2話 告白
告白
翌朝身支度を整えて瑞穂と一緒に学校へと向かう。
「頼也、昨日は何も言ってなかったよね。研究が忙しいって…」
「まあな。でもいつもの事だろ」
「そうだけど……」
「それとも瑞穂は俺と二人きりが嫌なのか?」
玲也の思わぬ切り替えしに驚いた瑞穂は慌てて否定する。
「そ、そんなはずないじゃない……」
瑞穂は玲也を見れなくなってしまった。
軽く頬が熱を持っていることは自覚できた瑞穂だった。
そんな朱に散った頬をしている瑞穂を横目で玲也は見て思った。
別離……か…
「瑞穂」
「なに?」
「もしも、さ。俺たち兄弟が瑞穂の前から姿を消したら君はどうする?」
「え…?」
彼女を置いて行った時はどうするのか聞いてみたかった玲也だった。
聞くだけ無駄なのはわかっているけど…
「二人が消えるなんて考えたこともないわ。いきなりどうしたの?」
「考えてくれないか。もし俺たちが事故とかでいなくなったら?」
「…………。泣き暮らしてしまうかもね。二人がいたから今の自分が居ることも事実だわ」
「……………………そうか」
瑞穂の俺たちの存在を確認したかった玲也は複雑な心境だった。
自分たちが思うよりも瑞穂の中で重い存在だったという事に嬉しい反面、そんな瑞穂をこのままでは一人にさせてしまうという罪悪感だ。
「……今日の玲也変よ?」
「そうか?」
「うん、なんだがいつもの明るさがないというのかな。酷く大人びて見える気がする」
「…………。それっていつもの俺が軽薄なお子様って聞こえるぞ」
思わず憮然となった。
「ち、違うわよ。そういう意味じゃなくって……!」
「もういい……。真剣な話をした俺がバカだったという事だ」
少し不愉快になったがそれでもこの生活は終わりになる。そう思うと辛くなってしまった。
少し熱いものが瞳をにじませてしまった。
早歩きになり瑞穂を置いて行く形になった。
瑞穂は追いすがり俺の右腕を掴んで謝罪の気持ちを紡ぎだす。
「ごめん、気に障ったなら謝る…わ…」
そんな俺の目に浮かぶものに瑞穂は気がついた。
「玲也…?」
慌てて滲んだものをふき取る。
「……なんでもない」
瑞穂の視線を遮るように掴まれた腕を払う。
「なにかあったの?」
その瑞穂の声は確認だった。
「何でもない」
「何でもないわけないじゃない。そんな顔されたら…!」
その瑞穂の顔は聞きだすまで譲らない視線だった。
これは隠せないか。でも全部を言えるはずもないし…
「…………兄さんから聞かされた。俺たち兄弟はもうすぐ両親から離れて遠いところに行かなければいけないと」
「え」
「一度行ってしまえばそう簡単に帰ってこれないと聞いた」
「どこにいくのよ……?」
その瑞穂の声は震えていた。
俺は首を横に振った。
「詳しくは聞いていない。兄さんが俺のために今まで無理してここにいることを許してくれていた」
「そんな……本当なのね…?」
「ああ」
「学校はどうなるの?」
「自主退学という形になるかもな。兄さんに任せきりだからよくわかっていないんだ。悪いな」
「………………」
瑞穂は押し黙ってしまった。
「皆には黙っていて欲しい。俺自身行先すら聞いていない事だから答えようがないし…」
瑞穂は無言でうなずいた。
その後の瑞穂は不気味なほど俺にかまってこなくなった。
クラスメイトも明らかに不穏を感じているのだろう。放課後になって俺に泣きついてきた。
「お前ら夫婦喧嘩はほどほどにしとけよな。大方お前が何かヘマやらかしたんじゃないのかよ?」
「………なんもしてねえし」
俺は頭を掻いた。
わからなくもないんだけど、あからさますぎるだろ…
俺はため息を一つ付いて、席を立った。
鞄を取り出し身支度を整えて教室をでた。
今日は少し図書室に寄るか。兄さんがなぜ片手間にいろいろ本とか読んで知識を詰め込んでいたのか分かった気がする
後から瑞穂が追ってきた。
「一緒に帰るわ」
「……いや、今日は少し図書室に寄るつもりなんだ。先に帰ったほうが良いぞ。バイトあるんだろ?」
「ええ、でも玲也が図書室?」
「ああ」
「…………。似合わないからやめて。帰るわよ」
無理やり腕を掴まれて学校を出た。
学校を出ると途端に無言になった。
「………………」
「瑞穂、黙っていたことを怒ってるのか?」
瑞穂は首を横に振った。
「今日のあの態度はやめてくれ。みんな何かあったと心配してたぞ」
「………わかってるわ」
「だったら……」
玲也の言葉を遮るように瑞穂が声を荒げた。
「わかってるわよ!」
その声は涙声で震えていた。
「別れを聞かされて平静でいられるわけがないじゃない!」
その顔は涙にぬれていた。
その瑞穂の表情に俺は心を射殺されたのかもしれない。
鞄を投げ出し反射的に瑞穂を抱きしめていた。
「会えなくなるなんて嫌よ……いや……」
「俺だって行きたくはない…」
「だったら……!」
「それはできないんだ。向こうでは俺を待ってる人がたくさんいる。これ以上その人たちを待たせることはできないんだ…」
「どうしてよ……どうして…」
俺は瑞穂を抱きしめるしかできなかった。
震えて泣く瑞穂の涙を止める術がなかった。
しばらくして瑞穂は泣き止んだが頭を俯いていた。
「玲也…ごめん。無茶言うつもりはないの…」
「気にするな。わかってるから…」
おれは投げ出された二つの鞄を拾った。
「帰ろう…」
瑞穂は頷いた。
だが背後から俺の上着の裾をずっと握っていた。
家に帰ると母親は頼也から聞かされていたのか瑞穂を引き取って部屋に連れて行った。
その日の夜もまたあの夢を見た。
まるで何かを取り戻すように見ていた。
この夢が自身の過去なのだという事に気がついていたが、同時に頭痛を伴うほどの知識が戻ってくるのを感じた。
ライヤと引き合わされた後、俺の身はとても汚くすぐに整えられた。
というのも金髪だったが髪は伸び放題で腰よりも長く垂れさがり、その体は無機質な空間に置かれていたという事もあり汚れも凄かったからだった。
だが身綺麗になった後城の中が騒然となった。
父と思わしき男と同じようにして同行していた金髪の痩せた男の容態が悪くなったという。
その病弱な男がなぜ俺の居た場に押してやってきたのかといえば大いに理由があった。
それは父の後継ぎが兄ライヤという事が決まっていた事と同じように彼もまた自身の跡を継ぐ者を探していたのだと後から父から聞かされた。
探した末に見つけたのがライヤの封印された双子の弟の俺だったという。
金髪のこの男の名をラインハルトという。ライヤや俺にとって叔父にあたる人で母の兄だという。
父の王位もそうだが彼の王位も特殊能力を持ったものでなければ王の後継者とはなれない事情がある。
特殊能力、それは自然を操る能力だ。自然に愛され認められた存在でなければ王となれない。この世界で王は五人いる。
いずれも自然に愛された王で別名を賢者と呼ばれる。
炎と氷に愛されし、力の賢者
水と大地に愛されし、命の賢者
風と空に愛されし、動の賢者
時間と次元に愛されし、智の賢者
全ての自然と生命に愛されし、全の賢者 この五つだ。
父は智の賢者と呼ばれる王で主に空間や時間といった、目に見えない力を操る。
異世界移動は智の賢者の専売特許だ。
時間を操るので過去や未来を見通す力も備わっておりそこから智と呼ばれる。
ラインハルト叔父上の王位は全の賢者と呼ばれるもので実質他の王たちを束ねる役割もあり他の王の力もそれなりに使えるのが特徴だが、それ以上に癒しの力に特化している。
生命に関わる事に特化しているのだ。生命、すなわち生死を操るという事。
今回、ライヤが異世界を渡って使われた再生もこの力になる。
生死を操るとはいえ自身に関する行使はできない。彼が病を持っているのも癒せる後継者がいなかったからだった。
着る服がないためライヤの服を一時的に着せられた俺はそこで初めて聞かされた。
父から彼を癒せるかと聞かれた。
だか、この時の俺は父や病の男も信用していなかった。
この場で知っていると感じたのはライヤだけだった。
人はたやすく裏切る生き物。信じるだけ無駄。
それが当時の俺の感覚だった。
だからあえて聞いた。
「この一宿一飯の代価か?」
無機質な聞き方だった。
それも仕方ないと思う。
この当時の俺に感情や執着、誇りというものは生きるのに不必要なもので排除されていたから。
「難しい言葉を知っているんだな、レイヤは……。一宿一飯とかそういう事じゃないんだ」
父が俺という存在にどう対応するかで困っているのを感じたライヤは代わりに答えた。
「ここはレイヤの居場所。家族という家だから代価は必要ない」
「無償でやれというなら断る。力は金になる。食う手段だ。癒してもいいが何をくれるというんだ。居場所だとしても貴様らはまだ信用できん。力を使う価値があるかを決めるのは俺だ。貴様らではない」
とても十歳の言葉ではなかった。
「代価なら君をあの部屋から出したという代価がある。それは癒し一つで賄えるものじゃないと思うけど…?」
ライヤはそう言った。
「……………」
「僕の顔を立てると思ってしてくれないかな」
「わかった。あんたの願いというなら聞く」
「ありがとう」
この時の俺の中ではライヤはもう一人の自分という位置だった。
その後、
癒しの術を使ってしばらくライヤと共に失った時間を取り戻すように一緒に過ごした。
それは二人が十三歳になる日まで続いた。
翌日になると瑞穂は昨日とは違い、いつもの調子に戻っていた。
カラ元気なのは理解していたので見ていて痛ましく感じた俺だった。
その日の授業は午前中で終わっていたのでいつものように帰宅しているといつものように昼飯を買って帰宅ルートの河川敷に座って頬張る。
いつもの事なので瑞穂の分もある。
晴れの日は大体がこのようにして昼飯を食べることが多い。
というのも両親は基本共働きなので昼はいないのだ。
食事もほどほどに終わって一息ついていると、不意に瑞穂が背中に覆いかぶさるようにしてもたれてきた。
「瑞穂?」
背中に柔らかいものが当たるので少し頬が染まる。
「…………玲也。遠くに行っても私の事忘れないでね……」
「…………………。バカだろ。どうすれば幼馴染を忘れられるっていうんだ?」
「……うん。そうなんだけど……」
瑞穂は震えるように俺の背中で静かに泣いている気配を感じた。
「………忘れられることができればどんなに楽かと思ったけどそんなことできねえよ」
「玲也…」
「できるわけないだろ。好きな女の事どうしたって忘れるなんて無理だ」
背中で瑞穂が驚いているようだ。
「玲也…?」
瑞穂は俺をじっと見ていた。
俺は頬が朱に染まるのを実感していた。
「ずっとお前が好きだった」
「うん。知ってた。いつ言ってくるかなって……。私も好き、玲也がずっと…」
瑞穂は俺の朱に散った顔をすぐ横から満足気に見つめていた。
瑞穂は頬に触れる程度のキスを落とした。
その顔はとても真っ赤で瑞穂にはそれが限界だったのだろうことが見て取れた。
俺は嬉しかった。
そう感じると自然に振り向いていた。瑞穂の後頭部に手をそえ、腕を回して顔を寄せて唇を奪っていた。
ゆっくりと唇と離すと目の前に陶酔するように頬を染めている瑞穂があった。
瑞穂を腕に寄せて酷い動悸に気がつくのではと少し焦っている自分が居た。
瑞穂の手のひらはいつの間にか背に回されていた。
瑞穂の朱に染まった顔に見とれてしまっていた。
それは瑞穂も同じだったのか離れたはずの唇は再び吸い寄せられるように重なった。
今度は深いものになった。
ゆっくり瑞穂の口の中を味わって息が乱れる頃、顔を離した。
瑞穂は羞恥から肩に顔をうずめてしまった。
どれだけ体を密着していただろうか。
時間はそんなにたっていないはずだがそれでも長い時間に感じた。
その日を境に瑞穂は泣かなくなった。