1話 始まり
RE・VERSE
1章 転換
始まり
そこは真っ暗だった。
ただただ広いだけの何もない空間だった。
だが彼はその闇が嫌いだった。
なぜかはわからないままに馴染み深い闇は彼に纏わりつくように身近なものだったが彼はその闇が嫌いだった。
恐怖がこみ上げるのである。
同時にコレは夢だという事にも気がついた。
そう、いつもの闇の中の自分という夢だ。
この夢は幾度となく見る夢で闇の中のまま、身動き一つとれず、起きるまでもがく夢だった。
だが今日は少し違った。
正面から一筋の光が現れた。
その光はやがて広がり、四角い光となり闇は徐々にその光によって自分の背後へと位置を変えた。
そこで初めて身動きの取れない自分の置かれた位置を知る。
不思議な空間だった。両手足は深い闇の中に埋もれるようにして固定されていてどんなにあがいても動かなかった。
その両手足を基準にして自分の体は宙に浮いていたのである。
というよりも宙に浮かざるを得ない空間だった。
床がなかったからである。
なんだよここは!
おれはそう心でごちるしか出来なかった。
自身の身の置き具合に意識が向いていて光の向こうから人が二人やってきていたことに俺は気がついていなかった。
不意に声が掛けられる。
「 」
おれは驚き声の方角へと顔を向ける。
豪華な衣装を身に着けた二人の男が光を背に背負うようにして立っていた。
二人の男は、片方は金髪の中年の男で少し病的な痩せ方をしていた。もう一人は茶髪の中年の男だった。
「 」
またも声をかけられるが俺には何を喋っているのか全く理解できなかった。
「何を喋ってるのか、分かんねえよ」
俺は日本語で返した。
相手達も理解できなかったのだろう。
二人はお互いを見合わせて俺のほうへと茶髪の男が掌を翳してきた。
すると拘束されていた手足を解放してくれたのだった。
拘束された手足を解放されたものの下に落ちるわけでもなく宙に浮いたままおれは拘束を解いた二人の男を見つめた。
見知らぬ人であることにも変わりはないので幾分か警戒心が持ち上がっていた。
金髪の男が大きな布を投げてよこした。
「 」
何を喋っているのかわからないままによこされたそれを受け取る。
ジッとその布を見つめて丹念に調べ何もない事を知ってから羽織った。
というのもなぜか俺の身は全裸だったからだ。
金髪の男はその手を差し伸べてさらに何か言った。
「 」
「天野君!」
同時に聞きなれた教師の声が聞こえた。
その声で俺は悪夢から解放され目が覚める。
全身が冷や汗でびっしょり濡れていた。
項垂れていた頭を持ち上げ教師を見た。
茫然としていた俺はその教師の怒りと共に心配げな目を受け止める。
「すみません…」
びっしょりとした額に滲む汗を袖で拭うと声が掛かる。
「体調が悪いなら保健室へ行くか。天野?」
「…………、いえ、大丈夫です。授業は受けます」
「そうか、無理はするなよ?」
「はい」
そうして中断していた授業が再開された。
ほどなくその日の授業が終わると別の教室にいた幼馴染の瑞穂が声をかけてきた。
おれはあの悪夢のせいなのか気怠さが抜けきれず机に突っ伏していた。
「玲也、授業中に居眠りしたって聞いたんだけど………。体調悪そうね?」
そう言いながらも瑞穂は俺の後頭部をツンツンと人差し指で突いてきた。
「わかってるんなら放っておいてくれよ…」
突いてきた指を払う。
「頼也にも話は伝わってるからすぐに来るはずよ?」
その言葉で俺は突っ伏していた顔を上げ瑞穂を見た。
瑞穂は肩にかかる程度のストレートヘアの持ち主で前髪を軽く髪留めで耳に寄せているせいなのか少し見た目は大人びて見える。
それなりに優秀なうえに見た目も整っているほうなので学年でもそれなりに有名だったりする。
四六時中一緒なので時々夫婦扱いされることもあるほど俺とは仲がいい。
頼也とは俺の双子の兄で一卵性双生児のため体格も声も瓜二つだ。
髪色も同じ茶髪がかった髪で身長や体重もほぼ同じ。髪型だけは違うがそれだけだ。
その頼也もこの学校でも有名人だ。
万年主席の次期生徒会長と名高いほど生徒教師陣には覚えもよく品性方向を絵にかいたような兄だ。片手間にいろいろと研究をしているのか博識という言葉がよく似合う自慢の兄だ。
だが俺と見間違えることなど今はほとんどない。
昔はそっくりだったのでよく名を間違えられたが、高校に上がってすぐにメガネを掛けたからだ。その眼鏡、じつは伊達メガネで度が入っていないことを知るのはあまり知られていない。
本人曰く、侮られないためだという。
その兄は優秀すぎた為、俺とは違う進学校に通うことも両親は進めてきたのだが今の生活が気に入っているという理由で俺と同じ高校に入学した。
「大事になってないか?」
「仕方ないじゃない。超健康優良児が蒼い顔して授業中に脂汗かいて意識がなかったのなら先生から頼也に伝わるのは当たり前じゃないの」
「それもそうか……」
「心配してたわよ?」
「………ん」
俺は頭を軽く掻いた。ただの居眠りならば教師たちも諦めがあって何も思わないのだが気絶であるなら話は別だった。
「頼也は心配性なんだよ…」
「…………いつのも悪夢でも見たのか?」
教室の扉にもたれるようにして頼也が立ってこちらに声をかけてきた。
俺の席は最後尾の扉前なので出口もすぐだ。
「……ああ。でも、いつもと少し違ってたからそれで体調が悪くなったというのもあるかもな」
頼也はそれを聞くと俺の額に手を当ててきた。
「少し熱があるな」
「かもな。でも帰る分には問題ないさ」
俺が体調を悪くするのは決まってこの悪夢を見た時だ。
高確率で高熱も出るためこの頼也の対応もいつもの事だったりする。
冷静すぎるためあまり表情に変化がないのが頼也の欠点だったりするがそれも個性として俺と区別できる理由の一つだ。
おれは頼也のように頭が賢いわけでもなく取り立てて運動ができるわけでもない。
成績も中の上といったところだ。
よく授業中も居眠りをするのである意味で教師たちに有名だが、単純にやる気があまり出ないというだけだがよく言われるのが出涸らしの弟だ。
だが他者にどういわれるのは気にはしていない。俺は俺だからだ。
荷物を取りまとめて鞄にしまい込み机に乗せると頼也はそれを取る。自分の鞄と一緒に持った。
俺はゆっくりと席から立ち上がる。
めまいもないから大丈夫だな
俺の動作を見つめて瑞穂は安心したらしい。
安堵の表情を浮かべていた。
「兄さん悪いな」
「気にするな。大丈夫そうだな」
「ん」
そうして俺たちは帰宅の途に就いた。
と言っても俺たちの通う高校は自宅に一番近い高校だ。なので、帰宅も徒歩で済んでいる。
一番近い高校をおれが選んだというだけだがそれもあるのか高校には昔からの同級生もよく見る。
俺たち兄弟はこの地域でも双子という事もありそれなりに顔が知られている。
瑞穂と共に顔なじみがいるのは良し悪しで、古なじみの同級生は俺が出涸らしというあだ名に甘んじていることに苛立ちを持っているものも多い。
というのも物覚えは頼也よりも俺のほうが断然いい事と努力家なのは頼也という事も古なじみは知っているからだ。
俺がめんどうくさがりという事で出涸らしというあだ名がついたことも知っているのだ。
道中瑞穂はいつもと違う悪夢について聞いてきたのでいつものように頼也に報告がてら話すことにした。
「いつもの悪夢って真っ暗で何もできなくてもがく夢よね?」
「ああ、途中まではいつものその夢と変わらなかったんだけどな」
「途中まで?」
俺は頷いた。
「途中で正面から四角い光が差し込んだんだ」
「光?」
「ああ、今にして思えばあれは扉だったのかもしれないな。その光から二人の男が現れたからな」
「どんな男なんだ?」
「うん?」
「どんな男だ?」
「よくわからなかったけど二人とも中年の男だったな。一人は金髪の痩せた男だったけど」
「その後はどうなったんだ?」
「拘束されてた俺を解放した後、全裸だった俺に布をくれた」
「全裸って……玲也」
瑞穂は驚いていた。
「それも光で初めて知ったことだったな。その後は先生に起こされたからそれ以上はないかな」
「そうか…」
「印象深かったよ。何せ何か喋ってきたはずなんだけど言葉が一切通じないから」
「異国ってことか……」
「そうとは限らないかもしれない。喋っているはずなんだけど声が全く聞こえなかったからな。それに拘束されてた状況がおかしな空間だったから」
「おかしな空間?」
瑞穂が首を傾げた。
「宙に浮いてたんだよ。紐もなく拘束されてた」
「え」
「さすが夢だ。なんでもアリか」
「兄さん……」
「宙に浮くとか、ファンタジーよね」
「…………聞くから教えたのに言うんじゃなかった」
「でもその光があったからいつものように高熱じゃなかったのかもしれないな」
「………兄さんもそう思う?」
「ああ……」
しばらく歩いているといつものように瑞穂と別れる道に差し掛かる。
「じゃあ二人とも私バイトがあるから行ってくるね」
「ああ」
「気を付けろよ」
瑞穂は手を振って笑って行った。
瑞穂には両親がいない。十年前に災害で二人とも亡くして以来、玲也たちの家で居候をしている。頼る当てのない瑞穂は親戚をたらいまわしにされそうになり不憫に思った親友夫婦の玲也の両親が後見人という形で引き取ったのである。
玲也の両親に恩を感じでいてバイトで少しでも家計を助けたいと高校を境に始めたのだ。
しばらく無言だった。
不意に頼也が独り言のように呟いた。
「お前らなぜ付き合わない?」
「………それは……」
「周囲から公認されてるくせに」
おれは頬に熱が籠る。
「わかってるけど、告れない…」
「そういうところは意気地なしだな。いずれ後悔するぞ」
「……………」
「瑞穂だって煮え切らないお前に愛想が尽きるかもしれん。別の男に鞍替えってこともあるんだぞ。後悔したくないなら動くんだな」
「…………わかってる…けど」
「それに、いつもの悪夢が違うという事はお前の身にも何か変化が起きるかもしれない」
「…………そうかな…?」
「いつも以上に気を付ける必要があるな。俺たちは少し普通と違うんだから」
「………そういう違うところは要らないんだけどな」
「俺はまだましだが玲也は特に気を付けろ。しばらくは何もなかったから平穏だったが…」
「今のところは変わらないな。あまり気を使わないようにさせているんだけど、風はどうしたっていつもそばに寄り添ってるから自然と他に伝わってしまうから仕方ないな」
「お前は自然に愛されているからな」
そう、この兄弟の周囲には不思議な現象がよく起こる。
それは二人とも自覚していて事故を起こらないように気を付けているのだ。
その現象は玲也に特に顕著に現れる。
海に身を投げても溺れることはなく、ろうそくの炎に手を翳しても火傷もしないといった具合だ。
最たる現象は十年前の土砂災害だ。
当時大雨が続き土砂崩れが起き不幸にも玲也達兄弟の住む町が土砂に埋もれた。
避難が遅れた玲也たち家族は当時一緒にいた瑞穂と共に玲也の自宅にいたのだが土砂は玲也たちの家を避けるようにして崩れた。
この時に瑞穂の両親が亡くなったのである。瑞穂は玲也たちの家に預けられていて助かったのだ。
明らかに神がかりを疑う者も多かった程だった。
奇跡の家族たちと一時騒がれてしまったことは記憶に新しい。
その夜、玲也は再び夢に囚われた。
玲也にとってここ最近この夢を見ることが増えていることに気がついていた。
囚われていた場所から茶髪の男に手を引かれ光の向こうにくぐるとそこは地下牢のような石造りの壁に囲まれた無機質な場所だった。
視線も少し低いことを感じて子供になっているのだと玲也は知った。
茶髪の男は握った手を離すことなく自分を持ち上げて腕の中で座らせるように抱えてきた。
「 」
その仕草は幼い頃に父親にしてもらって抱えられた時と同じだったことに気がつく。
目の前にある茶髪の男の目を見ると父親の目と同じ慈愛のこもった目だという事にも気がついた。頭髪をゆっくり撫でられる。
その時、自分の髪が金髪という事に気がついた。
その仕草とまなざしで玲也は確信した。
この男。父親なのか………
抱えられて階段を上がりいくつかの扉を開け、移動すると二人の男に傅くように大勢の人が首を垂れていた。
玲也はその様子と周囲の豪華さに驚いていた。
まるでどこかの王城のような優美さと豪華さがあったからだ。
天井もかすむほどの高さがあるので呆気に取られていると侍女らしき女性に連れられて傍に立っていた男の子を見つけた。同じ金髪の男の子で豪華な衣装を身に着けてジッとこちらを見つめていた。
男の子が声をかけてきた。
「彼が僕の弟のレイヤなのですか、父上」
その時不意に言葉が理解できるようになった。
「そうだよ。お前の双子の弟だ。ライヤ」
その時なぜか理解した。
これは兄さんだと。今の兄さんと同じ存在だと理解した。そっくりなのではなくこの彼が本当の兄さんの姿なのだと理解した。
じゃあ、今の兄さんの姿は……?
驚きから目を覚ましてしまった。
息が荒く乱れている自分に気がついたがそれ以上に深夜で相部屋のベッドで寝ているはずの頼也が俺のベットの上で腰掛けてのぞき込んでいることのほうが驚きだった。
身動きをしようとしてそれは頼也に止められた。
「まだ動くな。覚醒したてだから動くと体調が悪化する」
「兄さん………。覚醒……?」
「………………」
頼也は何も言わず俺の横に散っていた髪をすくい取り、唇を寄せた。
そこで俺の髪が酷く伸びて金髪化していることに気がつく。
「懐かしい王の色だ」
「………………」
「お前の覚醒をずっと待ってた。〈思い出した〉のだろう?」
「……………。俺たちは何なんだ?」
「ここは異世界。お前の肉体を再生させるためだけに訪れた世界。俺たちは異世界人だ」
紡がれた言葉に驚くも聞きたいことはそこではなかった。
「兄さんと血は繋がっていないのか?」
頼也は首を横に振った。
「俺たちは双子だ。俺の体を素体にお前と一緒に転生した。今も双子だ。異世界でなければ転生という名の再生はできないから母体をこの世界人から借りたんだ」
頼也はそう言って顔に手を当てる。
何かを顔からはがす仕草をすると手には仮面が握られていた。
そこには同じ金髪の頼也がそこに居た。
顔かたちはそのままだったので髪だけが変化したように感じたがそれだけではないことに玲也は気がついていた。
「お前に引きずられた。俺まで金髪化してしまったらしい」
「双子だから?」
「ああ、使える力はそれぞれ違うがそれでも繋がっているから仕方ない。同じ力を共有しているのが俺たち双子だ」
「兄さん………いつ帰るんだ?」
そう、俺は気がついてしまった。俺たちには帰る場が、帰りを待っている人たちがいるという事に。
「明日から七日後に学校の屋上に扉が開く。開けばどこに居ようとも強制的に送還される。それが理」
「瑞穂や母さんたちはどうなる?」
「この世界の俺たちの存在のすべてが消される。写真すら残らない。理が修正されるため居なかったことにされる」
「瑞穂は連れていけない?」
「無理だ。いまのままでは婚約者でもない存在は弾かれる」
「婚約者?」
「だから言ったんだ。早く付き合っておけと、別離になるから」
「………………」
しばらく沈黙が流れた。頼也は仮面をつけなおして髪色を茶髪に戻した。
「まだ間に合う?」
「…………無理ではないな。婚約の条件が想い合った心の口移しだから」
「口移し……。キスってことか……」
「ああ。それもキスでなく口づけと呼ばれる濃厚なやつだ」
さすがに頬が朱に散る。
無言でいると頼也はごちる。
「一週間ある。瑞穂だけなら瑞穂次第だが連れていくこともできるだろ。行きたいと言うなら、連れて行ってしまえ。どうせこの世界では命数が尽きた命だからな。俺たちがいなくなれば定めからは逃れられず一週間と経たずにその命は失われるだろうし」
「それって……」
「元々、両親も瑞穂も十年前の災害で亡くなる命数だった。生きながらえたのだって俺たちの庇護下にあったからだ」
「…………」
俺はその事実に蒼くなった。
「俺たちの庇護がなくなれば十年の歪みが正されるためどんな形にしろ、ろくな死に方はできないだろうな」
「父さんたちも…?」
「ああ、育ててもらった恩義はあるからその恩義から両親はこの世界での即座の転生が確約されている。心配はいらない。再び出会うことまで確約だからな」
「…………そうか」
「瑞穂が一緒に行くと言って聞かないなら気にするな。後の事は俺のほうで何とかするから」
頼也はそう言って俺の頭に手を置いた。
「髪色はしばらく俺とあわせて変えておく。いきなり金髪では目立つからな。もう寝ろ。明日も普通に行くんだろう?」
「学校は行ってもいいのか?」
「できる限り普通に過ごしておくほうが良い。体調不良で休んでもいいがそういう事はすぐにばれるからな。今しかできないことをしておけ。俺は色々することができたから学校には行けない。しばらく研究で学校には行けない連絡をしてあるから一週間は瑞穂と進展させるんだな」
「……ん。わかった…」
そう言うと頼也は自分のベッドに戻った。