4話 旅立ち
旅立ち
送別会をしてくれたその後、何事もなくその日が来た。
瑞穂からの返事は未だなく、少しやきもきしている自分が居る。
というのもあれから時間がすれ違い、返事を聞けずにいる。
次元の扉が開くのは今日の正午、昼のど真ん中である。
両親たちには明日旅立つという事になっており部屋の中にはダミーの鞄が置かれてある。
準備は既に整い、必要なものはすべて亜空間収納の中に納まっているからだ。
さすがにリミットがあるので身支度を整えて瑞穂を探した。
返事を聞く必要があるからだ。
家の中、それも今日、明日と学校は欠席するつもりなのか登校時間は過ぎていた時間なので見つけるのも容易で瑞穂は自分の部屋にいた。
あまり部屋に入ることのない瑞穂の部屋はそれなりに整理されていた。
だが俺は部屋に入ると瑞穂と共にすぐ目に付いたものがあった。
大きな旅行鞄だった。
それを見て俺は瑞穂の返事を期待した。扉を閉めて二人きりになる。
「瑞穂、返事を聞かせてくれないか?」
「玲也…」
「ここに残り、ここで生きるのか、俺と共にここを去り、共に生きるのかを」
瑞穂は答えなかった。だが答えの様に俺にしがみついてきた。おれは反射的に瑞穂の両肩を握った。
「ずっと三人一緒だった。三人いれば何も怖くない。今までずっとそうだった。これからも一緒。ずっと玲也の傍に居たい…。お母さんたちもきっと許してくれる。だから…!」
「……………。いいんだな?」
瑞穂は頷く。
「この世界を捨てることになる。帰っては来れない。俺たちと一緒に行くという事はこの世界から存在が消されるということだぞ?」
「かまわないわ。玲也が傍にいてくれるなら…私…」
俺は肩を握った手を瑞穂の腰に回した。
「ありがとう……ずっと一緒だ」
しばらく二人きりで過ごした。
「荷物はこの鞄でいいんだな?」
「うん」
「次元移動は身に着けているもの以外持っていけないからな」
「そうなの?」
「ああ」
「じゃあ、この鞄もそうなるね」
俺は瑞穂の二つの鞄を亜空間収納に仕舞った。
「落ち着いたら出して渡すから心配するな」
「うん。でも携帯置いて行ったほうが良いの?」
「………兄貴が何か細工するつもりらしいから持って行ってもいいと思うぞ」
「頼也が?」
「ああ」
瑞穂は小さいほうの鞄の中に携帯一式を仕舞った。
部屋を出て少し早めの昼食を取りに部屋を出ると食堂には頼也がいた。
両親は、明日は休みにしているとのことだが今日は普通に仕事に出たのだ。
一日のラグがあるのにも理由がある。
今日にすると移動手段の説明に困るからだ。
明日は俺たちはもういないので理が作用し関係がなくなるからだ。
瑞穂の場合は神隠し状態となる。
「どうするか決めたんだな?」
頼也のその言葉に瑞穂は頷いて言った。
「迷惑かもしれないけど一緒に行きたい」
「そうか……。なら一つ手紙を書いてくれるか?」
「手紙?」
「俺たちは存在がなくなるが瑞穂は神隠し状態になる。覚悟の失踪としておきたい」
「なんて書けばいいかな…」
「用意はしてある。俺の言うままに書き写してくれ。ただし、瑞穂の言葉でな」
「うん」
そうして手紙を書き、昼食を取った後、三人は家を出た。
「どこへ行くの?」
「学校だ。俺たちが通っていた中学時代のな」
「そこの校舎の屋上に扉が開く。時間と座標もわかっているから心配はいらない。時空空間は俺のテリトリーだ。事故など起こさん」
「すごいのね、二人とも…」
「当たり前だ。俺たちは向こうでも屈指の特殊能力者で王族でもあるからそうそういない」
「王族…って……王子ってこと?」
俺と頼也は見合わせた。
「間違いではないな。とは言え、元が俺には付く」
そう言ったのは頼也だった。
「元って今は違うの?」
「王だった父は数年前に体調を悪くしてから王位を退いて俺が後を継いだから王であって王子ではないな」
「それ、初耳だけど兄貴…」
「言ってなかったか…。癒しの力を使える全の賢者の王族がいないからな。自浄作用が弱体化しているせいもあり、砂漠化が進む一方で各地で病魔が蔓延している。各賢者の譲位もこのままでは秒読みと聞く」
「ラインハルト叔父上は……」
「わかっているだろう。叔父上ではそれだけの力が残されてはいない。今のお前よりも力は持ってはおられないからな。維持で精一杯なのだ」
「それだと……」
俺は帰還した後に待つ事態を把握した。
「そうだ。向こうに帰還すればお前次第で臨時の戴冠が行われる。お前の今の状態は向こうに報告済みだからな。臨時という事になる」
「戴冠って……玲也が…?」
「俺は…」
「玲也は全の賢者の後継者と再生以前よりすべての賢者より認められている。故にお前の覚醒待ちだった」
「俺はともかく瑞穂は…」
「心配いらんだろう。婚約者扱いだからな。今は只人だが向こうに行き、世界に認められれば何か変化が起こるはずだ。相性がいいと聖女になるやもしれん。可能性は高いがな」
「話が大きくなってない?私、一緒に行っても大丈夫よね?」
「心配するな」
「でも…」
「瑞穂がここにのこっても一緒に行っても事態は変わらない。レイヤは向こうに行って仮でも戴冠を終えれば相手がいなければ早々に婚約者選出が行われることになる」
「やっぱりそうなるのか……兄貴…」
「わかり切ったことだろう。全の賢者を継げる全の王族がいない以上、お前以外に血を繋ぐ存在がいないのだから婚約と結婚は早々に行われる。お前が選んだ相手か否かなだけで、さほど変わらん」
「そんな気はしていたから驚かないけど兄さんでは無理なんだな?」
「俺では全の血は薄く智の血が強いことも判明しているからな。だから異世界転生という再生が許可されたんだ」
そんな会話をして中学の校門をくぐり教職員棟の屋上へと向かった。
懐かしい校舎を見つめて別れを惜しむように屋上へと上がる。
屋上に出ると校舎自体が少し高台にあるおかげか近所を一望できた。
これで見納めか…
ふわりと風が吹き抜ける。
別離を知ってか風が惜しむように吹き抜けていった。
その風に答えるように近くの樹木もざわざわと揺れた。
しばらく周囲の景色を惜しむように見つめていると不意にライヤが呟いた。
「時間だ」
その声が合図かのように周囲の空気が張り詰めた。
ライヤの目の前に黒い野球ボールくらいの球体が出現した。
ライヤはその球体に手を翳すと球体は大きく変化し西洋風の装飾が施された黒い扉に変わる。
俺はその扉には馴染みがあった。
ライヤが何度か作ったことのある次元扉だった。
扉を開けて声をかけてきた。
「一本道だから先に行け。後から閉じねばならん」
「ああ」
「玲也……腕握っていてもいい?」
俺は瑞穂を見た。
少し不安そうな顔をしていた。
笑みを浮かべ頷く。
「お前は俺が守る。心配するな」
「うん……」
扉の先はゆがんだような空間が広がっていた。
少し遠めの位置に出口と思われる扉が見えた。
「あそこか…」
踏み出そうとして振り返る。
十七年居た世界だ。寂しくないといえばうそになる。今の自分という個性を作った世界だ。
一言力を込めて呟いた。
『ありがとう』
その言葉は周囲の景色を大きく揺らした。風はざわめき樹木は揺れ空を見れば大きく雲が流れていった。
「レイヤ…」
ライヤも感じるものがあるのだろう。待ってくれた。
踵を返して扉をくぐり次元を踏みしめた。
振り返るのを止めようと思った。
あの世界を思い出に変え、自分のあるべき場所に帰るのだから。
「玲也………。ずっと一緒。絶対にはなれないから」
「ああ、これから不安だろうと思うけど何があってもお前は俺が守る。だから一緒に前を向いて歩こう。必要とする限り一緒だ」
「うん」
出口の扉の前に立った。
ライヤがその扉を開けてくれた。
「さあ、世界がお前を待っている。お前を失ってから世界は耐え忍んだ。歓喜に満ちる」
真っ白に光る出口をくぐった。
出た先は開放的な遺跡のような高台の場所だった。
背後の扉の光が辺りをまばゆく照らし出していた。
俺は高台から見下ろした場所にある都市に見覚えがあった。
智の賢者が統べる国クロノスの首都クロト。大きな白亜の城を中心に大きく街が広がるそこはクロノス最大の都市だ。
西洋式の建物が立ち並ぶ荘厳な都市として有名だ。
中心にある白亜の城は荘厳かつ秀麗で世界的に類を見ないほど繊細で美しい城だ。
「帰ってきたのか…」
感慨深げに街を見ていると高台のこの遺跡を取り囲むようにして武装した兵たちが立っていた。
遺跡の閃光を確認して取り囲んでいた。
「…………………」
見たことのない兵たちに俺は警戒した。
腕をつかんでいた瑞穂を背後に回して彼らを一瞥した。亜空間から改造銃を取り出した。
この世界は向こうと違い物騒な魔物もいるので自衛手段は必須だった。
この改造銃。俺の能力の粋を込めているので指先一つで剣にもできる万能武器だ。
とは言え、向こうのモデルガンを参考にしているのでどこかで見たことがあるようなハンドガンだ。
「お前ら、何者だ?」
警戒しつつ言葉をかける。
こちらの世界の言葉だ。
後ろの瑞穂が息をのんだらしい。
兵の一団が少しざわついた。
そのとき背後から声が掛かる。
「何してる。移動しないから閉じられないだろう」
ライヤだった。
少し背後に意識を向け言った。
「周囲を取り囲まれてる。ここの場所を話したのか?」
「ああ、宰相に時間と場所は報告してあったはずだが…」
ライヤは日本語でそう言い、俺たちを押しのけて顔を出す。
ライヤ自身はまだ次元の扉の向こうだから俺の後ろから乗り出した感じだった。
周囲を取り囲んでいる兵たちを見てライヤは言った。
「お前ら、率いているのは誰だ?」
その声で兵たちの向こうが騒がしくなり慌てるようにしてかき分けてくる人物がいた。
やっとのことで兵たちの最前列に現れた男にはレイヤにも見覚えがあった。
「もっと下がりなさい、お前たち!」
その声で兵たちは一歩後ろに引いた。
そこで初めて俺は扉から一歩離れた。
瑞穂もつられるとその後ろからライヤが外に出てきた。
次元扉をとじるとライヤは兵たちを見て責任者を見た。
「ファルガ、こんな大事にするとはどういうことだ?」
「申し訳ございません。ですが他の4国に御二方の帰還が漏れてしまいまして……」
「…………そういう事か…」
「兄貴、彼らは…」
「ああ、すまん俺たちを護衛するために待機していたらしい」
「レイヤ様、お久しぶりでございます」
「……ああ、確かファルガ=バードルだったか。今も変わらず兄貴の近衛隊なのか?」
「は!」
おれはそこでやっと警戒を解いた。銃を腰に下げた。
「玲也……?」
「大丈夫、兄貴の護衛だった」
「そう……。やっぱりここ異世界なのね。言葉が分かんなかった」
ライヤとレイヤはそこで気がついた。
「兄貴」
「ああ、これだ」
ライヤは亜空間から金の玉を出した。つまむ程度の大きさのその玉をレイヤに手渡した。
「飲ませるのか?」
「お前が口移しでな」
「え…」
「それで言葉と文字が理解できるように、使えるようになる」
「………情報の共有か」
「そうだ」
俺は少し頬が染まる。
「ち」
「兵たちに撤収をさせておく。終わるまでに飲ませろよ」
「ああ」
ライヤはファルガにいろいろ指示と報告を受けているようだった。
俺たちはといえば移動準備が整うまで見晴らしのいい場所に立っていた。
「あの城、真っ白で綺麗ね。あそこに向かうの?」
「ああ、あの城は智の賢者のクロノス城といって俺たち兄弟が生まれ育った城だ」
「そうなんだ…」
「とはいえ今は兄貴の城になるのかな」
「すごいわ…人がいっぱいいるんでしょうね…」
「そうだな、侍女から女中、執事や従僕とか城を管理維持しているのに関わる人はたくさんいる」
と、その時立っていた場所に突風が吹いた。
「きゃ…」
瑞穂は驚いた。
突風はレイヤを中心に吹いたからだ。
風にあおられて瑞穂は体勢を崩しかけるとそれをレイヤが腕に引き寄せた。
「大丈夫か?」
「うん、でもこの風、ちょっとおかしくない?」
というのもレイヤを中心にまとわりつくように風が吹いているからだ。
「はは、風達みんな帰ってきたことを喜んでいるんだ」
レイヤは瑞穂に近くの樹木を指し示すと軽く葉をさざめくように揺れていた。
不意に赤い小さな木の実が落ちてきた。
落とさないように手に取るとレイヤは指先で軽く触っただけだったが二つに割れてしまった。
するとたちまち芽が出た。
その芽にレイヤは息を吹きかける。すると不思議なことに木の芽は風にあおられ飛んで行ってしまった。
「すごいのね…」
「これが俺の力だからな」
「そうなんだ」
「瑞穂、ちょっといいか?」
「?」
おれは言いつつ先ほどの玉を口に含んだ。
瑞穂の顎をもって不意に唇を奪った。
口移しで玉を瑞穂の中に押し込んだ。
「……んう」
ゆっくり唇を味わってから離した。
口の中に入れられた玉は口を離すと跡形もなく口の中で溶け込んで消えた。
さすがにいきなりだったので瑞穂は驚いたようだ。
「なに、今の?」
「自動翻訳用の玉だ」
「え」
「これで文字と言葉が理解できたはずだ」
「そう…なの?」
「ああ、意識せずにできる」
「……口移しでなくてもよかったんじゃ……」
瑞穂の頬は少し朱に散っていた。
「情報の共有に接触が必要だった」
「強引すぎる!」
両頬を引っ張られてしまった。その手はすぐに離され後ろを向いてしまった。
「………怒ってるのか?」
「……しらない!」
と言ってはいたものの瑞穂の頬は朱に散ったままだった。
俺は少し気の強い瑞穂が戻っているのに気がついた。
笑みが浮かんで背後から抱きしめた。
柔らかい瑞穂を腕に実感しつつも見慣れたクロノスの城を見ていた。
「離してよ、皆が見てるじゃない…」
「嫌だ。離さない。幻じゃないだろ?」
「……幻じゃないわよ?」
「ああ……。幻じゃない。これから俺は忙しさが増していくはずだ。それでも傍にいてくれ」
「もちろんよ。嫌だと言っても傍にいるわよ」
「怖い、怖い…」
しばらくそのまま笑い合っていた。
「準備ができた。城に向かうぞ」
ライヤの声だった。
「ああ」
抱擁を解いて手を握った。
とりあえず転移後までを初期として投稿しました
この後は少し間を開けつつ投稿していけたらと思っていますが亀のような遅さの進み具合なのでどうなることやら…………。