海洋都市ポセイドン
2章ラストです
3章は現在執筆中で間が空いてしまうかと…
気長にお待ちいただけると嬉しいです
海洋都市ポセイドン
検問を抜けた先は大都市が広がっていた。
さすがはアースランド王国第二の大都市といわれるだけあり行き交う人も多かった。
海に面していながらも水源という名の山とも隣接しているため陸海と豊富な資源と立地が大都市になりえた事実が目の当たりにできたのだった。
正確には水源という山があったからこそ近くに海が広がったと言っていい。
その資源の豊富さから行き交う人たちの裕福さも見て取れた。
日も傾きかけた夕暮れ時にもかかわらず、日焼けした海の男らしき一団が通り過ぎたかと思えば山から帰還したと思われる冒険者たちも通り過ぎる。そんな多くの人たちが行き交う街並みを車窓から見ていた俺たちだった。
今回の宿泊先は水源地の聖域に最も近い神殿に宿泊予定で、滞在は一週間の予定。
その間に聖域の中心部で水の舞を舞う予定だ。
その日程も決まっており、体調を万全にするために到着三日後に聖域に入り舞を奉納する。
舞の後は水の様子をうかがうため三日ほど神殿に待機することになる。
「潮の香りが何だか懐かしいわ。この世界に来てからそんなにたっていないはずなのに不思議ね」
ポセイドンに到着後、車から降りた瑞穂の第一声だった。
「久しぶりなことには違いないだろ。向こうだって瑞穂の両親の墓参り以来、海に行ってないんだから」
「ふふ、そうね」
瑞穂は不意に俺の腕にしがみ付いてきた。
「瑞穂?」
「ここに来る前に墓参りできなかったのはちょっと残念かなって思っちゃった…」
その言葉にライヤは呟いた。
「急だったからな仕方がない」
「そうなんだけどね…」
俺は車を収納してから、一拍置いて呟いた。
「…………。亡き人の想いは強い思い入れのある物や人に寄り添う。瑞穂の両親の場合は瑞穂自身だ」
「………え?」
「今もこの世界に馴染めないのも、発露が遅れているのも、瑞穂の両親の強い願いが瑞穂を覆って、守っているからなんだ。その想いがフィルターのように取り込むべき魔力を半分以上、遮断しているからなんだ」
瑞穂は俺を見上げてきた。
「それって………」
「今もお前の両親はお前に寄り添っている。瑞穂の幸福だけを願って瑞穂と共にこの異世界に来た」
「う……そ……」
「生死は俺の管轄。この世界に戻れば死者の想いも感じるし、強い願いを持った死者は見えることもある。この力のことで嘘は言わない」
「ほんとに……お父さんとお母さんがいるの?」
「居る。それだけ強い想いを持っていると冥界に行けば、恐らく姿も普通に見えるだろう強い想いと願いだ。時間があまり経ちすぎると想いや願いも弱まるものだが……」
「俺にも見える時があるから、想いどころではないだろう。余程瑞穂が心配だったのだろうな」
ライヤが補足した。
俺は頷いた。
「もう瑞穂の守護霊と化しかけているな。冥界に行けば早ければ姿どころか、会話もできるかもしれない。異世界の魂で、かつ、異世界で亡くなった魂で、冥界で亡くなったわけでもないのに会話までできる可能性がある者はそういない。よほど瑞穂の幸福を見届けたいらしいな」
「………はやく冥界っていうところに行きたくなっちゃったわ」
「瑞穂」
「だって行けば会えるかもしれないんでしょ?」
「……悪いな。もっと力が戻っていればすぐにでも冥界に行けるんだが…」
瑞穂は首を横に振って笑った。
「楽しみができたって思ってる。焦らなくてもいずれ行くんでしょ?」
「行くんじゃなくてかえるんだよ」
「うん」
瑞穂は少し足早に先に歩き出した。
「早く行こ!」
「そうだね。みんな待っているからね」
カイがそう言って頷いた。
「ああ」
俺も頷いて兄貴と並ぶようにして神殿内部へと歩き出したのだった。
神殿内部へと入るとたくさんの青い服を着た神官たちが出迎えてくれた。
その中でも中央の最前列に立つ一番立場が上のような初老の男が声を掛けてきた。
「海龍皇子、並びに知の賢者殿と全のレイヤ王子の来訪を心よりお待ち申し上げておりました。歓待に至らぬ点があるかと思いますが、どうぞ寛大な御心でお過ごしいただければと思います」
「ありがとう、蛟神官長。一週間よろしくお願いいたします」
そう言ったのは何度も来訪しているカイだ。
「長旅でお疲れでしょう。お部屋をご用意いたしておりますのでゆっくり休んでください」
「案内を頼む」
神殿に入るとカイは別行動をとる。
「水源の様子を見に行ってくるよ」
ライヤが声を掛けた。
「後で状況を報告してほしい」
カイは頷いた。
「わかった」
カイを見送った後、俺は兄貴に聞いた。
「一緒に行ったほうが良かったんじゃないのか?」
「……そうかもしれないが、ここは命の賢者のテリトリーだ。あまり深くは知らないほうが良いこともある。だからカイも共にと言わなかっただろう?」
「そうだな。必要なら相談してくるか」
「そういう事だ」
そうして案内された部屋で各々、夕暮れ時という事もありその日は簡素な夕食を取ってゆっくり休んだのだった。
翌朝、朝食後すぐに慌ててやってきたカイから水の様子がおかしい事を聞かされる。
それに反応したのは俺ではなくライヤだった。
「どう、おかしいんだ?」
そのライヤの言葉と落ち着いた様子でカイも落ち着きを取り戻したらしく、傍の椅子に座る。
「それが……。僕の言葉を聞いていない節があるんだ。これが僕より力が上の父王の命令を受けた直後ならわかるんだけど…」
「能力の上書きか」
「レイヤもそう思う?」
「ああ、何かお前よりも力が使える何者かの命令を受けている可能性は否定できないな」
「だが、水を動かせる力を持った者なんて限られているだろう」
「うん。水鏡で父上に聞いてみたところ水の領域では誰も命令していないことが分かったんだ」
「それだと後は……」
ライヤが言葉を濁した。
「…………。冥界の冥王の血筋の誰かという事になるな」
ライヤが濁した言葉を俺が引き取った。知の賢者が発するべき言葉ではないと思ったのだろう。
「レイヤ」
「だが、今の冥界の王家の血筋では水を王子殿下以上に操れる者など居ないんじゃないか?」
「その通りだ。叔父貴の冥王ラインハルト様以外には居ないはずだ。先代冥王は既にお亡くなりになられているし、他のご兄妹も全員死亡しているはずだ」
「先代冥王のご兄妹は?」
「………。弟君がご存命だがこのお方はあまり力をお持ちではない。その血筋の御方たちも持っておられない方が多いのが現状だ。だからこそ後継者に悩まされていたんだ」
「………該当者がいない。はずはないんだがな」
「把握していない能力者が居るという事か」
「厄介だな」
「ああ」
重苦しい空気が流れる中カイが言った。
「そこでレイヤにお願いがあるんだけど」
「………上書きできるか試してほしいって事か?」
カイは頷いた。
「このままでは儀式ができないんだ」
「足止めされるのは勘弁だな」
ライヤが言った。
「そうだな。でも今の俺だと先の俺の全盛期の半分も力はないから上書きできないかもしれないぞ」
カイは頷いた。
「わかってる。明日まで待ってくれればこの近辺の水晶が全部集まる予定なんだ。ここで全部集まればこの大陸中の水晶が回収できたことになるそれを待ってからにしても遅くはないよね?」
「無論だ」
ライヤの言葉に俺も頷いた。
「少しでも力を取り戻してからのほうが良いに決まってる」
「水晶が到着するまでは何もできないんだよ」
「時間があるって事?」
瑞穂が聞いてきた。
「…………そうなるな」
「それなら午後からでもいいから一緒に街に行きたいな」
「そうだな。兄貴は城?」
「ああ、せっかく海洋都市に来たのだから食材も調達しておいてくれ。お前が持ってる食材も減っているだろうし、な」
「わかった」
今回の旅の道程で料理しているのはラルフ達だったりするので食材は現地調達が基本だが、それだと野性味あふれる調理しかできないので亜空間には果物や調理済みの料理なども持っていたりする。
もちろん台所完備のキャンピングカーも使って調理することもあるので未調理の食材もある。
「インベントリって便利そうよね。羨ましいわ。アイテムボックス付きのバッグも便利だけど二人のは、別格感が凄いわ」
「そうだよね。羨ましいよ。知の賢者の血統ならでは能力だけど普通は持ってないからね。超大型のインベントリは」
カイも瑞穂の言葉に頷いた。
「でもアイテムボックスとインベントリの違いって大きさだけ?」
ライヤは首を横に振った。
「アイテムボックスは物だ。掛けられた魔法の違いで大きさも変わってくる。容量に上限があるのがボックスだ。インベントリには上限はない上に特殊魔法扱いだ。空間自体が隔絶された一種の異空間だから時間も止まる」
「確かに、その差は大きいな」
「それだと、ゲームみたいに魔法封じされると使えなくなるのかしら」
俺とライヤはお互いを見た。
「そうなるな」
「元々、容量が無限だから小さなものを入れるには管理が行き届かなくなる。だから入れないようにはしているから、バッグは俺も兄貴も持ってはいるから封じ中に使ったことがなかったな」
「食料などの細かなものは袋詰めや紐で一括りしてから入れている。インベントリを開けると一覧も出るから中で入れ忘れという事態はない」
「袋詰めも一覧を少なくするためのものだしな。食料袋とか薪束やガソリン缶束とかな」
その後神殿内部で用意できるものは詰め込んだがそれでも足りないものを調達するために午後から街へ出ることになった。
神殿から出る直前に一度城に戻る予定のライヤが入り口に立っていた。
「兄貴?」
「今日くらいしかゆっくりできないかもしれないたら楽しんでこい」
兄貴はそう言って掌を俺に翳した。
すると俺の髪色が金髪から茶色がかった黒髪に変わる。
「いいのか?」
「構わん。どうせ城から出られん。帰ったら返してもらう。夜には戻るからその時に返せ」
そう言ったライヤの髪色はいつもの茶髪でなく金髪になっていた。
「わかった。助かる」
「頼也も金髪だったの?」
「……これが本来の髪だ」
ライヤはまじまじと見られるのに慣れていないのか瑞穂から視線を外し言った。
俺は援護するように言った。
「俺たちは双子だ。特殊な双子で力も繋がっている部分がある。切り離すことはできないから兄貴も金髪だ。普段は魔道具で変えているんだ」
「向こうの世界のように近くなら問題はないが今日は距離があるからな。城内ならこれでも問題はない」
それだけ言ってライヤは神殿を出て行った。
「向こうに居た頃からずっと金髪だったの?」
「いや。俺が覚醒するまでは黒髪だったさ。俺も兄貴もな」
「レイヤ様が覚醒されたため引きずられて金髪化されたのでしょうね」
「ああ」
「どうしてそんなことになるの?」
「力のランクからくるものだからな」
俺は瑞穂を連れて神殿から出た。
「力のランク?」
瑞穂はついて行こうとして俺の腕をつかむ。
「五つの賢者の力にはランクがあるんですよ。炎より大地。大地より氷。氷より水。水よりは風。風よりは空間、空。空よりは命。命は炎により帰る」
背後のラルフが補足してきた。
「俺の力は命の最たるものだ。命は最上位ランクだから俺自身が弱体化していても優先度が高い。俺の金髪は命の力からくるものだから、繋がっている兄貴にも影響が出る。もちろん兄貴からの影響は俺にもある。例えばインベントリ。あれは兄貴と繋がっているから俺は使える。普通は命の賢者でも使えないことのほうが多い」
「そうなんだ…。ラッキーなのね」
俺は瑞穂を見た。
ラッキー扱いって瑞穂らしいな。前向きな言葉だ
「………そうだな」
「そういえば力といえばレイヤ様。どこまで御力が回復しているのですか?」
「どこまで、とは?」
「その……」
その歯切れの悪さから何が聞きたいのか理解できた。
前世の肉体はその力の多さから、めったなことでは大怪我どころか擦り傷一つ付いたことがない回復ぶりの事を聞きたいのだろう。
傍から見れば化け物にも見えるほどの回復ぶりだったため、前世の俺はその回復の良さを嫌っていた。聞くのを躊躇ったのも理解できる。
「……………残念だが、まだ、自動回復とまではいかないな。力の容量はかなり戻ってはいるが劇的に変化がない」
「そうですか。それでは…」
俺は腕に残る古傷を見た。
中学の頃についた古傷がそのまま残っていたからだ。自動回復の恩恵があるのならこれも消えるはずのものだ。
「古傷もそのままだしな」
「自転車で転んだ時のケガよね、それ」
「忘れていると思ったが…」
「忘れるものですか。あの後その傷見たお義母さんが卒倒したじゃない。忘れられないわよ」
「はは、そうだったな。思いの外、血が出すぎたからな」
「あの後大変だったもの。お義母さんを宥めるのに」
「良いご両親だったのですね」
俺はラルフのその言葉に頷いた。
「俺たちにはもったいないほどの…な」
そして神殿を出た後、馬車を使い市場に向かう。
海洋都市の食材の買い物は基本的に市場に売っている。
野菜はもちろんだが海から水揚げされた魚も市場に並ぶ。
基本的に同じ魚を集めて競りが行われるのはここでも変わらない。というよりも魚を食す文化はこの大陸アースランド王国のみの文化だ。
その魚も大体が焼くか煮るかの二択だ。
そのため瑞穂の発言に俺はともかく、周囲は驚いたようだ。
「刺身が食べたいって瑞穂、俺に作れっていうのか?」
「うん、久しぶりに玲也の刺身が食べたいわ」
「食べられそうな魚があればいいけどな」
「無理?」
「探してみるけど魚次第だな。一応、醤油はある程度は補充して、向こうから持ってきたからしばらくは心配はいらないけど、こっちでは作れないものだから節約したいかもな」
「そっか」
「レイヤ様。その刺身とやらはレイヤ様が調理できるのですか?」
ラルフが不思議な顔で聞いてきた。
「まあ、料理はバイトの賄いで鍛えられたからある程度はできるから心配はしてないけど食材次第だからな」
おれは魚売り場のほうに足を向けた。
大小様々で色とりどりの魚が並んでいた。
だがどれもこの世界特有の魚らしく刺身には向きそうにないものばかりだった。
やはり生は怖いな。けど、冷凍魚なんてこの世界にはないだろうし…
そんな時瑞穂が声を荒げた。
「玲也」
俺は瑞穂のほうに視線を向けると瑞穂の前に見慣れた魚があった。
「鯛にそっくりね」
「………そうだな」
よく見るとまだ生きているのか時折、尾が跳ねた。
「これを二つくれ」
「あいよ。一つ1銀だ」
おれは後ろのラルフを見て、ラルフは頷き銀貨を二つ渡して、俺は魚を受け取る。
その場で袋に入れインベントリにしまう。
隣の屋台には珍しく冷凍魚もあったので視線をやるとそこにも見慣れた大型魚があった。
俺は思わず笑みがこぼれる。
「これをくれ。いくらだ?」
「9銅だよ」
「随分安いな?」
「大きすぎるんだよ。触感はいいんだけど煮ると崩れやすい魚だからな。保管にも困るらしくて日持ちもしないから庶民には売れない魚だ」
そう言った男の背後を見ると他に三つあるらしく売れていないらしい。
「今日捕れたのか?」
「ああ、今朝とれたてだ」
「三つ全部くれ」
「三つとも買ってくれるのか?」
「ああ」
ラルフは払いを済ませる。
俺はそれを見てから、掌を二匹の魚に軽く触れる。
すると瞬く間にカチコチに凍った。それを縄で一括りにしてからインベントリにしまった。
最後の一匹は鯛の袋とひとまとめにしてしまう。
「まいどあり!」
「玲也、あれってマグロよね?」
「ああ、掘り出し物だったな」
「刺身が楽しみだわ」
その後、市場で様々な食材を調達してその日の予定は終えた。
とはいえ、買い出しという名の気分直しは瑞穂にはちょうど良かったようで終始ご機嫌だった。
神殿に帰ると丁度兄貴も城から来たところだったらしく声を掛けられた。
「掘り出し物はあったか?」
俺は頷く。
「マグロがあったんだ。ここでは人気がないらしくて安く手に入ったよ」
「大きい魚だから日持ちしないんだろうな」
「そうらしい。三匹買って格納してる。後で調理しやすいようにするつもり」
「お前の料理スキルが役立つか。楽しみにしていよう」
「おれもこんなところで約立つとは思ってなかったな。習っておくものだと、つくづく実感する」
「そうよね。時間も止まるっていうインベントリならでは、のような気がするわ」
兄貴も瑞穂の言葉に頷いてから俺の顔に手を翳す。
すると俺の髪色は黒から金に変わった。
「気分転換にはなったようで何よりだな」
頼也は掌に取り戻した仮面を見やって言った。
その仮面は半透明な銀色の無機質な仮面だった。
「助かったよ。久しぶりに視線を気にせずに外を歩けたしさ」
翌日、神殿の調理場を借りてレイヤは料理しやすいようにと買った魚を早々に全て一日がかりで解体したのだった。
解体用の包丁は持っていなかったレイヤだったが自分の持っていた剣で応用して解体したので少し時間が食ったのだ。
それを後日知ったライヤはレイヤのための包丁を用意してやると言い切ったので俺は楽しみにすることにした。
神殿に来てから三日目の朝、ようやく周辺の水晶が到着し、予定の神殿の儀式の打ち合わせに入った。
入念な打ち合わせの後、午後に入って衣装合わせをしてその日の予定は終わったのである。
翌日当初の予定通り神殿の最奥にある水源にて舞を奉納するために特別製の衣に着替えた俺は神殿の水源付近にある演舞台に向かっていた。
その日の俺の予定といえばすでに衣に着替える前に禊を行い、穢れをおとしてからこの衣を着替えているので接触は厳禁だ。
前後に護衛のラルフ達と神殿の神官たちで囲まれるように移動して演舞台に到着していた。
演舞台の背後には大きな大瀑布ともいえる滝が流れ轟音を響かせている。
この大瀑布の頂上は水源となっておりこの頂上から落ちれば地下にまで落とされ水流と共に地下をめぐるので落ちれば当然だが生きては帰れない禁足地だ。
演舞台は大瀑布の端に位置しており大瀑布の一部の滝が流れ込んで出来上がった湖の上に設置されているのである。
湖というがその水深は底なしのように深い。落ちれば助からないので水の恩寵を受ける賢者かその眷族。もしくは水の祝福を受けた神官のみ演舞台に立ち入れる規則がある。
逆に言えばその他の大多数は立ち入り禁止なのだ。
とはいえ事故があってはならないため普段は立ち入り禁止と共に演舞台には柵が設置されてあるという話だが今日はそれもない。
周囲の気配は水の力が最大限にある地ともいえるので水の意思もそれなりに強い。
その気配を確認するようにおれは周囲を見回した。
水の様子がおかしいというのは本当のようだ。何者かの意思に従っている……?
ラルフを見た。
事前に打ち合わせた通り、普通なら神官以外の立ち合いは厳禁なのだが水の様子がおかしいのでラルフの立ち合いが許可された。
ラルフは周囲の警戒とおれの動線に終始注視している。何かあれば飛び出せる気概だ。
ラルフもそれは理解しているので無言でうなずいて俺を見ていた。
演舞台へとつながる道を挟んで湖の外縁を囲むように柵越しに座る場所がありそこには演舞台で舞う時に奏でる音楽を担当する神官たちが各々の楽器を手に待機していた。
最前列にいた蛟神官長が深々と頭を下げた。
同じようにして海龍皇子も頭を下げる。
「本日はよろしくお願いいたします。レイヤ王子」
「すべては世界の調和のために。できることをするだけです」
そう言っておれは演舞台に上り水に近寄る。演舞台の淵に跪いて湖の水の表面に触れ言葉をかけた。
『君らは自由であるべきだ。だれかの願いを聞かなければならないことはないんだ。舞を成功させてくれよ』
水がその言葉に揺らめき反応してきた。
どうやら上書きできたらしい。
跪いたその身を立ち上げ演舞台の中央に歩を進める。
中央に立ち舞の準備に取り掛かると程なく楽団の音楽が奏でられた。
手首の腕輪に施された鈴が俺の動作と共に絶え間なく鳴り響く。
舞は静かに始まった。
奏でられる楽と共におれは覚えた水の舞のコードを沿うように舞っていく。
前転から後転、側転など織り交ざるこの水の舞は土の舞と違いアクロバティックな舞で有名だ。
舞踏台に両の足で立ち尽くすことがないので派手な舞だ。
その為、偽の舞のコードが民たちで良く披露されることがあるが正式な舞のコードは王家と神殿にしか伝わらない。舞自体も今日のように民たちに披露するという事はないので秘舞踏だ。
他の街でも披露する場合も完全なコードでは踊らない。
俺はひたすらに世界中の水不足の解消を願い舞った。
その舞の途中でも滝からの水しぶきが当たるので当然ながら舞っている俺は自身の汗と共にびしょ濡れだった。
きょうのおれの衣は特注品で元素の力を吸い取る機能のある魔道具でもある。
炎の力を吸い取れば熱のない炎を纏う衣になり氷ならば凍る衣に、風ならば光り輝く雷のようになり、時空間ならばその衣をまとうものは不可視となる。
水ならば水のように透明な衣に変わる。当然だが、衣の下着も見栄えの良い宝飾品で急所だけが隠れるようになっている。
遠巻きに見ていたライヤや瑞穂たちにもそのように半裸状態で踊っているように見えるのか瑞穂はあまりの俺の姿に顔を真っ赤に染めて俺を直視できないようだった。
そうして厳かに奉納の舞は終わる。
だが舞が終わるのを待っていたかのように滝の水は大きくうねり、多量の水量となって舞踏台を襲った。
多すぎる滝の水は舞踏台を乗り越えその上に立っていた俺をも押し流す。
さすがに多すぎる水の量に逆らえるはずもなく湖に落とされてしまった。
「レイヤ様!」
背後からラルフの声が聞こえたがそれだけだった。
早く上がらないと
もがいて水面に出ようとするが水の圧力が強いことに気が付く。うまく上がれないのだ。
その直後、水の動きが変化した。
なんだ?
ゾワリと気持ち悪くなった。
まるで誰かに調査でもされるように水の動きが艶めかしいのである。
気持ち悪さからか頭痛がしてきた。
まるで何かに触発されるように頭痛と共に背中が熱くなり痛みを伴い始めるころ、幻聴が聞こえてくる。
それは俺自身の声だった。
背中に感じるおかしな水の動きと符合するように頭痛が酷くなる。
気持ち悪さから無意識に水に命令していた。
『止めろ!』
同時に力も出してしまったようだ。
それが効いたのか水の圧力が霧散した。
おれはその隙にと急いで水面に上がる。
水面から顔を出してやっとの思いで空気を吸い込む。
周囲を見渡しすぐ近くにあった舞踏台の淵に手を掛けた。
「レイヤ様!」
その時俺に気が付いたラルフが声をかけ俺の手首を握りこんできた。
引き上げようとしていた。
だがその時水の引きが強くなったことを感じた。
また引き込もうとしているのか。誰かの意思を感じる
『シンクロを解きなさい。君らは道具じゃないのだから』
それでやっと水がいつもの気配になったことを知る。
そして引きがなくなったことでラルフ達の手で水から引き上げられた。
引き上げられたが思いの外、背中の痛みと共に消耗していた為、座ることしかできなかった。
あの気持ち悪さは何なんだ……。まるで知っているような感覚だった。
その思考に入りかけると思考を邪魔するように再び頭痛に襲われた。
思わず頭に手をそえた。
それで気が付く。
思い出したくない……のか。おれは……
「レイヤ様?」
ハッとラルフの声で思考に嵌っていたことに気が付く。
「大丈夫だ」
とは言えあの気持ち悪さから未だに手の震えが収まっていなかった。
震える掌を見てグッと握りこぶしを作り、震えを止めた。
トラウマ……というやつなのかもな……。覚えていない、忘れたいほどのという
気を引き締めようと両の手で頬を軽く叩いた。
俺はゆっくり立ち上がった。
全身の震えも背中の痛みと共に止まったようだった。
そしてラルフが背後から布を肩にかけてきた。
「お身体が冷えてはいけません」
水が申し訳なさげに俺からさっと退いて行った。
『大丈夫。怒ってないよ』
舞台から降りた俺は蛟神官長とカイ皇子に声を掛けられた。
「大丈夫ですか?」
「あんなことをするとは思ってなかったよ」
「大丈夫。水はもういつも通りになっているはずだ」
カイは頷いた。
「うん。いつもの水たちだ」
蛟神官長が深々とお辞儀をした。
「レイヤ王子様、水の異変を直していただき感謝申し上げます」
背後の神官たちがその言葉の後に気使う言葉をかけてきた。
「お身体を温めなくては。体調を崩してしまわれます」
「そうだな」
蛟神官長が同意した。
その後、二・三日様子を見たが水の様子は神官たちとカイ曰く、いつもの通常の水という事もあり、またこの水源地で待ったという事もあるのか水量が増えたという報告も受けた。
水都でも水の勢いが強すぎることもないという事でこの大陸でのやるべきことがひと段落ついたことも事実だった。
そこでニブルヘイムへと帰還することにした。
カイ達と共に水都へと戻り、カイとは一旦そこで別れることとなった。
一度分かれるとはいえ、水都での諸々の事を済ませてから炎の大陸へと向かう時に改めて合流する手筈となっている。




