった。
「...よく来たなラルフ。後ろの連れか。護衛対象は」
「ええ」
「ミリムに用意させる。VIPルームだったな」
彼はそう言うと手元のベルを鳴らした。
「場所はわかるな?」
「ええ」
そんな会話が続いていたが俺はといえばこの男のスキのなさに驚嘆していた。
喋るつもりはなかったがつい聞いてしまった。
「元ニブルヘイム近衛長だった奴が何をしたら地上の酒場マスターになるんだ?」
「............。ラルフか」
「すまん......」
「上司の軍備元帥を殴ったからだな。所謂、命令無視というやつだ」
「命令無視......ね。かなりの練度の兵なのに降格じゃなく退役か。もったいない気がするな」
「冥王様はともかくとして......今の上層部に従う気はない」
「............。世渡りが下手だな。さぞ軋轢が酷かったんじゃないのか。地下は腐っているようだしな」
彼はさすがに気に障ったようだ。
「.........何が言いたい?」
ラルフがさすがに制止をかける。
「言い過ぎでは...」
俺は手で制してさらに聞いてみる。
「心が未だ地下にありそうだ」
「............お前に何がわかる...!」
「わからないさ。追われた者の境遇にはなったことが無いからな。だがもしもその上層部が改革されたならお前はどうする?」
「............お前、何者だ?」
「お忍び旅行中のただの世間知らずのお坊ちゃまだよ。おれは」
俺はそう言って悪戯な笑みを浮かべつつ、少しだけローブのフードをずらした。
そのフードから覗くその髪色に気がついたようだった。
「............!」
彼の顔色がみるみる変化していく。
「貴方は......、まさか......」
「お父さん...」
そんなマスターに声を掛けてきた女性が居た。
エプロン姿がよく似合う碧髪のボブカットの女の子だった。俺と同世代に見えた。
「お忍び旅行中でな。名乗るわけにはいかない。気分を悪くしたならすまなかった」
「ラルフさん。案内しても?」
「ああ」
「美味い料理を頼むよ」
そう言って俺たちは個室のある階段を上がっていった。
案内された部屋の上座に勧められたので座ると右隣に瑞穂が座った。
俺は扉が閉まったことを確認してローブのフードを下ろした。
「やっと落ち着けるかな」
「この後はいかがなさるおつもりで?」
ラルフが聞いてきた。
「この後、向かう神殿次第だろうが、それでも今日はこの街で一泊することになるだろうな」
「わかりました。口の堅い宿を探すように手配いたします」
「一日で神殿のごたごたが済めばいいがそうはいかないだろうな」
「そうですね。話では閉鎖されて二十年ほど経つそうですから補修作業があるかもしれませんね」
「二十年ほどしかたっていないのか。もう少し経っているのかと思ったな」
「はい。二十年ほど前といえばやはりラインハルト様がご病気をお持ちになられてからですね」
「という事は俺が再生する期間はさほどたっていないのか?」
「はい。レイヤ様を失ってから帰還されるまでは五年かかっております」
「五年?」
「ライヤ様の話では時間の進み具合にかなり誤差があるそうです。レイヤ様がおられた世界はかなり時間の進みが早かったという話でした」
「そうか......だからさほど知り合いが変わらないのか...」
「五年では変わりませんよ」
「それでもラインハルト様からすれば五年でも長いだろうな」
「そうですね...」
そんな話をしていると扉からノック音が響き、ミリムと呼ばれた先ほど案内してくれた少女が入ってきた。
手には料理を乗せたワゴンカートを引いていた。
「お待たせいたしました」
そう言って料理をテーブルに乗せていくと俺の前に動きが止まった。
どうやら俺の髪色に驚いたようだった。
「どうした?」
「い、いえ。なんでもございません」
俺が声をかけると深くお辞儀をして料理を置いた。
そうしてすべての料理を並べると出て行った。
「行く先々で驚かれると参るかもな...」
「仕方ありません。他の色に染まらないのですから...」
言いながらもラルフは最低限の警戒という事もあるのか毒消しの魔法をテーブルの上に乗った料理にかける。
「よろしいですよ。始めましょうか」
「ああ」
「さっきのは?」
「毒消しですよ。ここでそんなことはあり得ませんが万が一という事もありますので」
「今のレイヤ様では再生できるだけの能力はないはずですし、これ以上、害されるようなことがあってはならないですからね」
「兄貴からもいろいろと身を守る魔道具をつけられたからな」
俺はそう言って首筋のネックレスの鎖を見せた。
「ラインハルト様からのもありますね?」
「一緒にもってるよ」
「絶対に外さないでくださいね、レイヤ様」
「わかってるよ。兄貴から散々、念を押されたからな。外せないものもあるけど...」
そう言ったレイヤの耳には簡素な、青く丸い宝石が鈍く光っていた。
そうしてしばしの食事を堪能したのだった。
ラルフが勧めるだけあってかなり美味かった。
食事をしつつも俺はラルフにこの店の男の事を聞いてみた。
「ラルフ、この店のあの男......。何をしたんだ?」
「本人から聞いたわけではないのですが、彼ことキリング=アデルバードは最初、任務の途中で発見した奴隷売買の件で公正に摘発しようとしたのだそうです」
「奴隷売買って禁止されているはずだよな?」
「はい」
「なるほどな。多分、奴隷売買にニブルヘイムの大きな権力を持った臣下でも絡んでいたのか?」
「その通りです。摘発を恐れたかの者は懇意にしていた軍部上層部に圧力をかけたらしく適当な罪を作り上げて降格処分にしたらしいです」
「なんとなく理解したな。彼はそれでも止まらなかったんだな?」
「そういう話です。最後には冤罪を掛けられて上司を衆目で殴った為に退役を余儀なくされたという事です」
「その冤罪とやらは晴れたのか?」
「退役した翌月には無実であることを証明されたようです」
「そうか...」
「しかし彼を慕う軍人や関係者は多く、この地上に居を構えても度々地下から声が掛かるようで顔の広さは近衛隊時代よりも多いそうです」
「それだけではありません。彼の復隊を望むものは多いです」
そう言ったのはグレッグだ。
「それは事実ですね。奴隷売買の件も彼は何もできなかったのですが、彼を慕うものたちで結果的には摘発されたのですから」
「それは周囲の関係者に恵まれたな」
「彼の人徳かと」
「......彼のその周囲とは連絡は取れるのか?」
「ここによく来るそうですので可能かと思われますが.........引き込みますか...」
「それもまたいいかと思ってな。......もっとも本当に信頼に値するのであれば、だがな」
「レイヤ様...」
その時一同の居た個室にノック音が響き、噂のマスターことキリング=アデルバードが入ってきた。
そして俺の姿を見て開口一番に声をかけた。
「お久しぶりです殿下」
「..................。以前の俺を知っているんだな」
ラルフが補足してきた。
「彼は近衛隊長でしたので」
「......それもそうか。愚問だったな」
「殿下......?」
「キリング殿。今の殿下にはニブルヘイム時代の記憶はありませんよ」
「え」
さすがに驚いていた。
「すまんな。今はお前の事は知らないんだ」
「そうでしたか...」
「昔の俺の事をよく知っていそうだがお前の知っているレイヤ=ジルド=クロノスは砕けた水晶の肉体と共に死んだ。彼の記憶を持った別人と思ってくれたほうがいい」
俺はキリングを見た。
「冷酷王子はあの時、死んだんだ」
俺は自嘲するように笑った。
「玲也。自虐的になってない?」
瑞穂が口をはさんだ。
「............。なってるかもな。前の記憶はあまりいい記憶が無いからな」
瑞穂は呆れるように大げさにため息をついた。
そしておもむろに傍にあった地球でも見たことのある赤いイチゴをフォークに突き刺すと俺の前に差し出してきた。
「これがこっちにもあると思ってなかったから驚いたけど気分直し」
そのまま食べろというのである。
「まいったな...」
「好物でしょ。コレ」
「瑞穂......。お前な......」
さすがに頬が少し朱に散ったことを自覚した。
「嫌いな訳ないわよね?」
グイッとさらに目の前に突き出してくる。
「食うよ」
勧められるままに口に含んだ。
「おいしい?」
「ん。魔力が籠ってるから、なお美味いな」
「魔力?」
「知らずに食ってたのか。相変わらずだな」
「向こうの世界には魔力が無いとお聞きしましたが本当なんですね」
「ああ、向こうでは魔力はかなり貴重だったようだ。この世界のようにすべての生き物や植物に籠る程、氾濫しているわけではないからな」
「好みが変わったわけではないようなので安心しました」
キリングがそう言ってきた。
「そうか?」
「はい。今日の料理は少しだけお好きだったものをご用意していたんですよ」
「ああ、やっぱりそうなのか...。見覚えのあるものが並んでいたから気をつかわせたのか」
「楽しくお食事をしていただければと思っただけです」
「美味かったよ」
俺は笑った。
「..................。やはりお変わりになられましたね。そのように笑みを浮かべたことなどあまり拝見したことがなかったので驚きです」
「そうかもな。この体の環境は両親とも周囲にも非常に恵まれたからな。再生前と比べてもな」
「それはよかったです」
「キリング」
「はい?」
「お前、復隊したいとは思わないのか?」
「............。何度か、かつての部下たちから声が掛かるんですが。無理でしょう。上司をぶん殴った兵など......」
「...............未練はないと?」
「無いといえば嘘になります。ですが風当たりも強いはずですので迷惑を掛けたくはないのです」
「............」
その眼は複雑な色をしていた。不意に別の話を切り出した。
「今の俺は何もかもが不足していてな。お忍びで移動している理由もひとつではない」
「レイヤ様が今ここにいることを地下の者たちの大部分が知りません。今、知っておられるのは賢者様とレイヤ様の元に我らを送ってくださった宰相様だけです」
「しばらくはこのニブルヘイムの地上が拠点になるから地下との連絡役が欲しいんだ。......信頼できる奴でな」
「それを私にと?」
「ああ。それと地下の詳しい調査もしたいと思っている」
「......調査?」
「これ以上は引き受けてもらわなければ言えないな。引き受けてくれるなら相応の対応はする。復隊もその調査のでき次第ではだれも文句は言えなくなるだろう重要な案件だ」
「キリング殿...」
「...............今すぐには返事は出来ません。少し考えさせてもらえませんか?」
「構わん。この街には拠点にするつもりだからその準備もいる。数日は滞在予定だ。いい返事を待ってるぞ」
そうして俺たちは食事をした建物を出た。
もちろん俺はフードをかぶって人目につかないようにしているが。
外に出ると馬車ではない乗り物がかなり目立つのか、人だかりができていた。
そんな人をかき分け、乗り込んで町の中心にある神殿に向かうことにした。
神殿は町のシンボルだった。
街の中心にあり背の高い神殿でもあったので目立つ建物だった。
だが、二十年近く封鎖されていることもあり少し煤けた色に見えた。
封印という名の封鎖なので魔力も封印されているためだった。
封印された門扉の前に車が止まるとラルフ達が周囲を警戒しながらも降りた後に俺も降りた。念のために瑞穂は車内だ。
「レイヤ様」
「.....................ああ」
おれは答えた後、おれはその神殿の全景を見つめた。
少し煤けていたがそれでも遠巻きに見る灰色の神殿は繊細な彫刻と大きな柱や像などで威風堂々とした姿だった。
俺は数歩、門扉に歩み寄り、門扉に手を掛ける。その門扉も重厚な作りで分厚い壁で覆われていた。
門扉はそれだけで軋んだ音をたてて開いた。
俺は再び車に乗り込みその車はゆっくりと門扉を通過していく。
通過した後、門扉は自動的に閉じた。
神殿の入り口は門扉よりも少しだけ距離があった。
この神殿は各地の賢者の居城への扉もあるため警備の魔道具など高い警戒度がある。
それぞれの賢者、もしくは後継者と同行していなければ門扉は開かないばかりか、恐ろしいまでの迎撃等にさらされる。
ちなみに、神殿の防備が破られたことは一度もない。
そしてこの神殿は各国への唯一の転移魔方陣がある神殿で、ある意味で世界の中心にあるので賢者たちがそれぞれの国に行くのに非常に利便性が高い。
唯一のデメリットは連続使用ができない点と、いった場所でなければ移動不可能というとこだろう。
そんなデメリットを差し引いても利便性は酷く高い。
それ故に各国の賢者がこの神殿の封印を解いてほしいというのは切実な案件だったのである。
そして各国の賢者が集まる唯一の場なのでこの神殿は別名を邂逅神殿とも呼ばれる。
この神殿内においては賢者同士の争いは禁止されているのも信頼されている理由だ。
争いの意識を持っただけで神殿から排除されてしまう。それだけでなく賢者であれば賢者であることをはく奪されてしまうのでデメリットが多すぎるのである。
元々全の賢者以外の賢者は全の賢者から派生し全の賢者からその土地と自然を任命されている賢者である。
はく奪も任命も容易な立場にあるのが全の賢者である。その全の賢者や他の賢者に侵攻などすれば早々に能力と共に賢者をはく奪されるため叛意など起こらない。
だが、全の賢者に人格や人望がないなど賢者としてふさわしくないとして退位を迫れるのも他の賢者達だ。
この神殿はそうした会議など行われる神殿でもある。
そうして車は正門を過ぎ、正面扉の前に到着する。
ラルフに続いて俺も下車した。全員が下車した。
そして神殿を見上げた。
「圧巻な神殿だな」
「レイヤ様の初めて持つ神殿になりますね」
「そうなるな......」
「レイヤ様、正面の扉をお開けください」
「俺が開ける必要があるんだな?」
「はい、それで御力を確認して吸収し封印が解けます」
おれはそう言われて歩を進み扉のノブを握った。
その時、ノブから何か力が吸い取られる感覚がレイヤに襲った。
「.........ん!」
ノブから手は離さなかったがそれでも脱力感から体がふらつく。
「レイヤ様!」
ラルフが慌てて背後から支えてくれた。
「大丈夫」
しばらくしてノブが自動的に動いて扉がゆっくりと開きだした。
それを感じた俺はノブから手を離すとナニカに解放されたように体内の魔力が放出されていった。
瑞穂はその一連の流れを遠巻きに見ていたがその魔力の放出はとても美しいと見惚れるほどに七色の霧が辺りを埋め尽くしていた。
「綺麗...」
瑞穂はそう呟いていた。
背後の侍女も頷いた。
「綺麗でうつくしいですね...」
俺はといえばその魔力の放出と共に脱力しきり床に膝をつく羽目になった。背後からラルフが抱えていた。
当然だが息は乱れ荒く整えることに努めていた。
不思議な事に七色の霧は増幅するように広がり、その霧は大きな神殿をも飲み込んだ。
飲み込んだのは一瞬で、七色の霧を神殿がやがて取り込むように霧は消えていった。
霧が消えていくと同時に神殿は煤けていた色を取り戻していく。
それまでの灰色にも似た色の神殿は鮮やかな色というほどの漆黒の神殿に変化していた。