3話 取り戻した技術と失われし記憶
取り戻した技術と失われし記憶
瑞穂と思いをつなげて三日ほど経った。
クラスメイトからいつの間にか俺たちが付き合いだしたというのを知られてしまい少し居心地が悪くなっている自分が居るが、それ以上に俺たち兄弟が、一身上の都合で自主退学することも知られてしまっていた。
出所は間違いなく瑞穂だった。
恐らく別れの辛さから友達に何かあったのかを吐露してしまったのだろう。
本当ならば学校にはもう行かなくてもいいのだが瑞穂のことを思うと一緒に登校する日が三日ほど続いたのだ。
だがそれも今日までだった。
出立の準備があるからもういけない。それは瑞穂には伝えてある。
それもあるのかクラスメイト達が俺たち兄弟の送別会をすると言い張った。
昨日から企画していたのかあっという間に拡散されていたのか場所まで借り切ったという。
場所は元クラスメイトだった奴の家が飲食店を営んでいるので休業日をいいことに借り切ったらしい。待ち合わせも学校近くのその飲食店だった。頼也にまで必ず来いと念を押して連絡済みというからクラスメイト達の本気度がうかがえた。
そのせいもあり今日は頼也も一緒だった。
「送別会っていってもほとんどのメンツは中学時代の奴らばかりだろ。〈出涸らし〉で通してた今と違って〈出涸らし〉じゃないことを知ってる奴らなんて一握りしかいないだろうし」
「半分はそうらしいな。まあ、知ってる奴は知ってるからな。今更だ」
そう言いながらおれはスマホを操作してクラスメイト達と連絡を取り合っていた。
瑞穂は友達と一緒に今日の送別会の準備で先行しているため一緒ではなかった。
「向こうに持っていける物って制限あったりするのか?」
「玲也は亜空間収納を使えるな?」
「ああ、それは大丈夫。昨日思い出して使ってみたら問題なかったかな」
「手持ちに関しては着ている服以外では持っていけないが亜空間に納めている物は異次元だからな、縛りはないに等しい。そのスマホも持っていこうと思えば持っていけるが向こうには電気エネルギーは流通していないからエネルギー問題はある」
「それなんだけど、昨日試しにバッテリーに雷魔法を纏わせたら充電されたんだよな」
「成功したのか?」
俺は頷いた。
「ああ、いろいろ思い出したからな。充電もそうだが土魔法を細工したら原油作っちまってガソリン変化させたんだ。今日は送別会終わったらバイクで試したいかなって…」
「玲也…」
おれは頼也の呆れた空気に気がついた。
「やりすぎたかなとは思った」
「自覚はあるのか」
「まあ…」
俺は頭を掻いた。
「だがお前がガソリンを作り出したというなら向こうでも生み出せるってことだ。そうなるとこっちも持っていくものが増えるな」
「ああ、亜空間で問題ないならあわよくばバイクは持っていきたいっておもったからな」
「お前らしいな。バイクはお前の趣味だからな」
「死活問題だ。無いと辛い」
「こちらの技術は眼を見張るものがたくさんあるからな。いろいろ持ち帰って民たちの生活を向上させたいから亜空間にはもう色々入れてある。その中に自動車も含めるだけだ」
智の賢者らしく知識には貪欲に求める癖が頼也にはあった。
向こうには電気エネルギーの替わりに魔力エネルギーがあるから研究をする気なんだろう頼也の言葉だった。
「亜空間は基本的に時間は流れないから劣化の心配はないからできることだ。もう一部は先行して向こうで魔道具変換できるように研究中だしな」
「持って行っているのか」
「ああ、それよりも、どこまで思い出した?」
「……………。習得したものはおおよそ全部思い出したからいろいろ使える、かな。でも力も弱い気がするし十三歳以降の記憶はどうしても思い出せそうもない。元が何歳なのかとか、なんで再生する羽目になったのかとかそういった自分の記憶は戻りそうもないかも…」
頼也は思案顔になったがそれも一瞬だった。
「兄貴?」
「想定していた戻り方だな」
「そうなのか?」
「ああ、力が弱いのは仕方ない。再生するきっかけとなった肉体を失った事情で力がお前から分散してしまっているからな。同じ理由で記憶も失っているかもしれん。帰還すればまずはその取り戻しに奔走することになるだろうな」
「そうか…」
そんな会話をしばらくしながら待ち合わせの飲食店の前に到着した。
窓越しに俺たちが来たことを知ったのだろうか扉が勢いよく開くと昔なじみの顔が現れた。
「玲也、頼也。待ってたぞ。ちょうど良かった」
中に入ると俺たちが最後だったのか古なじみの顔がたくさんあった。
中学時代に仲が良かったメンツが揃っていた。
おれは感心していた。
「俺たちの事、聞いて数日しか経っていないはずなんだがな…」
「良く集まったほうだと思う」
頼也もそう言って感心していた。
「お前らがいなくなるって聞いてな。みんなに連絡を取り合ったらあっという間に集まったんだ」
「お前ら、海外に行くと聞いたときは水臭いなとおもったぞ。俺らにも相談してほしかったよなあ!」
「悪かった。前々から決まっていた事なんだが行くことが本格化したのはここ最近だったんだ」
頼也がそう言った。
「お前らにも急だったのか?」
「ああ」
「瑞穂と同じクラスの兵頭が聞いてなかったらそのままにするつもりだったんだろうが」
「やっぱり瑞穂から聞いたのか?」
「ごめんなさい…。美憂に相談に乗ってもらったらいつの間にか話が広がっていて…」
おれは頭が下がってしまった瑞穂の頭に手を置いた。
「気にするな」
「美憂繋がりで兵頭に話がいったのか。納得だな」
頼也が確認するように口を開いた。
「せっかくの送別会だ。はじめようぜ」
気の置けない奴らばっかりだったその送別会は非常に楽しく時間はあっという間に過ぎ去っていった。
彼らと過ごせる時間もこれで最後と思うと灌漑深いものになる玲也は思いの外この世界での時間が大切だったんだと今更に気がついた。
そんな玲也に真っ先に気がついたのは頼也だった。
何も言わず俺の後頭部に手のひらを当てて髪をかき混ぜる。
おれは感が極まり自然と頭が下に下がる。俯いてしまった。
「………いい奴らだ。お前に自我と感情が生まれたのには彼らがいたから感謝してもしきれない」
頼也はそう呟いた。
「……………ああ………」
そんな二人に周囲は気がついた。
「玲也……?」
「お前らがこの先俺たちの事を忘れてもおれはここにいたことを忘れるつもりはない……」
「そうだな。俺たちにとって大切な時間だった。かけがえのない時間だ。もうここに帰ってくることができないとわかっているからなおさら…な」
隣に瑞穂が座ってきた。
「やっぱり帰っては来れない…?」
「それは無理だ。世界が俺たちを拒絶する。遺された奴らは全員俺たちの存在全てを抹消される。記憶すら残らない」
「え、記憶?」
「そこまでは言っていない…か」
「………ああ。突拍子すぎる。あのことも言っていないから」
おれは滲んだ目の水分を拭った。
「………そうか。条件は?」
その言葉に俺は顔を上げた。
「多分クリアしてる。でもどういったらいいのかわからなくなって…」
「……言いにくいか。それなら帰りに俺から言おうか?」
「…………いや。おれから言う」
「何?」
瑞穂はよくわかっていなかった。
「条件次第で俺たちと共に来ることができるって話だ」
「え」
瑞穂は驚きの声で聞いてきた。
「一緒に……行く?」
「ああ、後で話す」
時間もかなりすぎているのでお開きの時間が迫っていた。
それは皆も理解していたのか改めて俺たちに注視していた。
俺は椅子から立ち上がる。
「今日は俺たち兄弟の送別会をしてくれてありがとう。聞いている人もいるかもしれないが知らないほうが多いから改めて言わせてもらう」
一同はかたずをのんで俺を見ていた。
俺は頼也を見た。
頼也は頷いた。
「俺たち兄弟は明後日この街を離れる。この街には二度と戻れないことは確定している。戻ることができないほどの距離のある場所という事だ。連絡も取ることができない別世界だから」
「携帯でも無理という事なのか?」
「ああ」
一同はさすがにざわついていた。通信で連絡くらいは取れるだろうと思っていたのだろう。
「それでも俺たちはここでの生活が充実していたことに変わりはない。向こうに行ってもここでの生活は何よりも大切な思い出の一つであることはどこに居ようとも変わらない。君らが俺たちの事を忘れたとしても俺たちは忘れない。いままでありがとう」
ひと際その言葉に他のみんながざわついた。
「お前らの事、忘れるわけねえだろ!」
思いの外怒りを買ったらしい。
「わかってるよ。みんなが俺たちを忘れるなんて思ってねえよ。でも会わなければそうなるかもしれないだろ?」
おれは希望を口にした。
理で忘れてしまうなどいえるものではない。
「その言葉で十分だ」
頼也はそう言って〆た。
珍しく頼也は笑っていた。
おれは頷いた。
「お前たちに出会え、交流を深められたことに感謝する。今日のこの日を俺たちは忘れない。向こうへ行ってもな」
頼也はそう言葉を続けた。
「玲也。加護なら今までの返しになる」
「兄貴………。大丈夫なのか?」
「心配いらん。返しは彼らの正当な報酬だ」
「でも、それをすると………」
「最後くらい本当の姿を見せてやれ、レイヤ」
隣にいた瑞穂が聞いてきた。
「本当の姿…って?」
「でも兄貴、言っても大丈夫なのか?」
「二日間の事だ。心配するな、お前だけじゃないから」
「……………そうか」
「何なんだよ?」
俺はそれには答えず立ち上がる。同じように頼也も立ち上がる。
「俺たちはこの世界では存在が重すぎるからもういられないんだよ。自分の世界に帰る。これはお前らに餞別だ。この世界で天災に遭っても十年前の俺たちの様に生き残れるように加護をやるよ」
俺はそう言って両の掌を合わせて眼を閉じる。
手の中に力を籠める。
淡くその手はひかり、輝きだす。
同時に俺の姿は金髪に戻る。手入れのしていない金髪は瞬く間に伸びだし肩を超える長さにまで届いた。
俺はちょうどいい力に溜まるのを感じて眼を開ける。
その目は碧眼だった。
掌をゆっくりと離すと掌の間には金の睡蓮の花に似た植物が現れる。
その花は瑞穂たちが見ても見たことのないような美しさととんでもない程の存在感があった。
玲也の手のひらから宙に浮いたその花は引き取るように頼也が両の掌に受け取る。
頼也は受け取ったその花に次元の力を籠めるため目を瞑った。力を使ったので頼也も金髪に変化していた。
『『恩と共に我らと深く心を通わせた者たちに五元の加護を』』
玲也と頼也は同時に呪文を唱えた。
その呪文を合図に睡蓮の花はひときわ輝き店内を白い光の洪水で埋め尽くした。
光の洪水が収まると何事もなかったように店内は静かになっていた。
「…ふう…」
おれは久しぶりの加護に少し疲労を感じた。
疲労から背後の椅子に落ちるように座った。
「大丈夫か?」
頼也が聞いてきた。
「久しぶりだったからな。少し疲れたらしい」
「そうか」
「お前ら……何なんだよ…?」
誰ともなく呟いた。
「玲也、頼也……。二人は何なの?」
瑞穂が不安げに俺を見つめていた。
おれはその不安を取り除くように瑞穂の肩を抱いて寄せた。
思わず瑞穂はされるままになったがそれでも俺を見上げていた。
おれは笑みを浮かべるしかできなかった。
瑞穂やその場にいたクラスメイト達の疑問を解いたのは頼也だった。
「俺たちは異世界人だ。玲也の肉体を再生させ、覚醒させるためだけにこの異世界の地球のある世界に転生してきた」
「異世界人…?」
誰ともなく呟いたその言葉を俺は肯定した。
「ああ」
「さっきの光は何?」
「あれは加護の力。俺には特殊能力があって自然の力を操り、生み出し使う力がある。使わなくても自然たちと意志を通わせる力もあるから何か天災に遭遇したときは少しその威力を弱められるようにとお前らに加護を与えた」
「十年前、私たちが助かったように?」
「あれ程ではないけどな。少なくとも命を落とすことが無いように…ってな」
「そんなすごいもの貰ってよかったのかよ?」
「俺たちと仲良くしてくれた返しだ。気にするな」
頼也が言い切った。
「その姿も異世界人だから…?」
「そうだ。五日ほど前に覚醒してからずっとこの姿だった。目立ちすぎるから兄貴に合わせてたけどな」
おれは瑞穂の視線が気になり聞いてみた。
「この姿が気に入らないか?」
瑞穂は大聞く首を横に振って否定した。
「素敵…」
その頬は少し朱に散っていた。
その言葉は意外なほど嬉しかった。
思わず額にキスを落としていた。
そんな二人にクラスメイトたちは呆れていた。
「お前らデキてたのかよ……」
俺はその言葉には軽く無視した。笑みを浮かべることで返した。
「もしかして行先って…」
「………生まれた異世界に帰るんだよ、俺たちは」
「異世界……かよ。それじゃ連絡なんてできるわけないな」
「ああ。向こうではこの力を待っているからな。これ以上待たせられないんだ」
「二度と会えないってそういう事なのね……」
瑞穂は腕の中で少し震えた。
「……………。瑞穂だけなら覚悟さえあるなら一緒に行くこともできる」
「え」
瑞穂はおもわず顔を上げた。
「片道切符のようなものだな。向こうに行けばこちらには二度と帰ってこられない。その覚悟があるなら…な」
「どう……いう…?」
うまく理解できないのか頼也が補足してきた。
「玲也の婚約者として俺たちと共に向こうに行くことができる。その条件は満たしているようだしな」
「いっしょに行ける…の?」
「ああ、瑞穂にその覚悟があればな」
「でも条件……?」
おれは笑みを浮かべて瑞穂の唇にそっと親指でなぞった。
「想い合った心のキス。それが婚約者としての条件だ」
その言葉を聞いた途端に瑞穂は真っ赤に茹で上がった。
きっと思い出してしまったのだろう。
眼を合わせられなくなって胸に顔をうずめる形になったがその体勢はさらに羞恥を誘うものだとは瑞穂は気がついていなかった。
意識を切り替えるように俺は瑞穂に言った。
「あと二日ある。それまでに決めろ。この世界のすべてのしがらみ、関係、友人を捨てて俺と共に来るか、それともこの世界に残るかを」