5話 賢者
賢者
用意された馬車に乗ると三人は城に向かった。
途中の街並みを見ると石畳の道路は凹凸も少なく馬車もスプリングが効いているのか揺れも少なかった。
街に入ってしばらく行くと少し建物が豪華になるにつれて街行く人の着ているものも豪華になっていく。そうして白亜の城の大きな壁に囲まれた豪華な門が見えてくるとその城の煌びやかさと荘厳さが際立っていることがよく分かった。
簡素な馬車だったがそれでも数名の護衛騎士たちで守られ、城にさほど時間は掛からず到着した。
城の大扉の手前で馬車は止まるとライヤが先に馬車から降りた。レイヤも降りる。
瑞穂もレイヤの手にささえられるように降りると扉の前に立つ人たちを見た。
それなりに豪華な衣装を身に着けた人たちとその人たちを囲むように兵たちも立っていた。
「賢者様、レイヤ様おかえりなさいませ!」
その言葉でざっとその場にいた者たちが首を垂れた。
「みんな俺の居ない留守をよく守ってくれた。感謝する」
ライヤはそう言って彼らをねぎらった。
「後ろの女性の方は?」
「ああ、彼女は瑞穂という。レイヤの婚約者だ。いろいろ思うことはあるだろうがよろしく頼む」
「おお!レイヤ様の婚約者様ですか。吉報ですな」
「なれない場所だからいろいろ気を付けてくれ」
「はい、お任せください」
そして城内に入ると広いホールから正面の大扉に向かう。その扉を二人の兵士がたっていた。
そしてライヤを見ると拝礼した。
恭しく扉を開けた。
その先には少し長い通路が続いた。途中で十字に分かれた場に出るがそれでも真っすぐ進むとひと際重そうな扉が現れる。
その先の部屋は広いホールで二段ほど高い段の上には二脚の豪華な椅子があった。
あきらかに玉座と分かる場所だった。
その部屋に入ると俺は立ち止まった。
空席の玉座を感慨深げに見つめた。
そこで初めてライヤが言った。
「おかえり、レイヤ=ジルド=クロノス」
ライヤは俺に手を翳して隠形と封印を解いた。
手入れのしていない長い金髪が現れる。
「兄貴…」
「もう隠形は必要ないだろ」
「おれだけ?」
「俺はもとよりこの姿が公式だ。お前とは違う」
俺は頭を掻いた。
「これ目立つから…」
ライヤは遮るように言葉をはいた。
「諦めろ。唯一無二の髪色だ」
「むう……」
俺は渋い顔をしてしまった。
「唯一無二ってどういうこと?」
瑞穂が聞いてきた。
「ああ、向こうでは金髪碧眼はどこにでもいるけどこの世界では金髪碧眼は全の賢者かその後継者のみに現れる色素なんだ。後継者でなければ実子でも髪は金髪にはならない」
「だから唯一無二ってことなのね」
瑞穂は納得した。
「でもやっと髪を整えられるな、レイヤ」
「そうだな。向こうでは切るに切れなかったから煩わしかったな」
「仕方ないだろう。お前の髪は力があるからむやみに切るわけにはいかん」
「切っていたらどうなったの?」
「………あの国、丸ごと樹海の海になっていただろうな」
「え」
「処分に困るんだ。俺の髪は生命に関する力が込められていて炎にも耐性があるから燃えない上に自然に返す形で処分すると髪から植物が大量に発生するから海に捨てても海底で海藻や珊瑚になるから水に捨てるという事もできん。土は言う必要もないだろ」
「すごいのね。でも向こうで見た時よりすごく長くなってない?」
「そうだな…」
「まだ伸びているな。必要な分まで伸びるな、コレは…」
「………だな。けど、まいったな……。こんなに伸びるとは思ってなかったんだが…」
側に控えていたライヤの宰相が言葉を発した。
「無理のない事でございます。ここ近年、力不足から世界中で砂漠化が進んできております。各国と連絡を取り譲渡に向けて用意させます」
「ああ、それとニブルヘイムに連絡をしておくんだぞ」
「わかっております」
「ニブルヘイムにはいかないという選択肢はないんだろうな…」
「当たり前だ。お前の国になる場所に行かないでどうするんだ。戴冠もあるのに…」
「戴冠といわれても十三歳の記憶で止まっている以上、実感が湧かない。ほぼ知らない場所だ」
「心配するな、降りるときは俺も一緒に行ってやるから」
「そうしてくれると助かる…」
と、そこまで会話をしてライヤは俺の髪を見つめた。
急激に伸びているせいもあり俺は身動きができなくなった。髪はそろそろ床に届くのだ。
「まだ止まりそうにないな。そこ座れ、レイヤ」
「王座だろ、良くない」
「構わんさ。二つあっても俺以外座る王族はいなかったんだから」
「上王さまはあまり動ける身ではございませんし…。ライヤ様は妃も娶ってはおられませんからな」
「父君の具合は変わらないのか?」
「ほぼお変わりはありませんが徐々に悪化しておられます」
「落ち着いたら頼めるか、レイヤ?」
「今の力では癒しはできるけど寿命までは無理だぞ」
俺は言いつつ玉座ではないほうに座る。髪は肩から手前に回した。
「十分だ」
「いずれにせよ、早々にニブルヘイム城にお連れせねばなりませんね」
「ああ、各国にも癒しを必要としている人々はたくさんいる。あの城でなければ癒しを広範囲にできんからな」
「兄貴……。ニブルヘイムに入るのは待ってくれないか?」
「何か気になる事でのあるのか。不安なのはわかるが…」
「何か違う気がする。まだ行けない気がして…」
「行けない?」
「何か足りない気がする」
「足りないって………力か…」
「多分そう思う。まだ、入ってはいけない気がする。何か危険な気がして…」
「危険……か」
「何が危険なのかとかわからないんだけど…まだ入ってはいけない気がする」
「………調べてみるか。アレで」
「……………もしやアレとは元素鑑定のあれですか?」
「他にないだろ。アレなら今のレイヤの力量を測るに最も適しているのも事実だしな」
「了解いたしました。早速用意させましょう」
「それと、例の捜索はどうなってる?」
「世界各地に飛び散ってしまったという報告は致しましたが我が国内においてはすべて回収完了いたしております」
「ほう…」
「その回収した水晶が少々問題ございまして二十個近くあったのですがそれらすべてが結合して一つになってしまいまして…」
「え」
「兄貴、水晶って?」
「ああ、お前には記憶にはないか…。水晶は水晶。元のお前の肉体が納められていた水晶の破片だ」
「!」
「お前の元の肉体はその水晶ごと粉々に砕かれた。元々力の結晶でもあったから世界中に転移して飛び散ってしまったんだ。せめて国内だけでも、と回収させていたんだ」
「なんで、そんなことに…」
「わからないか…?」
「………いや。俺はまたやっていたんだな。憑依を…?」
「そうだ。そのさなかに砕かれてしまったんだ。憑依中という事が幸運に繋がって完全死には至らず再生できたがお前の力の大部分がその水晶と共に散逸している。恐らく記憶も水晶と共にあるのだろうな。十三歳までの記憶しかないのも力が弱いのもそのせいだろう」
そうして城の従僕たちによってその水晶が運び込まれた。
「水晶と言っていたからもっと透き通っているのかと思ったけど真っ赤な色ね」
瑞穂が一言感想をもらした。
「肉体の血の色そのままに染まったのだろうな」
目の前に置かれたその水晶は瑞穂の言う通り真っ赤な水晶玉で直径が両掌二つ分の長さのある水晶だった。
「ライヤ様のおっしゃる通り、大きな破片程色が濃い赤色になっているようです。内にあったはずの肉体はなぜか残ってはいないようです」
「………水晶に取り込まれた形なんだろう。再生した時点で肉体の情報が魂の俺に移動したんだろうな。力と記憶が完全に移動できなかった可能性が高い。ある程度は回収しないとこのままでは元の俺の力には戻らないかもしれない。ニブルヘイムに入るのに危険な気がするのは力が足りないせいだろう。もっと探す必要が出てきたな」
そうして俺は立ち上がる。髪の伸びは落ち着いていたからだ。
髪を持ち上げ紐を借り、中ほどで縛るとその紐を肩に乗せるように髪を持ち上げ乗せた。
「結構、重いな」
俺は言いつつも水晶に近寄る。
そっとその水晶に手のひらで触る。
つるりと滑らかな表面と共にひんやり冷たかった。
するとその水晶が淡く白い光に発光しだした。
発光と共にその質量が無くなりやがて水晶は跡形もなく消えた。
俺はといえば少し圧迫感を感じだがそれだけだった。
だがその圧迫感から大きなため息が漏れた。
「ふう………」
とその時、どさりと大きなものが落ちる音が響く。
足元を見ると先ほどまで伸びきっていた髪が肩下にかかる程度の長さで断ち切れていた。
「切れたか…」
「勝手に切れたの?」
瑞穂が目を丸くしていた。
「必要な分伸びて切れたんだ。力がこもると勝手に切れてしまうからな」
「レイヤ、大丈夫か?」
「ああ、少し頭痛がするな。これくらいなら問題はないかな」
宰相の後ろから声が掛かる。
「レイヤ様とミズホ様の御部屋のご用意が整いましてございます」
「ああ、ありがとう」
「さっそくこの御髪はニブルヘイムにて聖水に清め、各国へと分けて下賜します」
「そうしてくれ」
水晶を運ぶのに持ってきた台を使って金の髪の束は丁重に運ばれていった。
「環境が変化したことだ。二人ともゆっくりすると良い」
「ああ、そうさせてもらうかな」
「レイヤ、言っておくが式を挙げるまではキスはいいが手を出すなよ」
露骨なライヤの言い方だった。
さすがに瑞穂が真っ赤になる。
「そんなこと!言われなくてもわかってるよ!」
さすがに俺も顔が朱に散った。羞恥から声が荒くなった。
瑞穂の荷物を手渡して、おれはそれから数日間、城で久しぶりに従僕や女中たちに身の回りの世話をされることに慣れるので必死だった。
その間、俺と瑞穂はライヤに促されるように外出用の服を新調することになった。
ライヤ曰く、王子らしく、その王子の婚約者らしくだそうだ。
王子という名の全の後継者には違いがないので断ることもできず、数着作る羽目になった。
そんな数日をクロノス城で過ごしているとニブルヘイムから俺の帰還を知って数名が俺の元にやってきたという。
ライヤが言うには身の回りを守り管理していた俺の護衛を兼ねた従僕とのこと。
本来ならば俺の身を守れなかったとして衛兵から解雇されてもおかしくはないらしいのだが他の衛兵たちに比べ群を抜くほどの能力で惜しまれたのだという。
その為、一個兵団として残っていたという。その上、あまりの忠義から俺以外で他の主人を作ることを拒否してしまったらしい。
とはいえ、俺自身彼らの事を覚えているはずもなく、また護衛はいるというライヤの言葉もあり特別に派遣された。
ということでおれは最初に通された玉座のある大広間にいた。
俺は玉座には座ってはいなかったが背後にいるライヤは座って彼らを見つめていた。
二十人ほどいるだろうか。皆跪き首を垂れているので一人一人の判別はできない……が、全員が色の濃さに個人差があるものの、紫の髪を持っていた。どこかで見たことがあるような気がした。
視線は自然と床についていた手と手首に向く。
そこで全員の手首に同じような刺青を見つけた。見たことのある入れ墨だった。
なんだっけな。確か抗病に弱い一族の抗いのまじない…だったか。一族は確か…ダール一族。
そこまで思い出して俺は気がついた。
ダールは俺が次元牢を出る前に魂を抜け出し憑依して滅びから救った一族……。
「…………………ダール一族………………」
うっかり言葉を出していた。
その言葉を合図かのように首を垂れていた全員が頭を上げてこちらを見た。
全員が滂沱の涙を流していた。
さすがに引いた。
「レイヤ様………。お守りできず申し訳ありませんでした………」
代表して一番前に居た褐色の黒い短髪の背の高い男がそう言った。
二十歳後半ぐらいのその男には見覚えがあった。
「………ラルフ=ダール…?」
「はい………お覚えでしたか…」
存在を忘れてはいたもののダールの時に憑依して体を借りていた男の名を忘れるものではない。
次元牢にいた十年間。他者の体に憑依して少しずつ必要なものを分けてもらって生きながらえていたという事もあり俺が憑依していた体はそれなりにある。
そのほとんどは憑依されていることに気がついていないのだが稀に高い察知能力を持った一族もいて憑依に気がついたものもいた。
このダール一族も憑依に気がついた一族だった。
過去の俺は憑依という形を取っていてなお与えられる恩恵はすさまじく、総じて能力や体質を強化することで憑依の見返りとしていた。
このダールは体力も魔力も力強い一族であったものの抗魔や抗病にはからきしであった。
その抗魔、抗病を高く底上げすることを見返りに憑依していた。
その見返りの恩恵はすさまじかった。
元々、力も魔力も高く技能も持っていた勇者の一族ともいわれるほどのダールではあったが唯一の弱点を克服した事によって一騎当千の強者一族と化した。故に憑依期間が一番長かった憑依だった。
抗魔抗病に弱かった為、酷く短命な一族だったのだ。
彼らはそれを見返りという名で克服するきっかけをくれた俺に永劫の忠誠を誓うといい、俺を神格化するような崇め方をしている。
彼らがニブルヘイムにいた理由も恐らくは俺がいたからである。
彼らにとって俺の居る場が存在理由だった。
「悪いな。記憶は全部覚えているわけではないんだ。十三歳までの記憶しかない上にばらつきがあるから再生前と同じにはいかない」
「それでも、レイヤ様には変わりはありません。我らは一度レイヤ様を失った。あの絶望の日々を想えば………!」
「もう一度我らを傍においてください!」
「「「レイヤ様!」」」
各々が声を荒げた。
おれは彼らの熱意がひしひしと伝わってきたがそれでも言った。
「今の俺には君らと過ごした時間はない。ほぼ、ニブルヘイムに行った時からの記憶は皆無だ。過去の俺とは大いに違うことは俺自身が理解している。昔の俺に戻ってほしいなどと言われてもそれは無理な話だ。きみらにとって今の俺は違和感しかないだろうよ。それでもかまわないというなら俺は君らを拒否するつもりはない」
「我らはどんなに変化なさっていてもレイヤ様に変わりはありません。御方様の人となりがお変わりなければ我らにとってそれは守るべき主」
「お前らバカか。昔よりも冷酷かもしれんのにか?」
ラルフ達は笑った。
「それはないでしょう。その言葉が出ること自体、そのお身体を取り巻く環境がとてもレイヤ様にはよく、情を取り戻された証明にもなります」
俺はその言葉に慌てる。取り繕うように舌打ちした。
「ち」
そこまで会話して座って見守っていてライヤが声を出した。
「昔のレイヤが冷静を通り越して冷酷だったというのは傍にいた者はみんな知ってる。その中で押し殺すようにしていた情があることにもな」
「……兄貴」
「彼らダールの者はニブルヘイムより正式にお前付きとして仕官させると通達があった。お前の意思とは関係なく、お前の身を守るものとして拒否は受け付けん。決定事項だ、レイヤ」
「………分かった」
「どのみちニブルヘイムに降りられんその身を守るものは必須だ。前回のような轍を踏むわけにはいかんのだ。生身の体を持つダールはニブルヘイムにとって都合がいいのだ。世界でも有名な勇者一族でもあるしな」
「…………」
「それだけではございません。我ら肉の体も持つ者としてニブルヘイムでは異質でございました。レイヤ様を失ってからはなお、我らの対応も酷い扱いでございました。距離を置くにはちょうど良かったのです」
「だろうな…」
おれもすこし、この数日でニブルヘイムに関して調べていたのだ。
彼らはニブルヘイム、別名を冥界と呼ぶ。
冥界、即ち死者の国とも揶揄されるほど死者が肉の体を持たずに存在できる唯一の場がニブルヘイムだ。
その場を維持しているのも全の賢者の力の一つである。
ライヤ曰く、おれがいけない理由も恐らく維持するための力が今の俺には欠けてしまい失われていているから代わりに命を削る可能性が高いからだとの事。
先日行った鑑定の結果だった。
それはニブルヘイムにいる叔父上ラインハルト様にも報告されていて理解しているという。
しばらくは俺が送った髪の力を使うと言ってきたそうだ。
半分はニブルヘイム維持に回し、半分を各国に送るという。
今の叔父上はニブルヘイム崩壊を防ぐだけで精一杯なのだという。
すでに領地の半分近くが死者と共に失われており、俺の再生と帰還がなければ崩壊もまもなくだったという。
それを聞かされて俺はあれだけの髪の長さになったのにも納得できた。
途中で水晶の取り込みをしなければもっと長くなっていただろうことは想像に難しくない。
ニブルヘイムの叔父上からは準備が整い次第各国に散った俺の水晶を回収する旅を始めて欲しいと言われている。
今は各国に散っている水晶の捜索と旅の準備とで忙しい日々をライヤは送っている。
当然だが俺たちが亜空間で持ち込んだ地球産の道具の解析とこの世界でも使えるように改修をも行っているのでそれのめどがついてからという話をライヤがしていた。
せっかくなので戻った記憶と技術を頼りにこの世界に帰還してからおれは身を守るための鍛錬を再開させることにした。
覚醒と同時にレイヤ=ジルド=クロノスとして持っていた技術や鍛錬などを思い出したので向こうでもできることはやってはいたが向こうで出来ることは意外なほど少なかった。
というのも動けば動くほど向こうでの影響もすさまじく最小限に抑えようと思えば向こうでもできる運動くらいしかできないのだった。故に向こうで行っていたのは基礎鍛錬に留まってはいたもののこの基礎鍛錬だけでも十分だった。
だが帰還してからはその制御は要らないので自由だった。
とは言え、この知識、ほぼ憑依から培ったもので自分の体とのすり合わせが大変だったものもある。
基礎鍛錬しかできなかったということでもある。
クロノス城の練兵場で鍛錬を始めていた俺に付き従うように相手をしてくれたのはダールの皆だった。
元々肉体鍛錬が好きなやつが多かったダールである。嬉しそうにして俺の鍛錬に付き合ってくれた。
とは言え半分は旅に出るための移動手段になるだろう自動車の解析と運転技術を習得するため全員ではない。
「くっ………」
荒い息が俺から漏れる。
肩の上にはダールでも小柄なほうのクリストファが乗っている。
基礎体力の途中で効率よくいこうと言い出したラルフが一番小柄なやつを肩に乗せたのだ。
おれは足の筋力をつけるために障害物をよけながら歩いていた。
両足には錘付きなので走れない。
この訓練法にも覚えがある。ダール式というスパルタに近い訓練法だ。
円形に障害物があるコースを十周したところで崩れ落ちる。
クリストファは慌てることなく受け身を取って俺から離れた。
しばらく乱れた息を整えるように寝転がっていた。
「随分と良い体ですな。始めた頃は2周しかできなかったのに十周までお出来になるとは…」
「初めに比べて揺れなくなりましたしね」
クリストファがそう言った。
おれは息を整えるのに精一杯だったので無言だ。
「………キツ…すぎるだろ………」
寝転がっていた身を起こす。後ろの土をクリストファが払ってくれた。
「やめてもいいんですよ?」
「………基礎鍛錬を止めろとか……。軟弱にしたいらしいな」
「そんなつもりではないんですがね…。もう十分ではないのですかな」
俺は改めて自分の身を見まわした。腹を撫でる。
「帰ってきたときよりも身が引き締まったことは実感しているけどな」
腹が軽く割れてきたことは嬉しかった俺だった。
「ライヤ様の話では再生を行った世界はここよりも上質な体の世界を選んだという話でしたので鍛えればその分返ってくるのも強いのでしょうな」
「物質世界に重きが置かれていた世界だったからな」
俺は一息ついたので立ち上がり亜空間から木刀を取り出した。
この木刀も本物の剣に近い重さを再現させていて刃引きしてある剣とそん色のない代物だ。
片手で振った。
それだけで空気が揺れる。
体の動きを確認するように何度も振った。
体のズレが無くなっていることに実感していた。
その動きを見てラルフは言った。
「もう十分でしょう。ダールから見ても優秀な戦士です。レイヤ様」
「そのようだ。やっとすり合わせが完了したかな。向こうでは軽いものしかできなかったからな」
木刀を仕舞い装飾過多な剣を出した。
これでも世界に数本しかない強力な剣だった。
帰還土産にとラルフがニブルヘイムに置き去りになっていた俺用の剣を持ってきたのだ。
「少し後ろに離れていろ」
俺がそう言うとラルフ達はサッと背後に回った。
刀身を抜いて手に力を籠める。
意識的に炎を剣に纏わせた。
目の前にある障害物で使った丸太があったのでそれを両断してみる。
違和感はなかった。
「いい感じだ」
剣を鞘にしまい、炎を消して呟いた。
「身体的にはもういいだろうな。維持はするけど」
その時、城の鐘が一つ鳴った。
「レイヤ様、鍛錬時間が終わりを告げましたので引き上げましょう」
「ああ」
おれは腰にあった剣帯に剣をさして練兵場を後にした。
「レイヤ様は本当にお変わりになられました」
「………?」
俺は言葉の意味を把握しそこねていた。
「前にくらべれば変化を自覚はしているがな…」
「再生前のレイヤ様は情を抑えることに重きを置いておられすぎて痛々しいものがございましたが、今のレイヤ様は本当に自然体で皆、嬉しいのです」
そのラルフの言葉に後ろから付いてきている他の者を見ると大きく頷いていた。
「前よりも強い意志の力を皆、感じ取っています」
「…………。そうか。多分それは自分とは違う守りたいものができたからだろうと思うが…」
「婚約者のミズホ様ですな」
「ああ、彼女はまだ、この世界に慣れていないようでな。受け入れ切れていないようだ。この世界での力の発露も未だないから少し心配なんだ」
「大丈夫ですよ。レイヤ様が認められたお人ですからきっときっかけがあればすぐに受け入れられるでしょう」
「何も起こらなくても守ると決めた。それを覆すつもりはない。その為の鍛錬でもあるからな」
「いずれにせよ準備は着々と整いつつあります。出立も近いでしょうな」
「だな」